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◆ another Side of the Moon(...and few know it.)
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「キレイだな、ティファ…」
「ええ、本当に…」
それは、静かな月の夜。
あの戦いから数日が過ぎ、その間戦いらしき戦いもなく…皆の心も比較的落ち着いていた。
ガロードとティファは、仲良く二人で夜の散策を楽しんでいた。
あまりに夜空がきれいなので…思わず、そんな浮かれた気分になってしまったのだ。
地面の砂を踏んでいく、さく、さくという足音が二人分、静まりかえった夜の空気の中に響いていく。
「あんなにキレイな、真っ黄色の三日月見てるとさあ…何だか、バナナ喰いたくなっちまうよな!」
「ガロードったら…うふふ…!」
「へへ…」
天空高く輝く月を見上げ、ガロードはそんなひょうきんなことをいってティファを笑わせた…
くすり、とかわいらしく微笑むティファを見て、やはりガロードも照れ笑いを返す。
そんな幸せな、ささやかなデートを続ける二人…
と、彼らの視界の端、ホバギー(空中に浮くバイクのようなもの、と思ってもらってほぼ差し支えない。シビリアンたちの重要な交通手段の一つだ)を駆って何処かへと向かう、一人の男の姿が割り込んできた。
「!…あれ…」
「おーい、ジローーンッ?!」
「!…よう、ガロードにティファ!何してるんだい?」
ガロードがその人物の名を大声で呼ばわると、彼もすぐに二人に気づき…彼らのもとにやってきた。
ホバギーのエンジンを停止させ、元気な声でそう言ってきたのは…ジロン・アモス。
アイアン・ギアー隊、戦闘メカ・ウォーカーギャリアのパイロットだ。
人懐っこい笑顔を向けながらそう聞いてきた彼に、逆に問い返すガロード。
「何って…散歩さ。ジロン、お前こそこんな時間に何しに行くんだ?」
「俺?夜釣りに行こうと思って」
そう言いながら、彼はホバギーにくくりつけた道具を指で示して見せた。
…見ると、そこには釣竿や網、バケツなどがちゃんと用意されている。
現在位置から、一番近い海辺まではそう遠くはない。ホバギーで10分もしないうちにたどり着くことが出来るのだ。
「釣り?」
「ああ!お前らも来ないか?」
「へえ、面白そうだな!…いってみよっか、ティファ?」
興味をひかれたガロードが、隣に立つティファにそうお伺いを立てようとした時だった。
「…!」
ぴくり、とかすかに彼女の細い肩が震えた。
軽く瞳を見開いた彼女…しかし、そこに見えたものは、目の前の風景ではない。
そこに映ったモノ…いや、それは彼女の精神の中に急に浮かび上がってきたのだ…は、まるでフラッシュのごとく、たった一瞬だけ姿をあらわし、すぐさま消えていった。
それは、いつものあの感覚だった。
生まれながらにして彼女が負わされた十字架、そして類まれなる奇跡の力。
その力が、今。再び彼女に、何かの予感を提示したのだ…
「…」
「?!…ご、ごめん、ティファ…い、嫌なのかい?」
軽く眉をひそめ、黙り込んでしまったティファ…
その反応を拒絶ととってしまったガロードが、あわあわしながら彼女のご機嫌を伺おうとする。
「ううん…」
が、ティファは軽く首を振り、逆に自分から提案を述べてきた。
「…それなら、ちょうど…何だか…行ってみたい、場所があるの…」
「ん?」
「!ティファ…まさか、また…何か、感じたのか?!」
「…こういう、形の、岩がある…」
「…ああ、毒蛇岩(どくじゃいわ)?これ」
ティファは、脳内に浮かんだイメージをすぐさまスケッチブックに描きつけた…
手馴れた手つきでみるみるうちに真白いページに描き出されたのは、とある海岸の風景。
コブラが鎌首をもたげたような形をした、やや切り立った崖が右側に描かれている。
その特徴的な岩のある場所を、ジロンはどうやら知っていたようだ。
「知ってんの、ジロン?」
「うん、ここから割と近いし。…じゃあ、何か知らないけど…行ってみる?」
「ええ…」
こくり、とうなずくティファ…ガロードも、彼女の力が何かを指し示したと聞けばじっとしていられない。
一刻も早くその場所に行きたい、とばかりに、勢いよくホバギーに飛びのった。ティファも、おずおずとその後に続く。
「それじゃ、飛ばすからしっかりつかまってろよッ!」
元気なジロンの声とともに、ホバギーのエンジンは再びうなりを上げた。

暗闇の中に、さらに濃い闇のシルエット。そのシルエットは、眼前の獲物に喰いつかんとする毒蛇のモノと酷似していた。
その毒蛇岩がティファの絵どおりに見える場所を探して、三人は海岸線を歩いていた。
さく、さく、と砂を踏む音も楽しく、心地いいリズムを刻んでいる。
…とはいえ、それを探しているのはティファだけ。
ジロンが探しているのは、実のところ「絶好の釣りポイント」だし、ガロードに至っては、ティファの隣で一緒に散歩していると言う事実だけで十分らしい。
しばらく、そんな三人が砂浜を探索していたとき…ジロンの目に、何かが飛び込んできた。
(…?)
