--------------------------------------------------
◆ Descent of the vermilioned Valkyrie(朱き戦乙女、降臨)
--------------------------------------------------
「…のむ!き、救援を!だ、誰か、…ちらは、ディ…ウンター…6しょうた…」
これが、その時アーガマ艦の通信機に突如割り込んできた、救援を求める通信だった。
ひどいノイズ混じりのその通信は、遠い爆音とミサイルの発射音らしき風切り音をバックに、男の焦燥で彩られていたが…それすら、途中ですべてノイズに飲み込まれた。
だが、その内容は十分に伝わった。
そして、とぎれとぎれの発話の中に含まれていた語句から、彼らは「ディアナカウンター」…地球への帰還を求む月人類たちの軍…であると推測された。
当然、プリベンター内には迷いが生じた。
この通信を聞いた者の義務として、彼らを救いにゆくべきなのか、を。
たしかに、彼らディアナカウンターは、自分たちプリベンターにとって「敵」である。
だが、救援を求める者に対して、その必死の叫びを無視と言うカタチで黙殺してもよいのか…?!
そうは考えない、そういう手段を選ばない者たちの集まりが、プリベンターだった。
それ故、彼らは決した…
その通信が発信されたであろう地点に、全速力で急行する。
そして、その地点へ至近距離まで近づいたその時…大地の向こうに、天へと向かう何かが現れた。
「あ、あれ…?!」
「…とにかく、急ごう!」
それを見た彼らの間に、動揺と緊張…嫌な予感が走っていく。なおさら軍艦はスピードを増す…
天へと揺らめいて昇っていくのは、不吉と破滅の象徴そのモノ…
十数本もの墓標、たなびくどす黒い黒煙だった。

そこに在ったのは、空から見れば…まるで、花のような光景だった。
砕け散り、押しつぶされてぐしゃぐしゃになった巨大MS・ウォドム。
それを花芯にするかのように取り囲んで、十数機のマヒローと呼ばれるモビルスーツが花弁のように散らばっていた。
しかし、そのどれもが爆砕、溶解、もしくは断裁されていた。
黒い煙を立ち上らせて沈黙する機械群…明らかに、彼らプリベンターの到着が遅すぎたことを示している。
そして。
その中心、破壊されたウォドム…
それを踏みつけるようにして、咲き誇る花の中枢で立ち尽くし…こちらをねめつけてくるモノがあった。
それは、巨体を誇る肉食恐竜…長い鋼鉄の尾、胸部と頭部の一部を同じく鋼鉄で覆い、その背には長大な二門の大砲を負っている。
「!…り、リョウ、あれ!」
「?!…あ、あれは…メカザウルス!」
「ってことは、恐竜帝国が!ちっくしょう!」
そう、それは…ゲッターチームの宿敵、恐竜帝国が誇る「兵器」!
それを確認するや否や、アーガマやフリーデン、ソレイユ、アイアンギアーから、次々とロボットたちが出撃する…
その忌まわしきメカザウルスを粉砕せんと!
ゲッターチームもまた、ゲッタードラゴンを駆りてアーガマを飛び出す…
次々と大地に降り立ち、戦闘態勢に入るプリベンターの「仲間」たち。
その時だった。
ざざっ、という、紙やすりで擦るようなノイズとともに、何処からかつながれた通信回線がこう告げた。
「…ふん…また、来やがったな…」
「?!」
「火に群がる虫みたいによ…『人間』どもが、やってきた…」
まるで歌うような口調で、その声の主はささやく…
それはおそらく、今眼前にあるあの機械蜥蜴…メカザウルスのパイロットだ!
「だ、誰だ、貴様ッ!」
「!…ゲッター、ドラゴン…?!…ってことは…お前らは、プリベンター…ゲッターチーム、かッ?!」
「…ああ、そうだッ!そういう貴様こそ、何者だッ?!」
すると、その時…怒鳴り返すリョウの声に応えるように、画像回線が開いた。
『?!』
驚愕の波紋が、その途端…「仲間」たちの間にいっせいに広がっていった。
開かれた通信回線、その画像の中にあらわれたその声の主は…!
「な…」
「う、嘘…!」
「ま、まさか…?!」
リョウの呼吸が、その瞬間…止まった。
ざあっ、と全身の血の気が引いていくのを感じた。
あまりの驚愕の大きさに…!
