A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(26)


「…護衛?」
「そうらしいですよ」
鸚鵡返しにした偃月刀使いに、蛮拳使いはそう言ってにこり、と笑いかけた。
ここは孫権軍の勢力地・建業。
そして、彼らはその孫権軍が太史慈将軍の元に使える女将軍・エルレーンの配下…
厳格なる偃月刀使い・車弁慶と、聡明なる蛮拳使い・キャプテン・ラグナである。
「エルレーン殿は、あどけなく見えても立派な指揮官、衛将軍殿であらせられるのですから。
そのため、身の安全を考えて、街に出る際も護衛をつけるように言われたそうです」
「ふーん、『護衛官』ってやつね!」
そこにくちばしを挟んできたのは、闊達なる直槍使いの少年・巴武蔵。
衛将軍たるものが、供もつけずに街中をてれてれ歩いている…
隙あらば襲い掛からんとする刺客が紛れ込んでいることも否定は出来ないのだから、確かに護衛をつけるほうが安全だ。
「…まあ、そうだろうな!あんなぽやぽやした小娘、おちおち一人で外出もさせられんわ!」
「おやおや、相変わらずエルレーン殿のことが大層心配のご様子ですね、車弁慶殿!」
「…」
ふふん、と、合点がいく、とでも言うように。
軽く主君をせせら笑ってみせる偃月刀使いのそのあからさまな装った姿勢に、いつもどおりいらぬ口をさしはさむのはキャプテン・ラグナ。
双錘使いの神隼人は、その背後で無言でうなずいて同意を示す。
「つまり、我々の中から一人、『護衛官』となる者を決めねばならないのですね」
流竜馬が言葉に、きらり、とあの男が目を光らせた…ような、気がした。
「仕方ない!面倒だが…」
が。
えへん、と、わざとらしい咳払いをした後で。
如何にも大儀で億劫だ…という表情を懸命に装いつつ、そのくせ何処かうれしげに、偃月刀使いがそう申し出かけた…
その時。
これまたいい間合いで、ぽん、と手を叩く音。
「じゃあ、ひとつ試合でもしましょうか!」
「…は、はあ?!」

思いもかけないキャプテン・ラグナの言葉に、はからずもすっとんきょうな声を上げてしまう車弁慶。
そんな彼の反応をうれしげに見やりながら、蛮拳使いは続ける…
「この中で、一番武辺に優れた者…
一番強い者こそがエルレーン殿の『護衛官』にふさわしい、そう思いませんか?」
「んー、まあそうだなー」
「そうですね、それはなかなかに面白そうですね!」
「よし!普段の鍛錬の成果、見せてやろう!」
「ちょ、ちょっと怖いですが、ま、まあ、いいかもですー!」
キャプテン・ラグナの提案に、どうやら皆も乗り気のようだ。
最も強い者こそが彼女の護衛をするにふさわしい、というその理屈に、巴も納得した様子を見せる。
妖杖使いのブロッケン伯爵も、幻杖使いの流竜馬も、双戟使いの鉄甲鬼も。
「…」
ぽかん、となっているのは、車弁慶だけだ。
予想外の方向に吹っ飛んでしまった事態に、その顔が困惑でいっぱいになっている。
…と。
そんな彼の様子がますます楽しくて仕方ないのか、にこにこしながら…なおも攻勢をかけるキャプテン・ラグナ。
「…おや?何か不服でいらっしゃる、車殿?」
「あ、いや、うん…あ、ああ、そうだな。そうすべきだ」
「ですよね、ふふ…」
念を押され、慌てて同意を装おうとする偃月刀使い。
それでも、その表情の端々には、隠しきれなかった遺憾の色がありありとあらわれているのだ…
…これだから、この硬骨漢はからかいがいがある。
思い通りの反応を見せる偃月刀使いに、ますますにこやかになる蛮拳使いの顔。
「それじゃあさっそく参りましょうか…訓練所へ!」
「じゃ、行くかー!」
「よし、負けませんよー!」
「…」
さっそくと促すキャプテン・ラグナの言葉に、三々五々立ち上がり訓練所に向かわんとする一同。
車弁慶も、何処か憮然とせぬ表情のままながら、彼らの後について居を出て行った…
しかし。
「…」
彼自身は、まったく気づいてすらいなかったが。
彼の背中に、鋭く冷たい視線を投げつける者がある。
白銀の武装にて身を固め、頑双戟を手にした女。
…キャプテン・ルーガ。
エルレーンに侍る、流麗なる女双戟使い…


訓練所。
その一角にて十分な場所をとる一同。
何しろ、衛将軍殿の副将たち、実力伯仲する者同士の試合を執り行うのだ。
うっかり他の者に累が及ばぬよう、存分に気を配らねば。
「では、まずは…車殿と流殿ですね」
「よろしくお願いします!」
組み合わせは、すでに籤にてつつがなく決定された。
―まずは、第一試合。
厳格なる偃月刀使い・車弁慶と、賢良なる幻杖使い・流竜馬。
「流…貴様が相手でも容赦はせんぞ」
「もとより承知!」
「かかってこいッ!」
互いの武器を構え、相対するその面持ちに浮かぶのは闘争心。
にわかに緊張するその場の空気!
「では、はじめ!」
キャプテン・ラグナの宣告とともに―
「うおおおおおおッ!」
「はああああああッ!」
二人は、同時に相手に向かって踊りかかった!
大偃月刀と南仙杖が激しく打ち合わされる様を、六人の副将たちが見守っている。
口火切られた試合を、その脇から観戦しながら―
「…キャプテン・ラグナも、つくづく人が悪いよなぁ」
「…」
如何にも呆れかえった、という口調で、巴武蔵が大仰なため息をつく。
それに和してうなずくのは、双錘使いの神隼人。
「弁慶のおっさんが一番やりたがってんのわかってて、これだもんなぁ」
「…まったく」
「見ようによっちゃ、一番性質が悪いよな…」
「…だが、面白い」
ぽつり、とつぶやいた双錘使いの唇には、薄い微笑。
確かにそれは、微笑だった。
「ん?何か言った、神?」
「…別に、何も」
だが、ささやかれたその小さな声を聞きとがめた巴には、あえて繰り返さずにごまかした。


