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◆ ボスと、エロ本と、エルレーン。
 (アーガマでの日々―
  「炎ジュン」の瞳に映る、エルレーン)
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「…あ、あの…リョウさん」
「?…何だい、健一君?」食堂で食後のコーヒーを楽しんでいたリョウとベンケイ。
彼らのもとにやってきた男がいる。
…剛健一。
「あ…あの、何ていうか…」
彼はどうやらリョウに用があるらしい。
だが、彼は何を戸惑っているのか、頬を赤く染め…何といっていいか、決めあぐねているようだ。
ぼそぼそと、どもりながら…それでも、彼は次のように言葉を継いだ。
「み…ミーティングルームで、エルレーンさんが…あ、あの…」
「…?」
彼の話はどうも要領を得ない…
どうやら、エルレーンがミーティングルームで何かをしでかしているようだ。
それで、「保護者」の自分たちを呼びにきたということだろうか…
…なんだかよくわからなかったが、ちょうどコーヒーも飲み終えたことだし…と、二人は健一と共にミーティングルームに向かうことにした。

「…」
「?!…え、エルレーンッ?!」
ミーティングルームに入った彼らが見つけたのは…テーブルに向かい、何かを真剣に眺めているエルレーンの姿。
そして、何故かそれを遠巻きにして見守っている数人の仲間たち…
その誰の顔も、「どうすればいいのだろう」という苦い困惑にみちみちている。
その原因は、まぎれもなく…彼女が検分している、その「何か」にあった。
それは、なんと…特殊な、いけない、そして…エルレーンが持つモノとは到底思えない、水晶みたいにクリアで純粋な彼女には到底似あわないモノだった。
リョウたちの目に飛び込んできたそれ。
テーブルに広げられたそれには…
金髪美女が一糸まとわぬ姿で、真顔ではとても正視できないようなポーズをとっていた。
彼女はページから妖艶に微笑みかける…
その微笑を、エルレーンはじっと見つめている。ごく真面目な表情で。
…ありていに言えば、一言で言えば…
それは、「エロ本」だった。
しかも、思いっきり両足を広げてくださっているその美女の…その足の付け根。
…いわゆる「消し」が、非常に薄かった。
…つまり、レベルの高い逸品であった。
明らかに、人前で広げてよろしいようなものではない。
そのエロ本と、真剣そのものといった顔で対峙する彼女…
エロ本を見ているとはとても思えないくらいに真面目な顔だ。まるで、学術書を読んでいるかのごとく…
そのすさまじいギャップに、周りは皆どうしていいかわからず…ただそれを見守っていることしかできなかったというわけだ。
…ようやく最初のショックからたちなおったリョウとベンケイ。
おそらく、かっとんでしまっている今の彼女に(最も効果的かつまともに)意見できる人物の登場だ。
「お、お前ッ、そ、それ…な、何してんだ?!」
「あ、リョウ!…そうだ、リョウやベンケイ君ならわかるよね?」
二人があらわれたことに気づいたエルレーンは顔を上げ、にこっと彼らに微笑んだ。
「な、何をだ?!」
ばさっ、と音を立ててその雑誌を開けてみせるエルレーン。
そして、真顔で二人に問う…
「…この本の、意味…」
「…〜〜ッッ?!」
…一瞬、二人の思考回路は完全に停止してしまった。
(い、「意味」って…エロ本の、「意味」って…そ、そんなことを言われても…)
二人の頭の中を、無数の「?」が舞い狂う。
しかし、エルレーンはふざけているわけではないようだ…
「い、意味と申しますと?!」気がすっかり動転してしまったのか、なぜか敬語で話すベンケイ。
「…んーと、あのねえ…この本ね、ボス君が、私にくれたの」
「ぼ、ボスが?!」
「…『勉強になるから』、って。…でもね、でもね…」
エルレーンは心底不思議だ、と言うような顔をして、その雑誌のページをぱらぱらとめくって見せる…
ブロンド美女のあられもない姿が目の前にめくるめく繰り広げられる。
「…見て」エルレーンはそのページを指差し、見てくれるように言う。
「あ、そ、その…見たいような見たくないような、って…!」
「あのねえ、この本ねえ…ほとんどが、女の人の、『シャシン』なの。…『シャシン』ばっかりなの」
「は、はい、そーですねー?!」
「でも、ね…この本には、文字が、ほとんどないの」
最初から最後までざあっとページを流すように繰りながら、エルレーンは発見したその事実を指摘する。
「は、はあ…」
「…ねえ、ベンケイ君…」
…そして、エルレーンは再び先ほどの質問を繰り返した。
「この本…一体、何の意味があるの?」
「え、えーと、あのー、そのー…」
「…わかんないの…さっきから、ずうっと考えてるけど…何で、文字が書いてないのに、『勉強になる』の?」
「…」
「ボス君は、どうして…『勉強になる』って、言ったんだろう、ね?」
「さ、さあー?!」
多分、自分はその理由を知ってる。そして、多分ビンゴ。ボスの意図どおりの意味だと思う。
…しかし、それをこの無邪気でまっさらなエルレーンに告げることなどできようか、いやできない!
