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宿業の勇者


兜所長は、見つめている。
真っ直ぐに、見つめている。
袖口から突き出た、自らの鋼鉄の掌を見つめている―


病室の前に延びる、薄暗い廊下。
夕暮れ時、窓から差し込んでくる赤い陽光が、その廊下を同じ色に染め、行きかう人々の長い影を作る。
忙しく行っては消え、消えてはあらわれるのは、患者の世話に懸命な看護師たちの影。
また、のろのろと行っては消え、消えてはあらわれるのは、病と闘う患者たちの影。
そして。
そのなかにひとつ、立ち尽くしたまま動かない…長い影。
壁に背を預けたまま廊下に立ち尽くす、それは兜剣造の影。
鋼鉄のカタマリが、作る影。


兜所長は、自分の両握りこぶしを見つめている。
手袋をしたその両手は、一見しただけでは何の違和感ももたらさないだろう。
だが、本当は違う。それを何より感じているのは、自分自身だ。


時折、思う。
私は、変わってしまったのだろうか…と。
この手が、血の通う、筋肉と骨と皮膚で出来ていたころの私と、
この手が、電流の通う、鋼鉄とパイプで出来ている今の私は、
果たして同じなのだろうか、それとも変わってしまっているのだろうか…と。


科学要塞研究所。
虎視眈々と地上への復権を狙う、地下帝国・ミケーネの攻撃に対する備えとして設立された研究所。
そのリーダーである私は、機神・グレートマジンガーとビューナスAを建造していた。
やがてあらわれるであろう恐るべき敵、ミケーネを殲滅するために。
父である兜十蔵の造ったマジンガーZを遥かに上回る、凄まじい攻撃力と防御力を誇る魔神(マシン)として。
しかし、魂無き機神は、ただの人形に過ぎない。
ひとの心を加えたときに、マジンガーは完成するのだから―!
だから、私は必要とした。
マジンガーを上回るマジンガー、そのような桁外れの怪物を操るための戦士を…
悩んだ挙句、私は二人の孤児を引き取ることにした。
剣鉄也という少年と、炎ジュンという少女。
この二人の才覚ある子どもを、パイロットにする。
類まれな運動神経を持つこの子達なら、訓練をつめばあの機神たちをも己の手足のように駆ることが出来るはずだ…!
ひきとって間もないうちから、訓練をはじめた。
孤児院から私のもとにやってきていきなりわけのわからない訓練を課されたのだ、彼らの驚きと困惑は大きかった。
最初のうちはものすごい抵抗を見せた。特に、鉄也の方は。
脱走を図り、丸一晩中逃げ回っていたこともあった。
だが、それもやがて止んでいった…
彼らは特訓から逃げるようなこともなくなり、学校に通うかたわら、訓練のメニューを着実にこなしていった。


それが素晴らしいことだと、私は迷いも疑いもなくそう思っていたのだ。


先ほどまで、先ほどの瞬間までは。


この病院には、鉄也の見舞いに来たのだ。
昨日の訓練中、誤って足を滑らせてしまった彼は、左足を骨折してしまった。
大事をとってしばらく入院、ということになってしまったのだが、当の本人は元気が有り余っているようだった。
「あー俺バカみたいですよ所長」
じっとできないのか、今にもベッドから飛び出そうなほどはしゃいでそんなことを言った。
早くこんな退屈な場所から出て行きたい、という彼の気持ちが、顔に書いてある。
「鉄也ぁ、おとなしくしてないと退院できないよー?」
「うるさいなぁ、お前とっとと研究所に帰ってろよジュン」
「もぉ何よー!せっかくお見舞い来てあげてるのに!」
そうして、同じく見舞いに来たジュンと軽く言い争う。
…まったく、この年頃の子どもは元気で仕方がない。
そんな事を感じながら、私は二人を見ていた…
本当に、何の屈託もなく。


