A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(16)
「小説・ギルドイベント『司馬姫連合“秋”の大演習会』(2)」
戦いが、始まった。
袁紹甲軍。太郎、フェンネル、冷羽、エルレーン。
袁紹乙軍。司馬姫、曹文明、司馬けん、夏侯邦。
四人の将対四人の将の、制圧戦―!
「!」
「さあ、どう動くエルレーン!」
「まずは、体勢を整えなきゃ!」
演習開始とともに、宝剣使い・エルレーンは敵陣に向かって駆け出した。
従えるは副将の偃月刀使い、車弁慶。
雪崩れかかってくる雑兵を蹴散らしながら、副将に叫び返す。
だが、彼女に向かって真っ直ぐに近づいてくる影―
その接近に、彼女は気づいていない!
「さあ、全力でかかってらっしゃい!」
「おや」
真っ先に遭遇したのは、互いのギルドマスター同士。
司馬姫がかざす真覇道剣が、ぎらり、と陽光を跳ね返す。
雑魚どもの相手をしていた太郎は、その凛と響く声に振り返る。
闘志に満ち満ちる彼女の姿は、巨躯のを誇る郎よりかは遥かに小さいはずだ。
だがしかし、全身から放つ殺気と妖気が、彼女の武者姿を燃え立たせる。
「…退いてはもらえませんか」
「そのつもりは…ないッ!」
穏やかな問いは、雄叫びでかき消され。
妖姫の肢体が、ばねのようにしなやかに跳ね飛ぶ―
そして、太郎に向けて一挙に飛び掛る!
「!」
刹那の判断。
手にした龍騎尖が、全力で打ち放たれた剣撃を受け止める。
そのまま大きく鉄槍を振り払う、司馬姫は華麗に跳び退り大地に舞い降りる。
だが―決して戦うその構えを崩そうとはしないし、逃げ去ろうともしない。
つまりは、決闘を望む―と。
「…ふむ、」
軽く、ため息。
墨漆笠の隠す顔に、わずかな笑み。
「では、仕方ありませんね」
ざん、と、大きく、一歩踏み出す。
ゆらり、と龍騎尖が、空を斬る。
太郎の周りの空気が、熱波を帯びた。
そして―
二人の将が、同時に、二閃の影と化した。
「正々堂々と戦いましょうッ!」
「!」
拠点へ走るフェンネルの前に立ちはだかったのは、長棍使いの夏侯邦。
端正な相貌を気迫にみなぎらせ、彼女をこれ以上一歩も進ませぬとばかりに風伯破天棍をつきつける。
彼の姿を認めた瞬間、フェンネルの美貌が忌々しげに歪む―
が、それも一瞬のこと。
それを瞬く間に不敵な笑みの中に塗りこめ、彼女は手の中の龍騎尖を弄ぶ…
「…あんた、なかなかやるようじゃないか」
「…」
緑なす豊かな黒髪が彩る整った顔立ちを、艶やかな笑みの形に飾って。
優雅に、優美に、鮮烈に。
真白き軍師将軍は、壮烈な微笑を浮かべ…眼前の敵に、宣告した。
「あんたと一戦、交えてみたいね!」
戦場に悲鳴が鳴り渡る。戦場に轟音が鳴り渡る。
「がははははは!この俺と戦いたいやつはいないのか!」
戦盤の音が鳴り渡る。司馬けんの豪快な挑発が鳴り渡る。
しかし、空に散る、鳴り渡るその音を切り裂く者がいた―
一対の短刀、飛燕が…その通り名のごとく飛ぶ燕(つばくらめ)のごとく、全てを裂く!
「ぬ?!」
飛来する燕の一撃を、司馬けんは半ば反射的に戦盤で受け止める。
きいん!
鉄と鉄とが激しくぶつかり合う、甲高い音が鳴り―
その響きが全て空に吸い込まれた、その時。
舞い降りるのは、彼女だ…
天仙麗媛衣を身にまとった、麗しき双剣使い。
「…!」
冷羽を前に、戦盤使いの血が猛る。
構える飛燕。構える轟天雷震盤。
互いに放つは…鋭い気概!
