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◆ Drum voraus, geradeaus(そして前へ、真っ直ぐと前へ)
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目覚めたその一瞬後、彼女は不思議そうな顔をした。
だが―自分がいる場所が、アーガマの医務室…つまりは、自分が逃げ出してきた場所…だと気づくや否や、彼女は素早くそこから飛び出た。
突然の覚醒、そして行動に、ベッドのそばではべっていたゲッターチームも、一瞬反応が遅れた。
エルレーンは何も言わぬまま、振り返りすらせぬままに、医務室を出、真っ直ぐに廊下を歩む。
その後ろ姿は、何人をも拒絶していた。
異様さに虚を突かれたリョウたちであったが、はっとなるや否や、すぐに彼女に追いついた。
「…」
だが、彼女は無言。
いつもの明るさ、朗らかさとは、打って変わった―薄暗さ。
「?!…え、エルレー、」
「…いで」
「…?!」
リョウが声をかけた、その時。
歩みを止めぬままに、少女の唇がぼろぼろと言葉を落としていった。
「ついて、こないで」
「!」
抜き身の短刀のように、冷たい口調だった。
返ってきたその返事のあまりの鋭さに、リョウは思わず金縛られ、息を呑む。
だが、彼女が再び足音も荒く、何処かに歩み去ろうとしているのを見…何とか我を取り戻し、その後を慌てて追った。
彼女は、真っ直ぐにある部屋を目指していた。
廊下をいくつもくぐりぬけ、唐突にあらわれた彼女の姿に驚いた「仲間」たちに目をやることもなく、
ただひたすら、前へ、前へ、前へ。
前へ―そのたどり着く先にある部屋、その扉を躊躇することなく開き、中に入る。
それは、リョウの部屋。エルレーンの部屋。二人の個室。
程なく、廊下に間抜けに鳴り響いた無機質な電子音が告げる。
―その扉は、施錠が施されたことを。
「え、エルレーン!どういうつもりだッ?!」
尋常でない様子の彼女の行動に、思わずリョウは扉に取り付いた。
だが…扉の向こう側からは、何の物音もしない。
「エルレーン!ここを開けろッ、エルレーンッ!」
「どうしたんだ、エルレーン!何でいきなり…?!」
「エルレーン!おいッ、エルレーン!」
ハヤトとベンケイもかけつけ、口々に彼女に向かって呼びかける…
しかし、それでも扉は再び開くそぶりすら見せない。
堅く、冷たく、重く、彼らと彼女の間を閉ざしているだけだ。
…と、彼らの騒ぐ声を聞きつけたのか、わらわらと「仲間」たちが寄って来た。
「ど、どうしたんだ?!」
「あッ…」
「え、エルレーンが、この中に」
「閉じこもっちまったんだ!」
「え…?!」
焦り混じりのゲッターチームの説明に、彼らの表情が気色ばむ。
当然だろう…あんな経緯を経て、何とか取り戻したのだ。
追い詰められた彼女は、放っておくわけには行かない状態にあった。
異変を嗅ぎ取ったギャラリーが集ってくる合間にも、リョウは扉を叩き続けていた。
「おいッ!エルレーン、一体どうしたんだ?!」
「…」
「鍵を開けろ、エルレーン…!」
すると、度重なる叫びにとうとう根負けしたのか…それとも、耐え切れなくなったのか。
ロックされた扉の向こう側から、初めて無音以外の音が返ってきた。
「…いやあッ!」
「!」
「…わ、私、ここにいるッ…!」
「?!」
「な…?!」
そこから返ってきたのは、わけのわからない主張。
「な、何でだよ、エルレーンッ!」
「私、私…!も、もう、ここにいちゃいけないんだ!」
問い返すハヤトの声にも、やはりわけのわからないセリフを跳ね返す。
「…?!」
困惑するリョウたちは、一瞬言葉を失くす。
「な、あ…」
「だ、だから…だから!だから、出て行ったのに!なのに、何でえッ?!」
「な、何言ってるんだ、エルレーン?!」
金切るような悲痛な叫びが、扉の向こうからリョウたちを責め立ててくる。
それでも、わけもわからずその声に責められながらも―必死で、問い返した。
「どうして、お前が出て行く必要があるんだよッ…」
「!…お前、まさか…」
ハヤトの表情が、ひきつる。
そして、彼の歪んだ唇から搾り出されたのは、やはりあの懸念―
「…あの女(ひと)のところへ、行こうとしてたのかッ…?!」
『…?!』
ざわっ、と、プリベンターたちに戸惑いが走る。
ざわめきがうねり、彼らの視線は閉ざされた扉に集中する…
しかし、意外なことに。
扉の向こうから返ってきた答えは、リョウたちが恐れていたものとは違っていた。
「…ちがうぅっ!」
「え…?!」
「違う!…ルーガのところに、かえろうとしたんじゃない…!」
エルレーンは、はっきりとそれを拒絶した。
涙にむせんでいるのか、荒い息の合間から…彼女は、続けて言った。
「そうじゃない…そうじゃない、ただ、」
っく、という、息を呑む音。
その音の後に…自棄になったかのような、吐き捨てるような口調の言葉が放たれた。
「…私なんか、いなくならなきゃいけなかったんだ!」
「?!…だ、だから、何故…」
「そ、それも、ダメなら!…わ、私、ずうっと、ずうっと、ここにいるッ…!」
「…ッ!」
があん、という、強烈な音。
扉の向こうで震える少女を、さらに脅かすには十分なほどに。
扉に叩きつけられたリョウの固めた拳は、衝撃でかすかに赤く染まる。
「!」
「…だからッ!何でだ、って聞いてるんだ!エルレーン、答えろッ!」
痛みすら感じているだろう、だがそんなことすら気にもとめず、リョウは怒鳴る。
「…!」
「お、おい、リョ…」
異常なほどの剣幕に、彼を押さえにまわるハヤトとベンケイ…
しかし、リョウはがんがんと扉を殴りつけ、彼女の「名前」を呼び続ける。
彼女に返答を強要する―
「エルレーン!エルレーン!」
怒声。怒声。怒声。
激音。激音。激音。
その乱打に、数秒の間をおいて…エルレーンは、絶叫を持って返した。
「…れない、からあッ!」
だが、最初、その絶叫は…罪悪感と、どうしようもない息苦しさにしめつけられ、音のていを為さなかった。
「?!」
「な…」
「何て言ったんだ、エルレーン?!」
「…しちゃうかもしれないから、ッ」
「何だ…?聞こえないぞ、エルレーンッ!」
二度。彼女は何かを言った。
だが、それも聞こえず―リョウたちは、先を促す。
「…リョウたちを、私は、私が!」
そして、三度目。
塞がれた扉の向こう。
表情の見えない、エルレーン…
だが、彼女はどれほどまでに苦痛をみなぎらせた顔をしていたのだろう、こんなセリフを吐くまでとは―?




