A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(4)
不可思議な、夢を見た。
私は、それをただ見ていた。
いつもの、あの夢。
私と同じ「名前」で呼ばれる、あの少女の夢。
目の前で、その少女と一人の青年が何やら楽しげに語り合っているのを、私は見ていた。
あたたかくやさしそうな表情をした、その大柄の青年―
彼の「名前」を、私はなぜか知っているような気がした。
嗚呼、そうだ。
とても、よく、知っている。
―「車弁慶」。
209年5月17日 第12回争奪 泰山・ショウの戦い
「うあああああーーーーん!」
「うおおおおおおおおおッ!」
「あ、あ、あ、あの人、おかしいよ!まだ追っかけてくるぅ!」
「こ、こ、このままなら、間違いなく追いつかれるぞッ!」
呂布軍前将軍・エルレーン。
彼女は、今。
その夢の中の青年とまったく同じ「名前」を持つ己が副将・偃月刀使いの車弁慶と共に、戦場を猛疾走していた。
あわてふためく雑兵どもをかきわけ斬り捨て走る彼らは、何かを目指しているわけではない―
その原因は、彼らの後方にある。
決死の表情で駆け抜ける彼ら二人の後ろから、これまたひたすらに走って来る二人組。
先ほど遭遇した時に目をつけられたらしく、彼女らを追いすがってくる敵軍の将軍。
どうやら一騎打ちを所望らしく、戦場を半分も走り抜けても、まだ追って来る彼ら。
そんな彼らと刃を合わせることを望まないこの前将軍は、全力でそれを回避せんと疾走している―
平たく言えば、逃げているのだ。
「な、何でぇ?!だってさっき目を合わせた、時ッ、『退いてはもらえませんか』って言ってたのにいいい!」
「ゆ、ゆ、有言不実行という奴だろう!」
「だだだだから、私、思いっきり退いてるのにい!何で追っかけてくるのおおお?!」
「ばばばばば馬鹿者!早く応戦して討ち払え!」
「だだだだ、だって、弁慶先生!だって、私、そんな…」
「ななな何を言っておるか、そんな場合ではなかろう!」
「い、いいい一騎打ちなんて、したくないんだもんッ!」
「は、はああああ?!」
たきつける車弁慶に、半泣き顔の前将軍。
子どもじみたわがままを言うようにそんなことを言ってのける彼女に、いまさらながら呆れ果てる。
「そ、そ、そんなわがままを言っとる場合かあああ!」
「だ、だって!…あ、相手を倒さなくったって!」
走る速度を緩めないまま、大地を跳ねるように走り抜き。
叱咤する副将に、大声で言い返し。
彼女が飛び込んだのは…敵軍・劉備軍の高楼拠点!
突如現れた敵兵の姿に、ざわつき臨戦態勢を整える拠点兵たちの真中を突き進み―
「…!」
気合一閃!
エルレーンの握る宝剣が、その秘められた本領を発揮する。
それは―類まれなる、破壊力!
遮る物を両断する、究極奥義が「粉砕」―!
「こうやって、拠点を占拠して…相手の戦意を、くじいて!」
わずか数回の斬撃が、彼女の数倍はゆうにあるやぐらをいともたやすく砕く!
まるで紙子細工のごとく砕かれていく高楼に、拠点兵たちの恐怖に満ちたどよめきが沸く。
崩れ落ちる高楼にもはや目もくれず、彼女は残る高楼に飛び掛る。
「相手を、倒さずに…相手を、倒さなくったって、」
木で出来たやぐらが、決して巨躯ではない少女のすなる剣で崩壊する。
ひとつ、またひとつ。
そして、四つの高楼がすべて瓦礫と化す、すなわちその拠点を彼女が破壊せしめれば―
「倒さずに勝つことだって、出来るんだからあッ!」
そこは新たな自軍の基地、自軍の拠点に化すのだ!
<呂布軍 エルレーンの活躍により劉備軍の拠点を奪取!>
「―!」
見事な手際で高楼拠点を制したエルレーンの姿に、副将の偃月刀使いは瞳を輝かせた。
「よし!いいぞ、エルレー…」
が…
その歓喜に満ちた声が、
「ンッ?!」
最後に動転で押しつぶされた。
嗚呼、そんな彼の目の前で、意気揚々と拠点制圧の喜びに打ち震える女将軍…
嗚呼、哀れ、エルレーン。
「やったぁ!よーし、こ、この調子で…!」
「え、エルレーン!後ろだ、後ろッ!」
「…え……?!」
車弁慶に叫ばれ、
笑顔のままでふと振り返った―
その瞬間。
ちょうど向かい合うように眼前に立っていた敵軍の男も、何だかうれしそうに笑っていた。
「きゃああああああああああーーーーーッッ!!」
<呂布軍 エルレーン負傷により一時撤退!>
「ど…」
あ、と声をあげる間もなく起こった惨劇に。
車弁慶は愛用の偃月刀を握り締め、困惑と混迷と混乱が同等に入り混じった絶叫を上げた―
「どうしたというのだああああああーーーーーッッ!!」
「…」
戦場を、風が吹く。
血の匂いや火薬の匂い、暗い気配を巻き込んで。
大地に、少女が倒れこんでいる。
四肢をだらしなく放り出し、ぼんやりと天空を見つめている。
風の吹く音だけが鳴る。
先ほどまでこの空気を震わせていた兵たちの怒号や悲鳴も、今は聞こえない。
この地での戦は、どうやら終わったようだ。
あれから、再び立ち上がり、また敵将に遭遇し、抗いきれずまた撤退し。