上ずった声でしらばっくれるせりふを言うことだけが、ベンケイのせめてもの誠意ある返事だった。
「わからない…この本、一体、何なんだろう…?」
エルレーンは真剣だ。
「勉強になる」というボスの言葉の意味、だがそれと相反して、この本に含まれる情報量…文字の異様な少なさ…矛盾したこの事実に、すっかり考え込んでしまっている。
ベンケイが答えられない様子を見たエルレーンは、今度はリョウに聞いてみることにしたようだ。
「…ねえ、リョウ。…リョウは、わかる?」
「…」
リョウは、しばらく無言のままエルレーンを見つめていたが…
やがて、唐突に笑顔をつくって見せた。
「…うーん…どうだろうね。俺もよくわからないや」
「そうなの…」
「…だから、今からちょっとボス君のところにいって聞いてみることにするよ」
そして、そう言うなりダッシュでミーティングルームを駆け出すリョウ!
「?!…あっ、おい…リョウ?!」
ベンケイの呼び止める声にもふりむかず、彼は一目散へ何処かへ走っていく。
…エロ本に秘められている(のかもしれない)謎を真剣に研究しているエルレーンと取り残されたベンケイの顔には、困り果てた半泣きの表情が浮かんでいた…

廊下を疾走するリョウ。幾つものブロックを駆け抜け、彼が目指すのは…「奴」がいるであろう場所。
娯楽室に駆け込むと、果たしてそこには甲児と…「奴」がいた。
「…?…あれ、リョウ君、どうした…」
甲児が、いきなり娯楽室のドアをたたき破るかのような勢いで入ってきたリョウに声をかけようとした、その瞬間だった。
…リョウの硬く握られた右拳が、空を素早く切り裂く!
甲児の右横をかすめるようにして、その拳はまっすぐターゲットに突き進んだ!
