ドッキドキ!ドクター・ヘルの羅武理偉(ラブリィ)三国志珍道中☆ (2)




時は戦国。
この大陸は四国に分裂し、互いに覇権を争うという、まさに群雄割拠の時代。
そしてその四大国の一つ、袁本初が治める地に、一人の青年が降り立った。
天に逆らうように尖る白銀の短髪。
深緑の瞳は、常人には見透かせぬ底知れなさを持つ。
彼もまた戦士であった、将であった。
この世界に集う数多の勇士達がそうあることを選んだように。
彼は張儁乂の配下となり、袁家の臣となった。
だが―
彼の心中に宿る志を、一体誰が知っていただろうか。

その男の「名前」は、変わった響きを持っていた。
西の果ての地・敦煌(とんこう)より来たりしその男は―
「ドクター・ヘル」と言った。


練兵官特務「訓練・副将の雇用」

「…で?」
己より身分が上の練兵官に対し、青年は尊大の色を隠そうとすらせず、ただそう答えた。
「だ…だから、」
えへん、と、咳払い一つし、肩透かしを喰らわされた気まずさをごまかしながら。
「ここに、その…主を求める者が、時折やってくるのだ」
新兵を鍛え戦いの道を示す練兵官(れんぺいかん)は、足下の戦場を指し示した。
「ふん」
それを聞いていた青年は、返事代わりに鼻を鳴らす。
何処までも尊大で高飛車なこの男の名は…ドクター・ヘル。
今日はこの練兵官について、副将…つまりは、ともに戦場を駆け抜け戦う己の仲間を探しに来たのだった。
「よし!まずは主を求める者について説明しよう」
百戦錬磨の練兵官は、
「彼らは戦場で、仕えるべき将を探している。「激突」の開始後 しばらくすると…」


<仕えるべき御方に出会えるといいのですが…>


「……といった声が聞こえることがある」
かすかに聞こえたのは、少女の鈴を転がすかのような、かわいらしい声。
まるでそれが聞こえることをはじめから承知だったかのように、練兵官が説明を続ける。
「これは戦場に主を求める者がいるということだ。
彼らは扱う武器から「○○使い」と呼ばれ、中立軍の部隊にまぎれている」
解説をし終えた練兵官。
改めて、眼前に立つ新兵に(そう、この男は偉そうなこと限りないが、その実身分は新兵なのである)視線をやる。
「では、さっそく主を求める者を見つけてみよ!」
「ふん、要するに…だ」
ドクター・ヘルは、やは居丈高な態度をいささかたりとも崩すことなく(しつこいが、新兵である。いわば雑兵中の雑兵である)、こう言ってにやりと笑った。
「中立軍を全員ぶちのめせばいいわけだなあ?!」
「ち、違う!」
「ちっ…何だ。そうならそうと早く言え」
…勝手に自分で勘違いしたくせに、新兵に吐き捨てられた挙句に舌打ちまで追加された。
今言ったところやないけボケ、と反射的に言い返さなかったのは、さすがに経験豊かな練兵官。
こんなはねっかえりなど今まで何百人も見てきたじゃないか…と己に言い聞かせ怒りを静めるその姿、まさに玄人(ぷろふぇっしょなる)。
こう言うときはあわてず騒がず、五回でも十回でも同じ指示を繰り返すのだ、
繰り返すのだ(そう、キッツイ学校で勤務している時の高校教師のように)!
「と、ともかく!夏圏使いを探すのだ!」
「…ふん!」
銀髪の男は、軽くまた鼻を鳴らし。
戦場を睥睨し…刹那、風となって駆け出した―


戦場を駆け巡ること数分、
彼は容易く捜し求めたその姿を視界に捉える、
それは夏圏を手にした、未だ年幼い、小柄な少女だった―!
「あなたのお手並み、拝見いたしますッ!」


「お…お強いのですね、あなた」
夏圏使いの少女は、力尽き。
己を倒した男を、もう一度見やる。
決めていた。決めていたのだ。
自分の命を、自分の意思を、自分の生きる価値を賭けられる将を。
決めていた。決めていたのだ。
自分を倒すほどの強き将たる、この男ならば―!
愛くるしいその表情を期待に輝かせ、
少女は、
「決めました、私…あなたの」
己が将となる、眼前の男を見―


「うひいいいいいッッ?!」


…た、途端に、恐れに満ちた絶叫を上げた。


何故なら―


「…くく、」


銀髪の男は、その深緑の両眼をぎらぎらと輝かせながら、
その整った相貌を壮絶な笑みに引き裂き、
歓喜に満ち溢れる両腕は、大きく空を抱くように拡げられ、
「ふふ、ふははは、ふははははははは!」
そして―空気を震わす哄笑!
いや、常軌を逸しているとしか思えないその様子から言うならば、それは狂笑。
狂笑する男の異様な熱波は、少女を心底から怯えさせた。
勢いに突き押され、ぺたん、と地面にへたりこむ夏圏使いの少女。
その少女を真上から見下ろし、笑う男の顔は―悪鬼そのものであった。
「勝った、勝ったな!これでお前は俺のものだ!」
「え、いや、あの、ちょ」
「ふははははは!何と幸先のいいことか!
まさか一発で、こぉんなあぁぁぁいらしいいいぃぃぃぃ副将を得られるとはなああああああ!」
「ひ、ひあああ、ひあああああああ!こ、怖い、怖いよーッ?!」