砂浜に散立している、少し大きめの岩々。そのうちの一つ、その端に…ちらり、と見えたモノがあったのだ。
それは、白かった。
周りのどこもかしこもが、闇色、夜の色に染まっているものだから…それは、余計に異彩を放って見える。
「?…ジロン?」
急に方向を変え一つの岩に近づいていくジロンに、ガロードが声をかける。が、結局彼とティファもその後に続き、その岩場に歩んでいく。
岩場に近づいたジロンたち…ひょい、と彼らはその裏を覗き込む。その白いモノの正体を見るために。
その白いモノ…それは、細い、しなやかそうな…「人間」の腕だと気づいた。
そして、次にその白い腕(かいな)の持ち主…
その顔を見たとき、三人の中に戦慄が走った。
(?!…こ、これは…ッ?!)
砂浜の中立つ黒い岩に背を預け、ぐったりと動かなくなっているモノがいた。
冷たい月光が、彼女の全身に青みの在る陰影を落としている。
その左腕には、一部が赤く染まった包帯。
同じように朱いバトルスーツを身につけた、その少女の正体は…
「な、な、な、な」
「No.0ッ…?!」
凍りつく三人。あの狂気の少女をこんなところで見つけてしまうとは…!
緊張感が三人の全身を強張らせていく。
息を呑む音が、やけに大きく響いたように聞こえた。
…が、それもつかの間。
張り詰めた緊張感が、多少の安堵で中和されていく。
何故なら、No.0は…瞳を閉じたまま、動かないままでいたからだ。
彼女の胸が、規則的に上下を繰り返している。静かな寝息らしきものも耳に入った。
「…」
「…動かねぇな」
「眠ってるみたいだ。…ちょうどいい、今のうちに…」
「ああ…!」
うなずきあい、ジロンたちはそっと…物音をたてないようにしながら、その場から離れていく。
極力気配も感じさせないように、砂を踏む足運びにも細心の注意を払って。
彼らに従い、自らもその場から離れようとしたティファ…が、ティファの視界に、それが目に入った。
…No.0の、細い左腕。痛々しい赤に染まった、真っ白い包帯。
しかし、どんな下手な縛り方をしたのか、その包帯は結び目もほどけ、外れかかっている。
風に吹かれて、ほどけた包帯の端がばさばさと空に舞っている。
…この海岸から吹き付けてくるのは、潮風。
塩分を含んだその空気は、傷口を癒すどころかむしろ悪化させるだろう…
一瞬、ティファは惑った。
だが、彼女は結局…自身の中に在る良心の命に従った。
その場から早足で去っていくガロードたち…
が、しばらく走ったところで、ティファが自分たちのそばにいないことにはっとなる。
…振り向くと、No.0の傍らに…今だ、彼女はいた。No.0のそばに片膝をつき、何かをしている…
「てぃ、ティファ、何してるんだよ?!」
「え…こ、これだけ、直してあげようと思って…」
慌ててそこに駆け寄り、小声で急かすガロードたち。
だが、ティファはそのゆるんでほどけかけた包帯を直してやろうとするばかりで、立ち上がろうとはしない…
「い、いいよ、そんなもん!は、はやく、ここから…」
ジロンの制止の言葉は、途中で飲み込まれた。
「…」
「?!」
外界の異常に、眠りの中に落ちていたNo.0の意識が揺り動かされたのか…
閉じられていた両の瞳がゆっくりと開いていくのが、絶望的な色合いを帯びてガロードたちの目に映った。
ガラスのような瞳が、一瞬…明確な覚醒状態に戻れず、とろん、と澱んだように鈍く光る。
が、次の瞬間。
彼女は、自分が異常な状態の中に陥っていることを理解した。
「…?!」
眠っている間に、怪しい三人もの「人間」に取り囲まれた…?!
