ドッキドキ!ドクター・ヘルの羅武理偉(ラブリィ)三国志珍道中☆ (23)
小説・特務「戦場の亡霊」(2)
「よし、まずはあの拠点を調べてみるか」
「はい!」
とある山道。
銀髪の夏圏使い、ドクター・ヘルとその副将、桜扇使いのヤヌス侯爵。
「人を襲う亡霊」を撃退するべく赴いた彼らがまず目指したのは、その一角にある拠点…
数年前、峻烈を極める激戦の地であったこの場所は、今は人の姿もなく。
ゆっくりと崩壊しつつあるその古い拠点に向かって、二人は駆け出した―
「へへへ…」
しかし。
人のいないはずの、この地において。
草むらから、駆ける二人の姿を見ていた目が…あった。
「またいいカモがやってきたぜぇ」
「ってえか、何だあの男…なんかキモい格好してっぞ」
その目の数は、六つ。
髭面の男にひょろ長い男、それに小柄な男。
彼らは、この近隣に住み着く賊ども…
怒鬼に呪鬼、暗鬼の三兄弟。
「よし、いつものアレをやるぞ!」
「了解だあ!」
そう、彼らこそがこの地の「亡霊」の正体―
血なまぐさい昔話にかこつけて、幽霊を装い悪行を働いていたのである。
通るものを脅し、恐怖した彼らから金品を奪い尽くす。
それが彼らの卑小で卑怯なやり口であった。
そして今日も、現れたこの奇態な二人組に目をつけたのだが…
しかしながら。
彼らが卑しくもいっぱしの賊であることを自覚していたのならば。
彼らは気づくべきだったのだ、もっと早くに。
世の中には、決して自分が刃向かってはならない相手がいる、ということを―
「荒れ放題だな…人けがあるようには見えんが」
「そうねぇ、すごくさびしい感じ…」
飛び込んだその拠点は、人の手が入らずに少しずつ滅びていく、その過程にあった。
しいん、と、澱んだ空気は音も無くその中を満たす。
砕けた鼎や武具防具の欠片が、ぐったりと転がっている。
木の壁にはじけ飛んだ黒い模様は、この拠点を護ろうと、この拠点を奪おうと、決死の思いで斬り結びあった兵たちの血の痕なのか…
だが、ともかくも、それも過去の物語。
残されているのは、ゆっくりと、ゆっくりと自然に還って行く、壊れ往く拠点のみ―
の、はずであった。
「?!」
「…!」
瞬時、二人の表情が強張る。
―聞こえた。
何か、聞こえた。
それは風の音ではない、確かにそうではない。
それは笑い声だ、嘲笑する声だ、
何処からともなく響き渡ってくる不気味な笑い、それは果たして死者が生者を嘲る声なのか…?!
夏圏使いと桜扇使いは、素早く己の武具を手にする。
構えるは乾坤圏、彼とともに多くの戦場を渡ってきた鋭き夏圏。
構えるは紫禁扇、艶やかさと凶悪さを併せ持つ可憐な桜扇。
知らずうちに、互いに彼らは背をあわせ、自分たちの死角をかばいあっていた。
いつ襲い来るやも知れぬ正体不明の邪に対し、きりきりと己の精神を尖らせる―!
尖る、尖る、きりきりと。
己自身を刃に変える、一刀両断の刃へと―!
そして。
がさり、と、ひときわに派手な音を立て。
そ奴らが、草むらから躍り出た―!
「我らの聖地を荒らすのは誰だぁ…?!」
「身ぐるみ脱いで置いてけぇ〜」
「さもなくば我らのエサにしてやるぅ!」
その手に槍を、鉄剣を、朴刀を持ち、
拠点を取り囲み一切の逃げ場を潰してしまう。
へらへらとこちらを見て笑うそれら…
それらが、この地にさまよいいまだ報われぬ将兵たちの―
<亡霊らしき軍団が出現!>
…亡霊、であるようには、とても見受けられなかった。
「…」
「…」
「…」
「…」
しばしの、間。
しばしの、無言。
先ほどまで痛いほどに張り詰めていた緊張感が、がらがらと砕け落ちていく。
全身にみなぎっていた闘志が、やり場なくほわほわと抜け去っていく。
しばしの、間。
しばしの、無言。
どちらからともなく、お互いを見やりあい。
また、どちらからともなく、力ないため息をついた。
―そして。
「…やるぞ、ヤヌス」
「…ええ、わかったわぁ」
気だるそうに、面倒くさそうに、銀髪の男が呼びかけ、
気だるそうに、面倒くさそうに、桜扇使いが応じた。
「!」
ばっ、と、拠点から黒い影が疾る。
それはあの異装の男。
その両手に夏圏を握っているところを見ると、どうやら多少なりとも抵抗しようというらしい。
「来たか!」
呪鬼がにわかに色めきだち、その獲物目がけて飛びかかった―!