「リョウ君…?!」
そう、今…割り込みで開かれた通信回線の画像に映っているその顔は…流竜馬!
少し長めの黒い髪。端正な顔立ち。
まつげの多い大き目の瞳は、ガラスのようにきらめいている。
彼女もやはり、上半身には胸をおおい隠すビスチェのようなものを身につけている。
…ただし、その色は…実に鮮やかな朱色に染め上げられていた。
エルレーンが着ていた、烏の濡れ羽のような黒いバトルスーツとは、対照的に。
ぐらあっ、とリョウの視界が一瞬ひずんだ。
それは、恐ろしいくらいに強烈な既視感。
「お、お前は…」
「…へーえ、てめぇがオリジナルかよ。…ひゃはは、やぁっと会えたなあ!」
「…!」
そうだ。そのようにして、彼女は最初…自らの原型である自分を、興味深そうに見るのだ。
そして、その次に彼女はこう言うのだ…
「俺は…」
彼女はいったんそこで言葉を切り、にいっ、と微笑って続けた。
「俺は、No.0…!貴様らゲッターチームを抹殺し、ゲッターロボを破壊するため造られた、貴様のクローンだ…!」
「!」
その唇から放たれたのは、かつての記憶とほぼ同じセリフの繰り返し。
違うのは、彼女が自分を「No.0」と呼んだことだけだった!
胸の奥が異常にざわめきだす。
「り、リョウのクローン…?!そ、それじゃ…エルレーンと同じだっていうのかッ?!」
驚きの声を上げるベンケイ…
と、少女の視線が、通信画面に映る、そのポセイドン号を駆る男に向けられた。
「…あぁ?誰だ、てめぇ?」
「?!」
「…ゲッターチームは…流竜馬、神隼人…それに、巴武蔵の三人だったはずだ。…ゲットマシンに乗ってる…お前、誰だ?」
ベンケイをねめつけ、ぞんざいに問うNo.0。
じろじろと無遠慮に突き刺さるその視線…それに惑いながらも、ベンケイは応えようとした。
「お、俺は…車、弁慶…」
「…くるま、べんけい…?…知らねぇなぁ。…ってことは…ひゃはははは!くたばりやがったのか、巴武蔵の野郎はよ!」
「なッ…?!」
少女の狂笑。身を折り、心底おかしそうにげらげらと笑っている。
ベンケイは、ぐっ、と自分の息が詰まるのを感じた。背を駆け上がってきた混乱で。
「そりゃあ残念なこったなあ。…せっかく、この俺の手で殺してやるつもりだったのに!」
「…!」
「…へへ、だが、どっちでもいい…!…運がなかったなぁ、てめぇ?」
「な、何…?!」
「俺が殺さなきゃならねえのは、ゲッターチーム…ゲッターロボに乗ってる、お前らだッ!
その中に入ってんのが誰だろうと、ともかく殺せりゃ俺はそれでいいんだからよぉおぉ!」
「…?!」
もはや、誰もが言葉を失っていた。
リョウと同じ身体、同じ顔の少女…そのあまりの凶悪さに威圧されて。
どこか常軌を逸したようなモノを顔中ににじませ、その整った顔(かんばせ)を笑みのようなカタチにひずませている。
その可憐な花のような、かすかに紅く色づいた愛らしい唇が放つセリフも…彼らの度肝を抜くには、十分すぎるほど強烈だった。
ぞんざいで汚く、乱暴で傲慢、そして呆れるほどに下卑ていた。
綺麗な顔だちをしているだけにそのギャップはすさまじいショックを呼び、それを聞く者は思わず目をふさぎたくなる。
その少女の顔が、そのようなセリフを吐き捨てるのを正視できなくて。
…全てが、違っていた。
同じリョウのクローン…ふわふわしていてあどけなく、素直でかわいらしい、「子ども」のような話し方をするエルレーンと。
同じなのはその顔だけ、その姿だけ…!
