A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(46)


軍師将軍、側近を得たる

「え?」
女双戟使いのキャプテン・ルーガに問われ。
「部下…ですか?」
「うん…」
エルレーンという名の少女は、こくり、とうなずいた。
「何だかわからないけれど…軍師将軍にもなったんだから、って」
そう言いながら、何処か不安げに眉根を寄せる。

真覇道剣をすなる宝剣使いである彼女がその武働きを認められ軍師将軍に昇格したのは、つい先日のことである。
身分が上がったことにより、彼女の主はエルレーンにひとりの将軍を遣わした…
彼女自身が自由に動かせる、手駒としての配下とするように、と。

「最近雑号将軍になったばっかりの人だって…
で、でも、なんか…やだなあ」
「おや、何故です?」
「わ、私…そういうのって、ちょっと」
「エルレーン様」
しかし、それは軍師将軍殿にとって手放しに喜ぶべきことではないようだ。
そう言ったややこしいものに、彼女はどうしても気おくれしてしまう…
そんな臆病な主君を、女双戟使いは穏やかに諭す。
「最早あなたも軍師将軍。信頼の置ける腹心があってもよい頃でしょう」
「そ、そうかなぁ…」
自分がそのような立場につくことに照れがあるのか、少しばかり頬を染めているエルレーン。
もともと物怖じしやすいだけに、この手のことは殊更に苦手なのだ。
…とはいっても、新しい、それも己の忠実な配下となってくれる戦友が新たに出来る、ということについては、素直に楽しみなようで。
「ど、どきどきしちゃう…いい人だといいなぁ」
軽く頬を染めながら、嬉しそうにそう呟く。
さて…自分の懐刀となってくれるという雑号将軍とは、一体どんな人物なのだろう?
知り合いだろうか、それともまった知らない戦士?
男だろうか、女だろうか?
新進の若者だろうか、それとも古豪?
(できれば…やさしい人がいいなあ)
そんな甘っちょろいことをぼんやり思う、どうにも真剣味が足りない軍師将軍殿。
ふわふわした考えがいつになっても抜けないまま…


一方。
エルレーンの私邸では…
「おい、巴!またこんなに書物を散らかして…
読むのは片づけてからにしろ!」
「うるさいなー、おっさんは!今いいとこなんだから、邪魔すんなよ!」
「お…おっさんと言うのはやめろ!俺はまだ二十五だ!」
「おっさん臭いからおっさんなんだって」
「き、貴様…」
「車殿、まあまあ…」
いつもの面子が、いつもながらのやかましい時間を過ごしていた。
と、その時だった。
どんどん、と、玄関の扉を叩く音。
「御免!どなたかおられぬか!」
「…ん?」
どうやら、来客のようだ。
「何だ、客か?」
「そうみたいだねー」
つぶやいた偃月刀使いの車弁慶の言葉に、気もない適当な返事。
ごろり、と寝ころんだまま、直槍使いの巴武蔵は書物から目を離さない。
「…おい巴、お前出てこい」
「えっヤダよ、俺は今」
「いいから!」
車弁慶に押しやられ、抗議するも。
ほぼ無理矢理に出迎えを強いられ、不承不承直槍使いは立ち上がった。
「ちぇっ…おっさんこそ暇でだらだらしてるくせに、あんたが行けよ…」
ぶつくさ文句を垂れながら。
巴武蔵は、玄関の扉を開く…
「はーい!どちらさん?!」

ぎい、と、木戸が動き。
門前に立つ、来客者の姿が彼の目に飛び込んで―

「   」

来た、刹那。
次の一瞬、奇妙な間が空き、そして…

「うわ、あああああああ?!」
「?!」
突如上がった少年の叫び声。
その声に異常を察し、飛び上がる偃月刀使い。
慌てて玄関まで走り、車弁慶は外に飛び出した。
「どうした、巴…」
少年は目を見張り、口をぽかんと開けたまま、あっけにとられた様子で見ている…
目の前に立つ、偉丈夫を。
「ッ?!」
そして、同じくその男を見た途端。
偃月刀使いの表情も一転、凍りつく。
「!おお…久しいな、従者!」
「き…」
振り返った長身の男は、なぜか親しげに偃月刀使いに笑いかける。
相対する車弁慶は顔面硬直、絶叫する声がそこここに反響する…
「貴ッ様ぁぁぁぁぁぁああ?!」