目覚めの途端降りかかってきた危険、その外敵の存在を認識するや否や…No.0はばっ、と身を起こし、大きく歩を前に踏み出し、ティファたちとの間に空間を取った。
その表情は怯えと驚愕のあまり、蒼白になっている…
「な、何だ、てめぇらッ?!」
「あ、あの?!何ていうか、僕たち、その、ええっと…」
「てぃ、ティファ!ほら、行こう!」
自分たちに対し、やはり敵意をむき出しにしたNo.0…
その激烈な怒鳴り声に、ジロンたちは思わず飛び上がる。
あいまいな笑みを浮かべ、自分たちが「敵」ではないことをアピールしながら、後ずさりして…一刻も早くその場から逃げ出そうとする。
「ま、待って…!」
「…!」
が、それでもティファは、まだその包帯の手当てに気をとられていた。
No.0の左腕に触れ、大きく動いたせいで余計に外れかかっている包帯を手に取る…
「な、何するッ?!俺に触るなぁッ!」
No.0の顔に、怯えの色が浮かぶ…
そう叫ぶや否や、彼女は左腕を思い切り振り払った!
「…ッ?!」
「!」
かすかに顔をしかめるティファ。頬に走った痛みに、一歩後ずさる。
…見れば、彼女の右頬に…真っ赤な細い筋が走っていた。
はっとなるNo.0。
その視線が、すぐさま自分の左手にいく…
力任せに彼女を振り払ったはずみ、自分の爪がティファの顔を傷つけてしまったのだ、と悟った。
「て、てめぇ!よくもティファに…!」
「が、ガロード!」
「…ッ!」
ティファが傷つけられたことに激昂し、No.0に詰め寄るガロード。それはジロンも同様だ。
険悪になった雰囲気に、ティファはむしろ彼らをとどめようとする…
…が、その時だった。
「…だ…」
かすかにひずんだNo.0の表情。
彼女の唇から、思いもよらないセリフがもれたのを、彼らは聞いた。
「大丈夫…か?」
「…?!」
(え…?!)
驚く三人をよそに、No.0は心底すまなそうな表情を浮かべ、ティファに近寄っていく。
「すまねぇ…痛かった、のか…?」
「あ…」
「…」
ティファの頬に生まれた真っ赤な筋を見つめ、狼狽ぶりもあらわなNo.0。
自分のせいで彼女を傷つけてしまったことに、混乱してしまっているらしい…
どうしていいかわからず、ただおろおろしている。
そして、こんな言い訳めいたセリフを口走る…
「悪ぃ。…痛くする、つもりは、なかったんだ…だ、だけど、…お前が、俺に、…触るから」
「…何言ってんだよ。…ティファはなあ、お前のその緩んだ包帯、直してやろうとしてたんだよ」
「…!」
ガロードの言葉に、はっとした表情を浮かべるNo.0。
「なのによぉ、何だその言い草?せっかくティファがさあ…」
「も、もういいよ、ガロード…」
そんな彼女をさらにガロードは責め続ける…ティファがそれをとどめようとした、その時。
ぽかん、とした顔つきでティファを見つめていたNo.0…
その彼女の唇がかすかに蠢き、生んだのは…
「…そうだった、のか…わ、悪かったな」
「…!」
素直な謝罪の言葉。その素直さ、しおらしさに、ガロードたちは毒気を抜かれてしまう。
「で、でも…な、何で、俺、なんかに…」
「…いいから、動かないで」
「…う、うん…」
「一人じゃ、うまく結べないでしょう?」
「…」
だが、何故この娘が自分などの手当てをしてくれるのか、No.0はその理由がわからずいぶかしむ。
困惑する彼女のそばに再度寄り、ティファは包帯をきちんと巻きなおし始めた。
No.0ももはやそれをとどめず、おとなしくじっとして、彼女のされるがままになっている。
No.0に痛くない程度にしっかりと肌に包帯を当て、数回巻きつける…
そして、端をきちんと縛って止めてやる。
「…これで、大丈夫」
「…あ、…ありが、とう…」
頬を真っ赤にしたまま、何処かうつむきがちに…だが、ぼそぼそと、か細い声でNo.0がそう礼を述べた時だった。
突如、静けさを保った空気が、乱暴に破かれ悲鳴をあげた。
ルオオオオオオオオオオオオオオン!