「…こっのぉぉおおおおッッ!!」
「ぐげはァッ?!」
左頬を思いっきり彼の鉄拳で殴り飛ばされ、宙を舞ったのは…
自覚無き罪人、ボスその人だった。
どったんごろごろーっ、という派手な音を立てて、床に転がるボス。
あまりに唐突だったので、甲児は一瞬あっけに取られていたが…
我に返ると、慌てて倒れふしたボスを助け起こし、彼を殴り倒したリョウをきっと睨みつける。
「ぼ、ボスッ!…り、リョウ君、いきなり何しやがんだッ!」
…だが、彼の威勢のよいセリフもそこまでだった。
「やかましいッ!!」
娯楽室の空気をびりびりと震わせる強烈な怒号。
思わず甲児は、5cmくらい飛び上がってしまった。上がった意気が一気にくじけてしまう。
そして、普段は温厚なリョウがまるで般若のような怒りの表情を浮かべているのを見て…もはや、甲児は自分の手におえないと判断した。
そろそろと彼から離れようとする…
禍々しい怒りのオーラを立ち上らせたリョウ…
彼はボスの襟首をがしっとつかみあげる。
ボスは既に恐怖のどん底に陥り、まともな抵抗などとてもじゃないが出来そうもない様子だ。
「…貴ッ様ァ、エルレーンにあんなモノ渡すなんていったい何考えてやがるッ?!」
「!…あー、あの…ちょ、ちょっとした冗談のつもりだったんだわさ」
…その「エルレーンにあんなモノ」というセリフで、自分が今こんな状況に陥ってしまった理由がようやく理解できたらしい。
か細い声で、なんとかぼそぼそ言い訳をする…
だがその言い訳自体が、リョウの怒りに油を注いでしまった。
「じょ・う・だ・ん・だと〜ッ?!」
ぎりぎりと眉がつりあがり、ボスを締め上げる手にもさらに力が入る…
「…純粋な、エルレーンになんてことをッ!このどアホがッ!」
…そして、ボスは…哀れなボスは、自分のやった「ちょっとした冗談」の報いをその一身に受けることになったのだ。
「ギャーーーーー!!」
「ぼ、ボス…」
「か、兜ッ!た、たすけ…」
「…あ、あわわ…」
「逃がさんッ!」
「ぎょわーーーー!!ひぎゃーーー!!」
娯楽室にボスの悲鳴が響き渡る。不吉な鈍い音が、連続して響き渡る…
それはそれは、もう。完膚なきまでに。怒りのままに。
憤怒は彼の拳を鋼鉄に変え、不埒者を叩きのめす…
自分のかわいい「妹」・エルレーンに仇為す者を(特に、教育上望ましくないモノに関しては)、流竜馬は決して許さなかった。
そして、それは数分間も続いた頃だろうか。
…娯楽室に、再び静寂が戻った。
「…」
「…ふう」
リョウはため息一つつき…すっくと立ち上がると、ぱんぱんと手を払い…さっさと娯楽室を後にした。
…その一部始終を見ていたものは、兜甲児一人。
たった今、目の前で繰り広げられた地獄絵図を目の当たりにした彼は…
かつて、自らもエルレーンに不埒なことを教えたことがあった彼は、「こうならなくってよかった…本当によかった」と、自らの幸運を心底かみしめていた。
…今、ぼろ雑巾のようになって転がっているボスには悪いけれども。

「…なんか、なんかあるはずだよ。…意味のないモノなんて、ないんだから」
「あ、あははー…あるんだろうねー、あははー…」
ベンケイは、あいまいな返事を脂汗かきながらしどろもどろにくりかえしていた。
…と、そこに…用(天誅)を済ませたリョウが戻ってきた。
「!…リョウ!…ボス君、見つかった?」
「…ああ」
「ボス君、なんだって?」
興味津々、といった顔で聞いてくるエルレーンに、にこっと微笑むリョウ…
「んー…エルレーンにそれ渡したの、あんまり深い意味はなかったみたいだよ。
…いっつも一生懸命だから、ちょっとからかってみたくなったんだってさ」
そして、笑顔のままそうぬけぬけと言い放った。
その笑顔の裏に、何かとんでもないモノが隠れているのだろうということを…長い付き合いから、ベンケイは確信していた(でも、怖いから絶対聞かない)。
「!…そうなの…でも…」
「…それは、きっとまだエルレーンには難しいから…また今度、考えよう」
「…ふうん…」
「それで、いいだろ?」
そう言って、話を強引にまとめてしまうリョウ。
エルレーンは、一旦腑に落ちないという顔をしたが…他でもないリョウがそういうのなら、と、その場はそれで納得することにした。