「あ、ごめんなさい所長…私、鉄也の部屋に忘れ物してきちゃった」
しばらく鉄也と話をした後、彼に「また見舞いに来る」と告げ、私とジュンは研究所に帰ることにした。
置いていかれる鉄也は不満げな顔だったが、それでも別れ際には手を振ってくれた。
と、少し廊下を歩いたところで、ジュンが出し抜けにそう言った。
「ごめんね、所長。ちょっと待っててね」
「かまわないよ、それじゃあ私はここにいるから」
「じゃあ、取りにいってくるわね」
そして、くるりと身を翻し、鉄也の病室に逆戻りしていく…
その後姿を、ぼんやりと見送っていた、


その時だった。


突如、廊下に大音響が響き渡った。
胸を突くようなその音に、誰もが振り返る。
廊下の向こう、休憩所になっているそのスペースに、皆の注目が集まる。
そこには…男の子がいた。
いくつくらいだろうか、小学生三年生くらいだろうか?
何事か気に喰わないことがあったのだろうか…
全身を震わせながら、その子は泣いている。大声で。
地べたに座り込んだ彼はかんしゃくを起こしてしまったらしく、腕をぶんぶん振り回しながら、言葉にならない言葉で主張している。
とがめるような周りの視線を痛いほど感じるのだろう…何やら母親らしき女性が、必死にその子をなだめている。
しかし、いったん火がついてしまった彼の怒りは、なかなかにおさまらない。
廊下中に轟き渡るほどに、甲高い大声。
脳天を貫くほどに、激しく。
涙を振りまき、顔を真っ赤にして、男の子は自分の中の憤りを放出している…


耳をつんざく、不快な泣き声。
いや、それは泣き声というより、不平不満を音にした雄たけび…
それに耐えかね、思わず両耳をふさごうとした―


その時。
突然気づいて、愕然とした。
愕然としたのだ。


本当に、突然に気づいた。


ここ最近、鉄也とジュンがそのように泣いたのを聞いた記憶が、ない―!


慌てて記憶を探る。
いいや初めからそうではなかった、例えば最初のころは彼らはよく泣いたりわめいたりしていたではないか。
体力付けのためのトレーニングを嫌がって。
操縦シミュレーションを嫌がって。



だが、どうだ。今の彼らは。
訓練で幾度ともなく失敗する。体力をつけるため、肉体に強い負荷をかける。
疲労。苦痛。倦怠。無力感。


それでも彼らは、放棄しようとはしなくなった。
ただ、ただ、ひたすらに、我々の提示するメニューをこなしていく。
敵を倒すための訓練を。
敵を殺すための訓練を。
もちろん彼らは不平も言う。愚痴も言う。文句も言う。
しかし、その時の目が、目が違う。
訓練をしている時の、目が。
彼らは、ひたむきな、真っ直ぐな目をしている。
私は、今までそれを彼らの熱意と真摯さのあらわれだとばかり思っていた。
彼らも自分の背負っているものの大切さを理解してくれた、私の思いを理解してくれた、そう思っていた。
けれど、それが本当は危ういことだったのだ。
そうだ、私は一体何を思い込んでいたのだろう―
彼らは、あの子達は、まだ「子ども」じゃないか!
その「子ども」が、誰かを…「人間」ではなくとも、いのちあるものを、
敵対する勢力だからという理由で殺すための訓練をしているのだ!
先ほどの「子ども」のように、「そんなのは嫌だ」とわめかず叫ばず泣き散らさずに―!
わめき叫び泣き散らすことにすら、もはや疲れ果ててしまったのか
わめき叫び泣き散らすことにすら、もはや飽き果ててしまったのか
そんな「子ども」は、まるで「大人」のような顔を見せる…
知ったような顔をする、「大人」の。


本当に、突然に気づいた。


彼らは、あの子達は、まだ「子ども」じゃないか!
あの男の子のように泣くことも当然あるだろう、「子ども」―
だが、今の彼らは変わってしまった、私が変えてしまった。
私の都合のいいように。私に都合がいいように。
それは彼らのためでもなく、私自身のために。



彼らの掛け金をはずしてしまったのは、他でもないこの自分なのだ!



