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天空の無窮、沈黙の悠久 奇人の空想、漆黒の星霜
宇門博士は、見つめている。
真っ直ぐに、見つめている。
上空を埋め尽くす、満天の星空を見つめている―
いつだって研究対象が頭上にあるというのは、便利なものだ。
何しろ、こうやって上を向くだけで研究が出来るのだから…
さやさや、と、夜風が首筋をなでていく。
夜の心地よい冷たさが、静かな空間を満たしている。
ここは、宇宙科学研究所。
天文学の研究者・宇門源蔵博士が、その屋上から天空を見上げている。
そこは、彼が思索にふけるときのお気に入りの場所だった。
星を見ることの嫌いな天文学者が、この世にいるだろうか―?
しかし、今宵の宇門博士は、常に冷静な彼らしからぬほどに浮ついている。
星空を見上げるも、気もそぞろだ…
だが、それは無理もない。
今日は、とびきり大変なことが起きたのだ―
世間に知らせたらそれこそ天地がひっくり返るくらい衝撃的な、とびきりに大変なことが。
それぐらいに、大変なことだ。
そして、それを起こした張本人は、今は…病院の集中治療室で眠っている。
生命の危機はとりあえず脱したようだが、まだまだ加療が必要だ、とのことだ。
今から数時間ほど前、突如鳴り響いた緊急呼び出しに応じ、研究所に急行した。
レーダーを監視していた所員からの通報で、長野県・八ヶ岳付近に相当の大きさを持つ「何らか」が墜落した…との情報を知らされたのだ。
もしかすると、大気圏突入にも燃え尽きなかった隕石かも知れぬ…
日本で発見された隕石はそんなに数多くない、貴重なサンプルになる。
レーダーの反応からすれば、ひょっとすると最大級の大きさを誇る隕石の可能性も高い…
すぐさま八ヶ岳に向かった。その姿を、自らの目で確かめようと。
だが、その場所で見つけたモノは―そんなものではなかった。
そんな程度のものではなかったのだ。
激しい衝突の跡。焼け焦げた木々。
すさまじい勢いで落下してきたそれが、山を焼いた傷だ。
しかし、大地をうがってくすぶっていたのは、鉄の塊ではなかった…
―それは、明らかな人工物だった。
ところどころ破損はしているものの、原形を保っている―円盤形の。
数十メートルはあるその巨大な人工物は、ぽっかりと口をあけていた。
その搭乗口らしき穴から中を覗き込んでみると、底からはコントロールルームのような設備が見て取れた。
赤や黄色で塗り分けられたその円盤は、「乗り物」なのだ…
まさしく、「UFO」ではないか!
そして。
その傍らに、そこから必死で這い出たのか…ヘルメットを身に着けた、一人の男が倒れていた。
額からおびただしい血を流していたその男は、まだ年若いように思えた。
彼の身を包んでいるスーツは、切り裂き傷だらけ。
必死に呼びかけてみたが…相当の衝撃だったのか、彼はぐったりと地面に伏すばかり。
すぐさまに、行動せねばならなかった。
青年は、知り合いの医者がやっている病院へ。
そして…円盤状のその物体は、研究所へ。
混乱していたが、とりあえず運ぶものは皆運んだ。
これが深夜で幸運だった…
そうでなくては、今頃大騒ぎになっていただろう。
とびきり大変なことが起きたのだ―
何とか全ての作業はやり終え落ち着いたが、すっかりと疲れ果ててしまった。
若い時のように無理はあまり利かないものだ、こんなに疲れたのは久々だ。
しかし、ようやくのこと息をつける、そして…
空を見上げることができる。
軽く、胸に握りこぶしを当ててみる。
己の鼓動を感じる。どくどくどくどく、と、いつもより速い鼓動。
…動揺しているのだ、明らかに。
当然だ、そうならない者があるだろうか?
今まで人類が、この暗黒の宇宙の中に追い求めてきたモノ…
自分は、今まさにそれを手中にしたかもしれないのだから!