「聖地を荒らす者、許さな…」
「やかましい!」
しかし。
意気揚がったのも、一瞬のこと。
決め台詞を、銀髪の男の一喝が吹き消した。
その怒号に思わず賊はすくみあがってしまう…
が、その一瞬の隙を突き、ドクター・ヘルは間断すら許さぬ攻撃を叩き込む!
「えっ、ちょ、あの?!」
「ていっ、はあっ、たああッ!」
「あ、ちょ、ちょっ、」
それはそれはもう容赦のない連撃だった。
斬る、突く、薙ぐ、蹴る、殴る、はたく、つまむ、平手打つ、ひっかく、ぶつ、肘打つ、踏みにじる。
それはそれはもう、ひどかった。
いろんな意味で、ひどかった。
苛烈で熾烈で酷烈なヘルの舞の前に、身の程知らぬ賊は見事にずたぼろにされ、
そうして、その挙句には。
「荒ぶるぞッ!!」
「ぴぎゃーーーーッッ!!」
気迫一閃、無双乱舞!
たまらず悲痛な声を上げて吹っ飛ぶ呪鬼!
「げふッ?!」
宙を裂き放り出された彼は、その勢いのまま拠点に転がり込んでしまった。
土ぼこりにまみれながら、苦痛に身をよじる呪鬼…
…だがしかし、彼を襲う悲劇はまだ終わりではない。
「ヤヌス!」
「はぁいッ!」
己が副将に向けて、鋭く飛んできた銀髪の男の指令。
それは―
「その馬鹿の身ぐるみ、はがしてしまえッ!」
「了解ッ☆」
「え?!」
刹那、その言葉の意味が捉えきれず、目を点にする盗賊。
しかし、嫌でも彼はそれを理解してしまった。
桜扇使いが不可解な笑みを浮かべ自分に歩み寄ってきた、まさにその一瞬間に!
その紫の衣に身を包んだ桜扇使いの女は、美しい笑みをその顔に貼り付けて。
ぬうっ、と伸びてくる細くしなやかな腕、それはまさしく悪魔の腕…!
「はぁい、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ☆」
「あーッ!や、やめてぇ〜?!そ、そ、そこだけは〜ッ!!」
哀れ極まる絶叫が、朽ちかけた拠点にこだまする…
当然ながら危地にある呪鬼を助けることの出来るものは誰もいるはずもなく。
彼の抵抗もむなしく、
数秒後。
―ばさり、と薄汚れた麻の服が空に舞い上がった。
「次はどいつだッ?!」
<亡霊の正体は やはりただの賊だった>
<1人捕獲 残り2人!>
「身ぐるみ…」
「それはこちらの台詞だッ!」
「?!あ、あぎゃーーッッ!!」
鉄剣を構えた暗鬼など、自分の脅し文句をすべて言い切ることすらさせてもらえなかった。
呪鬼と同様に、殴るわ蹴るわの暴行を受け、あっという間にぼろ雑巾と化した。
「こ、こいつにはまったく歯が立たねぇ…!」
「当然だ凡愚がッ!」
「あひょおおおおーーーッ?!」
大地に力なく伏した彼を、むんず、と銀髪の男は抱えあげ。
そのまま、拠点の中へと思いっきり投げ飛ばす!
恐ろしい女郎蜘蛛の待ち受ける巣の中へ―
「あらぁ、また一人来たわぁ…」
「じ、呪鬼?!お前なんで真っ裸…」
「うふふ…!」
既にその麗しい蜘蛛の手に落ちた兄弟の悲惨な姿に、暗鬼が驚愕するも。
その他ならぬ彼自身がその魔手にかかるのも、そのほんの数秒後…!
「?!…き、きゃああーーーーッッ?!」
<2人目を捕獲 残り1人!>
「あ、暗鬼?!」
絹を引き裂くような甲高い兄弟の悲鳴が、残った長兄・怒鬼の鼓膜をつんざく。
呪鬼も、暗鬼も、
あっという間にこの得体の知れぬ闖入者にやられてしまった。
今までの通行者たちとは明らかに違う、女装の変態とその従者。
だが、一介の、庶民よりは多少腕に自信がある…程度の賊でしかない彼に、銀髪の男に抗う武力があるはずもない。
「お、お前ら、一体何…?!」
「五月蝿いわ!」
動揺しながらもへっぴり腰で槍を構え、それでもヘルに襲い掛からんとする無謀な長兄。
南天舞踏衣を纏ったその男が、驚くべき俊足で駆けてくる―
そして、そのまま、
ばっ、とまるで鷹のごとく華麗に空に舞い上がり、
敵に向かって―飛び降りる!
