--------------------------------------------------
◆ The Guardian Angel(守護天使)〜暗転
--------------------------------------------------
「…いっちゃった、ね」
「ああ…」
「…」
海岸。
静かな波が寄せては返す音を割って、そんな彼らのつぶやき声が聞こえた。
しばし、ガロードたちと同じく、No.0が去った海を見つめていたチル…
が、やがて、隣に立つジロンを見上げ、先ほども口にした問いを、もう一度繰り返した。
「…ねえ、ジロォン…あの子は、No.0は…本当に、あの時の、『しん・げったあ』とかいうのに乗ってた子なのかなあ?」
「さっきも言ったじゃん、俺。あの左腕の傷、その時のだろ」
「…で、でもさあ…だ、だったら」
チルの声色が、不安と懸念で少し高ぶった。
「…だったら、今度…今度、アタイらが、リョウたちと一緒にいる時、あの子と会ったら…な、No.0、…殺されちゃうんじゃないか…ッ?!」
「…!」
「…そっ、か…た、確か、そうだった、よな…」
「真・ゲッターやメカザウルス・ロウと会った時は、今度は…みんなすぐに出て、…撃墜する、って」
そうだった。彼らも、それを聞いていた。
リョウはそれに反論したらしいが、結局はその決定を覆す事は出来なかったという…
次に、彼女が戦場にあらわれた時…それはまぎれもなく、彼女の死につながるのだ。
いくら、あの真・ゲッターが強力無比な機神だからといって、プリベンターのロボットが総出でかかれば、たった一人の抵抗など風の前の蝋燭の炎に等しい…
「ね、ねえ、ジロン、ガロード、…ティファ!そ、それ、何とかならないのかなあ?!」
「チル…」
それは、幼いチルにも容易に想像のつくことだった。
彼女は、真剣な口調でこういい募ってきた…
「だって、あの子いい子だったじゃん!殺す必要ないじゃん?!」
「で、でも…あいつは、リョウさんたちを殺そうとしてる。…『自由』になるために、さあ…さ、さっきも、あいつ、そんなこと言ってたろ…」
「…」
「だ、だから、あいつがそうしようとする限り、結局…」
「…じ、じゃあ…それを、やめさせれば、いいんだよね?!」
幼女の瞳に、ちかり、とひらめきと決意の明かりが灯った。
そして、彼女は…戸惑っているジロンたちを前に、意気揚々とこう宣言したのだ!
「…ようし、決めた、決めた、決めたッ!…アタイ、No.0にもっかい会いに行くッ!」
「え…?!」
「ちょ、ちょっと、チル…」
「リョウたちと仲良くするように言ってやるんだッ!そしたら、No.0、殺されなくてすむ、ってさあ!
…そしたら、すぐにアイアン・ギアーに連れてってあげるんだッ!」
「チルちゃん…」
「ティファぁ、ティファも一緒にいこうよおッ!」
「ち、チル、ちょっとお前、落ち着けって!」
が、意気あがる自分をとどめんとするガロードやジロン、彼らをきっ、とねめつけ、逆に彼女がこう責めるように言ってくる。
「ガロードはやじゃないのか?!ジロンはやじゃないのか?!No.0が殺されちゃうの、やじゃないのかッ?!」
「…そ、それは!…俺だって、嫌だよ!」
「お、俺だって…!」
「だったら、ジロンもガロードも一緒に行こッ?!」
そう畳み掛けられ、困惑しきりのジロンたち…
だが、その時。
「…ええ。行きましょう、チルちゃん」
「?!…てぃ、ティファ?!」
「わーっ!話わかるう!」
軽く笑んだティファ、何と…彼女も、チルの突飛でむちゃくちゃな提案に乗ってしまった。
「で、でも、ティファ…」
「…ガロード…お願い」
「ティファ…」
