ドッキドキ!ドクター・ヘルの羅武理偉(ラブリィ)三国志珍道中☆ (18)


「小説・偏将軍昇進試験(1)」

「…俺を、偏将軍に?」
曹操軍軍師・司馬懿の執務室。
己が主君を前に、曹操軍都尉たる銀髪の男は、何処か呆けたようにそう繰り返した。
「そうだ」
首肯する司馬仲達は、いつもどおり不敵に笑いながら。
不遜の気配を漂わせつつ、鷹揚に述べるのだ。
「貴様も大分使えるようになって来たようだからな。
更なる重責を課すにふさわしいかどうか、私が確かめてやろう」
にやり、と、その薄い唇を笑みの形に歪め、は言った―
「明日、堅関にて貴様の武辺を見せてもらうことにしよう!」
「御意…!」
ヘルは、拱手にて答える。
声音こそ落ち着いてはいるものの、かすかにその頬は沸き出でる興奮で上気している。
この曹操軍に移ってから、まださほど長い時が経ったわけではない。
にもかかわらず、昇進の機会をもう手に入れることが出来るとは…!
またとないこの幸運に、気分が昂ぶらぬ武人があるだろうか?
「それでは、俺はこれで…」
「あー…ドクター・ヘルよ」
「何か?」
と。
辞去せんとしたヘルの背中に、司馬懿が呼びかけた。
振り返った銀髪の男に、何故かは困惑気味に、何処か気兼ねした風に…
…そう。
彼を引き抜いた際に、請われて言われるままにしつらえて与えてしまった、南天舞踏衣
今、司馬懿の前に在るドクター・ヘルは、やはりその鎧を纏っていた。
もともと女性用の防具ではあるが、大柄な彼の体格に合わせてあつらえられた特別の品。
だから大きさこそヘルにぴったりではあるが…
元来は女性のたおやかで艶めかしい肉体のために図案が作られた防具だ。
男性が着るには、いろいろと無理がある衣装だとしか言えず(特に、股間の辺り)
筋骨隆々たる長身の男子が着るその様は、正直「異様」。
敵軍の将たちに与える精神的被害は別にいいとしても、味方の将たちからは「士気が下がる」との苦情が、耐えることなく司馬仲達の元へと寄せられ続ける…
そんな有様になっていたのだった。
「その…以前くれてやったその鎧だが、あのな…」
「嗚呼!これは真に素晴らしいものだ、司馬懿殿!誠に感謝している!」
「いや、その…」
「もちろん!試練に挑む際も、この美しい南天舞踏衣にて参上仕ろう!
では、また明日に!」
だが。
この銀髪の男にとっては、そんな(世間一般の)見方など、想像の遠大なる彼方。
何事かを告げようと逡巡する主君殿の、そんな様子も気がつかず。
興奮去り止まぬヘルは、言いたいままにその鎧の壮麗振りを褒め称え。
挙句の果てに、自分勝手に会話を完結して。
意気揚々と、夏圏使いの男は扉を開け放ち、その場を去っていった―
…すると。
「…」
「…うーむ」
しいん、となる、執務室。
二人きりとなったその部屋に、司馬懿主簿の嘆息が響く。
「あれは、確かに…
ある種、厳しいですなぁ…目に」
「…」
司馬懿は、無言でそれを聞き。
当惑しきり、といった風情で、目頭を押さえるのだった(目に厳しかったらしい)


「と、いうわけで!明日、偏将軍昇進試練が行われることになった!」
「うわあー!すごいじゃないですか、ヘル様!」
「やったじゃんおっさん!」
「うふふ…よかったわねぇ、ご主人様?」
さて、帰宅したヘルたちを、副将たちが出迎える。
彼が携えてきた吉報は、当然ながら彼らを歓喜させた。
見込まれた、という自負は、銀髪の男を十分に高揚させる。
「ふふん!俺ほどの才には、都尉という地位でも軽すぎる!
ようやく在るべき位階に昇ることが出来るのだな!」
「油断は禁物ですよ、ヘル」
と、調子に乗るヘルを諭すように、ぴしり、と老爺が一言。
大斧使いの暗黒大将軍は、穏やかな笑みを崩さないままに、浮かれる主君を諌める。
「自惚れは己の判断を危うくしますよ。気を引き締めてかかるがよろしい」
「ああ、よくわかっているとも…暗黒大将軍」
耳の痛い、だが親愛の情のこもった言葉に笑んでうなずきながら、この伊達男は…

「…そこで!」

はた、と、膝を打ち。
ドクター・ヘルがこの度、己の従者として指名したのは―

「今回はお前の武働きに期待しているぞ、ブロッケン伯爵!」
「え、アタシかい?!」

きょとん、とした顔で銀髪の男を見返す、妖杖使いの少女…
彼女に微笑み返し、ヘルはなおも言う。
「ああ、お前の力、ぜひ俺のためにふるってくれ!」
「りょーうかい!任しとけって!」
えへん、と胸を張る、妖杖使いの少女。
己が主君の、一世一代の大勝負に供することを望まれた少女は、多少なりとも彼女を高揚させる…
…と。
選ばれなかった二人の女が、彼女の背後で何やらわちゃわちゃしている…
「あぁん、私じゃダメぇ?ご主人様ぁ」
「ちょ、ちょっと!で、でしゃばるのもいい加減にしてくださいよ!」
「だってぇ、せぇっかくの大舞台なのにぃ」
「そそそ、それだからって何であなたが出張ってくるんですか!自重です自重ッ!」

ぎゃんぎゃんわめくアシュラと相変わらずのヤヌス。
二人のやかましい言い争いにちらり、と目をやって、苦笑しながらヘルが言うことには…
「…あいつらのどちらかを連れて行くと、後からややこしいことになりそうだからな」
「それに、私よりあなたのほうが足がお早い。
任務達成の手際も観察されるであろうことですし、適任かと」
「あ、ああ…わかったぜ」
それに、さらに言い添える暗黒大将軍。
どうやら、自分が行くのが一番都合がいいようだ。
ふうー、と、少しばかり長めに息をついて。
妖杖使いの少女は、軽く跳ねた金髪をいらいながら、彼女の主君に相好を崩して見せた―


「ま、選ばれたからにゃ!あんたの背中は、アタシがキッチリ守ってやるぜ!」



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