ドッキドキ!ドクター・ヘルの羅武理偉(ラブリィ)三国志珍道中☆ (19)


「小説・偏将軍昇進試験(2)」

「それでは…貴様の実力、見せてもらおうか!」
「承知!」
そして。
試練の日。
指定された舞台は、険しき堅関の一画。
武装した夏圏使いとその供の妖杖使いを出迎えたのは、曹操軍軍師・司馬懿の配下。
窮奇羽扇(きゅうきうせん)を手にすなる冷徹な策士が、試練の開始を告げる!
吹くは、寒風。切り裂く風。
その風を追い越すがごとき疾走にて―

「行くぞ、ブロッケン!」
「おうよ!」

二人の戦士が、駆け出した!

<敵拠点をすべて制圧し、さらに600人撃破せよ!>

二人に与えられた時間は、そう長くはない。
戦場に配置された敵拠点は、四つ―
百名の兵士が守る兵士拠点、
四人の兵長が守る兵長拠点、
四つの高楼を破壊せねばならない高楼拠点、
武将が護衛する武将拠点。
短い与えられた制限時間の中で。
たった二人でこの全てを制圧し、その上で600人もの雑兵を斬る―
特に、高楼拠点。
四つの堅牢な高楼を破壊しつくすには、相当な時間がかかるに違いない。
しかし、そんなことに手間取っているようでは、おそらく主君・司馬懿と対決する前に時が尽きてしまう…
それは、この銀髪の男が今まで挑んだことのないほどに難易度の高い試練であった。
自然と、ヘルの深緑の瞳に危惧の色が混ざりこむ。
「四つの拠点、か…!」
「…なぁに心配そうなツラしてんだよ、おっさん!」
が、それを見て悟ったか、妖杖使いの少女…
ブロッケンは、何処か自信ありげに言う。
「へへっ、任せとけって言ったろ?!」
駆けるその足を一秒たりとも止めないままに、ブロッケン伯爵がいたずらっぽく笑んで―
その懐から何かを取り出し、彼に示した。
「!それは…!」
軽い驚きに、ヘルの瞳が見開かれる。
彼女の手に握られたのは、高い妖力が込められた呪符…
それも、最上級の破壊力を約束する呪符、風伯雷公符(ふうはくらいこうふ)!
この風伯雷公符に守られた者の武器には抜群の破壊力が備わり、高楼であれ柵であれ鼎であれ、あっという間に打ち壊すことが出来るようになる―
当たり前のことながら、拠点を落とす際には絶大なる効力を発揮するというわけだ…!
「こいつで一気に落としちまうぜ!」
「すまん…頼りになる!」
「そんなに褒めんなよ、照れくさいだろ?!」
ヘルに持ち上げられた少女は、わずかばかりにはにかんで笑う。
そうして彼らは一筋に走っていく、陥落させるべき最初の拠点へと―!
「!」
「ちっ…来たか!」
途端にざわめくは、百の兵士!
兵士拠点に飛び込んだ二つの影に、雪崩をうって襲い掛かる百の影!
「下がれ!雑兵ども!」
吹くは、寒風。切り裂く風。
その風と一体化するごとき疾走にて―
「失せろッ!」
群がる雲霞を、吹き飛ばす!
「おっしゃ!アタシも行くぜえッ!」
妖杖使いの少女も、同様に!
放つ重い一撃が、燃え上がる焔となりて敵を討つ―
「うわあああああーーーッ!!」
「ひ、ひいいーーーッ?!」
後に残るは悲鳴と絶叫、
圧倒的な力の前に、まともに抗うことすらできずに這いつくばる兵たちのみ…!


「ほう…拠点を落としたか、思ったより早いな!」
「!」
燕扇を空にそよがせながら、ひとりごちるは…ヘルの戦いぶりを見物していた司馬仲達。
兵士拠点を制圧するのにもさほど手間はかからず、風伯雷公符の威力も手伝って高楼拠点も容易く落ちた。
兵長拠点や武将拠点など、それに比べれば物の数ではない!

<所属武将に己の力量を示せ!>

「―!」
飛んできた命令は…己の主君を倒す、最終試練!
「ブロッケン!」
「おうさ!」
銀髪の男の声に、間髪いれず跳ね返ってくる妖杖使いの声。
戦場にそのこだまが鳴り渡っていく―
だがその残響音が消えるよりもっと早く、彼らは既に駆け出していた!
御大将は、戦場の中央にて待ち受ける…
敵陣の中にみじろぎもせずに立ち尽くす、彼らを待ち受ける!

