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◆ El-raine(「エルレーン」)(2)
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「…き、聞かせてくれないか。…君は、恐竜帝国が何をたくらんでいるのか、知っているのか?」ブライトが彼女に問い掛けた。
「…多分、…『大気改造計画』を、実行しようとしてるんだと思う」一瞬何かを考えたあと、エルレーンはそう答えた。
「その、『大気改造計画』ってのは何なんだよ?」
「…恐竜帝国、『ハ虫人類』は、もともと地上にすんでいたの。人間が、生まれる、遥か前…」
エルレーンが語りだす。つたない口調で…
「だけど、ある時、地上から逃げて、地下にもぐったの。…それが、ゲッター線…のせいだった、の」
「ああ、あいつらの生命にかかわるという…」
「原因はよくわかっていないけど…でも、『ヒョウガキ』っていう時が来ちゃったせいなんだって」
ぽつりぽつり、遠い記憶を掘り起こすように語るエルレーン。
その一言一句を、周りにいる人間全てが固唾を飲んで聞いている。
「『ヒョウガキ』?氷河期が関係あんのか?」
「うん…ゲッター線は…『宇宙線』っていうものの一つなんだって。だけどね、地上に降ってくる前のゲッター線って、本当はもっともっと強いんだ。
でも、お空の空気に当たって…だいぶ弱くなっちゃうの」
「!…そうか…!だから、大気を!」
「そう。だから、地球全部の空気を変えちゃって、ゲッター線を今よりもっともっと弱くする…
『ハ虫人』が、耐えられるくらいに。それが、『大気改造計画』の、元々の目的」
「それを、このゾラでやるつもりなのかよ!」
「多分…あのバット将軍がいた場所。ものすごく暑くって、知らない草や木が生えてた…『大気改造計画』の実験に、使われたんだと思う」
そう、ゲッタードラゴンのコックピットの中から、目覚めた自分が見た風景。そして大気。
あれはまさしく、「ハ虫人」にとっての理想郷…遥か太古の世界の風景だ!
「も…もし、その大気改造計画ってのが実行されたらどうなんのさ?!」
「…きっと、すっごく暑くなる。…『人間』が、生きられないくらいに」
「なんてことだ…それが奴らの狙いか!」
「奴らは何故、今になってそんなことを?!」
「そうだ。俺たちはあの時、確かに奴らを倒したはずだ…!」ハヤトが苦々しげにそういう。
彼の脳裏に、無敵戦艦ダイに特攻して命を散らした仲間、ムサシの姿がよぎる…
「ハヤト君、私もそう思ってたけど…」エルレーンは目を伏せ、軽く首を振った。
「あの時、無敵戦艦ダイは確かに壊した…
でも、私たち、帝王ゴール様や、バット将軍、ガレリイ長官が確かに『死んだ』かどうかまでは、しっかり確かめなかった…!」
「…」
「多分、うまく逃げたんだ…でも、ほとんどのメカザウルスは壊されたし、マシーンランドも…
それに、結局ゲッターロボを倒せなかったから…あの時代でやるのをあきらめたのかもしれない」
「でも、この世界は、あの時代からとんでもねぇ時間がたってるんだぜ!バット将軍が何でまだ生きているんだ?!奴ら不死身か?!」
ハヤトの疑問ももっともだ。
どんな「イキモノ」が、数千の時を経て生きられるというのだろう。
自分たち「人間」と「ハ虫人」とは、もちろん寿命も違うだろう。
しかし、それにしても…数千年は異常だ!