「ころしちゃうかもしれないからあッ!」
『…?!』




リョウの手が、止まった。
ハヤトの瞳が、見開かれた。
ベンケイの口が、語る言葉を失った―




「…え、エルレー…ン」
「わ、私、…やっぱり、ルーガを殺せない!
い、いくら、『ハ虫人』…『敵』だからって、ルーガを殺すなんてこと、私には絶対に出来ない!」
「…」
「だ、だって!私、ルーガが好きだもの!
ルーガは私を見ていてくれた!私を守ってくれていた!
ルーガは、私に…私に、『名前』をくれた!」
彼女は涙を流しているのだろうか、時折しゃくりあげながら、言葉に詰まりながら、それでも今まで押し込めてきた不安を懸念を恐怖をそして愛情を一気に吐露する。
それは、あの女(ひと)、あの女龍騎士がために。
敬愛すべき師匠。
信頼に足る「仲間」。
そして、だれよりも大切だった「トモダチ」…
その「トモダチ」に、すでに一度見捨てられ、切り離され、そして―「敵」として決別されているにもかかわらず。
「だから!…もし、る、ルーガが…私に、リョウたちを、殺せ、って、言ったら!…わ、私…どうしちゃうか、わからないッ!」
「え、エルレーン…」
「だからお願い!私をころして!ころせないなら、ずっとずっとここに閉じ込めたままでいて!外からも出れないようにして、ずっとずっとこの中に…!」
「…」
それにもかかわらず。
それにもかかわらず、彼女は―キャプテン・ルーガの役に立つことを、今でも思ってしまうのだ。
だが、それはもう一方の愛する者たち…リョウたちプリベンターを殺すことと、同義。
だから、彼女はその両方をもう一度拒絶したのだ。
全てを絶ち、全てを見捨て…ひとり、たった一人で閉じこもる、という選択で。
「…っく…ええぇぇん…ひぃっく…!」
「…」
「…」
その告白が、重すぎて。つらすぎて。哀しすぎて。
しばし、誰も二の句を告げなかった。
リョウたちも顔色を失い、言葉を飲み込み―ただ、呆然と立ち尽くすのみ。
奇妙な静寂が、その場に満ちた。