惑うガロードを深い黒の瞳で見つめ…彼女は、静かな確信を秘め、唇を開いた。
「多分…私たち、そうするべきなんだと思うの…」
「…うん、わかった」
「ガロード…」
その決心を彼女の中に見たガロードは、とうとうそう言ってうなずいた。
ジロンに向かって、笑いかける。
「ジロン、お前も言ってただろ、…これ、きっと…必然なんだよ」
「!…ふふ、そうかもな」
「でもさあ、あいつ海に潜っちまったぜ。一体どうやって…」
にっ、と笑むジロンに、そうガロードが言った、その途端だった。
「…〜〜ッッ?!」
頭痛。そう、それは頭痛の形をとって現れた。
「?!…どうした、ティファッ?!ティファ!」
「う、うう…!」
突如頭を抱え苦しみだしたティファに、三人は慌てて駆け寄る。
強烈な、強烈過ぎる悪意。
それは、感じ取るティファの身体に痛覚として響き渡る。
「な…き、気分でも悪いのかい?!」
「こ…これ、は…!」
ティファの瞳が、大きく見開かれる…
刹那。
空気をびりびり震わせる、ジェットエンジンが闇を切り裂く強烈な音。
その音の主が炎を吹きながら、闇夜に浮かぶ二つの黒点となって、海の向こうにぽつんと現れる。
「!!」
その二つの黒点は、ティファとガロードがよく見知った…忌まわしい影へと姿を変えた。

「…」
静かな海の底を、メカザウルス・ロウは行く。
この海の世界の奥深くに隠された、恐竜帝国マシーンランドへの連絡通路へ向かって。
外界と数mの水を隔てているこの場所は、驚くほどの静けさに満ちている。
水をかきわけ泳ぐメカザウルス・ロウの立てるかすかな音と細かな泡だけが、ほの暗い闇に生まれては消える…
しかし、その時だった。
「…?」
重低音が、何処かより近づき…そして、また何処かへと去っていった。
水を震わせ、機械蜥蜴の元まで届く…
それは、何かが自分たちの上空を通過していった音らしい。
そう見当をつけたNo.0は、何の気なしにレーダーの表示を見ていた。
…彼女の予想通り、何らかの熱源反応を示す物体…おそらく、MSのようなモノ…が二つ、自機現在位置から離れていく様子を、刻一刻とレーダーは示し続けていた。
そして…その二つの光点は、ある位置に来るや否や…ぴたり、と並んで止まった。
それは、距離から推察するに…先ほどの海岸。
さっき、ジロンたちと別れて後にしたばかりの、あの海岸あたり…!
「!…まさか…?!」
不吉な予感がひらめいた。彼らの顔が、一瞬脳裏に浮かんだ。
No.0は、メカザウルス・ロウを一旦停止させ、まったく逆方向…それは、今まで泳いできた方向…に向け、再び始動させた。
今浮かんだ不安…それは杞憂であるかもしれない、いや、むしろそうに違いない、と思いながらも…
それでも、No.0はその場所に向かう事にしたのだ。

「…ほう…不審な正体不明機を追って来てみれば、いやはや何とも…珍しい人を見つけたものだ」
「そうだね、兄さん…ふふふ、何て幸運だろうね。…あの、ティファ・アディールが…こんなところにいるなんてね」
天から響いてくる男たちの声は、本当に落ち着いていて穏やかなものだった。
だからこそ、余計におぞましく恐ろしい。
機動兵器に乗りて、何の抗する術をも持たない弱々しい「人間」を見下している…
彼らの生殺与奪の権を手中にしているとわかっているからこそ、もはや猛る必要もないのだ。
そして…今、その神の視座からガロードたち四人を見下ろしているのは…ティファの能力に目をつけ、今まで散々彼女を狙ってきた男たち。
ガンダムヴァサーゴ・ガンダムアシュタロンを駆るMSパイロット。
カテゴリーFと呼ばれるニュータイプ兄弟、シャギア・フロストとオルバ・フロストだった…!