だが、そういうことではないということを、エルレーンは知っていた。
「…うーん…『ハ虫人』はね、もともと200年くらいは生きられるんだって。でも…多分、冷凍睡眠装置(プリザーブ・カプセル)をつかったんだとおもう」
「プリザーブ・カプセル…?」
「うん。…もともと、ハ虫人は、ずっと寝たり起きたりしてたの。
目覚めて、地上がどうか、ゲッター線がたくさん降っているか調べて、ダメだったらまた眠って…そうして、何千年も、待った」
「な、何千年…」
「私たちがいた時代は、本当にゲッター線が少ない、すごい運のいい時だったの。だから帝王ゴール様は地上に出ようとした…
だけど、そこにはゲッター線を集めようとしていた早乙女研究所が、ゲッターロボがいた。
…だから、また計画はダメになった。
…だから、ダイから逃げたあの人たちは、また眠ったんだと思う…」
「…」
「メカザウルスが…地上に、出てきた、っていうことは…きっと、また、ゴール様が決めたんだ、地上に出て、『大気改造計画』を実行して、地上で暮らすって…!」
「おい、それ…なんとかできないのかよ!」豹馬が先をせかすように結論を促した。
「…壊せば、いい」
「…?」
「…恐竜帝国の基地、それにすべてのプラントがある…恐竜帝国マシーンランドを、壊すしか、ない。
あのマシーンランドがあるかぎり、計画はやっぱり、止められない…!」
「…そう、なのか…」嘆息するアムロ。
恐竜帝国の基地、マシーンランドを壊さねば、「大気改造計画」が止められないというのなら…
それは結局、恐竜帝国との全面戦争が不可避のものであるということにいきつく。
「恐竜帝国…やはり、倒さねばならない敵のようだな!」ブライト艦長がうなるように言った。
「エルレーン君…君は、恐竜帝国の唯一の関係者だ。彼らを止めるため…我々に力を貸してくれないだろうか…」
「ちから…を?…私の…?」
「そうだ…『大気改造計画』のことだけではない。君は、先ほどの戦闘時…メカザウルスたちの弱点をつき、見事に奴らを倒してみせた。
君の知っていることが、恐竜帝国軍を倒すのに必要なんだ!」
「エルレーン…だから、頼む。俺たちのために…もう一度、お前の力を!」ブライト艦長の後を継ぎ、ハヤトもそう懇願する。
真剣な彼の表情をしばし見つめていたエルレーン…
「…ハヤト君…それは、つまり…私に、また…目覚めろ、ってこと?リョウを、眠らせて?」
「ああ」
「…でも、ハヤト君…」エルレーンの瞳に、ふっと哀しそうな色が混じる。
「…わかってる」彼女の言わんとしていることを悟ったハヤトが、それに先んじて彼女の憂い事を口にした。
「…お前は…リョウがまた、苦しむんじゃないかって心配してるんだろう?…あの、頭痛でな。
それに、お前は…嫌がっていたな、リョウに自分のことが知られるのを」
「…」
「だけど、エルレーン…今度はもう、俺たちでも隠し切れないだろう。
…さっきの戦いで、バット将軍は…恐竜帝国は、お前の存在を知ってしまった。お前が生きていることを知ってしまった」
「…!」ハヤトの言葉に、はっとなるエルレーン…ハヤトはなおも言葉を継ぐ。
「昔みたいに、お前のことを知っているのが俺たちだけならまだなんとかなったかもしれない。
だけど、もうあいつらにも知られてしまった以上、リョウにお前のことを隠しとおすのは、はっきり言って無理だ。
恐竜帝国の奴らも、自分たちの情報が漏れてるってことを前提にして、俺たちを襲ってくるはずだ」
「…」エルレーンの視線が、揺らぐ。
…すでに、バット将軍に自分のことを知られてしまっている…そして、自分は彼をもう少しのところで逃がしてしまった。
彼は当然そのことを帝王ゴールやガレリイ長官に報告するだろう…
宿敵・ゲッターチームの出現、それに…「裏切り者」の自分のことを。
惑うエルレーンをまっすぐ見つめ、ハヤトは…以前から、彼女に言ってやりたくて仕方なかったこと、そして結局言えないままだったことを口にした。
「それに…お前だって、本当は望んでたはずだ。お前…リョウに、自分のことを気づいてほしかったんだろう?」
「!」
「たとえあいつにお前の声が聞こえなくても、お前は知ってるはずだ…お前を救えなかったと思ったリョウがどれほど苦しんでいたかを」
そして、ふっと軽く微笑み、きっぱりと言ってやる。
リョウのことを思うお前の心配は、単なる杞憂だと。
「あいつは泣いて喜ぶに決まってる!…頭痛くらい我慢するさ!あいつは、お前を救うためにてめえの命張れるほど、お前のことを思ってたんだからな」
「…」
しばしの、無言。
「ハヤト君…いい、の、かな、私…また、目覚めても…?」
「ああ、もちろんだ。…頼む、もう一度俺たちに、お前の力を貸してくれ!恐竜帝国を倒すためには、お前の力が必要なんだ!」
「…わかった、よ、ハヤト君…!」にこっと微笑むエルレーン。ハヤトの瞳を見つめ、軽くうなずき返す。
「エルレーン…!」
「私、決めたんだもの。私、ゲッターチームのために、力を貸すんだって。…それで、リョウが喜んでくれるのなら!私の記憶が、役に立つなら…!」
「ありがとう…!君の持っている情報は、きっと我々の戦況を大きく変えるだろう!
