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◆ 百花繚乱・美姫三人集!(2)
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ある日。
廊下を行く流涼子中尉に、声をかけたものがある。
「お・待・た☆」
「…」
「あああああのちょっと待って!待って!すいません俺が悪かったです!
真面目にやるから
その競歩みたいなすっごいスピードでシカトして逃げるのやめて!
「…ちっ、わかりましたよ…で、何なんです?」
左足にからみつき、どんなにひきずっても離れない神大佐に根負けしたリョウ…
廊下をゆうに10m以上はその状態で引きずってから、本当に渋々ながら立ち止まってやった。
(舌打ちした…上司に舌打ちした…)よ、用意できたんだ…ゲッターの、残り二人のパイロットが!」
「!」
「さっそく君にも紹介しよう…ついてきてくれ」
「…」
リョウコは不承不承、というような顔を作りながら、神大佐の後についていく。
だが、彼女は決してそれを厭っているわけではない…
その証拠に。
廊下を行く彼女の足取りは、わずかにはずんでいた。

「おおー、神大佐におリョウちゃん!来よったか!」
「…あんたですか、敷島博士」
二人を愛想よく出迎えた老博士に対し、思い切り渋い顔でそう吐き捨てたのは、もちろん流中尉だった。
彼がリョウコを連れてきたのは、敷島研究室。
ここの主・敷島博士は、武器の開発に情熱と魂と膨大な時間と倫理と人間性といけにえとその他うんぬんを大量にささげてきた、キングオブマッドサイエンティストと呼んでもいいくらいにアレな老人だ。
「パイロットを紹介する」と言われてついてきたのに、何故このイカレたじいさんのところに連れてこられたのか。
その理由も皆目見当つかず、いらだっているようだ。
そんなリョウコに対し、敷島博士は、げらげら笑ってこう付け加えた。
「なっはっは、何じゃその嫌そうな顔は?
安心せい、今日はおリョウちゃんの片腕をランチャーに改造しようとはせんから
「いやそれ当たり前だし」
リョウコのその言葉は、ツッコミというにはあまりにも常識的な解答だった。
「まあ、それはいいよ…で、残り二人のパイロットってのは?」
「ああ。じゃ、敷島博士…」
焦れたリョウコの催促に、神大佐が博士に目配せする。
「ほいほい…さ、こっち来なさい」
すると、敷島博士は…研究室の奥、暗がりに向かって声をかけた。
その声に反応して、暗がりがうごめいた。
と、暗がりから二つ、影が動き…こちらを向いた。
彼らが自分のチームメイト、これからともに戦う仲間。
流涼子は、新たな戦友(とも)に向け…最高の笑顔をつくって、出迎えようとした。
…が。
その最高の笑顔は、瞬時に硬直した。
あまりに常軌を逸した、「それ」を見た驚きで…
「やあ、はじめまして!私は…あ、お、おああああああああああああ?!」
にこやかな笑顔が凍りつき、歪み、最後には絶叫が轟いた。
感心するほど模範的な驚愕の反応を示した後、流涼子中尉は…ショックのあまりか、ぱったりと後ろ向けに倒れてしまった(それを慌てて受け止める神大佐)。
と…卒倒したリョウコのそばに、ぱたぱた、と、二種類の足音が近づいてくる。
「…ありゃあぁ?博士ぇ、この子…倒れちゃったよぉ?」
「ふん、ひ弱な奴だな。こいつが俺たちの『オリジナル』ってかぁ…?!」

