「小説・ギルドイベント『司馬姫連合“秋”の大演習会』(1)」
ギルドイベント「司馬姫連合“秋”の大演習会」
「た、大変ですぅー!」
「?!」
朝のさわやかな空気を、少女の叫びが震わせる。
がらっ!と力任せに勢いよく引かれた扉が、きしり音を立てて開かれる。
ここは袁紹軍の中枢都市、洛陽(らくよう)。
その街の一画、四征将軍がエルレーンの居を訪ねたのは、同じギルドに所属する輔国将軍…
双剣使いの
冷羽であった。
唐突な同胞の訪問に、机に向かって書を読んでいたエルレーンは少し困惑した表情を見せた。
「冷羽さん?な、何が…」
「曲者ですッ!」
「く…?!」
息せき切って駆けつけてきたのか、何やら慌てている様子。
荒い息を整えながら、彼女が吐き出したのは…「曲者」という、並々ならぬ言葉。
「く、曲者が現れました!」
舞闘姫櫛が飾る水色の髪は、未だ狼狽の静まらぬ彼女の心持ちを表しているかのように、ふわふわ跳ね飛ぶ。
曲者とは一体何事か―
エルレーンの表情にも、緊迫が走る。
そして、その曲者の目的とは…
「そして、うちのギルドに挑戦状を…!」
「!」
「と、とにかく、とにかく来て下さい!」
冷羽に急かされ、はじかれたようにエルレーンは立ち上がる。
そして武器庫に立てかけられた自らの真覇道剣を手にするや否や、
「うんッ!…行こう!」
すぐさま、彼女は家を飛び出した―
冷羽とエルレーンは、真っ直ぐに走る、
吹き付ける風に翻る、真っ赤な外套が翻る。
二人の背を飾る熾炎赤壁套(しえんせきへきとう)は、彼女らの滾る熱い血の証―
「…あぁら、これで揃った…のかしら?」
「そうですね」
普段はギルドの面々が集う、ギルド部屋。
だが今そこには、見知らぬ闖入者の姿が在った。
奥に座すのは、ギルドの長、ギルドマスターの軍師将軍・
太郎。
目深にかぶった墨漆笠は、彼の顔色を覆い隠す。
しかし、それでも彼が、今、誰に油断ない注意を向けているのかはわかる。
…彼の眼前に立ち、こちらを顧みている女。
闘姫白銀甲をまとい、その額に戦化粧の文様を施した、妖艶な美女。
「太郎さん、フェンネルさん、」
太郎の傍らに立つのは、同じく軍師将軍の女武将・
フェンネル。
彼女の視線もまた、真白き鎧の謎めいた客から外れない。
「この人たちは…?」
見れば、彼女のほかにも、客がいた。
筋骨隆々たる大男。細身の少女。端正な青年。
その正体を仲間に問い掛けるエルレーンに答えたのは、だが、
「私たち?私たちは…」
当の、闖入者だった。
美女は、艶やかな、だが不敵な笑みを浮かべ、エルレーンたちに誇らかに言った。
「
ギルド『司馬姫連合』!強者を求めて、諸国を旅しているのよ」
何処か甘やかな、だが壮烈なる自負を込めて放たれた言葉。
それに彼女の仲間が続く。
「私は
曹文明(そうぶんめい)!私の多節鞭に勝てる人なんていないんだから!」
朱夏道着を身に着け、黒い短髪に舞闘姫櫛をあしらった、身軽そうな少女。
「がはははは!俺は
司馬けん(しばけん)!俺の戦盤に耐えられるか?!」
泰西銀甲が包むのは、一目見てその頑健さが見て取れる肉体。強力たる熊を思わせる男。
「…私は
夏侯邦(かこうほう)。是非私の長棍にてお相手させていただきましょう!」
目の覚めるような鮮やかな蒼、蒼炎闘甲を帯びる青年の目は、その蒼のごとく硬骨。
「そして、私がギルドマスターの
司馬姫(しばき)…!宝剣使いよ」
「!」
最後に、闘姫白銀甲の女。
緩やかにうねる長い髪をまとめ、真っ赤な外套にて身を飾る。
自信たっぷりに放たれた言葉が、部屋の空気に散っていく。
彼ら四人の周りの空気が、かすかにわななく。
…それは、闘気。
美しい笑みを浮かべていようとも、その奥に秘められているのは…相手を飲み込まんとする、気迫。
「孫権軍、劉備軍、曹操軍と廻って来て、この袁紹軍に来られたとか」
「ふん、ご苦労なことね」
穏やかに語る太郎に、フェンネルが軽く皮肉を込めて応じる。
彼らの漂わせる気迫を、静かで目に見えぬ気概にて押し返す。
ギルド「司馬姫連合」…
諸国を勇将を求め渡り歩く彼らは、とうとうこの洛陽にまで達したのだ。
今、この大陸に大きく勢力を伸ばす猛者たちの集う地へと。
「勇猛果敢と噂の袁紹軍…さあぁ、果たしてどうなのかしら?」
「…」
「まさか、今更逃げるなんていわないよねッ?」
「…」
「ふん、そうなら袁紹軍はたいした腰抜けどもの集まりと言うことになってしまうからな!」
「…ったく、御託ばっかり、うるさい連中だねぇ!」
司馬姫、曹文明、それに司馬けんまで加わってきたやかましい挑発に、フェンネルが不快げにその美しい眉根を寄せる。
軽くその髪をいらいながら、彼女は太郎に促した。
「太郎、もちろんやるわよね?私たちに喧嘩売ってきたこと、後悔させてやろうじゃない?」
「ええ、そうです!曲者はいけないんです!」
「…ふう」
さらに、そこに和する冷羽。
彼女たちに駆り立てられ、太郎は少しばかり困ったような顔をみせた。