「うん…でも、じゃあ、これ…どうしよっか?…ベンケイ君、いる?」
すると今度は、今は自分にはわからないらしい「教材」をどうすればいいのか、という問題が出て来た。
ベンケイに進呈しようとする。
「…え、えーと…」
欲しい、なんていっていいものだろうか。
確かにそりゃあ魅力的ではある。
だが、このようないきさつを知った上で、となると…それより何より、隣に立っているリョウの反応が…怖い。
ベンケイが逡巡しているうちに、ミーティングルームにもう一人のゲッターチームがやってきた…ハヤトだ。
今の今までこの場にいなかった彼は、当然事の成り行きを知らない。
「!」
と、彼の姿を見つけたエルレーンは、その雑誌を胸に抱いて彼の元に駆けていく。
「ハヤト君!」
「ん…何だ、エルレーン?」
「いいモノあげる!」
「何だ?」
「ボス君がくれたんだけど、私にはまだ難しいんだって…だから、ハヤト君にあげる!…はい、これっ!」
そう言いながら、彼女はにこおっと微笑んで…すっとその雑誌をハヤトに差し出した。
ハヤトは怪訝そうな顔でそれを受け取ったが…表紙をみるやいなや、ぶはっと吹きだしてしまった。
…何処からどう見ても…エロ本じゃないですか、これは。
エルレーンさん、あんた一体どういうつもりなんだい。
「?!…こ、これ、を…?!」
そう言おうと思ったが、衝撃のあまり言葉がうまく出てこない…
何とかそんなふうに問い返すだけ。
「うんッ!」
満面の笑みで、彼女はこっくりとうなずいた…
その表情には何の悪意も浮かんでいないことが容易に見て取れる。
…つまり、彼女は真剣(マジ)である。真剣(マジ)で…このエロ本を自分にやるという。
「な、なんで、俺に…?!」
「えー、だって…おっぱいのおっきな女の人の『シャシン』ばっかりのってるから」
「?!」
エルレーンのストレートなセリフに、ハヤトは言葉を失ってしまった。
…一瞬のタイムラグの後、かあっと彼の顔が赤くなっていく…
色白なほうだけに、なおさらはっきりとそれがよくわかる。
「…」
そして、思わず周りの見物人たちも無口になってしまう…
「…え、エルレーン…じ、実はわかって言ってんのかな…」
「…」
ベンケイが頭をかきながらそうリョウに問い掛けたが…リョウは、なんともいえないといった表情で首をふるのみ。
…わかって言っていたら、彼女は相当の悪女というものだ。
「…そ…そう、かよ…はは…」
かすれた笑い声…ハヤトは動揺もあらわな様子だ。
「ね?ハヤト君、『ぼいんちゃん』だいすきだよねー?」
が、エルレーンはさらに追い討ちをかけるかのように(彼女としてはそのような意図は一切ないのだが)、小首をかわいらしくかしげながら、ハヤトに無邪気に笑いかける…
「…あ、ああ…」
…普段からそう公言しているとはいっても、面と向かって「だいすきだよねー?」と聞かれると…さすがにつらいものがある。
それに加えて、この状況…
だが、ハヤトはうなずくしかなかった。
立ちつくす自分に、周囲から同情にも似た視線が集まったように感じたのは…気のせいではあるまい。
「よかった!それじゃあちょうどいいね!うふふ…!」
「…そ、そうか…はは、は…」
もはや、笑うしかない…乾いたうつろな笑いをもらすハヤト。
なんだかものすごくいたたまれない。
しかし、善意100%の彼女に、これを突っ返すなどということもできるはずもなく…複雑な思いを抱いたまま、その「教材」を脇に抱えるハヤトだった…
(…ふーむ…なんだか、よくわからんが…大変そうだな、ゲッターチームよ)
その一部始終を見物していた「炎ジュン」は、ふっとため息をつきながらそう心の中で一人ごちた。
(…だが、エルレーンがこれから『人間』として生きていくためには、まだまだいろいろなことを学ばねばならんのだ!
しっかり頼んだぞ、お前達…!)
…この「事件」の問題の本質、リョウたちの苦悩の原因など、さっぱり理解できなかった「炎ジュン」
(その雑誌が何故問題になっているのかも、結局異種族である彼女にはよくわからなかった)。
彼女が最終的に抱いた感想も、そんなふうにさっぱりと180度、ズレてしまっていたのだった…


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