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◆ 動揺(きっとそれは間違っていない)
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(エルレーン…何故だ?!何故、お前は…剣を抜かなかった?!)
それは、血を吐くような問いだった。
恐竜帝国マシーンランド、その中の訓練室で…答えの返らぬ問いをこころの中で叫びつづけているのは、キャプテン・ルーガ。
誰もいない訓練場の中央で、彼女は木刀を振るっている。
ひゅん、と空を裂くかすかな音が、訓練場の中に静かに鳴っている。
しかし、その見事なまでの剣技とは裏腹に、彼女の顔には…やるせなさ、哀しみ、憤りばかりがただよっていた。
(何故お前は、「敵」となった私を斬らなかったのだ?!お前はもう、恐竜帝国の「兵器」ではないのだぞ?!)
あの時、あの戦場で。
どれほど自分が諭し、戦うように命じても…エルレーンは、それには従わなかった。
恐竜帝国を裏切った自分を責めるだけ。
そして、最後には…絶叫、狂乱。
あの、思い出すだけでも身震いするような、自殺にも似た行動。
わかる。わかってしまう。嫌というほど、わかってしまう。
あの自殺行為。
斬りあう自分のメカザウルスと、真・ゲッター1の合間に割り込み、両者の斬撃をゲッタードラゴン自身で受け止めた―
…だが、あれは決してただの自殺行為ではない。
自殺に似ていても、自殺ではない―
あの子は、守ろうとしたのだ。
「敵」から、自分の「仲間」を守ろうとしたのだ。
流竜馬を、ゲッターチームを…そして、この自分を!
彼女の行動の真意がわかるが故に、キャプテン・ルーガの苦悩もまた深かった。
(…私だって、お前を傷つけたくはなかった!
なのに、お前は…お前は、私を斬ればよかったではないか!
そうして、流竜馬たちを守ればよかったではないか…
彼らは、お前の大事な「トモダチ」なのだろう?!)
…そう、自分のような「ハ虫人」などではなく、同じ種族の…「人間」の。
だが、途端に彼女の脳裏に響く、エルレーンの言葉。
泣きそうになりながら、必死で自分との戦いを止めさせようとした少女の…
『…ルーガは、私の<敵>じゃないッ!』
鳴り響く。
そう断言した少女の言葉が。
『ルーガは、ルーガは…<トモダチ>だよ!』
今の「仲間」たち、「人間」たちの前ですら、何のはばかる事もなく。
この自分を、「敵」である「ハ虫人」を、友と…「トモダチ」と呼んだ。
『私の、大事な<トモダチ>なのぉッ!』
泣きそうになりながら。
懸命に、懸命に、幾度も、幾度も。
『<トモダチ>と戦うなんて、わ、私…できないよぉッ!』
ひときわ大きく、その絶叫が脳内で反響する。
その残響があまりに大きく、まるで…今、この自分の眼前で、彼女が叫んでいるのではないかとすら思えるほどに。
(…くっ…「トモダチ」、か…)
びゅん、と思い切り上段から木刀を振り下ろす。
すさまじい勢いで空を薙ぐ。
それでも、湧きあがってくる感情は、振り払えない。
それでも、彼女は剣舞を続ける。
身体を動かしていなければ、一気に感情が自分を押し流してしまいそうだから…
だが、やがて。
彼女もとうとう、気がついてしまった。
気がつかないでいられるほど彼女は愚鈍でもなかったし、無責任でもなかったから。
(…!!)
空を斬る彼女の木刀の動きが、ぴたり、と止まる。
今しがた、電撃のように己の中を走りぬけた、不吉な考え…
一旦生まれたそれは、どんどんと自分の中で大きくなっていく。
それと同時に、彼女の表情に、みるみるうちに落胆とショックの色が生まれる。
かすかに震える、その金色の瞳。
(わ、私も…同じ、なのか?!)
何故、エルレーンが、今は「敵」となった自分と戦わなかったのか…
そんな問いよりも、もっと根本的な問い。
…何故、今の時代になって、キャプテン・ルーガが…この自分が再生されたのか?!
何故、よりにもよって、この自分なのだ?!
それは、よみがえらされた当初より、ぼんやりと抱いていた疑問だった。
そして、今…その答えが閃光のようにひらめいたのだ。
その途端、あまりの残酷さ、あまりの酷薄さに…ざあっ、と全身の血の気が引いていくのがわかった。
(私も、エルレーンと同じ…「兵器」、ガレリイ長官の道具に過ぎないのか?!)
ガレリイ長官は、自分の生み出したモノでありながら恐竜帝国に…自分に逆らうエルレーンを憎んでいたのだろう。
しかし、おそらくは身を持って思い知ったのだ…エルレーンの強さを。
自分では勝てない。そして、恐竜帝国のキャプテンたちも…
だが、このままあのクローンがのうのうと生きのび、自分に牙むかんとするのも、見過ごすことが出来なかった。
だから、No.39が…エルレーンが決して戦えないだろう相手を、再びよみがえらせたのだ!