「…う、ううっ…!」
「て、てめえら…ッ、フロスト兄弟ッ!」
「ふん、ガロード・ラン!相変わらずティファのまわりをうろちょろしているのか…だが、生身で何ができるッ!」
ガロードの悔しげな叫びにも、もはや力は無い。
自分たちのおかれた絶体絶命の状況が、彼からそんな余裕を奪う…
シャギアの降らす言葉に、ただ彼は歯噛みして口を閉ざしてしまった。
「あ、あいつら、た、確か…」
「そうだ、チル…ティファを狙ってる、めちゃくちゃしつこいガンダム乗りの兄ちゃんたちだ!」
「…くッ、逃げるぜジロン!」
「あ、ああ!」
形勢絶対不利と見てとったガロードが、素早くジロンに促し、自らティファをつれホバギーに飛び込む。
ジロンもチルを抱えるようにしてもう一つのホバギーに乗り込み、エンジンをすぐさま始動させた。
「!…おっと、逃がさぬよ」
「?!…う、うわぁッ?!」
威嚇射撃の銃弾が、あさっての方向へ逃げ出そうとした二つのホバギー…そのすぐ手前を襲う。
勢いよく砂に刻まれる一列の銃痕。溶ける機械油の匂い…
その射撃を避けんがため、思わずハンドルを大きく切ってしまったガロードとジロン…
彼らのホバギーは急激なターンを決めきれず、やるかたなく砂浜に転び激突する。
衝突のショックに、ホバギーから放り出される四人…
地面に投げ出され、したたかに打ちつけられる。
「…ぐ、ぐう…!」
操縦者を失ったホバギーが、砂に機体を突っ込んで…エンジンを回したまま、唸り続けている。
そのそばに、ジロン、チル、ティファ、ガロードが…散り散りに倒れ伏す。
「兄さん、ティファは連れて行くとして…残りはどうしようか?」
「ふふ、オルバ…別に、生かしておく必要もないだろう?」
「…そうだね、兄さん…」
上空で静止し、自分たちを見下している冷酷な悪魔…
その悪魔どもから漏れ聞こえてきた会話が、チルを一瞬恐慌状態に叩き落した。
「う、うええッ…!」
「ち、チル!泣いてる場合じゃねえッ!立つんだ!」
「う…ッ」
がくがくと震えながら泣き出してしまったチル…
その様を見るや、すぐさまジロンが怒鳴りつける。
だが、チルの脚はもはや立ち上がろうとする力すら失っている…!
「ち、ちっくしょう…!」
ガロードがうめく。己の無力さに打ち震えて。
今の自分では、愛機・ガンダムエックスのない丸腰の自分では、このフロスト兄弟を退ける事は出来ない…
そうこうしている間にも、だんだんとガンダム二機の高度が下がっていく。
自分たちを殺しに、ティファを捕らえに降りてくるのだ…!
だが。
恐怖に揺らぐティファ…
彼女の身体を、まるで稲妻のごとく…あの感覚が、貫いていった!
「?!」
「こ、これは?!」
フロスト兄弟も、その迫り来る何かを感じ取った…
海の向こうからみるみるうちにこちらへ近づいてくる機体…そのプレッシャー。
そして、それは水柱を巻き上げ、闇の空間へと躍り出た!
水が跳ねる。闇夜の黒の中に、それはゆらり、と鈍く光って見えた。
「ろ…」
チルの大きな瞳に、月光浴びてきらめくその巨体が映りこむ。
その姿が、浮かんできた涙で揺らいで、にじんだ。
ぐうんと首を伸ばし、雄々しく吼えるは肉食恐竜。
古代の地球を我が物顔にのし歩いたであろう、かつての大地の支配者…
それと反する高度な科学の技術で全身を造り替えられ、戦うための「兵器」と為ったモノ…!
「ロウ…ッ!」
「No.0…!来て、くれたのか…ッ!」
その凛々しい機械蜥蜴の勇姿に、思わず安堵の声を漏らすガロードたち。
それとは対照的にフロスト兄弟は、いきなり自分たちの前にあらわれたその半機械化された恐竜に度肝を抜かれている。
「…貴様、一体何者だ!」
「な…き、恐竜?!」
「貴様、プリベンターの一味か?!」
通信回線が開く。
…意外な事に、その恐竜の操縦者(らしき)「人間」は、まだ年若い…黒髪の少女だった。
それを見たシャギアの顔に、かすかな蔑視の色が混ざる。
「ふん…何言ってやがる。てめぇらこそ、何者だ?こいつらに何しようってんだ?!」
「!…ほう…かわいらしい顔の割に、随分口が悪い」
「…」
だが、シャギアの挑発的な言葉に、No.0は一切乗らない。
不信感と敵意をみなぎらせて、こちらをじっとねめつけている…
「…お嬢さん、おひきなさい。あなたには関係のないことです」
「別に、君には関係ないことですよ。僕たちが用があるのは、このティファだけですからね…」
「…!」
二人のセリフを聞いた瞬間、No.0の目つきが鋭くなった。
操縦桿を素早く押す。左手にレバーを握り、ぐいっと力を込めて引く。
「?!」
ロウが、勢いをつけてガンダムに向かって突進する!