奴らを殲滅(せんめつ)するための鍵になるにちがいない…!」
彼女の決意を聞いた仲間たちの間に、安堵の空気が広がる…
ブライトは彼らを代表して彼女に謝辞を述べ、エルレーンの知識が自分たちにもたらすだろうアドバンテージについて語った。
「…?」…と、そう言うブライトの言葉を聞いた途端、彼女の表情がちょっと変化した。
…何故か、彼女は…ブライトを不思議そうな目で見つめている。
「…ん?…な、何だね?」その視線に戸惑うブライト…
「…」
エルレーンは小首をかしげ…至極真面目な顔で、こう言ってのけた。
「…『センメツ』って、なあに?」
「ほあ?!」…思わず、自分でも笑ってしまうような間抜けな声が喉からでた。
が、目の前のエルレーンは真面目な顔で、もう一度同じ質問を繰り返す…
「…『センメツ』って、なあに…?」
「え、えっと…??」
「…ブライト艦長、あ、あの…あんまり難しい言葉、使わないでやってください…」見かねたハヤトが口添えしてやる…
彼は昔の彼女を知っているので、彼女が「こう」なのは既にわかっているのだ。
「そ、そうなの…?!」
「ねーえ、『センメツ』ってなあに?」
「そ、それは…まあ、『たたきのめす』ってことだな」
「…ふうん…」
エルレーンは、その言葉の意味に納得したようだ。
…しかし、何かを考えている様子の彼女…彼女は、ぽつりとこう付け加えた。
「…でも、それじゃ…足りないよ」
「…?」
「だって、あの人たちは、殺さなきゃいけないんだから。『たたきのめす』だけじゃ、足りないよ」
「?!」あまりにあっさりと発された、その言葉。驚きに目を見開く周囲…
…だが、エルレーンは至って平静だ。
冷静に、「殺さなきゃいけない」と語る。
その様子に、先ほどの戦闘時、彼女の戦いが思い起こされる…
「殺す」と言う、リョウなら絶対に言わないような言葉を使い、そして…その言葉どおり、コックピットを狙うなどの「相手を確実に殺す」戦い方をしていた。
嫌でも、薄ら寒い実感として湧いてくる。
…彼女は、リョウではない。
「…ゲッターロボが、ある限り…あの人たちは、絶対に、それを壊しに来る。それぐらい、怯えているの。怖いの、ゲッターロボが。
だから、恐竜帝国は、ゲッターチームを…殺しに、来る」
恐竜帝国の狙いを、平静に語る…
そして、なおもこう言った。ごく冷淡に。
「でも、そんなこと、させない…だから、殺さなきゃいけないんだ。恐竜帝国を、殺さなきゃ…バット将軍も、ガレリイ長官も、…帝王、ゴール様も…」
…が、その時だった。人垣の中から、小馬鹿にしたようなちゃちゃが入ったのは。
「…敵の親玉を『様』づけ、か…ふん、ご丁寧なこった」
「て、鉄也君?!」それは、剣鉄也…グレートマジンガーのパイロット。
不信感をあらわにした表情を浮かべ、戸惑う仲間をかきわけ、前に歩み出てきた。
「そんなホイホイ信用してもいいんですか?…大体、そいつは恐竜帝国の手先かもしれんでしょうが」
「鉄也、貴様ッ!」その無神経なセリフが、ハヤトの心にかあっと火をつける。
声を荒げるハヤト…