「くぅ…俺の妖杖の道、未だ見えず」
「ブロッケンはさー、直槍でも妖杖でも何でも真っ直ぐすぎんだよ。だからひっかかんだよ」
頭をかきながら苦悩するブロッケン伯爵に、巴武蔵が訳知り顔に解説してみせる。
第二試合、彼らの戦いは、直槍使いの巴の勝利に終わっていた。
勝ち抜き試合方式で行われるため、彼は次に第一試合の勝者…車弁慶と闘うことに相成る。
第三試合は、奇遇にも。
「では、次…キャプテン・ルーガ殿と鉄甲鬼殿」
「おお!双戟使い同士の対決だぞ」
「これは見物ですね!」
同じ頑双戟を得意とする、キャプテン・ルーガと鉄甲鬼の組み合わせとなった。
「よよよ、よろしくお願いします、キャプテン・ルーガ殿」
「よろしく…」
それぞれに自分の双戟を構え、軽い礼を交わす二人。
と、鉄甲鬼が弱々しげに笑いながら、
「で、でも、なんか…ふふ不思議ですね、同じ双戟使いが」
などと、彼女に話しかけようとした…
その一瞬間だった。
「行きます」
「えッ?!」
一対の頑双戟が、彼の鼻先で乱舞したのは―
「ひぎゃーーーーーーーーッッ?!」
「おっ、先制攻撃!」
かわいそうな悲鳴が、訓練所に鳴り渡っていく。
普段の彼女からは考えもつかないような突然の不意打ちに、彼は哀れにも叩きのめされるのであった。


「いってて…弁慶のおっさん、少しは手加減しろっつうの」
「いやあ、私もぼこぼこにされてしまいましたね」
思いっきり叩きつけられた腰をさすりながら、ぶつぶつと文句を言っているのは巴武蔵。
意気上がる車弁慶のあまりの勢いに、あっという間に流されてしまった。
また、神隼人に勝利したキャプテン・ラグナも、キャプテン・ルーガの双戟の前に敗れ去っていた。
「しかし、思ったよりやりますね…キャプテン・ルーガ殿」
「なんかいつもより気合入ってる感じ」
「…何故でしょうね?」
そう、思いのほかの活躍を見せていたのは…普段は物静かな女双戟使い、キャプテン・ルーガ。
まああの偃月刀使いが発奮するのは皆の予測どおりなのだが、彼女がここまで燃えてくるとは意外であった。

「それでは、決勝戦!…車弁慶殿、キャプテン・ルーガ殿!」

そして。
とうとう、二人が激突する時がやってきた―
「悪いが本気を出させてもらうぞ、キャプテン・ルーガ!」
「それはこっちの台詞です」
大偃月刀をかざし、その瞳に戦意燃やす車弁慶。
頑双戟を握り締め、その瞳に闘志ともすキャプテン・ルーガ。
「…始めッ!」
キャプテン・ラグナの試合開始を宣する声が、高らかに空に消散していくと時等しくして―!
「…ッ」
「!」
十分すぎる質量を持った斬撃が、互いに向かって吸い込まれ、
かくして猛然たる威力にてぶつかり合う!
「ぐ…ッ!」
―車弁慶の両腕に、衝撃が伝わっていく。
存外に。
存外に、彼女の振るう頑双戟は、重かった。
かすかに偃月刀使いの表情に、緊張が走る。
しかし、彼の鼓膜を振るわせていく彼女の言葉は…彼の精神を動揺させていった。
「…あなたの」
「ぬ…?」
「あなたの思い通りにはさせませんよ、車殿」
そして―
白銀の鎧纏うキャプテン・ルーガは、言い放った。
「エルレーン様の護衛官には、この私がなります」
「?!」

眉ひとつ動かすことなく、双戟使いはそう言い放ったのだ。
車弁慶を驚かせたのは、発言に込められた強い強い声音。
それは、普段より控えめで静やかな彼女には珍しいほどの―
「な…」
「はっ!」
「くうッ?!」
が、一瞬の油断すら、彼女は許しはしない。
びゅん、と、その細腕に似合わぬ強力で、すばやく頑双戟を振りかざす!
硬い音が、訓練場を穿つ―
間隙を縫うような攻撃を、偃月刀使いはなんとか受け止めた…!
ぎりぎり、ぎりぎり、と。
己が集中力が、互いを斬らんと滾る頑双戟と大偃月刀の合間で尖る。
わずかに、女双戟使いの表情に苦悶の色が浮かぶ…
だがしかし、彼女はやはり淡々と、車弁慶を冷たく睨み付ける。
「あなたにエルレーン様を渡しはしません」
「?!な、何を…?!」
「狙いなど読めていますよ、車殿」

彼にしか聞こえぬほどの、押さえつけた小声で。
波風立たぬ水面のごとく平静な表情のままだが、しかしそのセリフはどれもこれも明らかな敵意が込められている。
そして―
彼女は、決定的なことを言ってのけた。


「だが、あなたはエルレーン様にはふさわしくありません」
「…ッ!」




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