…しかし。
数秒、いや、数十秒か…
その後に、空気が動いた。
「!」
「…」
「て…鉄也?」
「…」
歩み出たのは、剣鉄也―グレートマジンガーのパイロット。
彼は、惑うリョウたちを無言で制し…自らが、扉の前に立った。
思わぬ人物の登場に、「仲間」たちの視線が集まる。
…刹那の、空白。かすかな緊張感。
その緊張を裂いたのは―
「…!」
『?!』
があああん、という音と、衝撃と。
びくうっ、と、少女の身体が大きく跳ねる。
あまりの驚きと恐怖で、一気に身体が強張った。
そして、それは扉の向こう、彼を見ていた「仲間」たちも同様だ。
リョウたちゲッターチームも、突然のことに状況を理解しきれないでいる―
…鉄也は、思い切り、その扉を蹴飛ばしたのだ。
そして、続けざまに右拳で扉を殴りつける。
威圧どころではない、もはや暴力と言えそうなまでに、激しく。
「…いい加減にしろ、エルレーン君!さっさとここを開けるんだ!」
「て、鉄也く…」
「聞け!エルレーン君!…あんたは、そんなに!そんなに弱い奴だったのかッ?!」
「…」
「あんたは、そんなに…弱くて、ずるい奴だったのかッ?!」
「え…?!」
鉄也が放った、その言葉に。
エルレーンが息を呑む気配が―した、ような気がした。
扉を乱打することを止めた鉄也は、今度は…言葉で、彼女を打つ。
「エルレーン君、あんたは…そんなに簡単に、『仲間』を捨てられるほど、弱くてずるい奴だったのかよ…?」
「…」
「俺たちも。そして…あの、ルーガって女(ひと)も」
「!」
鉄也の言葉に、エルレーンの表情が強張る。
彼女がわずかに動揺した隙にも、矢継ぎ早に彼のセリフがドアを貫く。
「あんたはそこに逃げ込んで、ずっとずっと隠れているのか。俺たちとあの女(ひと)が戦う中で」
「う、ううッ…」
「俺たちが死んでいくのを、そこでただ待っているのか?!」
「ち、ちが…」
「あの女(ひと)が死んでいくのを、そこでただ待っているのか?!」
「…」
それは、罵倒にも似ていた。それぐらいに厳しい、批判そのものだった。
容赦なく―まるでそれは、鞭のように激しく、エルレーンのこころを打ち据える。
覚悟を決めろと、打ち据える。
「どんな結末になるにせよ、エルレーン君。あんたが今選んでいる道は、結局のところ最低だぜ」
「あ…」
「何とかしようとあがきもせずに。何とかしようと考えもせずに。
…とどのつまり、あんたは逃げているだけなんだ」
無音。
鉄也の最後の言葉は、心底まで少女を打ちのめした。
それが証拠に、扉の向こう側からは、何も返答が返ってこない―
…と、鉄也の表情が、少しやわらいだ。
もう一度、口を開く。
今度は、怯えた子猫を落ち着かせるかのように―やさしく。
「エルレーン君。あんたは忘れている」
「な…何、を?」
「あんたは、もう…一人じゃない、ってことを」
「…!」
「あんたの昔がどうだったかなんて、俺は知らない。だけど、少なくとも、俺が知っているのは、」
ふっ、と、鉄也が笑んだ。
その時のことを、思い出したかのように。
「…ダンテの野郎に操られた俺を叱り飛ばし、助けようとしてくれた―あんただ。
俺たち、プリベンターの『仲間』としてのあんただ!」
「鉄也、君…!」
「あんたが俺を必死で助けようとしてくれたのは何故なんだ?」
「そ、それは…」
「俺が、『仲間』だったから…違うか?」
一瞬戸惑ったような気配が、扉の向こうでさんざめく。
その先を、鉄也が続ける。
「だったら、今。俺たちが」
鉄也の言葉が、鋼鉄の向こうから響く―
きっと、彼は笑っているのだろう。
空気を震わせて届いたその言葉は、そんなあたたかみを持っていた。
「俺たちが、あんたの力になりたいと言ったからって―何が、おかしい?」
「…で、でも!」
「文句を言ったところで、聞かないぜ」
「だ、けど!…だけど、私は!私は…!」
「聞かないって言ったぜ。…何て言ったって、俺には」
一瞬の、間。
その後に、少しためらったような、少し照れているような、少しぶっきらぼうな―そんな言葉が返ってくる。
「…あんたに、随分な借りがあるんだ。ちょっとやそっとや返しきれないほどの借りが、な」
「鉄也君…」
「だから、」
鉄也が、笑んだ。
「今度は、俺が。俺が、あんたの力になってやるよ」
「…」
「いや…俺だけじゃない、な。…だろう、みんな?」
振り返って聞いた鉄也に、皆が無言でうなずく。
どこか不敵な笑み、自信ありげな笑み―つまりそれは、彼女を思うが故に。
リョウが、再び歩み出る。
扉にそっと手を添え、穏やかに呼びかける。
「そうだよ、エルレーン」
「リョウ…」
「もう、お前は一人じゃないんだ。あの時とは違う」
「…」
「だから、必ず!変えてみせるんだ!」
「…!」
小さな吐息の音が、聞こえた。
ためらっているのか、それとも迷っているのか…
エルレーンの返答を、彼らは待った。
「…けど、」
「ん?」
…返ってきた扉の向こう側の声は、今なお弱々しい。
惑う少女の精神そのもののように、声も揺らぎ、決意も揺らぐ。
「わ、私…ほ、ほんとうに、わからないんだよぉお…も、もし、ルーガが、ッ」
「…馬ッ鹿だなあ、お前!」
だが、すぐさまに―少女の情けない惑いの泣き言を、朗らかな罵声が切って返した。
驚くぐらい明るく、からっとした…それは、豹馬の声。
「え…?!」
「俺たちがそんな簡単にやられてたまりますかー、っての!」
「豹馬君…?!」
「そうですよ、エルレーンさん。…俺たちだって、強いんですから」
「…」
そして、健一の声。
彼らは言っているのだ、エルレーンに。
恐れるな、と。
迷うな、と。
「言ったろ?あんたは一人じゃないって。…鬼が出るにしろ、蛇が出るにしろ」
そして、鉄也の声。
彼らは言っているのだ、エルレーンに―
「俺たちが、いつも近くにいる。いつも見守っている」
「…!」
お前は、孤独ではないのだから、と―!
少女の心臓が、とくん、と鳴った。
恐怖と絶望で凍てついた身体に、理性と希望がゆっくりとめぐっていく。
彼らの声が、彼らの言葉が、彼らの存在が…彼女の中に、炎をともす。
「エルレーン。…俺たちで、変えよう」
そして、ベンケイの声。
ぬくもりのあるその声は、彼女をなだめてくれる。
「今度こそ。お前が、本当に望むように」
そして、ハヤトの声。
穏やかなその声は、彼女の目を開かせてくれる。
「今度こそ…お前が本当に望む『答え』を出すんだ」
「エルレーン。それは…」
そして―リョウの声。
自分とおなじ、だが自分とは違う、そして今―まったく自分と異なる場所に立ちながら、それでいて救いの手を差し伸べ続けている。
それは、かつてと同じように。
だが、かつてとは違う風に。
そう、リョウは…静かに、だが決然とした響きを込めて、少女にこう言い放ったからだ。
「それは、お前がやらなきゃいけないことなんだよ」
「…!」
明らかに、リョウのその言葉は、少女に決意を迫っていた。
そうして、ようやくエルレーンは認識した―