唐突な動きに、油断していたオルバたちが一瞬惑った隙に…大きく空を切り振り回したロウの鋼鉄の尾が、力任せにガンダムを二体とも薙ぎ払った。
ガンダムアシュタロンとガンダムヴァサーゴが、連なるようにして吹っ飛び…少し離れた砂浜へと背から突っ込んでいく。
「ぐ、ぐはッ!」
「な…邪魔をするつもりですか!」
衝撃にうめき声を上げるオルバ。刹那、その瞳にかあっと怒りが燃えた。
シャギアの怒号に答えを返さないまま…メカザウルス・ロウは、すうっ、と地面に降り立つ。
ちょうど、ガロードたち四人の楯になるように…
「な、No.0…」
「…おい、ティファ…こいつらは、お前たちの…『敵』か?」
ぽつり、とつぶやくように放たれた、その問いかけ。
「え…」
「こいつらは、お前たちの『敵』なんだな?」
「…」
再度、繰り返される。今度は、ガロードが力いっぱいそれに叫び返した…!
「あ…ああ、そうだ!こいつらは、ティファをさらって!自分たちの『道具』として使おうとしてやがるんだ!」
「!…そうかよ…ならッ!」
そして、咆哮!
メカザウルス・ロウが猛る声を上げる、その赤い瞳がねめつける…己が「敵」に全力の怒りを込めて!
「く…わ、我々とやるつもりか?!」
「…うるせぇ…失せろ、クズども。…こいつらには、手出しさせねぇ!」
「!」
「No.0…」
「大丈夫だ…ティファ」
「…!」
と、その猛った口調が一転、穏やかなモノへと変わる。
彼ら、大切な「トモダチ」に話しかける時には…
「大丈夫だ…お前たちは、俺が守ってやる!」
「!」
そして、彼女は声高らかにそう宣言したのだ…!
それを聞くに至り、この少女はあくまでも自分たちの邪魔をしようということ、ティファの奪取を阻もうとすることを理解したフロスト兄弟…
彼らの表情が、冷たい闘士のモノにきりかわる。
「ちっ…仕方ありませんね。オルバ、行くぞ!」
「ああ、兄さん!」
会話が音を為した、その刹那。
その続きは全て無音の思念となって、彼らを隔てる空間を貫いた。
(メガソニック砲はよくないね…後ろにいるティファにあたったら、元も子もない)
(そうだ、オルバ…だから、あれで行くんだ)
(わかってるよ、兄さん)
テレパス能力。深い信頼で結びついた彼らが持つ、精神をつなげ言葉を交わす力。
それは一糸乱れぬ連携を可能にし、声なくとも彼らの攻撃のシンクロを可能とする…!
『行くぞ、フロスト・コンビネーション!』
「?!」
同調するフロスト兄弟の雄たけび!
地に転んでいた二体のガンダムが、まったく同時にエンジンをフル稼働させ宙に舞い上がる…!
突如、大量の砂が舞い上がり、メカザウルス・ロウは思わず一歩ひいてしまう。
大きく出来たその隙…彼女が体勢を立て直そうとした時には、もう遅かった。
巨大な黒い鋏が、ガンダムアシュタロンの背中から伸び上がる。
MSすらその手中に収める事のできるアトミックシザーズは、まっすぐにロウの腰部に喰らいついた…!
ぎしぎしと強烈な圧力がその鋏から加えられる。締め上げられるロウの肉が裂け、血を流す。
「う、あッ?!」
No.0が驚愕の声を漏らす。
だが、彼らの攻撃のフィナーレは、まさにその後…紅き凶暴なシャギアの愛馬、その一撃によって飾られるのだ!
ガンダムアシュタロンが、メカザウルス・ロウをぐうっと引き寄せる。もはや逃れられぬように。
必死にもがく機械蜥蜴、その大きな背中に向け…ガンダムヴァサーゴが、大上段から襲い掛かった!
「…〜〜ッッ?!」
背後から突然襲った衝撃に、No.0はのけぞりコンソールに叩きつけられる。
ガンダムヴァサーゴの凶悪な爪、ストライククロー…その鋭い切っ先は、メカザウルス・ロウの頭からその長い尾、そこまでを一直線に切り裂いていった…!
背を切り裂かれる激痛に悶え身をくねらせ、悲痛な叫び声を上げるロウ。彼の悲鳴が、天空を揺るがしていった。
アトミックシザーズが、暴れる機械蜥蜴からようやく解かれた。
多大なダメージに、たまらず膝をつき弱々しげなうめき声をあげるメカザウルス・ロウ…
「う、くうっ…」
そのパイロットが負ったダメージも、決して小さくはなかった。
強烈な痛みに頭を抱えながら身を起こす少女。
コンソールに激突した時に切ったのか、その額はぱっくりと割れ、そこから彼女の赤い血が流れ落ちていく…
「ふふ…関係もないのに、首を突っ込むからですよ。やれやれだ…余計な手間がかかってしまうではないですか」
「か…『関係もない』、だと…?!」
だが、オルバの知ったようなセリフを聞くや否や…その瞳に怒りが浮かぶ。
ばっ、と乱暴に流れてきた額の血を拭い去り、No.0は声のかぎり怒鳴り返した!