「?!」
いきなりそこらじゅうに響き渡ったその咆哮に、ぎょっとなって飛び上がる三人!
同時に、暗い海の中…大きな岩礁…岩のように思われたモノが、がばっ、とその身体を起こす…
月光に照らし出され、浮かび上がったのは…巨大な肉食恐竜の姿!
水しぶきを派手にたてながら立ち上がったその恐竜は、怪しく光るその赤い双眼で、ティファたち三人をねめつける!
長い鋼鉄の尾が、すうっと上向き天を突く…
それはまるで、獲物に喰らいつかんとするケモノのするがごとく。
三人は思わず恐怖にすくみあがり、凍り付いてしまう。
お互い身を寄せ合い、顔面蒼白だ(だが、そんな中においても、ティファの前に立って彼女を守ろうとするガロードの何とすばらしいことか!)。
が…その恐竜が、不審な小虫どもにさらなる戦慄の一眼をくれてやろうとした途端だった。
「しっ!…静かにしてろ、ロウ!こいつらが驚いてるだろ?!」
No.0がそう言うなり、その尾っぽが…哀しそうに、ふにゃああ、と下がった。
叱りつけられた彼は、しゅうんと身をすくめ、小さくなってしまう…へにゃん、と頭を下げ、がっくりしたようなポーズをとる。
そして、「ごめんなさあい」とでもいうように、るうん、と小さく鳴いた。
No.0のたった一言で、まるでちっちゃな子犬のようになってしまった恐竜…
先ほどとのあまりのギャップに、一瞬三人の目は点になってしまった。
が、ようやく彼らも気づく…そう、この恐竜は。
「…そ、それ、お前の…」
「そうだ。こいつは、ロウ…メカザウルス・ロウ。俺の…『仲間』だ」
「『仲間』…?」
「ああ。たった一つの、俺の『トモダチ』さ…」
そう言いながら、にこっ、と微笑みを彼に投げるNo.0。
すると、少しだけ首を持ち上げた恐竜…メカザウルス・ロウは、先ほどとはちょっと違った風に、るうん、と鳴いて応えた。
きっとそれは、「ありがと」と言っているのだ。
ジロンたちには彼の言葉はわからない。しかし何故か、そのように思えたのだ。
「…」
ティファの胸にも、それが伝わってくる。No.0とロウ、その二者の間にあるあたたかいつながりが。
No.0は心底彼のことを想い、ロウもまたそれに応える…
あの時の…エルレーンとの戦いの中で、彼らが見せていた絆の硬さ。
音声認識操縦モードシステムの操り糸を自らの力で断ち切り、No.0を救ったほどの…
「…その、ロウは…あなたの言うことが、わかるのね」
「当たり前だ。こいつと俺は、『トモダチ』なんだからな。…わからないはずがないだろ」
「そうなの…」
ティファの言葉に、少し自慢げに答えるNo.0。
自分の「トモダチ」のことを、「人間」でない「仲間」のことを誇らしげに語る少女…
No.0の様子は本当に自然で、今自分たちの目に映っている彼女があんな狂気じみた振る舞いをしたなどとは、とてもではないが思えなかった。
(この人…全然、違う。…きっと、リョウさんや、ハヤトさん、ベンケイさんたちが考えているのとも、全然違う)
ティファの中に、ふつふつとそんな確信が湧きいでてきた。
(この人は、もしかしたら…)
そう、だから自分の中に埋まるあの能力は、この場所を自分に知らしめたのではないのか―
ティファの瞳に、No.0が映る。
救いようのない「バケモノ」、邪悪な「兵器」、「自由」を求めるあまり魔道を行く少女…だと、思われているモノ。
そして、そうではないモノ…
彼女の直感はそれを告げる。
「お前ら、一体…」
「『お前』、じゃねえよ。俺は、俺の『名前』は…ガロード・ラン、だぜ!」
改めて自分たちの素性を問おうとしたNo.0に、先手を取ってガロードが元気よく答えた。
「ガロード…?」
「そ!」
「…で、俺は…ジロン・アモス!」
「ジロン…」
彼らの「名前」を、鸚鵡返しに呼ぶNo.0。
…と、彼女の視線が、今度はティファに向けられた。
「…じゃあ、お前…は?」