だが、それも意に介する風すら見せず、鉄也は鼻で笑うのみ。
「ハッ、それに」
エルレーンと名乗る、その得体の知れない女…元は、リョウだったモノ…に、ちらりと冷笑の視線を投げる。
「…そんな頭のねじが外れたような話し方をする奴の言うことなんか、信用できるか!」
「…!」
エルレーンは、一旦その言葉にひるんだ。
…が、何とか勇気を奮い起こし、それに抗弁しようとする。
「…ち、違う…もん」
「え…?」
「わ、私は、確かに、『兵器』として造られたけど…『機械』じゃ、ないもの。…だから、頭に、ねじなんて、ないもんッ」
「え、…あ、ああ…」ベンケイはどう答えていいかわからず、あいまいに笑う。
クローンとして造られ、生活体験の絶対量が少ないために言語知識に欠ける彼女は…鉄也の言葉の意味をそのままに取ってしまったのだ。
「…フン…!」そんな彼女の言葉に、馬鹿にしきったような笑いを浮かべる鉄也。
「…しかし、まったく!」
そして、とどめとばかりに…皮肉な調子で、こう大きな声で言い放った!
「…男女(おとこおんな)の上に、二重人格。その上、そいつはおつむの軽いガキみたいな女!それがリーダーとは、ゲッターチームもまったく大変だな」
「!」
エルレーンの瞳が、かっと見開かれる。
…と、きっと彼女の眉がつりあがる…
「…」
「?!…な、何だ…」鉄也の不敵な態度が、崩れる。
真顔…いや、無表情に近い…その女、エルレーンが、ゆっくりとこちらのほうに歩んできたのだ。
…そして、自分の目の前でぴたり、と止まる…
一体何のつもりなのか、鉄也も周囲もすぐに理解が出来ない…
が、その途端…!
「…!」エルレーンの身体が、しなやかなケモノのようにうねる!
視界が、ひずんだ。揺れて、ぶれた。
右頬に強烈な衝撃、そして瞬時に…腹部に押しつぶされるようなプレッシャーがかかる。
「が、ぐはッ?!」鉄也のうめき声。
刹那、彼は壁まで吹っ飛んでいた!
そして、鉄也が今しがたまで立っていた場所…
そこには、鉄也の腹を蹴り飛ばした左脚をゆらり、と空で止め、吹っ飛んだ彼を冷たい目で睨みつける、エルレーンの姿!
…彼女は、瞬時に鉄也の顔に裏拳を叩き込み、さらに強烈なキックをお見舞いしたのだ!
「え、エルレーン?!」
「て、鉄也君ッ!」
「鉄也ッ!大丈夫ッ?!」
倒れふした鉄也に慌てて駆け寄る仲間たち…
その鉄也を冷たい目でにらみつけ、すっと脚を戻したエルレーンは…驚くほど底冷えした声で言い放った。
「…わないで」
「ぐ…う?!」
「リョウの、悪口…言わないでよッ!」
「!」
ハヤトが急いで彼らの間に入る。
…だが、もう遅い。
彼女のスイッチが、入ってしまった。
「や、止めろエルレーンッ!」
「ハヤト君!この人、どうしてリョウのこと悪く言うの?!…この人、リョウの…『敵』なのッ?!」
そうハヤトに問う、その口調…さきほどまで彼女がまとっていた、やさしげでふわふわした、小さな女の子のようなかわいらしさなど微塵も感じられない。
そこにあるのは、純然たる敵意。
自分のいとおしい分身、リョウを罵った鉄也に対する強い敵意…!