「ふざけるな!関係なくなんてないッ!…そいつらは、俺の…俺の、『トモダチ』なんだからッ!」
「!」
ジロンたちのこころが、ぎゅうっ、となった。
彼らの視線の先には、メカザウルス・ロウ…No.0。
身体を張って、自分たちを守ろうとしてくれる、こころやさしく勇敢な「トモダチ」の姿…!
「俺を認めてくれる、俺を好きでいてくれる!大切な『トモダチ』なんだ!…その、『トモダチ』を!」
No.0は叫ぶ。己の戦う意義を。
「…その『トモダチ』を、俺は守る!」
己の存在理由を。強い感情と意志をこめて…!
「だから、俺は…許さない。ティファたちを傷つけるてめぇらを、絶対許さない!」
ガラスのような冷たい瞳で、No.0はねめつける。憎むべき「敵」、「トモダチ」を傷つける輩どもを。
血の色のような赤い瞳で、メカザウルス・ロウはねめつける。破壊すべき「敵」、二体の奇妙なモビルスーツどもを。
「…?!」
「行くぞ、ロウ!」
彼女の呼び声と同時に、一旦は立ち上がる力も萎えた機械蜥蜴…彼もまた、再び闘志を奮い起こす!
大地をその二本の脚でしっかりと踏みしめ、天を仰ぎ声の限り吼える…!
「くっ…ひるむな!」
「はん!どうしたどうした!さっきの『何とかコンビネーション』なんざ、俺のロウにはちっとも効いていやしないぜ!」
「!」
その挑発に、シャギアがぴくり、と眉をひそめるのが見てとれた。
それを効果ありととったNo.0は、なおも皮肉げに言いたてる…!
「あれじゃあ何回かけられたって、子トカゲの一噛みにだって足らないぜッ!」
「何ぃ…小癪な!オルバ、やるぞ!」
「ええッ!」
傲岸不遜なこの小娘…彼女の減らぬ口を二度ときけぬようにしてやるため、再びフロスト兄弟が動いた!
メカザウルス・ロウのまわりを旋回し、隙を狙う二体のガンダム…そのガンダムが為す円の中心で、ロウはぴくりとも動かぬままでいる。
そして、その背後に回ったその瞬間…ガンダムアシュタロンのアトミックシザーズが、再び獲物の胴体に向けて伸ばされた!
…だが。
それと同時に、タイミングを見計らったNo.0の操縦によって…ロウの尾が、動いた。
「う、うわあぁぁあぁっ?!」
「オルバ?!」
ぎしっ、ときしむ音を立て、そのアーム部分がぴいんと張り詰める。
黒く塗りこめられた鋏は、次の瞬間…ロウの長い尾に巻きついていた。
いいや、そうではない。
巻き取られたのだ。ロウが振り回した尾に絡めとられ、動きを阻まれたのだ…!
ぐるぐるとロウの尾に巻きつくように絡みとられたアトミックシザーズ…だが、それはもはやいくらオルバが苦心しようと外れてはくれなかった。
そして、アトミックシザーズを絡めとられている状態のガンダムアシュタロン…
それは、機械蜥蜴にとっては…すでに、絶好の動かぬ標的と化していたのだ。
「くくっ…てめぇらみたいなすばしっこい奴はよ、逆に…一旦捕まえちまえば、どうにだってなるんだよッ!」
「ぐ…ま、まさか!は、はじめから、そのつもりで私たちのコンビネーションを…?!」
「もう、遅い!…さあぁ、やるぜ、ロウッ!」
少女の雄たけびに応え、ロウがその両腕を背に伸ばす。
アトミックシザーズの根元をつかみ、そのまま腕を身体の前面に引き寄せんとする。
かけた力をさらに強める。
めきめき、という不吉な音を、ガンダムアシュタロンの装甲が奏で出す…
「死ぃいぃいぃぃいぃねぇえぇぇぇぇぇぇッッ!!」
「ぐ…うッ…?!」
「お、オルバッ?!」
そして、気合一閃!