「な、何なんだ、あいつはよ…」
「ほ、本当に、エルレーンと同じ…お前のクローンなのか?!」
「…」
だが、そう問われてもリョウたちは何も答えられない。
彼らもまた、エルレーンと彼女の大きすぎる差異に呆然としている…
「だ、だって、あいつ…ぜ、全然違うじゃないか!エルレーンと、全然…!」
「…『え・る・れ・え・ん』?…く…はは、ひゃあっはっはっはっはっはっはっ!」
「?!」
と、その言葉を耳にしたNo.0が、またも下品な哄笑をはじけさせる。
一音一音、その馬鹿げた単語をわざとらしく切って発音する…
片眉を軽く上げ、くすくすと笑みながら…彼女は、さもおかしそうにこう言った。
「ひゃはははは!さっきから何を言ってるのかと思えば…そうかよ、『できそこない』の奴は貴様らにそう呼ばれてるのかよ!」
「な、何ッ?!」
「そうさ!『できそこない』の、モデュレイテッド・バージョン!…No.39のことだろう?!」
「!」
「で、『できそこない』だと?!」
「そうに決まってんだろ?…へへ、調整(モデュレイト)のせいで寿命が6ヶ月しかなかったらしいなあ。
…その6ヶ月で、結局てめぇらゲッターチームを殺すことも、ゲッターロボを破壊することも出来なかった!
ふん、モデュレイテッド・バージョンなんて、所詮『できそこない』の『兵器』なんだってことだよ!」
その酷薄な罵りを聞きとがめるリョウに、No.0はとうとうと語って返した。
「…!」
「ひゃはは…だが、俺は違う。…俺はプロトタイプ、何の調整(モデュレイト)も施されていない…完全な、貴様のコピーさ…流竜馬!」
「な…」
緊張とショックのあまり、声がかすれた。
「な、No.0…お前なのか、MS隊をやったのは…ッ?!」
「…ふん…俺が悪いんじゃない、そいつらが悪いんだ!」
「?!」
「そいつらが悪いんだ…俺に向かって、ロウに向かって、いきなり撃ってきやがったんだから!
ちっくしょう、そのせいでロウが傷ついちまった!
…だから、こいつらは『敵』なんだ…!」
「だ、だから、殺したっていうのかッ?!」
撃ってきたから、殺した。
そのとんでもないほどの短絡、そしてその行状の悪辣さに息を呑むリョウ。
…しかし。
その責め言葉を黙って聞いていた、No.0の唇が放ったのは…驚くほど冷静で、冷淡で、簡潔な問い返しだった。
「…はん」
「…?!」
「…それが、どうしたってんだ?」
彼女は、真顔でそう言い放った。
「え…?!」
「…そうだ、俺は…殺したぜ、このうざってぇ奴らを、よ。みんな、殺した…
だから、それが、どうしたってんだ?」
そして、再度リョウに問い返してくる。
それの、一体何がおかしいのだ、と。
「な…何だと…?!」
「…だって、こいつらは、…俺の『敵』だったからな。俺を、殺そうと、してきた。…だから、こいつらは俺の『敵』だった。
だから、殺した…それだけだ」
「…」
静まり返る。
破壊の限りを尽くしたその理由が…おそらく、十数人のいのちを奪っただろう、その凶状の故が…そのような、驚くほどに冷淡な言葉で語られる。
それは、己の同胞を殺された少年の耳には、悪魔のたわごとにしか響きはしなかった!
「く、くッ…よくも、よくもぬけぬけとッ!」
「!」
「ロラン!」
「ろ、ロラン君ッ!待ってくれッ!」
「…!」
戦列から突如飛び出したのは…ターンAガンダム、真白の機動兵器!
怒りと言う激情に身を任せ、ロラン・セアックはまっすぐにメカザウルス・ロウに突っ込んでいく…
とどめるリョウの言葉など、何一つ聞きもしないで!
「う、うおおぉぉおぉおおぉぉおぉッ!!」
「…!」
鋼鉄の鉄球、鎖でつながれたその格闘用武器、ガンダムハンマーを振り回す!
遠心力でその勢いを増したガンダムハンマーは、ロランの咆哮とともに…邪悪なメカザウルスに向けて、一直線に飛んでいった!
だが。
機械蜥蜴を駆る少女は何一つ慌てることなく…その動きを、最後まで見ていた。
そして、その軌道を読み…最も効率的、最小の動きで避けるべく計算する。
メカザウルス・ロウが、動いた。
「!」
「ひゅうう…危ねぇ危ねぇ。…だが、当たってはやれないんでな。ロウを傷つけちまう」
軽く横に飛んで避ける。身体のすぐそばをものすごい勢いで鉄球が通過する…何も、打ち砕く事が出来ずに。
そうして避けておいてから、機械蜥蜴の左腕が、チェーンをつかむ。右腕が、それに加勢した。
ぐん、と、すさまじい力がターンAガンダムの腕に伝わってきた。
「…ぐッ!」
「力比べかぁ?…くくっ、勝てるつもりかよ…?!」
がきゃり、とガンダムハンマーのチェーンがきしむ。お互い、力を込めて引き合う。
メカザウルス・ロウとターンAガンダムの力が拮抗する…!