そんなはずはない、そんなわけはない、とその思いを否定しようとしたが、出来なかった。
今、自分が置かれている現実。
そして、自分がとった行動…
その全てが、あの男の思惑のまま…ガレリイ長官の描いたシナリオどおりではないか!
自分は、あの醜悪な老人の復讐の「道具」にされたのだ…!
そのためだけに、ガレリイ長官は自分を再生させた…
エルレーンを地獄に叩き落す、ただそれだけのために!
はらわたがねじれるような苦痛。憤怒。
己の命を賭けて得る価値のある、恐竜帝国の悲願、それを望む希望も。
戦士として、戦う道を選んだ自分の人生も。
恐竜帝国を、「仲間」を守る龍騎士(ドラゴン・ナイト)としての誇りも…!
今まで自分の中核にあった大切なモノが、すべてそのために利用されたのだ!
許せない。
胸に燃えるのは、真紅の怒りの炎。
その怒りの命じるままに赴くのは簡単だ。
今すぐ、あの男…愚劣かつエゴイスティック極まりない、諸悪の根源たるガレリイ長官を斬ればいい。
…しかし。
奥深くまで根を張る、「自分は恐竜帝国の戦士であると」いう自負が…彼女をそうさせてはくれなかった。
あの戦場で、自分が取った行動…
エルレーンに刃を向けたという行動は、何ら否定できる余地のないほど、正しすぎる行動だった。
例え、相手がかつて自分たちの側にいた「人間」であれ…
今のエルレーンは、恐竜帝国に弓引く裏切り者なのだから。
そして、何より腹立たしいことに。
それを命じたガレリイ長官の態度も、まったく間違ってはいなかったのだ。
目の前にいるものが、恐竜帝国の「敵」ならば…自分は倒さねばならないのだから、相手が誰であろうと!
それこそが自分の責務、戦士としての義務…
恐竜帝国の「仲間」、「ハ虫人」を守るために!
しかし、それこそは奴の思うつぼ。
自分がそのように考え、そう行動するだろうことも…すでにガレリイ長官は予測済みだったのだろう。
キャプテン・ルーガは必ずあのクローンを倒そうとするだろう、と。
その上、対するエルレーンは…そのようには考えられないということも。
かつての「トモダチ」に剣をふるえるはずがない、と。
そうして、ガレリイ長官はやすやすと自分の醜い望みをかなえたのだ…
自分の眼前で、ゲッターチームの手先となって自分に逆らう、あのNo.39。
そのNo.39が、己の旧友に戦いを挑まれるという強烈なジレンマに苦しみ、とうとう最後にはそのこころを砕け散らせていく様を、あの男は笑いながら見ていた…
つまりは。
とどのつまりは、そういうことだったのだ。
この自分。キャプテン・ルーガは。
そのガレリイ長官の思惑通りに動いた自分は…何よりも正しく、そして何よりも誤っていたのだ。
恐竜帝国の戦士として。
誇り高き龍騎士(ドラゴン・ナイト)として。
「ハ虫人」として。
…そして、エルレーンの「トモダチ」として…!
「…〜〜ッッ!!」
があん、という強烈な音。
床に力任せに叩きつけられた訓練用の木刀が、しなうことすらできずはじけ飛ぶ。
木刀の刃先が折れちぎれ、少し離れた床に、からん、と落ちる…
高ぶった感情に乱れる息を必死で落ち着けようとする。
だが、容易にそれはおさまってはくれない。
脳裏に浮かぶ、あの少女の絶望の表情が…耳の奥で反響するあの絶叫が、キャプテン・ルーガを追い詰める。
ぐっ、と唇をかみしめ、首を軽く振ってそれを振り払おうとする。
それでも、後から後からその幻影が湧き出てくる…
『ねえ、ルーガは…何のために、闘うの…?』
『ルーガ…私、ルーガのために闘う…ルーガが喜んでくれるなら…』
その昔聞いた、エルレーンの言葉が胸に迫る。
問い掛けてくる。
揺さぶってくる…!
唐突に、彼女は訓練場の隅まで駆け出した。
そこにかけられている訓練用の武具から、もう一つ大ぶりの木刀を手に取る。
そして、訓練場の中央へ戻った彼女…
キャプテン・ルーガは、再び剣をふるいはじめた。
薙ぐ。
斬る。
突く。
空をひらめく彼女の剣舞。
だが、その剣は何も斬ってはくれなかった。
今の彼女、キャプテン・ルーガに絡みつく蔦…
「仲間」を守る龍騎士(ドラゴン・ナイト)としての義務、「ハ虫人」としての自分自身、それらと真っ向から対立する…
今や、「敵」となったかつての「トモダチ」、「人間」…エルレーン。
見えない蔦は彼女の手足を絡めとり、こころを縛る。
彼女のこころを、ふたつに引き裂こうとする。
まるで、その蔦から必死に逃れようとするかのように、キャプテン・ルーガは剣をふるいつづけた。
誰もいない、たった一人の訓練場。
舞うように剣をふるうキャプテン・ルーガの顔には、時折どうしようもなくつらそうな表情が垣間見える。
彼女の美しい剣舞は、だから…どこまでも、哀しく見えた。


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