機械蜥蜴が全力を腕に加えた途端、かけられた負荷に耐え切れなかったアシュタロンの合金が、まるで不恰好な紙細工のごとく引きちぎられた!
力任せにねじ切られたアトミックシザーズが、ばちばちと火花を立てながらガンダムアシュタロンから離れていく。
同時にそれは内部機構に深刻なダメージを与え、様々な回路が損傷し不能状態に陥る…
アシュタロンのコックピット、コンソールのいくつかが火花を吹いた。
「く…何てことだ…僕のアシュタロンが…ッ」
「…仕方ない、退くぞオルバ…!」
「?!…に、兄さん?!」
「アシュタロンはもう限界だ。…またの機会を待つのだ、オルバよ…」
「え、ええ…」
部隊から離れたティファ、彼女を捕らえる絶好のチャンスではあったが…この思わぬ伏兵によって受けたダメージは大きすぎた…
はらわたが煮えくりそうではあるが、これ以上この強力なメカザウルスを相手にするのは得策ではない。
そう悟ったシャギアは、不服げに舌を打ち鳴らし…オルバのガンダムアシュタロンを伴い、すぐさまガンダムヴァサーゴを駆りて何処かへ飛び去ってしまった…
「けっ…逃げやがったか」
「…な、No.0…」
最後に、去っていくその二つの影に忌まわしげな視線を投げつけ…彼女は、メカザウルス・ロウをその場にゆっくりととどめた。
すぐさま、ガロードたちがそばに駆け寄ってくる…
と、コックピットから出たNo.0…
彼女はロウの身体を伝うように跳ね、彼らの前に、ふわり、と、舞い降りてきた。
「大丈夫か、お前ら?!…怪我とか、してないかッ?!」
「あ、ああ!ぜんっぜん平気だぜ!…お前の、おかげで!」
「ははっ…そうかよ…」
ジロンの言葉にほっとしたらしく、今まで彼女の顔の中に在った緊迫感が溶け、失せた。
「あ…あなたこそ、それ…ッ」
「!…ふふ、たいしたことないよ…」
その緊迫は彼女に傷の痛みすら忘れさせていたらしい。
顔面蒼白のティファに指摘され、ようやく自分でもそのことに気がついたらしい。
しかし…そう言われても、彼女はただ…おかしそうに笑うだけ。
「で、でもぉ!血が出てるよぅ、No.0…ッ!」
「俺なんかどうだっていい!…お前たちが、」
ふっ、と、安堵の吐息を漏らす。
そして、No.0は…
彼らに向け、微笑んだのだ。
「お前たちが、無事でよかった…!」
「…!」
それは、本当に穏やかな笑顔だった。
流れる血と汗にまみれていながらも、驚くほどにやさしげで…綺麗だった。
大切なみどり児を胸に抱く「聖母」のごとき、慈愛に満ちた微笑。
月の光を反射してきらめく、No.0のガラスのような瞳…
その中には、いとおしい「トモダチ」の姿が映りこんでいた。
「…ありがとう、No.0…」
「…いい…いいんだ…」
笑って首を振る。
その様は、怪我をしているにもかかわらず、何だかむしろうれしそうにすら見えた。
まるで、こうすることが、こうすることこそが自分の当然の使命だ、とでも言うように…
…と、その時だった。
「…るーーー…」
「…?」
「…いいーーーーろおおおーーーーん…」
何だか、遠くのほうから…誰かが呼んでいる声が、夜の澄んだ空気を通して響き渡ってきた。
そして、正体を彼らが掴み取れずにいるうちに、それらはどんどんとこちらに近づいてくる…!
「!」
「?!…あ、あれは?!」
白いライトの光が、筋となって闇を照らす。
夜空を裂いてあらわれたモノ…それは、紅と黄の戦闘機!
「おーーーーい!ガロードーーーーー!…ティファーーーー!」
「チルーーー!ジローーーーン!」
「?!」
そして、その操縦者は…彼らの「名前」を呼んでいるのだ!
その声の主…それを悟った刹那。ジロンたちの心臓が、どくっ、と強い拍動を打った。
「!…お、おい、ベンケイ!」
「?!」
紅い戦闘機のパイロット、ホバーパイルダーを駆る兜甲児…彼の声が、驚きで高ぶった。
鮮黄のゲットマシン・ポセイドン号のベンケイも、驚愕でその目を見開く…
艦から姿を消し、こんな夜中になっても帰ってこないジロンたち四人の捜索のため駆り出された自分たち。
「仲間」たちが方々散らばり、彼らを探していたのだが…だが、そのさなかにこんなモノを見つけてしまうとは!