すさまじい抑揚とともに感嘆の言葉を吐き出す様は、悪龍が邪煙の吐息を吹き付けているよう(一応彼なりに少女をほめてはいるようだが)。。
その吐息がはっきり頬に感じられるところまでいきなり顔を近づけられた少女は、我知らず逃げ場を求めて後ずさろうとしていた。
しかし両腕はぶるぶる震え、筋肉もまともに動いてはくれない。
金縛られ身体が動かせぬ少女の脳細胞を、電撃の直感が貫いていく。
この人、ヤバい人だ。
が、
ヤバい人だ、とわかった時には、もう遅かった。
もう、遅かったのだ。
「おいお前!『名前』は!」
「ひぃぃいいい!」
一歩大きく前に踏み出され、思わず逃げようとしたものの。
すっかり抜けてしまった腰は最早役に立たず、わずかにがくがくと震えるだけ。
そこに、さらに上から覆いかぶさるように悪魔が―!
「なぁぁぁあまああぁぁぁえええええはああああ?!」
「ひ、ひゃいいッ?!わ、わ、わ、わたしのな、名前は、ととととうの昔に捨ててますうう!」
「何ぃい?捨てたあぁぁぁぁあ?!」
「はっ、はいー!」
驚愕のがなり声に、はじかれたように答え返す少女。
なんと哀れなことか、もうすでにこらえきれなかった涙が両目の端から零れ落ちそうになっている。
無理も無い、こんな魔物に捕らわれては無理も無い。
―と、彼女の返答を聞いた魔物は、唇を薄い笑みの形に変え…だが、それは彼女の網膜には化生の舌なめずりにしか見えなかった…獣が吼えるがごとき大声で返す。
「そぉぉぉぉうか!それではぁ…俺が、新しぃいぃぃ『名前』をつけてやろうじゃあないかあッ!」
「ひっ?!い、いえ、わ、わたし、まだあなたの部下になるなんて…」
「そうだな、くっくっくっ…!」
「い、嫌ぁあ…き、聞いてないしぃぃ〜〜〜〜?!」
必死の嘆願も、彼の鼓膜を揺らしすらしないらしい。
何やら腕組みをして考え込んだドクター・ヘル、数秒の後…
「…決めた!」
くわっ、と閉じていた目を見開き、こう申し渡した―!


「お前の『名前』は…『アシュラ男爵』だッ!」


「?!ちょ、ま、まって、」
「『アシュラ男爵』!…ん〜〜〜〜、じぃつぅにいいいい響きだぁ!」
押し付けられた「名前」に少女はたまらず目を白黒させる。
が、魔物は自分の思いつきに自分で感心しているのか、軽くあごに手を当て満足そうにうなずいているではないか!
さすがに少女も我に帰ったか、決死の形相で抗弁する―
「ちょ、ちょっと、待ってください!わ、私、女ですよ?!何で『男爵』なんて…」
「気にするなぁ!今日からお前は、『アシュラ男爵』だああああああああ!」

「ふぇ…!」

―も、無駄だった。
じわわっ、と、瞳から涙があふれ落ちる。
大きく両腕を空に広げ、戦場中貫くような大声でそのわけのわからない「名前」を叫ぶ男ドクター・ヘル…
誇らかに宣言しながら狂笑する銀髪の怪人を前に。
少女の精神からは、抵抗の残滓すら消えうせていた。
恐怖に縮こまった胸のうちではかすかに、
嗚呼こんなことになるんだったらお母さんの言うことをちゃんと聞いて田舎にとどまっとくんだった、という後悔の念。
少女の脳裏を、郷里のやさしい母の姿がよぎった、次の瞬間―


「?!き、きゃああああああ?!」
「はっはっは、それじゃあ早速うちに帰るか、なあアシュラ男爵!」
絹を裂くような少女の悲鳴。
いきなり無造作にひょいっ、と腰をもちあげられ、小脇に抱えられる。
ちまっとした少女であるアシュラ男爵(←決定)などまるで藁束のごとく軽々と抱えてしまうドクター・ヘル。
いくら少女がそこから逃れんとわちゃわちゃ暴れても、彼の強力はちっともそれを介さない。
「い、嫌ー!は、離してぇ!」
「はっはっは遠慮するなあああ!」
「いやー!怖い!怖い!気持ち悪いよぉぉぉぉお!」
そのままくるり、ときびすを返し、さっさとこの場を後にしようとするドクター・ヘル。
そういって高らかに笑うその様、悪びれの欠片すら見当たらない。
魔手に囚われた少女は哀れ、恐怖と畏怖で喉も張り裂けんばかりに泣き叫ぶ―
「た―」


「助けてええ、助けて憲兵(おまわり)さあああああああああああん!」


さーーーーん、さーーーん、さーーん…


少女の叫びを求める声は、むなしく山中に吸い込まれていった。


♪可愛い少女が とられていくよ
 哀しそうな瞳で 見ているよ♪



「…」
どなどなどーなーどーな、とつい口中でもごもごつぶやいてしまった練兵官。
彼は半ば呆然としたままで、ただその暴虐の光景を見送っていた。
(一応)訓練の手はずどおりあの男は副将を倒したわけなので、確かに彼女を己の部下にすることが出来るのだが…
嗚呼、だが、しかし。
副将とは何と哀しいのか。
戦場にて合間見え自らを倒した将たちにお持ち帰りされる…
中にはあのような暴君(?)もおろうかというのに。
嗚呼それに比べたら俺の仕事はなんて気楽で安穏としてるんだろうなあと思うと、
安い俸給でももらえるだけましだという実感がしみじみと感じられる、そんな練兵官だった。


練兵官特務「訓練・副将の雇用」…夏圏使い「アシュラ男爵」を手に入れた!


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