「…私…ティファ、っていいます。ティファ・アディール…」
「ティファ…!」
「あなたは…あなたの『名前』は、何ていうの?」
「!」
「てぃ、ティファ…」
「…」
…が、彼女は黙ったままだ。
そして、黙ったまま…すっ、とその右腕を伸ばし、軽く手首をひねって見せた。
すると、手首にまきついていた革のバングル…そこにつけられていた銀色のタグが、ちゃらっ、と鳴った。
「…え…?」
「何、これ?」
「…何て書いてあるんだ?これ、どこの文字?」
そのタグには、なにやら文字らしきものが刻まれている。
しかし、その文字群を三人は読むことが出来ない…
まったく見たことのない文字だったからだ。
それを、No.0は淡々と読んでみせた。
「…『No.0』、だ」
「なんばー…」
「…ぜろ」
「それが、あなたの『名前』…?」
そのティファの質問に、No.0は弱々しく笑んだ。何処かさびしそうに、そのくせあきらめきった表情で。
「…いや…違う。…俺に、『名前』は、…ねえ。
これは、製造ロットナンバー…だけど、俺を呼ぶならそれで呼んでくれればいい。
…他に、『名前』なんて持っちゃいねえからな…」
「…」
自分に「名前」は無い、と、さびしげな微笑を浮かべてつぶやくNo.0。
その表情が、あまりに印象的だったから…思わず三人は黙り込んでしまう。
…と…そんな三人を見ていたNo.0、彼女の表情が、突如変化した。
「…?」
「…」
「…な、何?」
何故だか唐突に、不思議そうな顔つきになったNo.0。
じいっ、とジロンの顔を見つめている…
「お、俺の顔、なんかついてる?」
「…」
今度は、その視線がガロードに移る。
無言のまま、やはりじいっと、真剣な表情で…まるで観察でもするみたいに、穴の開くほどに彼の顔を見つめる。
「な、なあ…」
じろじろ見つめられ居心地悪い二人が、そんな困惑気味の声を漏らした時…
彼女は、小首をかしげ、心底不思議だ、と言うような口調で…突然に、こんなことを言ってきたのだ。
「…お前ら、両方とも…『人間』、だよな?」
「?!」
「あ、あったりまえだろ!」
「…ふうん…そう、なのか」
腕組みをしつつ、なお二人の顔を見比べる…
「な、なんだよ…」
「…ん…いや、それにしちゃあ…」
どこまでも真面目な顔つきで、No.0が言ったことには…
「それにしちゃあ、お前ら、全然顔が違うな」
「へ?!」
「そ、そりゃそうだけどさ」
当たり前のことを、さも驚いたかのように口にするNo.0に、むしろガロードたちのほうが驚いた。
「…特に、お前」
「お、俺?!」
No.0に指差され、すっとんきょうな声を上げるジロン。
驚いている彼に、まったくの真顔で…No.0は、心底謎だ、というような顔をしてこう言った。
「…何で、そんなに…顔が、まんまるなんだ?」
「?!」
「ぷふー!」
「!」
「なあ、何でなんだ?何でこんなにまるっこいんだ?」
ぺたぺたジロンのほっぺに触りながら、そのまるさ加減に疑問の声を上げているNo.0。
悪意とか冗談でそんなことを言っているそぶりは微塵もなく、真剣にジロンの異様なまでの顔の丸さに驚いているようだ…
「ま、丸い丸い連発するなー!」
「…何、怒ってるんだ?」が、そんなことに疑問をもたれてうれしいはずがない。
今まで散々「敵」から(いや、「仲間」たちからすらも!)「メロン・アモス」だの「土マンジュウ」だのとその顔の丸っこさをからかわれ続けてきたジロン。
さすがに我慢できなくなり、頬をなでなでするNo.0の手を振り払って抗議する…
が、自覚がないのか、急に不機嫌になったジロンを、彼女はきょとんとした表情で見ているのみだった。
その有様を、ひいひい笑いながらガロードが見物している…
ティファも、くすくす、と小さな笑い声を立てている。
「あ、あのねえ!それ以上言うと、さすがに俺でも怒っちゃうよ!…が、ガロード、ティファ!笑ってんじゃないの!」