砂の海の中立ち尽くしている、その巨大な影は…
「め、メカザウルス・ロウ…!」
しかも、何たる事か…その足元には、ジロンやガロードたちの姿が見える!
数秒の躊躇の後、我に返った甲児たち…
彼らはこの異常事態に援軍を呼ぶためか、早々にその機首を180度旋回させ、来た方向へと足早に飛び退っていった…
内心、ガロードたちは安堵に胸をなでおろしていた。
今すぐ、この場でメカザウルス・ロウが攻撃されるような羽目には、どうやらなりそうも無いらしい。
多少の時間は稼げそうだ…
だが。
「…何故だ…?」
「え…?」
かすれた声が、風に吹き散らされた…
振り向くと、それは…No.0。
去っていったホバーパイルダーとゲットマシン・ポセイドン号…彼らの去りし中空を見つめながら、彼女は…今見た現実が信じられずに立ち尽くしている。
しかし、胸に沸き起こるその疑念を打ち消す事は出来ない…
呆けたように、四人を見返した。その瞳には力があらず、ただショックに打たれた哀しみが鈍く光るだけ。
「…何故、あいつらが、お前たちの『名前』を呼ぶんだ…?」
「!」
「何故、ゲッターチームの奴らが、プリベンターどもが、お前たちの『名前』を呼ぶんだ…?!」
「な、No.0…!」
「お…お前たちは、」
No.0の表情が、どうしようもない煩悶でひずんだ。
「お前たちは、あいつらの…ゲッターチームの、『仲間』だったのかよ?!」
「!…う、ううっ?!」
ティファが胸を押さえ、思わず身を丸めた。
彼女の力は感じ取った。
それは、No.0のこころ…
突如、眼前にたちあらわれた事実に、雷に打たれたかごとくに焼きつくされた…彼女のこころ。
それは激痛となって、彼女の中枢を駆け抜けていった。
そして、後から後から、じわじわとあふれ出てくる…
自分たち四人に対する疑心、絶望、そして怒り…!
「お、お前たちは…お前たちは、俺を…俺を、だましてたのか?!」
「ち、違うッ!俺たちは、そんなつもりなんて…!」
「ゲッターチームの奴らと、グルになって!…お、俺を、『飼いならそう』としてやがったのかよッ?!」
「違う!違うよぉ、No.0…ッ!」
「俺を連れて行ってくれたのも、俺にやさしくしてくれたのも、…俺の事を、『トモダチ』って言ってくれたのも!みんなみんな、俺をだますつもりで…!」
「違う!それは違う、No.0、誤解なんだ!」
「ティファ…!お前は、はじめから、そのつもりで…?!」
「ち、違う…!…違う、違う、違います…!」
高まるNo.0のテンション。彼らを責める言葉の口調が、どんどん強く厳しくなる。
四人は必死でそれを否定する。
ガロードも、チルも、ジロンも、ティファも…
だが、混乱してしまった彼らの口からは、同じセリフしか出てこない…!
「…〜〜ッッ!」
があん、と強烈な音が、ティファの言葉を無理やり終わらせた。
No.0の左手が、怒りに硬く握りしめられた拳が、メカザウルス・ロウの鋼鉄の脚を殴りつけた音だった。
少女は、ぎりぎりと四人をにらみつける。まるで、それだけで相手を射殺せそうなほどの鋭さで。
そして、血を吐くかのような勢いで…彼女は、四人にこう言い放った!
「行けえッ!」
「?!」
「行けえッ!行っちまえぇッ!…俺に、殺されたくなかったら!あいつらのところへ、行っちまええぇええぇッ!」
「な、No.0…!」
彼女の剣幕、そのあまりのすさまじさに怖じけるガロードたち。
怒りがNo.0の整った顔立ちを醜く染め、あたかも修羅のごとくに変えている…
誤解を解こうにもそのための言葉は出てこず、少女の怒りをただ前にし、半ば呆然としている事しか出来ない…!
