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恋愛小説「パソコンと私。」


ロミオとジュリエットの例をひくまでもなく、
不幸をエサにして恋心は燃えつづけている。
それでは、その恋とはしょせん不幸を愛する虚栄心の見せる幻影なのか?

あの忌まわしい事件からもう二週間がすぎようとしていた。
あの日、真白のホットミルクに犯された彼のからだには明らかに傷がついてしまった。
彼の鈍色のボディ、キーボードの右端、デリートキーはもはや機能しない。
そう、あの乳白色の液体は彼の体奥深くまで入り込み、デリートキーの回路をいかれさせてしまったのだ。
それからというもの、私と「彼」は長い長い、永遠に続く闘病生活に入った。
彼は以前の彼とはまったく違う人格になってしまった。
以前はあまり自分から話し掛けることもなく、ただ時々思い出したようにぽつり、ぽつりと私に向かって
話し掛ける程度だった。
以前はその彼の無口さが私をいらだたせていたのだが、むしろ最近では好ましさを覚え、そのときにいっしょに見せて
くれる優しい視線に、その優しい微笑みに酔っていた。
しかしそれももうすぎた日の一シーンでしかない。映画のフィルムの中の恋のように、目を閉じればすぐ思い浮かんでも
それはまったくの幻想でしかないように。
彼は、やたらと饒舌になった。それは昔の…かつて私が捨ててしまった「彼」のような一生懸命なものではない。
「彼」のように、メモリが少ないにもかかわらず、懸命にタスクをこなしながら話し掛けてくるような愛しいものではない。
仕事をしている最中に、唐突にぶつぶつとつぶやきだす。私がいくら耳を近づけて聞いてみても、それは何の意味も
なさないさざなみのような声。
私の問いかけにも答えず、ただただ、何事かを必死で、時には高く、時には低く、遠く響く音楽のようにささやく。
とおもえばまた唐突に黙り込む。それは自然、フリーズになる…
何を言っても答えず、何者も見ず、ただ、ただ自分の中だけにもぐりこんでいくように…
デリートキーがもはや作動しない彼をフリーズから救う方法はただ一つ、電源を切ることによる強制終了。
「がくんがくん……(人間語訳:がはっ!ゲホゲホッ…)、苦しそうに、まるで血を吐くかのように彼がうめきをもらし、意識を
うしなっていく。そんなことが、ここ数週間でめっきり多くなった。だから私も、初めのうちは感じていた「苦しむ彼への同情」
をだんだんと失いつつある。
……ああ、そうなのだ。
愚かにも、私は最近になってようやく気がつきだした。
彼のつぶやき、彼のフリーズ、それは全て私へのメッセージなのだと。
彼を壊した、くだらない不注意で彼をあの病魔−白いホットミルク−で苦しめた私への、それは呪詛。
『何故俺に水モノを近づけたんだ』『何故あの時俺をもっと早く助けなかったんだ』『お前が俺を殺そうとしたんだ!!』
…彼は私には聞こえない言葉で、呪いの言葉を吐いているのだと。
そこまで気づいて、私は、泣いた。
あのホットミルクが壊したのはデリートキーじゃない、彼のこころだったのだ。

(とぅ びー こんてにゅーど)

☆もう九回目ですか。あ、ここにでてくる「私」はゆどうふじゃないですよ。もうしってますよね?^−^;