「ただい…」
が。
出迎える者はおらず、何やらざわつく声が屋敷の奥から漏れ聞こえる…
「…?」
「何でしょう?」
不審に思いつつ、エルレーンとキャプテン・ルーガは声のする方へと足早に急ぐ。
ひょいっ、と、部屋に顔を突っ込み、声をかける―
「どうしたの、みん…」
が。
次の瞬間。
「え、ええぇぇええッ?!」
少女の驚愕の声が、部屋中に響き渡った。
「!」
呆然とする副将たちに囲まれている、一人の男。
彼女の声に、部屋の中央に立つ彼が振り返る―
「…!」
筋骨隆々たる肉体を覆うは南天舞踏衣、圧倒的な違和感、
「久方ぶりだな―」
銀髪の男が、振り返る―
深緑の瞳が、悪戯っぽい光をたたえて、少女を見る。
そして、彼は彼女をこう呼ぶのだ、
一番最初に、戦場で敵として切り結んだ時より同じその呼び名で。

「我が桃花!」
「あ、あなた…ヘル?!」

震える指でさす先にいるのは、そう間違いなくあの男。
かつては敵として戦い、そして味方として共闘したこともある。
銀色の髪がその秀麗な貌を彩り、その英知に満ちた深緑の瞳で他者を睥睨する。
凡人には理解しがたい美的感覚が身を飾る物として選ぶのは、派手な「女物」の鎧。
筋肉質の長身の男性が着るには凄まじい違和感。
猛烈な異様さは、ある種の威圧感すら生じさせている…
異装の夏圏使い、ドクター・ヘル!
「ど、どうしてあなたがうちにいるの?!」
思いもしない珍客の姿に、動じた声を上げるエルレーン。
しかしながら、ヘルの返した答えは、さらに彼女を仰天させる。
「雑号将軍に昇格した際、新たに上位の将軍の配下になるように指示されてな…
それで今日は挨拶に出向いたのだが、まさかお前だったとはな!」
「え…?!」
ぽかん、と驚きで目を見張る。
一瞬の空白、エルレーンの脳もようやく彼の言葉の意味を理解する…
「そ、それじゃ、あなたが…?!」
「そう」
震える指で、指し示され。
異装の男は、にっ、と不敵に微笑った。