「…ま、待ってくれよ、No.0…ッ!」
それでも、何とか動かぬ舌を叱咤し、言語音を紡ぐ。
しかし…それを、No.0は聞き入れようとはしなかった。
「…信じない…信用できない、っ、…お前たちなんてぇえッ!」
「…!!」
怒号。絶叫。悲鳴。
そのどれとも言えそうなほど、痛々しく猛ったセリフを最後に…No.0は、それっきり口を閉ざしてしまった。
身を翻し、ジロンたちに背を向ける。彼女のガラスのような瞳は、もはや彼らを見ることを拒絶している。
「な、No.0ぉッ…!」
チルが、絶望的な空気に怯えながら…それでも、勇気を振り絞って、もう一度彼女を呼ぶ。涙声で。
「…」
だが、No.0は何も答えない。
こちらを振り向かぬまま、つぐんだ唇を開かぬまま、心を閉じたまま、砂の海の中に立ち尽くしたままで。
…ガロードたちは、その場から去らざるを得ないことを悟る。
やる方もなく、一人、また一人、重い脚とこころを引きずりながら、「仲間」たちのいる艦(ふね)へと歩いていく…
時折、彼女のほうを心配げに見やりながら。
暗闇の中に、少女は一人…言葉語らぬ機械蜥蜴だけが、そのそばにはべるのみ。
爆音。夜空を照らす炎の明かり。
去りゆく彼らがもう一度振り向いた…
そこには、ジェットの炎を吹き上げながら空を切って飛び去っていく、メカザウルス・ロウの影があった。
夜の闇を貫いていくその影は、みるみるうちに小さくなり、海の向こうへと消えていってしまった…

どれくらい時がたったのだろう。時計などないこの機械蜥蜴の中では、正確な時刻などわからない。
わかるのは、そのコックピットの天井…透き通った硬質ガラスになっている…から差し込む月の光が、垂直からまた斜めへと照射の角度を変えたと言うことだけ。
とある海岸。あの毒蛇岩のあった海岸より、ずっと離れた人気のない海辺…
機械蜥蜴はそこに座り込んでいた。そうして、何もせぬまま…無為な時を過ごしていた。
夜は、刻一刻と明けていくのだ…あのまばゆい朝へと向かって、一心不乱に。
朝になれば、夜は消える…
闇色に染め上げられた風景も、星々も、月も…
全ては無くなって消えるのだ、まるで、はじめからなかったかのように。
だから、そんなものだったと思えばいい。あいつらとの出会いも、あいつらと過ごしたあの時間も。
メカザウルス・ロウ…そのコックピットのシートの上で、少女は胎児のごとく小さく丸まり、頭を膝にうめながら…先ほどから、そんな事ばかりを考え続けていた。
いや、自分に言い聞かせようとしていた。
だが、結局は出来なかった。
彼らのことを忘れ去ろうとすれば忘れ去ろうとするだけ、余計に鮮明によみがえる…
ジロン。チル。ガロード。ティファ…!
彼らの声が、彼らの言葉が、彼らの笑顔が…いともたやすく、頭で作った弱体な理屈を押し流していく。
「…〜〜ッッ!」
フラストレイションに耐えかねたのか、突如自分の頭を痛いほどかきむしる…
そして、左腕に巻かれた包帯の端を乱暴に引っ張る…
傷ついた皮膚が引かれる痛みに顔をしかめながらも、決死の形相でNo.0は包帯を解き続ける。
そして、とうとう全てはずしてしまった…傷口が再び冷たい空気にさらされ、じんじんと痛みが走る。
だが、そのほうが余計によかった。あの女が巻いてくれた包帯を、いまだ肌に触れさせているよりは。
と、彼女ははっと思い出した。
あの女が自分によこしたモノは、まだあったのだ、と。
ちりん、と耳元で蠢くそれ。うざったい、自分にからみつくような、それは罠の一片―
彼女の右手が、それをもぎ取るべく動いた。
…しかし、その手のひらがイヤリングに触れると同時に…その動きは、止まってしまった。
目の前にはじけたからだ。
あの浅ましい、邪悪で冷酷な悪魔、「敵」の…自分にはじめて出来た、「トモダチ」の笑顔が…!
がくん、と、No.0の腕から力が抜けた。また、ちりん、とティアドロップが揺れ動いた。
「…!」
いつの間にか、彼女の頬には熱い液体が流れ落ちていた。
そして、それはとめどなく流れ出てくる。
No.0のガラスのような瞳を濡らし、くもらせ、何も見えなくさせて…
声を押し殺して、あふれかえる彼らへの思慕の念を押し殺して、No.0はむせび泣き続けた。
むせび泣く事しか、出来なかった…


back