「私がお相手仕りましょう、司馬けん殿ッ!」
「ふん、いい度胸だ…俺の轟天雷震盤の響きにおののけッ!」
「さあ、この曹文命の昇天蛟龍鞭!見せてあげるわッ!」
突如、鳴り渡る挑発。
はじかれたように振り返るエルレーンの瞳に映ったのは…多節鞭をすなる少女!
曹文命の手から放たれた鞭の一撃一撃が、ごおごお、と不吉な音を立ててこちらを圧する。
「くっ、迎撃するぞエルレーン!」
「…ッ!」
敵の来訪に、車弁慶の顔が引き締まる。
曹文命に向け、構えるは偃月刀―
高まる緊迫感、一瞬にして硬直する戦場の空気!
…だが。
しかし―
彼女の決断は、それとはまったくに違っていた!
「?!」
「な…?!」
動揺の声が、あがった。
敵からも、味方からも。
彼女は、思いもかけぬ行動に出たのだ―
そう、彼女は…
あらぬことか、曹文命と剣を交えることすらせずに逃げ出した!
「な、何をしているんだ、エルレーン!」
己が副将の絶叫が、空を震わせた。
エルレーンは走った。真っ直ぐに。
エルレーンは走った。真っ直ぐに。
「…!」
振り向くことすらしない主君の姿に、車弁慶の表情が苦々しげにひずむ。
だが、致し方なく、結局は彼もその後を追う。
曹文命は、刹那、唖然とした顔でその姿を見ていたものの…
じゃきり。
昇天蛟龍鞭が、不服そうに大地を殴りつける。
「勇猛果敢」どころか、敵将の顔を見た途端逃げ出すとは…
唾棄すべき軟弱さに、むしろ怒りすら沸いてきた。
「敵に背を向けるのか?!この臆病者ッ!」
「待てええッ!待ちなさいよ、弱虫毛虫ーッ!」
車弁慶の、幻滅と絶望に満ちた罵声。
曹文命の、立腹と反感に満ちた悪罵。
だがその両方を背中で聞きながらも、彼女は彼らのほうを見返りすらせず、その退却の脚を止めようとはしない…!
「…〜〜ッッ!」
「あなたには退いてもらいましょう…!」
太郎の静かな声が、それ故になおさら底知れぬ威圧感を込めて響く。
同時に、彼の魂魄込めた無双乱舞が、司馬姫めがけて繰り出された―!
「く?!」
数撃の素早い突きは、何とかかわしたものの。
だが、目にも止まらぬ勢いで繰り出された連撃は、さすがの彼女も捕らえきれず―
「!」
激痛。
秀麗な相貌が、全身に奔る激痛に強張る。
だが気丈にも彼女はすぐさまに体勢を整え、息を整えんとする…
…しかし。
刹那、歯がゆそうな表情を浮かべた途端、
「ちっ…!」
「!」
司馬姫はぱっと身を翻し、いきなり全力で駆け出す!
(相対して消耗するのは分が悪い…か!)
敵に背を向けるなど忌々しいが、勝利を得るほうがそれよりだんぜんに肝要だ。
ちらり、と、背後を顧みる。
小さいが、確かにその姿がまだ在る―
唐突の退却に太郎も一瞬惑ったものの、すぐに彼女の意図を察して追いかけてきている。
(…皆!行くわよ!)
だが、虚を突いた司馬姫の脚は、既に彼女を目的地の寸前にまで運んでしまっていた。
そして…彼女は、迷うことなくその中に飛び込んだ!
すなわち―!
<袁紹乙軍 司馬姫の活躍により袁紹甲軍の拠点を奪取!>
「!」
戦場を貫く急報に、司馬けんの顔つきが変わる。
彼は即刻に悟ったのだ、司馬姫の思考を。
「あ…!」
冷羽の喉から、驚きの声がもれる。
何と、今まで間断なく攻撃を仕掛けてきた司馬けんが、出し抜けに―
こちらを振り向くことなく、あさっての方向に疾走した!
「お、お待ちなさい!逃げるのですか?!」
「違うな…忘れるなよ小娘、これは」
更なる攻撃を仕掛けようとしたところから逃げられ、冷羽はつかの間呆然とするものの。
慌ててその後を追いかける、司馬けんがそこに投げつけるのは…
自分たちの勝利を確信する、自信にあふれた棄て台詞!