「我が名はドクター・ヘル。夏圏使いの雑号将軍…
そして、今日よりお前の懐刀だ、我が桃花」

「…」
思いもしない、展開に。
エルレーンの脳は、しばし思考を停止してしまっていた。
にこにこと笑んでいる、眼前のこの美男子…
…悪漢ではないものの、その独特の美意識、独特の感性、独特の言動。
何もかもが独特過ぎて。
相対した者が当惑せざるを得ないその強烈さに、上の人間も処遇をどうすべきか考えあぐねたのだろう。
そして…そんな彼が、自分の側近だ、と言う。
「厄介払い」という言葉が、少女の頭に浮かんでは消えうかんでは消え。
あっけにとられている一同、の中で…
いち早く自分を取り戻したのは、この男。
「み…認めん、俺は認めんぞ!」
「!」
周辺より異論。
偃月刀使いの車弁慶は、事態の進展が何が何でも気に喰わない様子…
それはそうだ、かつてからの宿敵が、まさかエルレーンの側近になろうなどとは!
そうすれば奴は四六時中まとわりつくということになる、何と苛立たしいことか!
今にも唸り声をあげて飛び掛からんとする狼のごとく剣呑な形相を向ける偃月刀使いに、雑号将軍殿は片眉だけを持ち上げ、微苦笑を投げる。
「桃花の従者よ、何をそんなに猛っている?
この美麗かつ知勇に長けたこの俺が、お前の主の力になってやろうというのに」
「お前の、ような、変態が!俺たちの視界に入るだけで不快だ!」
ため息をつきながら、困ったふうな表情を浮かべて見せるヘル。
しかしながら、彼の存在自体が気に喰わない偃月刀使いにとっては、そんな顔すら腹立たしい。
「変態」という罵倒に殊更に力を入れて、敵意をむき出しにする。
「これはこれは、随分なご挨拶だな」
わざとらしく肩をすくめるその様子が、癇に障って仕方ない。
眉目秀麗な顔かたちに異様な出で立ちの大男は、何処かからかい混じりに言ってみせる。
「俺の実力は…先だっての討伐でわかっていただけたと思うがな?」
「やかましいわ!」
車弁慶の絶叫が天井に突き刺さる。
闘争心剥き出しでがなりたてる偃月刀使い。
対して、ほかの副将たちは…
「あ、あなたは何故、女物の鎧を着ておられるのですか?」
「ってえか、寒くね?正直」
「…。」
戸惑う者、冷静に突っ込む者、黙る者…と千差万別。
何にせよ、突然現れたこの雑号将軍のあまりの奇異さに度肝を抜かれていることは確かなようだ。
「と、ともかく…あなたが、これから私の部下になる…んだよ、ね?」
「そう」
改めて、問いかける。
夏圏使いの雑号将軍は、笑顔でうなずいた。
(ち、ちょっと、変な人だけど…)
確かに、やっぱり「厄介払いされた」という線は捨てきれないけど。
とんでもない恰好したがるし、言うことは何処か飛んじゃってるし。
でも…実力はあるし、嘘をつくような人でもないみたいだし。
それに、一応…自分に対しては、誠実みたいだし。
(悪い人じゃ、ないから…い、いいかな)
混乱でぐるぐるした頭を、無理やりそんな理屈みたいなもので押さえつけ。
何とかこの現状を受け入れたエルレーンも、にこり、と、ヘルに笑みを返してみせる。
「わ、わかったよ…よろしく、ヘル」
「こちらこそ、我が桃花」
「だ…だからその、『桃花』ってのは…」
ヘルは、依然として嫣然と笑みながら、軍師将軍殿に拱手。
彼女をかわらず「我が桃花」という呼び方…そして、少女にはどうも誇大過ぎると感じてしまう賛辞…で呼ぶ。
かあっ、と気恥ずかしさで赤くなるエルレーン…
―と。
「…?」
ふと、視線を感じて戸口に目をやる。
すると、そこにはいつの間にやら…青い顔をしてあわあわと震えている、小柄な少女の姿。
何やら物言いたげなその瞳には、動揺のあまりかうっすらと涙。
「あ、あわわわわわ…す、すみませんすみませんすみません!」
「あなたは…?」
エルレーンに問いかけられ、ひっく、と少女はしゃくりあげる。
「わ、私、ヘル様にお仕えしてる夏圏使いのアシュラ男爵ですぅ!」
「!ああ…」
どうやら、彼女はヘルの副将のようだ…
それも、彼の不始末を詫びて回るような、損な役回りの。
「すみませんすみません、訪問したお宅でこんな…
しかもエルレーン様はこれからヘル様の上官になられる方だというのに!
本当にヘル様がすみません…!」
「え、えっと…べ、別に気にしてないから!」
ぺこぺこと頭を何度も何度も下げるものだから、むしろこっちの方が悪い気分にさせられる。
謝罪の勢いに押されて、あいまいな笑みを浮かべざるを得ない。
と…必死に頭を上下させていた少女の表情が、きっ、と一変。
大きめの瞳に涙をためて、己の主君をぎりっ、と睨み付けるや否や…
「おお、アシュラ!」
「あああああもおおおお!やっぱり駄目だったじゃないですかああああ!
ちゃんとした恰好で、失礼のないように…って言ったじゃないですかああ!」
「何を言う?この南天舞踏衣は俺の美しさを引き立てる一番良いものの一つ。
だからこそ、わざわざこれを選んだというのに…」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!ヘル様のド阿呆!」
「痛ッ!こ、こら、蹴るな!」
絶叫するなりヘルに喰ってかかるアシュラ男爵。
なおもそんなふざけたことを言う主君に、最早怒鳴るだけでは飽き足らないのか、殴打や蹴りを入れまくる。
ぽかーんと見守るエルレーンの副将たち、ぎゃあぎゃあとうるさい闖入者…
「え、えと…」
おっとり者の軍師将軍殿は、その場で一番位が高いと言うのに…覇気のない困惑した顔で、その様子を見ているだけ。
「…車」
「…何だ」
と。
双錘使いの神隼人が、車弁慶にぼそり、と声をかける。
「顔つき、険しいぞ…」
「別に!!」
ちっ、と、憎々しげに舌打ちし。
ちっともそうではなさそうに、偃月刀使いは大仰に吐き出した。
…機嫌が悪い時の、いつもの彼の態度。
「俺は、ただ!あの変態が気に喰わないだけだ!」
「ずいぶん率直なこと」
「!キャプテン・ルーガ…」
苛立ちそのものが刺々しい大声を上げる偃月刀使い、思わず神隼人は耳を覆う。
と、その背後から…女双戟使いが、何やら含み笑いをしながら彼に向かって言う。
「まあ、多少癖はありそうな方ですが…雑号将軍ともなれば、力量は疑うべくもないでしょう。
…それに」
にこり、と。
皮肉と嘲りを混ぜ込んで、その整った顔を笑みの形にして。
「何より…エルレーン様も気に入るくらい、美男でいらっしゃるし」
「は、はあ?!」
「あの方が部下になられること、まんざらでもないご様子…
うふふ、よかったですこと!」
「…〜〜ッッ!!」
更に偃月刀使いの怒りと嫉妬を煽り立てるようなことを言い放つ。
果たせるかな、彼は感情をさらに高ぶらせる…
かあっと頭に血が上っているのが、はたから見てすらよくわかる。
「…はぁ。」
神隼人は、思わずため息をついた。
何だかこれから、さらに騒がしくなりそうだ…
(…けど)
しかしながら、彼はまたこうも思う。
(しばらくは、日記を書く材料には困りそうもない…)
激しやすい、この偃月刀使い殿には非常に悪いことだけれども。

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