「!…ち、違う!と、とにかく離れろ!」慌ててハヤトがエルレーンの身体を鉄也から引き離す。
鉄也を彼女から遠ざける…そうしなければ、エルレーンは鉄也を再び攻撃するだろう…
リョウの「敵」に見えた、彼を!
「…ちっきしょう!よくもやってくれたな、この女ァッ!」
「鉄也!止めるんだ!」鉄也の怒号。
ばっ、と自分を助け起こそうとする手を振り払い、エルレーンに向かって突進しようとする…
その彼を身体を張って止めるハヤト。
「離してくれ!」
「ば、馬鹿!お前の勝てる相手じゃないんだ!」
「?!…な、何だと?!」ハヤトのその制止の言葉に、一瞬戸惑う鉄也…
だが、それを聞いたエルレーンが、鉄也を指さし挑発するように嘲笑う!
「…きゃはははは!そうだよ、私強いもの!あなたなんて、相手にならないよッ!」
「!!」みるみるうちに、鉄也の形相が変わっていく…
ハヤトの止める手を、無理やりひっぺがえそうとする!
「て、鉄也ァッ!」
「くっそぉっ!そこまでいうなら、見せてもらおうじゃないかッ、そのあんたの実力とやらをッ!」
「…ふふん、…止めといたほうが、いいんじゃないかなあ…」しかし、意気あがる鉄也をまるでおちょくるかのように、エルレーンはそう言うだけ…
恐竜帝国のキャプテンたちに見せた、あの冷酷さが…その声のどこかに混じっている。
静かな微笑みすらたたえ、鉄也を見下している…
「…!!」
それに危機感を感じたハヤト…
エルレーンのすぐそばに立ちつくしている、ベンケイに向かって怒鳴りつける!
「べ、ベンケイ!エルレーンを抑えてろッ!」
「お、おうッ!」
「きゃん!」その声にはっとなったベンケイ…
慌てて隣に立つエルレーンの両腕をがしっとつかみ、動きが取れないようにする。
一瞬、エルレーンはきょとんとした表情を浮かべたものの…
「いったぁい…ねえ、離してぇ、ベンケイ君…☆」…何と、彼女はベンケイをじいっと見つめ、そうおねだりするように言ったのだ。
先ほどとはまたころっと変わった、鼻にかかった、甘えるような声で…まるで、彼の同情を買うかのように(それは果たして無意識のうちなのか)、瞳をうるうるさせて。
そのいたいけな姿が、ベンケイの胸をちくちくと刺す。
「あ、ご、ごめん?!」…果たせるかな、そう謝るなり、彼はエルレーンからぱっと手を離してしまった…
瞬時、薄く笑むエルレーン。
「…たぁっ!」気合一閃、何かをつかんだエルレーンの右手が素早く空を切る!
「ぐがッッ?!」鉄也の顔面に、なにやら硬いモノが勢いよくぶち当たる!