だから、きっとその興奮のあまりなのだろう―
口走っていた。
夜空に散っていくほどもなく、かすかに空気を震わせるだけの独り言…
「この世界は、この宇宙は…とんでもなく面白いんだぜ、ベイビィ」
およそ自分らしくもない、軽口めいた、滑稽を気取ったセリフ。
いつの間にか、自分の口癖になりかわってしまったが…
これはもともと留学時代に師事していた頃の恩師、シュバイラー博士の口癖だ。
破天荒と噂も高かったシュバイラー博士は、まさしくその噂のとおりによく問題を引き起こしていた。
まあ、暴言とか女性問題とか、その手の問題だったのだが…
温厚な外見とは裏腹なその性格には、最初のころ相当驚かされた。
だが、何故かそんな博士は自分を気に入ったようで、いろいろと研究を手助けしてくれた。
…けれど、いつも言われていたな。
「ウモンは変わっとる!女にも遊びにも目をくれんとは、何処かおかしいのではないか」
って。
そうして、若者らしくない、枯れている…と怒るのだ。
―だって、仕方がないじゃないですか。
そして、自分が言い返す答えも、いつも同じだった。
こんなに面白いものが、頭の上に在るんだから!
そう言うと、恩師は呆れ顔でまた言うのだ。
…「やっぱり、変わっとる!」と。
「変わっている」。
昔から、自分の周りにいる人たちはそう言ってきた。
「源蔵は変わっとるのう、何でまたそんなことを言うんじゃ?」
「仕方ないよ、ゲンちゃんは変わっとるでなあ!」
「宇門さんは、本当に変わった方なのね…」
そう言われる度に、自分は首を傾げてしまう。
自分の何を見て、彼らは「変わっている」と言うのだろう?
自分の何処が、「変わっている」と言うのだろう?
一般常識に大きく外れるような言動をしていたわけでもないし、殊更に奇矯な真似をしたつもりもない。
ただ、自分が望む事をするために行動しただけにもかかわらず。
どちらかと言えば、勤勉そのものという態度でそれに対峙してきた、と自分では思っているのだが。
その望む事も、世間的に見て…後ろ指を指されたり、気味悪がられたりするような類のものではないはずだ。
…「天文学」が、そんな類のものだとはどうしても思えない。
子どものころから、それこそ小学校にも入らない頃から、星空ばかり見上げていた。
いつか、あの宇宙へと昇ってみたい。
あの星屑や、月や、流れ星は、下から見上げるのと横から見比べるのとでは、どう違うんだろうか。
自分の目で地球を見下ろしたら、一体どんな風に見えるんだろうか。
そして―
この地球以外の星に住む「宇宙人」と会えたら、一体どんなことになるんだろうか、と。
その事を想像するたび、胸がとてつもなくわくわくした。
彼はどんなことを言うだろうか、それとも怒って銃を突きつけるだろうか?
頭の中で空想するだけで、面白くて愉快だ。
けれど、それだけでも面白いけれども…それだけじゃ、足りない。
足りなくなってしまったのだ。
空想するだけではなく、今度は…それを、自分自身の目で確かめてみたくなった。
それがこの道に足を踏み入れた、純粋な動機だった。
それから三十年以上が過ぎたけれども、その動機は何一つ揺らいでいない。
何一つ揺らがないまま、自分の中に在る。
だから、研究自体も、楽しくて面白くて仕方ない。没頭してしまう。
そのまま、その姿勢のまま突っ走ってきた…
それが、「変わっている」ということになるのだろうか?
自分には、やっぱりよくわからない。
そう言われる度に、やっぱり首を傾げてしまうのだ。
光を散らす白点は、大小大小折り重なる。
鈍く瞬く星、かすかに赤滅する星。青白く呼びかけてくる星、この目には見えない星。
その無量大数の星の中には、必ずいる。必ずいるはずだ。
自分たちとは違う、地球とは違う星で文明を作り上げた知的生命体が、
俗に言う、「宇宙人」が。
人は星空を見上げるとき、必ず星を見つめるものだ―
その隙間を塗りつぶす、暗黒ではなく。
それは、綺羅星の輝きが目を引くからだけではない。
おそらくは、その暗闇を…
色彩のない、あたたかさのない、いのちのない、何もない暗闇を、得体の知れない暗闇を、人は心の何処かで恐れ、拒絶しているのだろう。
だから、ロケットを、宇宙船を造った。
それは絶対孤独の暗黒を切り裂く、熱い熱い光。
そして、あの青年…あの日、空から降ってきた奇妙な船に乗っていたあの青年。
きっとあの青年も、闇を切り裂く光を駆って、この地球まで長い長い旅をしてきたのだ。
何を求めて、彼は旅に出たのだろう?
何を見るために、彼は旅に出たのだろう?
嗚呼、彼の答えは一体どんなものなのだろう?