「ご、ご、ごめん…ぷふ」
「『ぷふ』って何だ『ぷふ』って!笑ってんじゃん!」
「…?」ぷりぷり怒りながら、今度はガロードに詰め寄るジロン…ガロードは謝りながらも、その顔がにやけてしまうのを抑えられない。
そんな二人の掛け合いを、No.0は小首を傾げ…やっぱり不思議そうな顔で見ているのだった。
そんなやりとりで多少彼女に対する警戒心が解けたのか、それとも彼女に(少なくとも、今は)悪意がないことに安心したのか…ガロードは気さくな調子で、No.0にこう問いかけた。
「ところで、お前、こんなところで一体何してんの?」
「ああ。…あれを、見に来たんだ」
そう言いつつ、彼女はまっすぐ天空を指差し…その中に在る、一つに光のカタマリを示して見せた。
「あれ、って…」
「…『月』…?」
と、ジロンがその天体の「名前」を口にするのを聞いた時だった。
彼女の表情が、明かりがつくようにぱっと変わった。
「!…やっぱり、あれが『つき』っていうのかあ!そうかあ…!」
「?!…な、何だ、No.0…お前、まるで、『月』なんて初めて見た、って言い方だな」
No.0の不思議な物言いに、困惑の声をあげるジロン。
だが、彼女が真顔で返した答えに、彼らはなおさら驚きの声を上げることになる。
「…ん…まあ、最初じゃない。これが、三回目」
「へ?!…さ、さんかい?!」
「ま、マジで?!何で?!」
「…そうだ…だ、だって、俺…生まれてから、ずっと、…地下に、いたから」
「…!」
「だ、だから…この、『月』って奴も、本で見たことはあるけど…自分の目で見るのは、まだ三回目なんだ」
「…」
「月」を今までに三回しか見たことがない理由を、ぽつぽつと、どもりながら語るNo.0…
その言葉は、いつだったか…エルレーンが語った彼女の過去を思い起こさせた。
ゲッターチームと戦うために造られていながら、彼らと会うことなく…地上に出ることすらなく、その生を終えた流竜馬のクローン。
突如暴走し、多くの「ハ虫人」を殺し、恐竜帝国マシーンランドを破壊しようとした…それ故に、メカザウルス・ロウごと破棄された。
しかし、今…ティファたちの前にたたずんでいるのは、そのような危険で恐ろしげなモノではなかった。
満天の星空を見上げ、月に見とれている少女…
彼女のガラスのような瞳には、その月が映りこんでいた。
青白き光を、はかなげに、穏やかにまとって。
「そうか…あれが、『月』なんだ…!…キレイ、だなあ…!」
「…」
「ふふ…地上は、キレイなもんばっかりだなあ!『月』もあるし、それに何て言ったって…『空』があるもんなあ…!」
「空…?」
「ああ!」
晴れやかな笑顔を浮かべ、No.0は言った…今は見えない蒼天の美しさ、素晴らしさを。
「蒼くって、どこまでも続いてて!広くって、澄んでて…うふふ、そんで!…空の下には、何だってあるんだ!」
「No.0…」
「『自由』なんだ…だから、…好き…」
ため息とともに吐き出されたのは…その蒼空が象徴するモノ。彼女が追い求めるモノ。己の兄弟を殺してでも。
その何の曇りもない、憧れと陶酔の入り混じったNo.0の表情…
それは、見果てぬ夢を真剣に追い求める、純粋な希望に満ちあふれたモノだったから…ティファたちは、何も言えぬままに彼女を見つめている。
彼らは知っているから…
No.0がその「自由」を何と引き換えに手に入れるのか、知っているから。
「…」
「…でも、夜の空も、好き…だぜ。『月』とか『星』とかが見れるし、それに…何だか、見てたら、…うっとり、しちまう!」
「…そっ、か…」
にこっ、とかわいらしく小首を傾げて笑むNo.0。
…と、その彼女が、思い出したようにこう問いかけてきた。
「そうだ…それじゃ、お前らはここに何しに来たんだ?」
「ん…まあ、えーと…」
「…つ、釣りだよ」
「?…『つり』?…何だ、それ?」
「あはは…や、やっぱり、これも知らないのね」