「制圧戦…だ!」
その言葉が冷羽の脳裏に響くと同時に。
彼女の視界に、それが映った。
賊軍の拠点、兵長拠点に、その熊のような大男が駆け入り…
最後の瞬間に、こちらを見て―にやり、と笑ったのが!
「しまっ…?!」
<袁紹乙軍 司馬けんの活躍により賊軍の拠点を奪取!>
「く…?!」
再度の急報。
(まずい…ほとんどの拠点を奪われた?!)
夏侯邦と対戦中のフェンネルの耳にも、それは届く。
―既に、自軍の拠点はひとつきり。
そこを奪われれば、こちらが負ける…!
「ちっ、勝負は預けるよッ!」
「…!」
ならば、この長棍使いにこれ以上かかずらっている暇など無い!
飛び退り、手近な拠点に向かって駆け出さんとした…
だが、まさにその時!
上空に猛禽のごとくに舞い上がる、
蒼き鎧をまとった若武者が舞い上がる!
大地に落ちた影に思わず見上げたフェンネルの瞳に―飛び降りる、若鷹の爪!
「きゃッ?!」
「逃がしません!」
地面を穿つほどの強撃を、辛うじて転がって避ける。
だが、どうやらこの長棍使いから逃げるのは不可能なようだ…
じりじりする焦燥が、美貌の鉄槍使いをいらだたせる。
怒号じみた絶叫が、夏侯邦に飛び掛る女豹の喉から放たれる!
「…邪魔をするなあッ!」
「エルレーン!お前、何処まで逃げる気だッ?!あいつを退けねば!」
「…う、うるさいなあ弁慶先生!ちょ、ちょっと黙っててよッ!」
「な…何をッ!」
そして、エルレーン…
彼女はいまだ、後を追う曹文命より逃げ続けていた。
そのあまりに頼りない姿に車弁慶が叱責するも、不愉快そうな返答で返された。
可愛げも無く逆らう主君に、彼の顔が怒りで赤く染まる。
しかし、臆病風に吹かれたとしてもあまりにも度が過ぎている。
敵と一戦も交えることなく、遥か彼方まで逃げ続けるとは…!
ふがいない主君を、車弁慶は怒鳴りつける。
「ただでさえ拠点が奪われ、危機なのだぞ?!お前一人が情けなくも逃げていてどうするッ?!」
「…」
「この広い戦場を!その中に点在する拠点を!たった四人で守らねばならないというのに…ッ!」
だが。
その時。
「…違うよ、弁慶先生」
「…?!」
小さな、声。
それは、否定。
偃月刀使いは、その否定に思わず動じる。
エルレーンは続ける。その疾走を止めないままに。
「私たちは、たった四人で戦っているんじゃない」
そう。
戦とは、たった数名の将にて決するものではない。
勇猛なる武将は、その要。
そしてその命を受け戦うのは…兵!
「だから―」
無数の名も無き兵たちを動かすのは、策。
無数の名も無き兵たちを動かすのは、形。
その結果生まれる兵たちの怒涛の勢いこそが、敵を押し返し制する強さ!
それを古代の兵法家・孫子はこう一言のもとに断じた―
激水の疾き、石を漂すに至るは勢なり!
「流れを…変えるッ!」
「!」
飛び込んだのは、兵糧庫、
敵軍・袁紹乙軍の兵糧庫!
急襲にどよめく守将たち。
だがエルレーンはその宝剣を振りかざし―
「砕け散れ…ッ!」
その奥義を発動させる、
全てのものを砕くそれは究極奥義「粉砕」!
そして、兵糧庫内を風のごとくに駆け抜ける、
彼女の真覇道剣が砕くのは―
「な…鼎(かなえ)が?!」
「まずい!奴を、奴を早く…」
四方の鼎。妖術にて拠点を守る、四方の鼎。
その鼎を壊された以上、最早将たちを守る加護は無い…!
驚愕と混乱の中、それでもエルレーンを倒さんと群れを為して襲ってくる守将たち、
しかし彼らの動きより敏捷に、
「もう―」
女宝剣使いは、勝機を掴んでいた―!
真覇道剣が、瞬時、わななく、
込められた闘気が火花となり閃光となり雷閃となり、
「遅い!!」
彼らを、凌駕する―!