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誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜tempestoso〜
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「り、燐王鬼−−−−ッ!!」
「な…んと!」
鬼たちが、絶叫する。
二つに断ち割られたメカ燐王鬼が、爆散するその様に、両眼を射抜かれて。
驚愕と衝撃に塗り込められた表情に、次に浮かぶのは…闘志。
そして、戦友を奪った憎き「人間」どもに対する、憤怒!
リーダーの暗邪鬼が、大音声を鳴らす!
「く…ッ、ひるむな!」
「お、おう!わかっているッ!」
「嘆くのは後でも出来るッ!今は、奴らを!」
多少なりとも動じた仲間たちであったが、暗邪鬼の猛る声に再び拳を握り締める。
そうだ。嘆くのは、後でも出来る。
たった今、目の前で散った友のために泣いてやることは、後でも出来る。
そうだ、今やらねばならないことは―!
「あの分離する奴には驚かされたが…所詮それだけだ!他の奴らとの連携に惑わされるな!」
「ああッ!」
「燐王鬼の仇、必ずとってやるッ!」
恐角鬼が、火輪鬼が、低く唸り声をあげる。
かすかに涙の入り混じった、だが確かにそれは咆哮。
選び抜かれた精鋭、百鬼百人衆が戦士。
その名にかけて、友の名にかけて、決して負けはせぬ…
誓いの咆哮。誓いの叫び。
鋼鉄の鬼が、雄たけびをあげる―!


「よし!上手いぞ、お嬢!」
機械獣・ダイマーU5の頭部に据えつけられたコックピット。
爆発し、四方八方にその身を散らす百鬼メカロボットを強化ガラス越しに見ながら、ブロッケン伯爵が意気上がる。
「これで、四対三…!」
「ああ、だが、油断するな!」
通信機から、敵を両断したミネルヴァダブルエックスの操者―あの少女の安堵した声が響く。
しかし、伯爵は彼女を叱咤するように、緊迫感にみなぎった言葉を返す。
戦況は多少こちらの有利に動いた。
だが、慢心することなど、出来はしない。
こちら側の戦艦である飛行要塞グールは飛行不可能なところまで追い込まれた。
すなわち、逃走することはできない。
出来得るのは、闘争することのみ。
自分たちの機械獣が、彼奴らのロボットに劣っているとは思わない。
しかし、今までに相対したこともない連中の「兵器」…
実際にあの鬼どもを相手取って戦っている早乙女研究所の人間であるあのお嬢…
そしてグールに残っている小僧は彼奴らをよく知っていようとも、自分たちにはその知識がない。
そんな未知の敵と戦うには、慎重に慎重を重ね、確実に確実を選び、少しずつでも彼奴らの戦力を削り取っていく―
それ以上の安全策は、ない。
そして確実に勝利を得るための方法とは―!
「先ほどと同じように、機械獣四体で相手をするんだ!
一体一体確実に撃破する!」
「うん!」
「あしゅら、お前もわかっているな?!」
「…もちろんだ、見くびるな!」
勢いよく跳ね返ってきた返答を受け取って。
再び、伯爵は視線を敵の姿に転じる…
…先ほどミサイルを放ってきた、巨大な円盤型のメカロボット!
「今度は、あの…援護射撃機だ!」
「うん!まかせて、ブロッケンさんッ!」
「我輩と残り二体の機械獣で隙を作る!」
「わかりましたなのッ!」
命じるブロッケン伯爵に、エルレーンが応じる。
戦士の瞳は闘志に燃える。
透明な瞳が闘志に燃える。
敵を焼き尽くす灼熱、敵を消し炭に変える業火のごとき闘志―!


「…何と言う、戦いぶりだ」
飛行要塞グールの艦橋(ブリッジ)。
バードスの杖を手にしたあしゅら男爵の唇から、男女一対の言葉が漏れる。
それは、たった今自分たちが目にした光景がつぶやかせたセリフ。
敵機をためらいすらなく、無情にも一刀両断した―
その様な苛烈な攻撃を為したのが、先ほどまでこの場所にいたあの小娘だとは…!
