ドイツ語アルファベットで30のお題
〜マジンガー三悪編〜


"J"--die Jungfrau(乙女)

「それでね、あの方が…私のほうを見て、にこっ、て笑ってくださったのよ!
それが、何ていうか、とってもあったかくって、私、何が何だかわからなくなっちゃって…」
「…」
何が何だかわからないのは、こっちのほうだ。
こころの中でそう毒づきながら、ラオダメイアはテテュスの話に適当にあいづちを打っていた。
いとこのテテュスと久しぶりに会ったわけだが、先ほどから彼女が話すことはといえば…アキレウスとかいう、何処ぞの馬の骨の話ばかり。
顔を知りもしない男の話ばかり延々とされ、正直ラオダメイアはうんざりきていたが…
それでも、あまりにテテュスがうれしそうな顔をして話すものだから、無視するにもしきれないでいる。
何でも、そのアキレウスとかいう奴は…背も高く、凛々しく、ハンサムで、鷹のような目をしていて、
筋骨たくましく、無骨でありながら繊細で、もちろん強く、やさしさも兼ね備えていて(後、何だっけ)…
ともかく、素晴らしい男だと彼女は懸命になって話すのだ。
だが…はじめのうちはいとこのことだから、と我慢して聞いていたラオダメイアも、さすがにうっとうしくなってきた。
だから、だらだらと男の描写を続けるテテュスに向かって、単刀直入に問うた。
「…でね、私がね、」
「テテュス。テテュスは、そのアキレウスとかいう男が好きなのか?」
その途端だった。
突如、テテュスが立ち上がった。
立ち尽くしたままこちらを見下ろすその目つきが、異様といえるほどに怖い。
その顔は真っ赤に染まり、何やらぶるぶると震え出してすらいるではないか…?!
「な…ど、どうしたんだ、」
「あ、あ…ら、らおだ、めい…あ、ッ」
どうやら、自分の名前を呼んだらしいが…そのどもりまくりの口調で発された音の羅列は、まるで別世界の言語のように響いた。
何か言いたいらしいが、言えないようで…酸素不足の水魚のように、ぱくぱく口を開けたり閉じたりしている。
身体の震えは見ていてもはっきりわかるぐらいにまでなり、医者を呼んだほうがいいのではと思うくらいだ。
はたから見ているぶんには「気持ち悪い」とか「どうかしたんじゃないか」と軽く流せるだろうが、目の前でそんな様子を見せ付けられているラオダメイアのほうはたまったものじゃない。
異常な様子のいとこに、すっかり目を白黒させている。
「ど、どうしたんだ、本当に…」
「…ね…いッ、わないでぇッ」
「…?!」
相変わらず口をぱくぱくさせたまま、テテュスが何事かを喉の奥からしぼりだすように言った。だが、ラオダメイアには聞き取れなかった。
と、テテュスは…口を何とか動かして、もう一度、それを口に出した。
「お、お願い…こ、このこと、誰にも言わないでぇッ!」
「…はあ?」
「だ、だ、だから、このこと!だ、誰にも、内緒にし…」
「ああ、お前がアキレウスという男のことがす」
「わああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
「…いッ?!」
問い返した途端、超音波のごとき絶叫が鼓膜をつんざいた。
のけぞるラオダメイアの両肩を、がしぃっとつかむ 。
「いいいいいいい言わないで!言ったらひどいわよ、ラオダメイアッ!」
「う、うわあッ?!ちょ、ちょ、っと、 …」
「言わないで!お願い!あ、あ、あの人に知られたら…わ、私、恥ずかしくて死んじゃううううううッ!!」
「ああ、あ…わ、わかった、言わない、言わない、からッ」
「…!」
がくがくと罪人を尋問するかのごとき勢いで揺さぶられ、たまらず言いなりになるラオダメイア。
自分よりかなり背の低い、非力なはずの彼女。
その身体の何処に、そんな力があるのだろう…と、それくらいのすさまじさで。
彼女が秘密を守ることを誓うのを聞くにつけ、ようやく落ち着いたのか…
テテュスは、彼女を解放してくれた。
「…」
「…」
と、先ほどの動揺とは一転して、テテュスはじいっと押し黙ってしまう。
自分の爪先を見つめたまま、やはり真っ赤な顔で…うつむいたままで。
そんなテテュスを見るラオダメイアの唇から、自然にため息がもれた。
「…わからんな」
「…え?」
もらされた嘆息に、テテュスが顔を上げる。
ラオダメイアは、後れ毛をかきあげながら…何処か投げやりな口調で、独り言のようにつぶやいた。
「…そんなに、その男が好きなのか?」
「…」
「テテュスが、そんなになるまで。その男の何がいいと言うんだ?」
「…ラオダメイアは、」
テテュスは、質問に直接は答えず…質問で返した。
「ラオダメイアは…誰かに、恋をしたことはないの?」
「恋?この私が、男にだと?…はっ、ありえんな」
だが、ラオダメイアの返事はシンプルだった。
完全な否定、そうして鼻で笑う。
その答えを受け取ったテテュスの表情が、わずかに曇る。
しかし、数秒の空白の後、テテュスは…ささやくような声で、言い返した。
…やっぱり、真っ赤な顔で。
「ラオダメイアも…いつか、わかるよ。男の人を好きになった時…」
「…」
ラオダメイアは、言い返さなかった。
だが、彼女のこころの中は…わずかな侮蔑と嘲笑、そして理解できないという思いでいっぱいだった。




好きになる?
…この私が、男を?
はっ、馬鹿げている。そんなことがあるものか。
男を恋うて恋うて、こんなふうにみっともなくなってしまうなんて、ありえない。
この私が、こんなふうになるなんて…
こんな情けなくなるようなな乙女心など、私には無縁だ。
恋など、私には必要ないものだからな…!









ラオダメイアが、テテュスを内心で嘲笑ったのを後悔したのは…それから一年程がたって、ようやくのことだった。









マジンガー三悪ショートストーリーズ・"The invincible Couple(「無敵の二人」)"より。
「恋は熱病」とは、よく言ったものです。