「ぐあッ?!」
避けることの出来ぬほど俊敏なその動きは、怒鬼に捉えきれるものでは、到底ない!
凶暴なまでの速度で脳天をかち割る凄まじい蹴りに、賊は一発で砕け落ちた…!
「痛ッ?!い、いで、いた…あ?!」
それでも、何とか立ち向かわんと、再びふらふらと立ち上がろうとする。
よろよろとよろめくその往生際の悪い男に向け、銀髪の男が微笑する―
「貴様もとっとも…」
ぎりっ、と。
整った理知的な表情が、暗い愉悦に歪む。
「吹き飛ぶがよいッ!」
「あひゃあああーーーッッ!!」
投擲された一対の夏圏が、凄まじい勢いで怒鬼を吹き飛ばす!
強烈な衝撃に、為す術もなく無様に空を舞う…
そして地に落ちると同時に、鈍い痛みが彼の全身を襲う。
どさん、ごろごろ、どたり、
地面を転がり、
気づいた時には…そこにいた。
邪悪な女郎蜘蛛の、巣の中に―
「ひ、ひいーーー!!ひ、ひ、人でなしーーーーッッ!!」
そして。
三人目の犠牲者のいたましい悲鳴が、空中に鳴り渡っていったのだった。
<偽亡霊軍の捕獲に成功!>
「これで全部、かしらぁ?」
「どうやらそのようだな」
首をかしげる桜扇使いに、銀髪の夏圏使いは首肯した。
「ふん、やれやれ…思ったとおりだな」
そうして、軽く鼻を鳴らして、何処か呆れ気味に吐き捨てる。
「金を巻き上げる亡霊などいるわけがあるか、馬鹿らしい」
初めからその存在を疑っていた彼の予想通り。
結局は、この程度のことだった…
阿呆らしい結末に、やや大儀そうにヘルはまたため息をついた。
「あ、あ、あの〜…」
「なんだ、亡霊もどきども」
…と。
文字通り「身ぐるみはがれた」三馬鹿兄弟。
肌寒さに身を寄せ合って震えているうちの一人が、小さく縮こまったまま、何やらもぞもぞしゃべってきた。
「あ、あのですね、私たち、大変に申し訳ないことをしたな〜と反省してるんですよ」
「ほう」
「これからは兄弟力を合わせて、悪いことをせずにまっとうに生きていきたいな〜なんて」
「それで?」
おずおずと、上目づかいでヘルの機嫌を伺いながら。
「で、ですので?…できれば、この場は見逃していただきたいな〜…なんちゃって」
「あらあらぁ…どうするのぉ、ご主人様ぁ?」
隠すべきところを必死に隠そうと正座して、ひたすらに小さくなっている三兄弟。
あまり美しくない、見てもうれしくないその肌色の塊にちらり、と一瞥をくれ、ヘルはきっぱりと断じた…
「駄目だ」
「貴様らはこのまま建業まで引き摺り回した挙句、憲兵に引き渡す」
「え、ええー?!」
「そそそ、それじゃせめて服だけでも返していただけませんかぁ?!」
不寛容な、だが当たり前の賊どもに対する処遇。
されども、それならば人間らしく服ぐらいは着させてほしい、という必死の懇願が返って来る。
…が。
果たせるかな。
端整な顔立ちの美男子は、それによく似合った氷のごとき冷たい瞳にて彼らを見据え、
冷徹に微笑して言うことには―
「貴様らは今まで旅人の身ぐるみをはがしてきたのだろう?
そろそろその報いを己が身にて受けるがいいさ」
「ひ、ひ、ひ、ひどすぎるよー!」
「鬼!変態!悪魔!」
「すいません、もうしませんから許してぇ〜!」
びゃあびゃあと泣き喚き、残酷な夏圏使いを非難する三馬鹿兄弟。
しかしいくら指弾されようとも、ドクター・ヘルは涼しい顔でそれを聞き流すのみ。
それはそうだ…
情けなくもすっぽんぽんの格好でどれほど言われたところで、迫力も何もあったもんじゃない。
そして。
「うふん、そんなにしょんぼりすることないじゃなぁい?
そこまでひどくはないわよ、あなたたちの」
「う、うわあああああーーーん!!」
何の慰めにもなっていないヤヌス侯爵の一言が、繊細な男たちの誇りに綺麗にとどめを刺した。
<賊を更生させた…?>
「よし、それではさっさと引き上げようかヤヌス」
「ええ、そうしましょう―」
これで、万事が解決。
これより先、この古戦場にてわけのわからぬ「亡霊」が暴れる、などと言うことはないだろう―
つまりは、これで仕事は終わり、だ。
見苦しい男どもの泣きべそを背景に、二人はとっとと街に戻ろうとした…
その時だった。
―大地が突然、鳴動したのは!