「何故、あのような小娘が、あそこまで…」
「…当然だよ」
半ば唖然としたていのあしゅらに対し、その横で同じシーンを見ていた子どもは、いとも平然としてそう口にした。
…早乙女元気。
元気は、ミネルヴァダブルエックスを見つめ、静かに言う。
「お姉ちゃんは、戦うために生まれたんだから」
「…」
奇妙な言葉。異常な言葉。
だから怪人は問い返す。
「先ほども、あの小娘はそう言っていた…一体、どういうことだ」
「…エルレーンのお姉ちゃんは、」
一瞬、元気は惑ったようだった。それを口にすることに。
それでも、わずかばかりの逡巡の後、彼は事実を言葉に変えて、あしゅらに伝えた。
何の虚飾も、捏造もせずに。
とりつくろうこともしない幼い少年の言葉は、だからこそ事実。
どんなに奇妙で異常に聞こえても…
「戦うために造られた、リョウさんの…もう一人の、リョウさんなんだ」
「『もう一人の』…?!」
「あのね、昔…うちがね、恐竜帝国と戦ってた時。
恐竜帝国に造られた、リョウさんのクローンなんだよ…」
…ブリッジに、少年の言葉がかすかに反響した。
跳ね返るそのわずかなこだまが、外から響く爆撃や金属音の隙間を割る。
奇妙な言葉。異常な言葉。
跳ね返るこだまも、奇妙で異常。
「そ、それでは…」
「うん…だから、昔…エルレーンのお姉ちゃんは、僕らの『敵』として…『兵器』として、戦わされてたんだ。
ゲッターロボを倒すために、リョウさんたちを殺すために、って…」
「…」
そう、奇妙で、異常。
だが、この幼い子供が、自分に向かってとっさに嘘をついているようには思えなかった。
早乙女元気は、真顔でミネルヴァを、その中に在る少女を見つめている。
奇妙で異常な、あの少女。
あの少女の事実を、現実を、彼は続けて言う。
「けれど、今は…何でだかはよくわからないけど、お姉ちゃんは生きてる。
お姉ちゃんとして、生きてる」
「未来」での戦いから帰ったゲッターチームは、多くを語りたがらなかった。
だから、元気は何もわからない。事情も何も、わからないままでいる。
「そして、僕らを守ってくれる…!」
「…」
けれども、かつて自分たちの目の前で死に、姿を消し、己と同質の者の中に在り、力を貸してくれた少女―
エルレーンと呼ばれた少女が生きている。
己自身の身体を持ち、生きていること。
そして、あの時同様に、自分たちを守ろうと戦ってくれること…
それが、それだけが、元気にとっての現実だ。
―ぽつり、ぽつり、とつぶやかれた少年のセリフ。
それらを、男女半身の怪人は、無言のままに聞いていた。
…が。


「…気に、喰わないな」


かすかに聞こえたそのつぶやきは、かすかながらも元気の耳にも届いた。
「え?何か言った?」
「…別に、何も」
だから子どもは問い返す。
だが、あしゅらはすげなく切り返す。
子どもの問いに、はっきりとは答えないまま。
あしゅら男爵の視線は、目の前の戦場に注がれたまま。
その中に、ミネルヴァダブルエックスの姿が在る。
小娘のくせに、子どものくせに、
そのくせに戦いたがるあの小娘の駆る、ミネルヴァダブルエックスが。
「―!」
刹那。
男爵の脳内を、鋭い針が貫く。
痛みに思わず両目を閉じる。
しかし、戦場においてそのような一瞬すらが命取り。
だからあしゅら男爵は無理やりに眼を開く、
飛行要塞グールのブリッジより見える光景の中で、あの小娘と伯爵も戦っている―
「!…ブロッケンさんッ!」
「任せろ!」
ミネルヴァダブルエックスに一斉に飛び掛ってきたメカ暗邪鬼、そしてメカ恐角鬼。
エルレーンの呼び声に、伯爵が叫ぶ。
ダイマーU5がすぐに放ったミサイルが、まるで意思あるもののごとく粉砕すべき敵どもに向けて飛んでいく!
「!」
「ちっ!」
暗邪鬼、恐角鬼ともに、そのような攻撃をむざむざ喰らうような間抜けではない。
ミサイルの接近をレーダーが感知するや否や、百鬼メカロボットは思い切り地を蹴り、大きく飛びすさる。
ミサイル群はそのまま地面にぶち当たり、派手に爆発し真っ赤な火焔を燃やす。
その爆風、その焔は百鬼メカを焼きはしない、何のダメージも与えない。
だが、それも伯爵の計算のうち…
目的は十分に達した。
それは、十分すぎるほどの空白の時間だ。
ミネルヴァダブルエックスから奴らの注意をそらすための…!