「…う、所長!」
その時。
軽く、ひっぱられるような感覚が、鋼鉄の身体に伝わった。
「!」
袖口をつかまれ揺さぶられ、私の思考は断ち切られた。
見れば、心配そうな顔をしたジュンが、いつの間にかそこにいた。
私の白衣の袖を、しっかりとつかんで。
「どうしたの所長?早く研究所に帰りましょうよ」
「…ああ」
それだけ、言って。
私は、研究所に帰るべく歩き出す。
隣に立つジュンも、歩き出す。
私の白衣の袖を、しっかりとつかんだままで。


歩きながら、私の思考はまたも遊離する。
まだ続いている、耳の中で反響する「子ども」の泣き声。
私を責めているような、「子ども」の泣き声。


妻を失い、自らの半身を失った、あの時。
あの時に、私はもっと何か別の大切なものをも無くしてしまったのかもしれない。
私がやったことは、間違っていたのかもしれない。
世界をミケーネから守るために仕方なかった、そう言い張ることは出来るかもしれない。
それでも、彼らは私を許さないのかもしれない。


いくつもの推測が、推測のままに浮かび上がる。


それでも、確かなものが、確実なものがひとつだけあった。


鉄也と、ジュン。
この子達を、大切に思う気持ち。
私の勝手で振り回した、私の勝手で変えてしまった「子ども」たち。
それでも、私は―この子達を、大切に思っている。
自分の「子ども」たちと、そう甲児やシローと、同じくらいに。


そのことを、私は一生を賭けて証明してみせよう。
私の勝手で振り回した、私の勝手で変えてしまった「子ども」たち。
この子達が、しあわせになれるように、私は身を粉にしよう。
鉄也とジュンが、私に会ったことを幸運と思ってくれるように。
鉄也とジュンが、幸せになってくれるように。
私は、一生を賭けて証明してみせよう。私の全てを賭けて。
例え、私の身が粉になり、消え果ようとも。




だから、私はゆっくりとその鋼鉄の脚を動かす。
小さなジュンの、小さな歩幅にあわせて歩くために―





兜剣造所長について…少しばかり、思うこと

兜所長は勇敢だ。
自分の人生を賭けて、まさしく全てを賭けて、彼はミケーネ帝国と戦った。
それでも、私は彼を高く評価しない…高くは、評価できない。
はっきり言って、彼が行った行為は許されざるものである―私にとって。

それは、剣鉄也と炎ジュンという、彼が育てた最高のパイロットたち―彼らの存在にある。

兜所長は、孤児院より彼らを引き取り、パイロットにすることを強いたのだ。
大人になってからその道を選択させるのではなく、幼少の時から過酷な特訓を課し、戦闘マシーンに仕立て上げた。
その行為は、ゲリラが行う「子ども狩り」(少年兵にするため)と本質は変わらない―!


俺は涙を流さない ロボットだから マシーンだから
(『俺はグレートマジンガー』より)


言うまでもなく、少年少女を兵士として用いることは国際的に忌まれている行為であり、唾棄すべき悪行である。
だが、兜所長はそれをしたのだ。
何故―?
何故彼はそれをしなくてはならなかったのか?それを少し考えてみたい。

剣鉄也と炎ジュンは、兜剣造の実子ではない。
孤児院から引き取られたということが正しいならば(つまり人身売買などの不正行為によっていないならば)、さらにその罪は重い。
実際、鉄也とジュンは小学校・中学校に通っているので、正式に戸籍が存在していると思われる(小学校中学校は、市町村教育委員会が戸籍を参考にして作成する「学齢簿」によって登校が指示されるからだ)。
何処の孤児院が「死の危険を伴う戦闘行為に従事するパイロットとして育てたいので、
この子達を引き取りたい」と言われて「わかりました」と子どもを渡すか?!
孤児院の院長に、のうのうとその口で言ったのか―
「この子達を絶対に幸せにしますから」、と!
この点は本気で腹が立つ。私の職業柄、なおさらに。
正直、「自衛隊から数人回してもらえばよかったじゃないか」という素朴な考えがぬぐえないでいる。