私たち地球人とはまったく違うのか、それとも…
それとも、まったく同じなのか?
それに、嗚呼―
天から降ってきた彼は、
宇宙から堕ちてきた彼も、
私を「変わっている」と思うのだろうか―?!
…柄にもなく、宇門博士は胸のうちで彼の回復を心底に祈っていた。
もしも、「神」と呼ばれる存在がこの宇宙にあるのなら、と―
(いや、それすら未だわからない、何しろ宇宙は広いのだから!)
早く、彼の話を聞いてみたい。
…急いているのが、自分でもわかった。
わかってはいる、彼は重傷だ、まずは傷を治すことが先決だ。
けれど、嗚呼、気がはやる。
彼のくれるだろう答えを、待ちわびている…
まるで、サンタクロースのプレゼントを待つ子どものように。
にやり、と、宇門源蔵は笑んだ。
いたずら小僧のような、老獪な賢者のような、そんな笑み。
そして、彼はもう一度こころの中でつぶやく―
恩師の、あの懐かしい口癖を。
嗚呼。
この世界は、この宇宙は―
とんでもなく面白いんだぜ、
ベイビィ。
宇門源蔵博士について…少しばかり、思うこと
宇門博士…彼は、読めないお方ですねー。
もともとは天文学の博士なのに、マリンスペイザーやドリルスペイザーを造っちゃったり、研究所の改造まで行っていたらしい。
これだけでも「…何者?」と思っちゃうところですが、一番私の度肝を抜いた点は、やはりこの一点です:
「空から降ってきたUFOとその操縦者を確保し、操縦者である宇宙人を養子にした」
これはものすごいぶっ飛び具合です、源蔵さん。
そして独身(以前に結婚して「いた」…わけでもないようだ)、趣味はパチンコ。
第一ウモン氏天文学者でしょう、何がゆえに牧場経営を…
もう個々の事象のつながらないっぷりには目玉が飛び出すばかりです( ロ)゚ ゚
やはり、彼は「変わり者」ということなのでしょう…親御さんの教育方針とかが気になるところですが(笑)
基本的には弓教授と同じで温厚な方なのですが、あの、その、…変わってます。
しかし、凡人には彼の思考回路が理解しがたい分、ウモン氏の異質なものに対する恐怖感とか拒否感とかの低さは特筆ものです。
彼の研究は、どうやらぶっちゃけていえば「地球外生物を探す」要するに「宇宙人探しを真剣にやっている」ということのようですが、
実際に発見しても、おそらく彼はためらいなく握手に行くと見ました(デュークももちろんそうですが)。
多分タコみたいな足が8本あるような宇宙人でも行くと見ました(笑)
何と言うか、「ビューティフル・ドリーマー」なんでしょうねきっと…
そういうドリーマーな宇門博士が、流れとはいえ自分の研究所も牧場も巻き込んでベガ星連合軍との戦争に立ち向かわねばならなかったのは、思えば悲劇的です。
宇宙人を探して交流することが目的なのに、いのちを、そして地球の命運を背負って戦いの矢面に立たねばならないとは…
しかし、ウモン氏のかっとび具合は、その気持ちの切り替えっぷりのよさにも伺えます。
マリンスペイザーなど、新兵器の開発!
研究所をより攻撃手段に富むスーパーな研究所に(おそらくはたった一人で)大改造!
…えーと、もう一度確認します。
宇門源蔵博士は、天文学がご専門で、ご専門なはずで…
…お前、今すぐ科学要塞研究所に内職しに行ってこい(笑)!
ちなみに、時折ウモン氏にも愉快な発言が見られるのが面白いですね。
例えば、大切な義理の息子・大介が、「(怪我をしたひかるに)僕の血を輸血してください!」と言ったら、「お前の?!宇宙人のお前の血をだって?!」などとひどく冷てえお言葉を返したり^−^;
また、このようにこっぱずかしいセリフもございます↓
「大介…お前の身体の中に、真っ赤に燃える愛の炎がある限り、
誰ともつきあえる。
同じ地球の『仲間』として、通じ合える親子のようにな…」(第五話)
(/ω\)…書き取ってても恥ずかしいー!
ようそんなこと真顔でいえますね…
ひょっとしてウモン氏、高校時代演劇部だったりしませんでした??
かっとんでいる人は、いろいろとやはり台詞回しもかっとんでおられるようですなあ(笑