自分は戦わなくてはならない、と。
それは、リョウたちゲッターチームと、プリベンターとではない。
キャプテン・ルーガとではない。
自分が戦わなくてはならないのは―この皮肉な運命なのだ、と。
この運命を変えるため、彼らも、あの女(ひと)も守るため―
自分にできることを、自分の手で為さなくてはならないのだ、と。
以前は、出来なかった―たったひとり、一人ぼっちだったから。




けれど。
けれど―今は、違う、のだ。
今は違うのだ、だからこそ―!




「あ…」
「!」
扉が、開いた。
「…」
少し怖じているのか、うつむき加減になって。
流した涙の後を、痛々しげに光らせて。
だが、喜びで紅潮した頬で。
「…エルレーン」
リョウが、呼びかけた。
「…」
エルレーンは、ゆっくり顔を上げ…少しだけ首をかしげ、微笑んでみせた。
それは、いつもの彼女の笑顔。
だから…彼らも理解した。
そして、笑って受け入れた。
「…ごめんね、みんな。…わがまま、言って」
「いいってことさ」
「さ、腹減ったろ?食堂行って、メシでも喰おうぜ?」
「ありがとう、みんな…!」
少女が、もう一度微笑んだ。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、それでも晴れやかに―鮮やかな笑顔で。
透明な瞳は、真っ直ぐに澄んでいる。
己の眼前に立ちふさがる悪夢を見据え、切り開く強さをたたえて。




だから…彼らも、微笑んだ。
少女に向けて、大切な「仲間」に向けて、微笑んだ―





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