彼女のこの戦での戦いぶりは、共に戦いし同胞に顔向けも出来ぬほどに無様なものだった。
「…エルレーン」
「あ…」
空のみを映していた彼女の視界に、見慣れた男の姿。
身体にいくらかの傷を負っているようだが、頑健な彼はそれを苦にはしていないように見える。
車弁慶は、呆けたように自分を見つめ返すエルレーンを見下ろし、ため息混じりに言った。
「ちっ、どうやら終わったようだな…街に急ぐぞ、いったん戻って軍議に参加せねば」
「…」
だが。
エルレーンは、動かない。
眉をひそめる副将を、彼女はただ見返しているだけ。
「…どうした!何をぐずぐずしている?!」
「…」
「エルレーン!早く…」
が―。
責める彼の言葉を、溢れる涙が止めさせた。
「…っく」
「!」
見上げる瞳から、透明な涙が。
透明な涙が、こぼれだす。
歯を喰いしばり押し殺そうとしても、哀しみは肺腑を絞り、彼女を涙にむせばせる。
少女が、泣く。
怒りと悔しさでその相貌を染め、少女が泣く。
「うっく…ううっ、くうっ…!」
「エルレーン…」
「わ、私…な、何の役にも、立たなかった!」
涙混じりに叫ぶのは、自らの弱さへの苦悩。
戦場にいながらにして碌に仲間の力にも成り得なかった、自らの弱さへの嫌悪。
「私、私、あんなにがんばったのに!私、何で…」
「…」
「何で、こんなに、弱いんだろう…?!」
その泣き声が、その弱音が。
副将・車弁慶の鼓膜を揺らす。
彼が何よりも忌む、負け犬の言葉。
だから、彼は檄を飛ばす。
「…勝手に泣きたければ泣け、この腰抜けが」
「…」
「そんな暇があったら、再び剣を取り…汚名を返上すべく戦いに勇むべきだろうが、違うか?!」
「…」
厳しい檄を飛ばす。立ち上がれ、と。
厳しい檄を飛ばす。闘え、と。
だが…己の弱さに絶望した少女は、動かない。
身を起こそうともせず、彼女はすすり泣きながら、地に倒れたままでいる。
涙で濡れた両頬が、吹き付ける砂で汚される。
あまりの意気地の無さを露呈する少女の弱々しいその姿は、剛毅な副将をいらつかせた…
「ちっ…手間をかけさせる!」
「!」
舌打ちの音をならし、車弁慶が動いた。
次の瞬間、少女の体躯は―宙を、浮いていた。
そして、そのまま男の背が、彼女の身体を持ち上げる。
いきなり子どものように背負われたことに、少女は戸惑う。
「う…お、降ろしてよ、弁慶先生」
「やかましいわ、問答しておる時間ももったいない」
「…」
「いいかエルレーン」
打ち据えるように、ぴしゃり、と、彼女の副将は言う。
「己の惰弱さを厭うなら、すぐさまに立ち上がれ。武を磨き、次は勝てるように」
「…」
「その中でしか、掴めぬわ…真の強さなど」
「…」
「さあ、行くぞ」
そう言い放ち、少女の返答を聞くことすらなく、車弁慶は歩き出した。
舞台の役目を終えた戦場を去り、再び新たなる戦場へと向かうために。
エルレーンは何か言おうとして、けれども口をつぐんでしまう。
そのまま彼にその身を預けたまま、静かに目を閉じた。
ざっ、ざっ、と、乾いた大地が悲鳴をあげる。
そうして、歩き続けて、しばらくたった後。
「…弁慶先生は、」
「何だ」
背負われた少女が、ぽつり、と言った。
無骨な副将は、足を止めることなく答えた。
「弁慶先生は、厳しいね…いつも」
「…」
ざっ、ざっ。
「ごめんね…私、こんな弱い子で」
「…」
ざっ。ざっ。
車弁慶は、何も答えなかった。
心底すまなそうな、心底つらそうな口調で、自分に謝罪の言葉を漏らす少女。
自分よりもまだ若い、未熟な主君。
その主君が、自らの放った激に傷つき、哀しみを湛えている。
ざっ、ざっ。
静かな戦場に、足音が響く。
『…まるで、自分の娘をくさす父親のようですよ?』
(…五月蝿いわ、馬鹿め)
出し抜けに頭に響いたのは、以前C・ラグナがからかい混じりにかけてきた言葉。
その言葉に小さな声で、少女には聞こえないくらいの小さな声で毒づき、振り払う。
そうだ。
こ奴があまりにも不甲斐無いから。
こ奴があまりにも情けないから。
だから、こ奴が俺の認めるに値する武の化生となるまでは、
俺がこ奴を護らねばならぬ、それだけだ。
そうだ、それだけだ―
「…それだけだ」
己の胸に言い聞かせた台詞の最後は、思いもせず音になって戦場に散る。
少女を背負ったまま、偃月刀使いは戦場から遠ざかり、遠ざかり、街へと還って行く。
そうして、それきり、唇を固く結んだまま、
偃月刀使いは、ただ黙々と、黙々と、夕闇の濃くなる空の下を歩む。
と、その時―
背にした重い荷物がまた、もぞり、と蠢き、
気弱で物怖じしがちな、年相応よりも幼い、彼女本来の声で呟いた。
「…ごめんねぇ、弁慶先生」
「…」
「ごめんね…」
「…五月蝿い」
少女の詫びを、冷たさを装った短い返答で封殺して。
厳格を演じようと苦慮する偃月刀使いは、それでも己が将を背に追ったまま、歩き続けていった。
第12回争奪 泰山・ショウの戦い
呂布軍前将軍・エルレーン.河内 戦績
○×○××××××○××××××××××○ 21戦4勝17敗
対劉備戦・泰山の戦い 呂布軍敗北
対曹操戦・ショウの戦い 呂布軍勝利