…しかし、豪腕を誇る機械蜥蜴の爆発的な力に、機動兵器の腕力は及びはしなかった!
ロウが吼える。雄たけびとともに、その両腕に加える力を全開にする!
「…?!」
力負けしたターンAガンダムは、思いっきりチェーンを引っ張られるに至り、とうとう体勢を崩してロウのほうに引き寄せられてしまった…
「ロウッ!テイル!」
「う、うあッ?!」
波うち伸び上がる銀色の尾が、大地をうねるように放たれた!
操縦者の命に従い、そのモビルスーツを素早くその尾の中に捕まえてしまう…!
「ろ、ロラーーーーンッ!!」
「ぐう…ッ!」
鋼鉄の尾でぐるぐる巻きにされたターンAガンダム…
機動力に優れるが、一旦こうやって相手の手の内に(いや…尾の内に、と言うべきか)捕らえられてしまっては、もはや自力でそこから脱出するのは困難だ。
締め付けられる中で必死に機体を動かし逃れようとするが、その抵抗はいともたやすく抑え込まれてしまう…
「…」
…少女の唇が、不遜な微笑の色を漂わせた。
「…な…」
「…ふん…邪魔するな、『人間』ども。…俺は、ゲッターチームを抹殺するために造られた。だから、別に貴様らを殺す必要はねぇんだよ。…だが!」
ぎりっ、と彼女の視線が鋭くなる。
「…例え、そうでも…俺を、殺そうとするのなら!…俺は、貴様らだって殺してやるぜ!」
「…!」
メカザウルス・ロウの尾が、捕らえた獲物をなおきつく締め上げる。あたかも、それは警告のように。
ぎしぎし、と装甲がきしむ音が不吉に響いた。
「な、No.0ッ!やめてくれッ!」
「…くくっ、言われなくともやめてやらぁ。…今日は、もともと…ロウの試乗(トライアル)でこっちに出てきただけだからな…
てめぇらと偶然会うなんざ、こっちにとっても予想外だったんでな」
「…うッ!」
機械蜥蜴が、その尾を大きく振り払うようにしてしならせた。
同時に、その中に捕らわれていたターンAガンダムが解き放たれる。
大地に放り出され、背中から倒れこむ…
その真白い機動兵器にもはや一瞥もくれず…機械蜥蜴は、ゲッタードラゴンに向き直る。
「…」
「それに…今日は、『あいつ』の準備もまだ出来てねぇ…
はん、よかったじゃねえか、流竜馬。その時が来るまでは、てめぇは生きていられるんだからよおぉ…!」
「な、No.0…ッ」
リョウに見下すような目つきで笑みかけながら、嫌ったらしいほど勿体をつけ…彼女はそう言って、今は戦いを望まない理由を締めくくった。
「…ひゃはははっ、次に会ったときは…必ず殺してやるぜ、流竜馬ぁ…ゲッターチーム!」
「…!」
「必ず殺すぜ、ゲッターチーム!…その時が来るまでせいぜい楽しんでろよ、あーっはっはっはっはっはっ…!」
少女の鮮烈な狂笑。それを最後にして、ぷつりと通信回線が断ち切られる。
機械蜥蜴が空に舞う。メカザウルス・ロウが猛スピードで飛び去っていく。
その姿はあっという間に小さくなり、そしてすぐに空の彼方へと消えてしまった…
その後を、誰も追おうとはしなかった。あまりの衝撃にうたれた彼らは、ただ半ば呆けたようにそれを見送っていただけ。
ゲッタードラゴンの中、リョウは…絶望的な表情で、ただぼんやりとそれを見ていた。
かつての過去のシナリオ、そのまったくの焼き直し。笑えないジョークのような、嘘のような現実。
この残酷な事実、そしてこれから始まるであろう悲劇を思うなり…彼の意識は、沸き起こる既視感とショックと動揺が巻き起こすめまいで、朦朧とかすんでいった。


back