ドイツ語アルファベットで30のお題
〜マジンガー三悪編〜


"S"--das Schicksal(運命)

主が去った玉座は、今は存在無き空白。
薄暗い暗黒の王の間。だが、その王・Dr.ヘルの姿は、今はここにない。
またもや兜甲児、そしてマジンガーZに敗北したあしゅら男爵とブロッケン伯爵…
彼らを口汚く罵った後、気分を害したDr.ヘルはさっさと奥に引っ込んでしまった。
残されるのは、あしゅら男爵とブロッケン伯爵。
ぼんやりとろうそくの光が照らす石造りの部屋の中、二人の異形が在る。




二人の異形が在る。




やがて、一人が、たまりかねたかのように口を開く。




「くそッ…マジンガーZめッ」
「…」
「よくも、私にこのような屈辱を与えてくれたな!今に見ておれ、兜甲児のやつ…」
「あしゅら」
「…何だ、ブロッケン」




もう一人の異形が、彼に呼びかけた。




「お前は、」




それは、
普段彼が異形に対して叩きつけるような罵倒でも、
作戦に失敗したことに対する責任のなすりつけでも、
腹立ち紛れに吐き捨てる怒声でも、
なかった。




「お前は、まだ繰り返せるか」
「…?」




もう一人の異形の言葉が理解できず、眉をひそめる。
そんな異形に、彼はなおも問う。
異様なほどに、無表情に。
その様が、あまりに奇妙で…異形は、息を呑む。
今、目の前に在るもう一人の異形は…普段とはまったく違ってしまっていた。




「お前は、まだ繰り返せるか」
「…何をだ?」
「生きて、戦って、そうして負けて。この、終わりの見えない日々を、まだ繰り返せるか」




そう、
彼が放ったのは、重い、重い、重い、憂い。
そのことが、異形を驚かせた。




もう一人の異形は、なおも言う。
もはやそれは異形に聞かせるためのものではなく、自らの煩悶をただだらだらと音に変えているだけのようだった。




「何故、繰り返す。何故、我輩たちは終わらないのだ」
「…」
「一度死んで、それでも生きている。何故、我輩たちは終わらないのだ」
「…」
「生き続けている。死んでいなければならないくせに、生き続けている」
「…」
「何故、我輩は…終われないのだ」




それ故、
その言葉は、同じフレイズのルフラン(繰り返し)になる。
何故、生きているのか、と。
何故、死なないのか、と。
何故、死ねないのか、と…
繰り返されるフレイズは、すなわち、終わらない彼の苦悩そのもの。




「これが、運命だと言うのか」
「…」
「生きることが。ここまでして、生きることが、我輩の運命だと言うのか」
「…」
「拭い去れない重い罪を犯した、重ねてきた我輩への報いだと言うのか」
「…」
「この姿が。この身体が。このいのちそのものが」
「…」




もう一人の異形の独白は、そこでふつりと切れてしまった。
空白。
異形は、ため息を一つついた。
空白。
空白。
空白。
居心地の悪い、空白。




その空白を、唐突に…やけに明るい口調の声が、破り去った。




「…さあ、わからん」




それは、異形の声だった。
男と女、二つの声が、同時にそれを言い放ったのだ。




「…?!」




もう一人の異形の顔が、あっけにとられたようなものになる。
そんな彼に対し、異形はにやり、と笑み…なおも、影のない、楽天を装った声色で言う。




「それは、神のお決めになること。全ての運命は、神の手の内にあるのだから」
「…」
「そんなだいそれたことは、矮小な『人間』などに知れたものではないのだぞ、ブロッケン」




異形は、そう言った。
あえて、「人間」という言葉を使って、そう言った。




「ならば、『人間』なるモノが出来ることは」
「…」
「生きることしか、ないだろう?」
「…」
「生きているのだから、生きていくしかないだろう?」




異形の答えは、明確すぎるくらい明確だった。
明快すぎるくらい明快だった。
明瞭すぎるくらい明瞭だった。




「…そう、か」




もう一人の異形は、目を伏せた。
それは、諦念のような、それとも覚悟のような、そんな思い詰めた表情だった。




その思いは、わからないでもなかった。




だから、異形は笑った。
茶化すように笑った。




「なあに、急ぐこともない。生きているからこそ、見られるものもあるだろう?」
「…」




もう一人の異形は、無言。
それでも、異形は言葉を継ぐ。




「生きているからこそ、成し遂げることもあるだろう…?」
「…」
「何を心配することがある?どうせこの身は一度果てている…いや、」




異形は、そう言って笑った。
お道化たように笑った。








「二度、果てているな…私の場合は!」