しかし、ここで疑問が沸く。
「兜所長には子どもがいるじゃないか…それも二人も!その子らをパイロットにすればいいじゃないか」。
当然の論理の流れだ。だが、彼はそうしなかった。

彼は、恥じたのだ。自らの鋼鉄の身体を。
彼は、恐れたのだ。息子たちを危機にさらすことを。

大事故に遭遇し妻を亡くし、そして命まで失いそうになった兜所長。
しかし、天才たる父・兜十蔵によってその脳のみは救われた…
だがその肉体の大部分は、鋼鉄にすげ変わった。
兜剣造は、サイボーグとなってよみがえったのだ。
もちろん兜十蔵の技術はすばらしく、ちょっと見ただけでその正体が看破されるようなちゃちなものではない(それに対し、ドクター・ヘルの手によるサイボーグ・ブロッケン伯爵は「首が取れている」という明らかにサイボーグであることを示す特徴を持たされている。おそらく、ヘルは彼を『バケモノ』の姿に造り上げることで、人間社会に逃げ去られることを防ぎ、自らの支配下にいることを余儀なくさせたかったのだろう)。
それでも、冷たい鉄の感触は、兜剣造に否応なく感じさせた。
自分がすでに常態の「人間」ではない…一種の『バケモノ』である、ということを。
少なくとも、彼自身はそう感じたのだ。
だから、兜所長はその正体を明かすことを忌避した。
それどころか、科学要塞研究所に頻繁に出入りするようになった次男・シローに対し、大分長い間彼は自らの正体を明かさずにいた…
すなわち、「自分がお前の父親である」、と。
その理由も簡単に察しがつく。そしてその理由は、彼が甲児を呼び寄せ、グレートのパイロットにしなかったことと重なる。
「サイボーグの姿を子どもたちに見せてショックを与えたくない」
それが彼の思ったことだろう。
だがその言葉の裏には、彼の恐怖心がある。
彼は、甲児やシローにこう言われたくなかったのだ。それを何より怖じたのだ。
「僕のお父さんは死んだんだ!」「こんなの、僕のお父さんじゃない!」「お前は鋼鉄の『バケモノ』だ…!」
兜所長は、煩悶の挙句…それを避けた。
機械人形であることを明かし彼らとともにいることよりも、それを隠し己の存在を隠すことを選んだのだ―
また、父として、可愛い子供を傷つけたくなかった、ミケーネとの戦いで死んでほしくなかった、それも理由の一つだろう。
小さすぎたシローはともかく、甲児は高校になりマジンガーZと出会うまで、そのことを知らず生活してきた。
甲児はパイロットにしようと思えば出来たはずだ…
しかし、兜所長はそうしなかった。息子を戦いに巻き込むことを望まなかったのだろう。

だが。
それでは、彼は鉄也とジュンにどう相対するのか?
彼らが真っ直ぐな目でこう聞くとき、兜所長はどう答えるのだろうか―?

「じゃあ、僕は?大切じゃないの?」
「じゃあ、私は?血がつながってないから、いいの?」

その意味で、彼はとても「人間」らしい。
だが「人間」らしく、そして「父親」として当然のことをしたことで、彼は「外道」に落ちたのだ。
その呪いの楔を、彼は真正面から受けねばならない。

兜所長が鉄也を助けるためにその身をはったのは、当たり前のことかもしれない。
彼は、鉄也とジュンに払っても払っても支払いきれない借りがあったのだから。

「人間」は、どんな状態でも生きる。自分の「未来」を選んで。
しかし、剣鉄也という少年、炎ジュンという少女の選べる「未来」、そのほとんどを刈り取って、彼らの世界を著しく狭いものに変えたのは、紛れもなく兜所長だ。
戦いに固執した剣鉄也の姿は、兜所長の選んだ選択肢…その選択肢が生んだ影なのだから。


だから、兜所長は―「正義」のために「邪悪」を背負った「外道」
彼は、苦悩する運命を背負った…哀れな、哀れな男なのだ。