…目の前に散る火花。じいんと広がる痛み…
あまりの衝撃に、のけぞる鉄也。
がらん、と落ちた、たった今鉄也の顔面を叩きのめしたモノ。
それは、リョウの光線銃…リョウが腰に装備していたものだ。
「うふふ…!」
「?!…お、抑えてろって言っただろうがッ!」
「ご、ごめんハヤトッ!」今何が起こったのか一瞬理解できず、いぶかしげな顔をしていたハヤト…
だが、微笑むエルレーンと、床に転がったその光線銃を見て、ようやくそれがつかめた…
慌ててベンケイに怒鳴りつける。
どやしつけられたベンケイも、すぐにまたエルレーンの両腕を抑える…
今度は離しちゃいけないと思いつつ。
「くそぉッ!離せ!あの女、いっぺんぶちのめしてやるッ!」
鉄也は怒り心頭に達したか…何としてでもあの女に一撃喰らわさなければ気がすまない。
「や、やめろ鉄也ッ!」振り払おうとするその力は存外強く、もはやハヤトだけでは抑えきれず、そばにいる甲児たちも一緒になって、やっと抑えられているくらいだ…
…が、その時。
騒ぎの根本原因である、そのエルレーン…
今まで彼女の顔に浮かんでいた不敵な微笑みが、すうっと消えうせる。
身体の奥から湧き出てくる、あの感覚の再来…
「…あ」小さな声が、真顔になった彼女の唇からもれる。
「…?!」
「ど、どうした、エルレーン…?!」
後ろから、彼女の両腕を抑えているベンケイ…戸惑った彼の両腕をそっとはずし、振り向いた彼女がつぶやいた言葉。
「…眠い…私、もう、眠っちゃう、ベンケイ君…」
「…え?!」
突然「眠い」と言い出したエルレーンに、困惑しまくるベンケイ…
どうやら、襲い掛かってくる眠気を感じているらしく、その目つきがぼんやりと、はっきり定まらないものになる…
「あのね…ベンケイ、君…」
…と、ベンケイの目を見つめ、小首をかしげたエルレーンが…弱々しげな声で、ささやくようにつぶやいた。
「な、何…?!」
「リョウに、ね…つたえて」
「あ、ああ…何を?」
「…私の、せいで…こんな、じゃまな、私のせいで…いたいおもい、させて、ごめんね、って…」
その言葉を最後まで言い切った途端、限界を超えてしまった…
全身脱力し、エルレーンはひざからがくりとくずおれる…
「あ…!」慌てて、前のめりに倒れる彼女の体を抱きとめるベンケイ。
気を失った身体は重く、だらりと力なくベンケイの腕の中へ倒れこむ。
「…」
一瞬、しいんとなるブリーフィングルーム。
「な…何なんだ?…彼女は、一体…」
「…眠ったんですよ」
「眠った?」
「ええ。…あいつは、なんだかんだいってやっぱりリョウの身体の中にいるわけですから、
こうやってリョウを眠らせて、自分が表にでてくる時には…相当にエネルギーを使うらしい。
…だから、あいつが目覚めていられる時間はそんなに長くないんですよ、もともと」
「そ、そうか…それじゃあ、次に彼女が目覚めるのはいつ頃になる?明日か?あさってか?」
「多分、来週くらい…10日後くらいじゃないですか」
「え?!…そ、そんなにかかるのか?!」驚くブライト…しかし、以前の事を知っているハヤトは淡々と言う。
「ええ…前も大体そんなペースで出てきましたからね。…けど、いつ出てくるかはまったくわからない」
「…そうなのか…じゃあ、彼女が再び現れたら、すぐ話を聞かねばならないな」
「ふん…そこまでして待つ価値のあるものですかね?!」
だが、またそこに横槍を入れる鉄也。
不愉快そうに言い放つ。
「…鉄也?!」
「鉄也。…確かに、さっきのはエルレーンが悪い。だが…お前の態度だって、ほめられたもんじゃなかったぜ」
ハヤトはそんな鉄也に向かい、静かな口調で先ほどの態度を非難する。
だが、そんなことも何処吹く風、鉄也はふっと鼻で笑ってこう言うのみ。
「…別に俺は、間違ったことを言ったつもりはないがな」
「お前…いい加減にしろよ」
「は、ハヤト…」
ぴりぴりした空気が二人の間に漂いかけたその時、ベンケイの困惑しきった声がそれに割って入った。
「ど、どっちでもいいけどさ…ど、どうすんだよ、…これ」
「…」ベンケイの腕の中には、倒れこんでしまい…眠っているエルレーン、リョウがいる。
「…部屋に運んでやろう。今度目が覚める時は、『リョウ』のはずだ。
…俺はあいつに説明してやらなきゃならないんだ。
今まであいつに隠してたこと、そして今日のこと、これからのこと…」
ハヤトはその寝顔を見下ろしながら、そうつぶやき…そして、深い深いため息をついた。
「エルレーンのことを誰よりも気に病んでた、リョウに…」


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