が、何処かあきらめたようなため息を一つつくと、鷹揚にうなずき…
「わかりました、司馬姫さん」
不敵な笑みに、豪胆な笑みで応酬する。
「私たち四人で、あなた方の相手を務めましょう」
「ふふ…!」
応答した太郎に、満足そうに司馬姫が笑う。
「それで、演習の形式は?」
「…戦の最も基礎たる形、仲間との連携が要たる戦、」
司馬姫に問われ、少し思案し。
太郎は、その静穏な…もしくは、その静穏を装った物腰をまったく崩さないままに、答えた。
「制圧戦…で、如何でしょう?」
「わかったわ」
同時に、絶対の自信をその言のうちに塗りこめて。
「それじゃ、戦(や)りましょうか…ふふっ、お手並み拝見、ね!」
どうやら、とんとん拍子に決まってしまったようだ。
そのあまりの展開の速さに、エルレーンはついていけていない。
「え、っと…」
「ほら、エル。あんたも行くんだから、ぽやぽやしてないの!」
「え、あ、」
困惑仕切りのエルレーンに、フェンネルが歩み寄り呼びかける。
軽く指で司馬姫を指し示し、こうたきつけるのだ。
「…マスターのあいつ、宝剣使いだって言うじゃない。あんたの真覇道剣の力、見せてやんなさいよ」
「は、はい…!」
「…へえぇ、あなたも宝剣使いなの?」
それを、耳ざとく聞き取った司馬姫。
くるり、とこちらを振り向き、笑いかけた…
「!」
―と。
エルレーンは、気づいた。
彼女の視線が、自分を射ている。
自分の頭からはじまり、ゆっくりと下がっていく。
まるで、品定めするがごとく…
そして。
その視線が胸まできたところで止まって、
人並み…いや、正直、それよりか控えめ気味の胸まできたところで止まって、
「…ふふん!」
「?!」
…司馬姫が思いっきり鼻を鳴らした。
同時に、何故か胸を張る。
闘姫白銀甲の前を跳ね飛ばさんばかりに、内側から激しく自己主張する…その、胸を。
その行為の意図は明らかだ。
ぷちーん、という小さな音が、エルレーンの頭蓋で響いた…気が、した。
「ま、見せてもらおうじゃない…私の宝剣とあなたの宝剣、どっちが上だかを!」
勝ち誇ったような台詞を残し、彼女は最後に…にやり、と、エルレーンに対して笑みを投げた。
かつ、と、床を鳴らすは司馬姫の軍靴。
そうしてギルド部屋を去る仲間たちの後を追う…
「おーっほっほっほっほっほ…!」
響き渡るような、高飛車な笑い声を残しながら。
―そして、静まり返るギルド部屋。
残されるのは、太郎、フェンネル、冷羽、
それに…
「…」
何故かうつむき、身をぶるぶると震わせている…エルレーン。
「え、エル…?」
「…るさない」
「ちょ…」
異常な様子の彼女に、フェンネルは恐々と声をかける…
が。
次の瞬間、突然彼女は頭を上げる。
エルレーンの顔には、明らかな怒り。
ぎりっ、と尖ったその眼光には、唐突に宿った烈火のごとき憤激。
「ゆ、許さないんだから!も、もう、本気でやっちゃうんだからッ!」
「そうですエルレーンさん!曲者はいけないんです!」
「うん!ひ、ひどいのッ!絶対勝ってみせるのッ!」
「その意気ですエルレーンさん!」
いきなり激昂し猛り出すエルレーンに、直ぐな冷羽が応じて猛る。
彼女は、エルレーンが今からはじまる曲者たちとの演習に燃えているのだと思っているようだが…
それは違う、と言うことを、はたで見ているフェンネルは知っている。
(…き、気にしてたのね…少し)
そう、年頃の乙女は傷つきやすいのだ…いろいろと。
いろんな意味で気合が入ったエルレーンを、フェンネルは苦笑混じりで見ていた。
自分が何か言えばさらに火に油を注ぐだけ、と思い、懸命な彼女は口をつぐむ。
「司馬姫同様」豊かな胸の前で両腕を組みながら、彼女はエルレーンたちを見ている…
そうして、軽くため息をつくフェンネル。
…嗚呼。
年頃の乙女は傷つきやすいものだ、まったくに。
戦場。蒼天。
山道。闘士。
「準備が出来たようね」
「…お互い、全力を尽くしましょう」
「勿論!」
ギルドマスター同士が、互いに健闘を誓う。
太郎が、ゆったりと微笑んだ。
司馬姫が、艶然と微笑んだ。
そして、
同時に…身を返し、正反対の方向に歩んでいく。
大地を踏みしめるその一歩一歩に、湧き上がる覇気が吹き上がる。
演習、とは言えども、それは真剣勝負。
己の武略と知略を競う、それは戦同然の―
「さあ、行きますよ」
静かな口調が、熱をはらんだ。
「フェンネル」
「承知」
春華純白衣に白き外套、清廉たる白に似合わず、彼女がすなるは龍騎尖。
立ちはだかるものを貫き通す、研ぎ澄まされた精神。
「冷羽」
「はい!」
手にした飛燕が空を斬る。手にした飛燕は空を薙ぐ。
優美なる女武将の双剣が描く軌道は、全てが必殺の演舞。
「エルレーン」
「…はいッ!」
透明な瞳が、高揚した戦意に滾る。
握る宝剣は、真覇道剣。
今まで幾多もの戦いを切り開いてきた剣の鋭さが、強敵を前になおさらにきらめく―
<すべての敵拠点を制圧せよ―!>
そして、
戦いが、始まった。