倒れたリョウコを見下ろすのは、二人の少女。
彼女たちの声は…リョウコ自身のモノに、驚くほど酷似していた。

「…うい、流中尉!大丈夫かー?」
「…」
遠くから、誰かが呼びかけてくる声がする。
目の前は、真っ暗な世界。
それを感知した時、同時に…自分が瞳を閉じていること、そして床に横たわっていることに気づいた。
だから…まず、リョウコは目を開いた。
「お、気がついたか」
「…」
うっすらと光のヴェールに包まれた視界。
やがてそのヴェールで覆い隠された光景が、次第にくっきりと輪郭を濃くしていく…
見えるのは、研究室の天井。
自分を覗き込んでいる、四つの顔が見える。
神大佐。敷島博士。
そして、残りの二人、は…
「あっおい何でまた寝るんだ中尉?!」
再び倒れこみ眠り込もうとするリョウコを、慌てて揺り起こす神大佐。
「うるさいです神大佐は黙っててください!これは悪い夢なんですッ!」
「はあ?!」
「わ、悪い夢に決まってる…私と似たような顔の奴が、ふ、二人もいるなんて、ッ」
「…いやあ、『似たような』じゃないぞ、『おんなじ』顔なんだ」
神大佐の悪びれないその言葉。
あっさりと、あまりにあっさりと発されたその言葉。
そのあらわす意図が読めず、一瞬リョウコはきょとんとなった。
「…は?」
「いや、だからね、」
「この二人は、おリョウちゃんのDNAから造り出したクローン人間…つまり、この子らは、君自身ということじゃ」
「…」
敷島博士の言葉を、リョウコは…ただ、立ち尽くしたまま聞いていた。
呆けたように開かれっぱなしの唇からは、ため息のようなモノがもれるだけ。
「ふふふ…さすがに驚いたようだな、流中尉」
「な、な、な…な、何で、そんなこと、を」
「だって、そりゃあな」
ふふん、と鼻を鳴らす神大佐。
何処か得意げなのは、果たしてリョウコの気のせいだろうか。
「自分が一番波長のあう人間ってのは、結局自分ってことさ…なら、最強の『仲間』ってのは、自分と同じモノ、ってことになる。だからな」
「あ、明らかにこれは人権だの倫理だのに抵触して…」
「非常時だ。そんなこと言ってられん。…それに、正直言うと…君の操縦技術についてこれそうな奴は、他にはいなかったのだ」
「…」
「ゲッターネチェレトの合体シミュレイションはおろか、ゲットマシン形態での操縦シミュレイトですら。規定値を超えられるものは一人もいなかった。…君以外は、一人も」
ふっ、と、微笑する。
それは、流涼子中尉の偉業をたたえるかのように、もしくはふがいない他の連中を嘲笑うかのように。
「ならば、規定値を上回ることの出来たただ一人、流中尉…君が複数いればいい、そういうことになる」
「…」
神大佐は、淡々とそう語った。
そのあまりに合理的な、合理的に過ぎる思考回路に…一瞬、リョウコは戦慄する。
確かに、そうかもしれないが…こんなことが、許されていいのだろうか?!
だが、それを今さら言ったところで何もならない。
彼女たちは、すでに存在しているのだから。
…が。
リョウコには、先ほどから…一つ、ひっかかっている点があった。
「…あ、あの、博士」
「何じゃ?」
「わ、私のDNAって、い、一体、どうして…」
「ああ、神大尉がサンプルを提供してくれたんじゃが?」
「いやあ苦労しましたよ。彼女の使った使用済みストローをゲットするのがどれくらい大変だったか」
「やかましいこのド変態が!!」
「うぎゃおああああああああああ!!」

ぬけぬけとそう言い放った神大佐を思い切り蹴たぐったのは、当然のごとく流中尉だった。
「い、一体どんな思考回路してやがんだこのド腐れ上官が!」
「い、いいじゃないかストローくらい!本当はサンプル提供などせずに自分で持ってたかったぐらいなんだぞ?!」
「なおさら悪いわ!!」
「に、入隊式のときに君に一目ぼれしてからというもの、ずっとアタックしてるのに…い、いっつも俺を冷たくあしらうから…ッ!」
「…!」
「うにゃあ、泣いちゃったの…かぁいそお」
「哀れだな」
「嗚呼…!なんて君たちはやさしいんだろう、中尉とはえらい違いだ」
「…?」
「おいこらそこのド変態。査問委員会に突き出すぞ」
クローン娘二人に恥ずかしげもなく甘える神大佐に、すぐさま警告が飛んだ。
と…リョウコは、改めて、自分の複製だというその二人の少女を見てみる。
両方の眉を下げ、ぽーっとした表情でこちらを見返す、自分の顔。
片や、挑みかかるような、つっかかるような表情でまっすぐ見返してくる、自分の顔。
よく見れば、彼女たちの顔は、多少幼さを残している。
今より数年前…そう、ちょうど高校生の頃の自分のようだ。
写真の中の自分の姿を見るような、何処か懐かしいような…だが、決してそれとは同じではない、奇妙な感覚。
…リョウコは、覚悟を決めた。
「…ま、まあ!やっちゃったものは、仕方ない…敷島博士!」
「ん?」
「この二人、確かに…使えるんだろうな?!」
「おリョウちゃんと同じ能力を持っている上、操縦技術などもインプット済みじゃからな」
「…そうか」
敷島博士の答えに、うなずくリョウコ。
彼女は、二人の少女…もう二人の自分に向き直った。
視線が、ぶつかり合う。
同じ瞳が、同じ瞳を見返す。
きらめく意思が光となって、ちかり、と瞬いた。
「わ…私は、流涼子(ながれ・りょうこ)。中尉だ。お前たちは…」
「…私、エルレーン!うふふ、私…あなたのクローン。戦略思考型(タイプ)…!」
「俺は、エルシオン…お前のクローンだ。攻撃思考型(タイプ)だ」
リョウコの問いに、彼女たちはそれぞれそう答えた(成程、どうやら同じクローンでも、多少性格を違えてあるようだ)。
…何は、ともあれ。
これで、三人のパイロットがそろったということか。
「…それじゃ、さっそくやるぞ…お前たち」
リョウコの目に、炎が宿る。
同じ女神を駆る者、そのためだけにこの世に生を受けた、己の分身に…力強い声で、こう言い放った。




「私たちの、ゲッターネチェレトで…あのうっとうしいオーガどもを、一網打尽に粉砕するぞッ!」




「ううっ…流中尉が三人…わくわく」
「…おい、まさか
他意があったんじゃないだろうなこのド変態」