「行くぞ、司馬懿殿ッ!」
「ふん、凡愚めがッ!」

銀髪の男が、疾風となった―
一直線に舞い降りる、己が主君に舞い降りる!
振るう夏圏は円月圏、
彼の気迫を込めて、銀色の刃が鳴る―!
「う…!」
「…甘いわ!」
嗚呼、しかし。
いとも易く、司馬懿はその一撃を受け止め…そして、力の限り振り払う!
軍師の薄い唇が、不敵な微笑へと形を変える。
放り出されたヘルはすぐさまに立ち上がり、再び攻撃をかけんとする。
幾度倒されようと、幾度飛ばされようと!
その夏圏が無力なのではない。
その夏圏が弱体なのでは、決してない。
だが、やはり強大な妖力を持つ名軍師…
振るうその得物はか弱そうな燕扇にもかかわらず、滾る気迫がそれを鋼鉄すら断つ黒曜に変える!
気炎上げて踊りかかったものの…十数合攻撃を交わしながらも、じわり、じわり、と…夏圏使いの足は、一歩ずつ後ろに歩んでいく。
押されているのだ、司馬懿のあまりの勢いに!
「…ッ!」
その対決の放つ覇気の凄まじさに、副将は…ブロッケン伯爵は、割って入れずにいる。
しばし、その顔に煩悶を漂わせながら、じりじりとしながらそれを見ている…
だが、突然、彼女をきびすを返し、あさっての方向へと駆け出した。
もはや己の出る幕はないと感じ、退いたのか―?
それでも、今のヘルには、そんな彼女の唐突な行動すら、目に入らない。
全ての注意力は、目の前の主君の動きに向けられている…
その斬撃を避け、受けるだけでもう精一杯だ。
そこから少しでも目を離した瞬間、彼の窮奇羽扇が自分を屠るだろう…
そんな恐怖の予感が、脳裏を余すところなく埋めている!
一歩、一歩。
確実に、押されていく。
銀髪の男の顔色は、既に青ざめている。
深緑の瞳には、普段塗りこめている自信と自負、そのどちらも既になく。
その何処にも余裕の一辺すらなく、じわじわと崖っぷちへと追い詰められていく、その焦燥が次第に彼を侵していく―!
このまま、最後まで押し切られるのか…?!
…だが。
ヘルの脳髄に、諦めと同様の実感がわきあがった、その瞬間だった!

「守るって言ったからにゃ、絶対に守ってやるッ!」

そう。
それは確かに、あの少女の言葉だ―
銀髪の男に告げた、あの誓いの言葉だ!
「な…何ッ?!」
「ブロッケン?!」
刹那。
二人の表情に、驚愕の色が浮かび上がった―
大地にかすかに伝わる揺れが、彼らにそれを気づかせた。
思わず、そしてほぼ同時に、そちらに目をやった瞬間…彼らは見た、
土煙上げて、こちらに駆けて来る者達!
にわかに現れたのは、多数の雑兵たちの群れ!
その群れが、一人の少女を追いかけて、まっすぐこちらに向かってくるではないか…!
「ちいッ…おっさんから離れろッ!」
「な、何だとッ?!」
少女は、己の妖杖を振りかざし―司馬懿に向かって、うちかかる!
司馬懿は俊敏にそれを回避し、己が妖力を光の矢と変えてその手より放つ!
妖杖使いの少女は、ブロッケン伯爵!
彼女は機を生まんがために、雑兵たちを挑発し誘導し、この戦場に突っ込ませたのだ―!
一方、ブロッケンを盲目的に追ってきた雑兵たちも、突然眼前に現れた司馬懿の姿に完全に混乱している。
哀れ、司馬懿の放った攻撃にぶちあたり、悲鳴を上げて地面に倒れ伏す…
「く…じ、邪魔だ!散れッ!」
突如乱入してきた多数の兵たちの姿に困惑したのか、司馬懿の攻撃の手が止まった。
兵たちに退くよう命じるも、雑兵たちはぎゃあぎゃあわめくのみで一向に彼の命を聞き入れようとはしない…
そして、その時!
「おらあッ!喰らえぇッ!」
動じた司馬懿の鼓膜を劈く(つんざく)のは、 豪勇なる少女の雄叫び…
ブロッケン伯爵が放つ無双乱舞が、司馬懿の視界から襲い来る!
「ちっ…浅いわ!」
「ぐ…う?!」
「ブロッケンッ?!」
放った火球を、司馬懿は軽く飛び退って避け…がらあきの彼女の腹部に、素早く反撃を喰らわせた!
苦痛の声を漏らし、その場に転がる少女。
ヘルの表情に焦慮が色濃く浮かび上がる…
しかし、ここで彼女のそばへと駆け寄ることなど、当の本人は望んでいないに違いない!
(ブロッケン!お前の造ったこの好機ッ!)
「…ッ!」
大地を強く蹴り、跳躍。
豹のように、しなやかに。
空を走り、襲い掛かる―
気づいた司馬懿も素早く窮奇羽扇でそれを受けんとする、
だがヘルの振り下ろした夏圏は、それよりわずかに速かった―!
(決して無駄にはせん―!)
円月圏が、空を斬る。
円月圏が、闘気を纏う。
己が副将が決死の思いで生んだその隙に、銀髪の男は全てを叩きつける―!


