A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(1)




不可思議な、夢を見た。
私は、それをただ見ていた。
目の前で繰り広げられている光景は、私の存在など気にかけず進んでいく。
私はまるで空気のように、彼らのそばに―
何の影響も与えることのない存在として、ただそこに浮かんでいた。
そこにいたのは、少年少女たち。
何事かをしゃべり笑いあう彼らは、私より少し年若いのだろうか、それとも同年くらいであろうか。
ただ、何よりも不可思議だったのは。
その中に、私と…私と寸分変らぬ顔かたちをした少女がいたことだ。
そして、その少女と双子の兄弟なのか、また同じ顔の青年。
まるで私の生き写しのような、黒い皮鎧をまとった少女…
その少女の「名前」を、周りの者たちはこう呼んでいた。



"El-raine"



嗚呼。
それすらもが、私とまったく同じもの。
何もかもが、不可思議な夢だった。
不可思議すぎて、めまいのするような―



「…」
寝台に身を横たえていた少女が、ゆっくりと身体を起こす。
すると、そこには、いつもの自宅の風景が拡がる。
「お目覚めですか、エルレーン様」
涼やかな声が、まだ夢から覚め切れぬ彼女の耳朶を打つ。
「う…うん、おはよ…う」
白い鎧を身につけた女性に、彼女は寝ぼけながらに返事をした。
彼女の名は、キャプテン・ルーガ・スレイア・エル・バルハザード…通称、C・ルーガ
C・ルーガは、眠りから覚めたばかりの主人を追いやるように、さっさと寝具を整えてしまう。
追い立てられた少女は、まだ半分ぼんやりしながらも、鏡台の前に座り、何とか身支度を始めた。
「他の、みんなは?」
「とっくにきていましたが、あまりにエルレーン様が遅いので…もう訓練場にいってしまいましたよ」
「…お、起こしてくれたっていいのに」
軽く皮肉を言うような部下の口調に、少しむくれ顔をする。
そんな主君の子どもっぽいしぐさに、くすくす、と微笑するC・ルーガ。
「あまりによくお休みでしたので…
それから、張遼様の使いより知らせがございました。俸給を取りにくるように、と…
準備が出来たら、参りましょうか」
「う、うん」
どうやら安穏と眠っている場合ではなかったようだ。
あわあわと顔を洗いくしけずり、服飾箪笥にしまった雲錦楽衣(うんきんがくい)を身につける。
―と。
鏡台の鏡が、ちかり、と、窓からの陽光を浴びてまばゆくまたたいた。


その中に。
また、彼女は見た。
自分の顔を。
そして…夢で見た、あの少女の顔を。


時は戦の時代。
この地においては、四つの軍がお互いの覇を争っている。
仁徳の大人・劉備が軍。
若き虎の王・孫策が軍。
乱世の姦雄・曹操が軍。
そして―
女武将・エルレーンが仕えるは、三国無双・呂布が軍の大将軍・張遼である。
「エルレーン殿、貴公か!ちょうどよいところに」
「はい、推参仕りました」
その主君の執務室に足を運んだエルレーンは、彼の前にて慇懃な礼をした。
武の道を極めんと闘うその武人の姿に惚れ込んだ彼女が、その部下となって早半年。
一介の雑兵であったころも今は昔。
現在の彼女は、張遼を支える前将軍の一人である。
「貴公の常日頃の働きに対しての俸給だ、遠慮なく受け取るが良い」
「有難うございます!」
「民たちの平和を守るため、貴公の武働きを期待しているぞ!」
「はい、命にかえましても!」
賜った布の小袋は、その小ささの割にずしり、と重い。
それは今まで斬り捨てて来た敵たちのいのちの重みなのか―
毎回俸給を賜るたびに、エルレーンの胸中にそのような痛みが走る。
戦いの中で生き、戦いによって身を立てる彼女の来た道は、修羅の物。
自らの決めたことだ、自分で選んできた道なのだから―
そう思ってみても、その罪悪感が完全に払拭されることはない。
…が。
エルレーンは面を上げ、もういちど自らの主の顔を見た。
主君・張遼の瞳を。
何かを求め、戦い抜いてきた猛将の瞳は、揺らがずにいる。
その揺らがない強さに、自分は魅了されたのだ。
この方のような高みに昇りたいと、自分は―
「どうした?」
「…いえ、何でもありませぬ」
自身をじっと見つめる少女の視線に気づいたのか、少し困ったような顔で問いかける張遼。
慌ててかぶりを振り、エルレーンはまた頭を下げ、一礼した。


―今の自分ではとどかない、その高み。


「…はう」
「どうされましたか、エルレーン様」
執務室から出ると、外で待っていたC・ルーガが近づいてきた。
「う、ううん、なんでもない。
それより…俸給もらったよ」
「いつもどおり、くらいでしょうか」
「そうだね…」
手にした小さな布袋に目をやる。
少女は、思った。
これは確かに、わが罪の証。
―けれども。
少女は、思った。
それでも、私は生きていくしかないから。
この世界で、生きていくしかないから。
戦いの世界で、生きていくって決めたから。
少女は、思った。
これからも、私はこの場所にいたいから。
我が主君、張遼様をお守りし、彼の方の道を追いかけてみたいから。


少女は、思った。


だから―
闘い続ける。
それが、誰かを傷つけ屠ることを避けられぬ道であろうとも。


「あー、でも結構ある…最近たくさん族の討伐とかしてたからぁ」
「それは何よりです」
「えへへ…これだけあったら、きっと買えるよね?」
「何が、です?」
「えっとぉ、前から欲しかった新しい鎧、碧衣軽甲+7(へきいけいこう)…!
仲買商でこの間見たんだ!」
「そうそう、その仲買商ですがね、エルレーン様」
「何?」
「この間まとめ買いした春秋左慈伝の代金を早く払え、と」
「!」
「それから骨董商からも貴石の代金を払うように、と。とてもそんな余裕はないかと…」
「…うぅ、もらったばっかなのに」
「これが現実ですよ、エルレーン様」
「うー…!」


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