予想通りの展開に、軽く苦笑を漏らしつつ頬をかくジロン…
と、彼は釣り道具を腕に抱え、片手を軽く挙げて呼びかけた。
「ほら、こっちおいでよ!一緒に釣りしないかい?」
「…」
「じ、ジロン?!」
「…何だよ、ガロード」
いきなりNo.0を釣りに誘い出すジロン…
その唐突な行動に泡を喰ったガロード、慌てて彼のもとに走りより、小声でぼそぼそと非難を始める。
「な、何考えてんだよ?!…こいつは、あの…」
「…ああ。…だけど、さ。何か、さっきから見てたら…この子、何だかそんなに悪い奴じゃないみたいだぜ?」
「そ、そりゃそうだけどさ…」
「これも何かの縁、って奴さ。…いや…」
ジロンは、ちらり、とティファを見やった。
ティファも彼を見返し、柔らかな微笑みで応えた。
「…ひょっとしたら、必然、かもな」
「…」
彼のそのしぐさで、ガロードも悟る…彼の顔から、険が消えた。
「…そっ、か…そうだな…」
「ガロード…」
「…わかってるよ、ティファ。…きっと、このことだったんだろ?お前が感じたのは」
「…」
無言でうなずくティファ。
…その反応を見て、結局…ガロードも思い切ることにした。
「まあ、いっか!」
にかっ、と、快活な笑みがガロードの顔に浮かぶ。
足取りも軽やかに、立ち尽くしたままこちらをぼーっと見ていたNo.0の元に駆け寄った。
「…?」
「おい、No.0!お前もこっち来なよ!一緒に釣りしようぜ!」
「え…で、でも、」
「どうせ暇なんだろ?いいじゃん、せっかくだから一緒に遊ぼうぜ!」
「…い、いいのか…?…な、何で、お、俺なんかに、そんな…」
困惑し、ためらうNo.0…困ったように眉毛を下げ、彼女は躊躇し続ける。
…が、その時だった。
「…あーもー、まどろっこしいなあ!…ほら!」
「!」
すうっと伸びてきた彼の右手が、No.0の左手をつかんだ。
手を握られたこと、彼の手のひらから伝わる熱い感触に…一瞬、No.0はびくっと震え、ほんのちょっとだけ怯えた風な表情を見せる。
が、ガロードは明るく笑みながら、そのままやさしく彼女の手を引いた…
「さあ、こっちこっち!」
「…!」
笑顔のガロード。その向こうには、自分に向かって笑いかけている、ティファとジロン…
とくん、と、No.0の心臓が甘くうずいた。
自分の手を握っている、ガロードの手…
あたたかさを感じる。先ほど包帯を巻きなおしてくれた、ティファの手のように。
触れられているところが、やけに熱い。
だけど、心地いい。
とくん、とくん、とくん。
心臓の高ぶる鼓動は、いつまでたっても収まらない。
だけど、心地いい。
訳などわからないが、何故だか妙に気分が高揚していた…
ただ、ひとつだけわかることがあった。
それは…この奇妙、だけどとても気持ちのいい感覚は、こいつら三人が生み出している、ということ。
自分と同じ、「人間」の…同じあたたかさを持つ、ティファたちが。
だから、抗えなかった。もっともっと、その感覚を味わっていたかったから。
生まれてはじめて感じる、この感覚を…
No.0はガロードに手を引かれるまま、早足でティファたちのもとへ駆けて行く。
その時、No.0の脳裏に…ぱっ、と、ある文章が浮かび上がってきた。
それはいつのころだったか、第三資料室の中で見つけた、あの絵本の一節…

「こうしてずうっとつながってるんだ、だれかがいなくなっちゃあかなしいもんね。
だいじななかまだもん、なくさないように、ずうっとつながってようね。」

「うふふ…!」
「ん?…どした、No.0?」
「ううん…!」
くすくす、と、うれしそうに笑んだNo.0。
問い返したガロードに、彼女は笑顔のままで首を振り…愛らしい口調で、こう言ってのけた。




「なぁんでも、ないッ…!」





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