「ふん…どうやら、そこそこは実力があると言えよう」
太陽が、既に西へと傾きかけるころ。
司馬懿殿は、嘆息しながら…そう言いつつ、銀髪の男を見やった。
「よかろう!お前に新たなる位を与えよう!今この時より、偏将軍を名乗るがよい!」
「!…感謝する、司馬懿殿!」
ヘルは、拱手。
新たに下された栄誉ある地位を、謹んで受ける―
そう、もう彼は都尉ではない。
「偏将軍」なのだ…
その名の通り、兵たちを束ねる「将軍」なのだ!
「やったな、おっさん!」
「ああ!…お前のおかげだ、ブロッケン!」
「はん、んなこと言うなって!」
妖杖使いの少女も、笑顔で祝いの言葉をかける。
謝意を述べるヘルに、ブロッケンは笑って首を振る。
きゃらきゃら、と笑いながら、たいしたことではない…と。
はすっぱな口調、やや行儀の悪い態度の彼女だけれども。
それでも、己が主君に対する忠義は相当なものなのだ。
あの勇敢な行動が示したように―
「では、これは私からだ…受け取るがいい」
と。
そう言いながら、傍仕えの者に目で合図する司馬懿。
軽くうなずき、彼が持ち出だしてきたのは…それは大きな、木でできた箱だった。
ヘルの前に、その大きな箱は据えられる。
銀髪の男が近寄り、そのふたを開けてみる。
その中に入っていたものは…
「…!これは!」
「へえ、翠玉鬼神鎧じゃねえか!かっこいいじゃん?!」
それは、翠玉鬼神鎧(すいぎょくきしんがい)と呼ばれる胴装備。
その名のごとく、翠玉色に染められた布地が鮮やかに彩り、龍燐のごとき銀の輝きも眩い、屈強な男によく似合いそうな、それはそれは壮烈な鎧だった。
しかも、どうやらこれは+7…相当に高価な品物であることは、簡単に見て取れた。
以前ヘルに請われてあつらえさせた(そして今この瞬間にもヘルが纏っている)南天舞踏衣より、かなり防御力の高いものだ。
「以後、これを纏って戦場に馳せるがいい」
軍師殿は、どうやら昇進の祝いとしてこの値の張る一品を下さるらしい。
「女物」の鎧などよりは、この…勇猛果敢な漢によく似合う、「男物」の鎧を着ろ…と。
「…」
…が。
銀髪の男は、きょとん、とした目でその鎧をしばし見つめ。
軽く首をかしげ、翠玉鬼神鎧をためつすがめつし…
その後に。
そうして、
静かに、物柔らかに、
銀髪の男は微笑んだのだ―


そして。
数日後の、とある戦場にて。
「あーっはっはっはっはっ!失せろ下郎がぁぁ!」
「…」
高らかに笑いながら戦場を駆ける偏将軍と、妖杖使いの少女。
その姿を見た敵たちは、一様に怯えの表情を顔に貼り付ける。
「ひ、ひえええええーーー!や、奴だーーーーー!!」
「おわああああ?!ち、近寄るなああーーーー!!」
響き渡る、恐怖と驚愕に狂奔する悲鳴の群れ。
彼らの哀れなるその様は、なおさらに男の自尊心と驕心を満足させる…
「ふははははは!俺のあまりの美しさに、敵兵どもが怖じておるわぁあ!」
「…ちっげえよ、アホーーーーーーッッ!!」

さすがに憤りも度を越えたのか。
眼前にて夏圏を振るう銀髪の男に、力の限り絶叫するブロッケン。
そう、彼女の目に…そして敵軍の目に映る銀髪の男は、南天舞踏衣を纏っていた―
以前同様、「女物」のを。

「何で!何でだよ!何でこないだもらった翠玉鬼神鎧を着ねーんだよ?!
あっちのほうがもっと防御力も高いし、それに…」
「決まっているッ!」
せっかく主君より賜った新しい鎧をなぜ使わぬのか、と、やや乱暴な口調ながら筋の通った少女の言葉。
至極まっとうなその批判を前に、ドクター・ヘルは。
ふふん、と、鼻で笑い。
優美にくるり、と身を翻し、決め顔をつくって言うことには―
「この南天舞踏衣を着た俺のほうが、遥かに美しいからだああああ!!」
「周りのアタシらの気持ちも考えろこのタコーーーーーッッ!!」



そして。
やはり非難の矛先は、その主の方へと向いているわけで。
「…司馬懿様。い、以前同様、南天舞踏衣を着た銀髪の男に関する苦情が止むことなく…」
「…」
主簿の報告を、鈍い疲労が浮かんだ顔で受け止めながら。
軍師・司馬仲達殿は、沈痛そうなため息をつくのみだった。



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