「く、このガラクタめッ!」
「…馬鹿が、思い知らせてくれる!」
果たせるかな、ミサイルを放ったこちらに目を転じた暗邪鬼たち。
その攻撃の矛先をダイマーU5に向けんとする…
「あしゅら!デイモスで一体ひきつけろ!もう一体は我輩が!」
「ふん、下手を踏むなよ!」
ダイマーU5が身構える。
デイモスF3が宙を斬る。
「!」
メカロボットのコックピットで、暗邪鬼は見た…
燐王鬼を捕らえ屠ったあのロボットが、自分に飛び掛ってくるのを!
その飛び掛る四肢が再び分離し空を舞い、メカ暗邪鬼を取り囲まんと…!
「くそッ、こいつ!」
変幻自在の敵に目を惑わされ、暗邪鬼の声に焦燥がにじむ。
だが、恐角鬼の眼前には、ミサイル攻撃を放ってきたあの角を持つ敵機が、こちらの隙を狙っている…
しかし。
こちらは、残り三体。
向こうは、四体。
目の前に、そのうちの二体。
4-2は?
簡単な算数だ。
答えは、2。
すなわち、たった一体残ったメカ火輪鬼を襲うのは―
「ぐ、くっ…」
「火輪鬼?!」
「き、恐角鬼ッ!た、助けてくれッ!」
スピーカーを貫き通す、火輪鬼の恐怖にまみれたセリフ。
視線を転じれば、自分たちより少しはなれた場所に、メカ火輪鬼が在る…
敵方の二体のロボットに、猛攻をくわえられているメカ火輪鬼が!
あの女の姿をしたロボット、そして戦闘機型のロボットの攻撃にさらされるメカ火輪鬼。
近距離と中距離より同時に、四方八方より攻撃を受けては、メカ火輪鬼の最大のアドバンテージである射撃能力を生かせない。
小娘のロボットは、避け、かわし、さばき、また接近して攻撃を仕掛ける。まるで蜂のように。
その合間を突き抜けるように、縫うように、大量のミサイル弾を撃ち込む戦闘機…
これでは、いくらメカ火輪鬼でも長くは持ちはしない!
だが、メカ暗邪鬼は、先ほどの分離合体する奇怪なロボットに妨害され、近づけない。
(―わしが行かねば!)
がきゃり、と、メカ恐角鬼がその進路を変えんとする、戦友を救うために。
恐角鬼が己のやるべきことを自覚した、その時だった…
「…そうくると、思った!」
降り注ぐそれは、ミサイル弾!
先ほども自分たちの進路を妨害した、あのミサイル弾!
ミサイル弾はメカ恐角鬼の両足元に突き刺さり、その勢いのままに爆裂する!
「…!」
爆散する火薬のエネルギーが、百鬼メカロボットにダメージを与える。
激しい閃光が両目を焼く。
ちかつきくらつく水晶体が、あまりの光量に悲鳴を上げる。
「ぐく…くっそおおッ!」
それでも何とか己を叱咤し、そのまぶたをこじ開けた時に、彼が見た物は…
「!」
目の前にそびえ立つ、巨大な影!
その進路を塞いだのは、雄牛のような長大な角を持った機械獣…
ブロッケン伯爵の駆る、ダイマーU5!
仲間を助けんがために駆け出そうとした彼の行く手を遮るそれが、その両腕をふりかざす。
恐角鬼はとっさに反応し、己が機体の豪腕を持ってその拳を受け止めた。
が、そうこうしている間にも、暗邪鬼たちは彼奴らの攻撃を受けている…
冷たい汗が、恐角鬼の額をこぼれおちる。
彼は敵を払わんとなおさらに力をこめるが、一向にダイマーU5は振りほどけない…!
「き、貴様らあッ!何の、関係も、ないくせに、…ッ!」
恐角鬼の震える唇から、怒りに満ちた言葉が放たれる。
眼前にそびえ立つ忌まわしき鉄塊、その操縦席に在る敵に向かって。
「何故あのガキどもを!何故我等に刃向かう!」
しゃしゃり出てきて自分たちに逆らう、目的すら読めぬ敵。
恐角鬼の怒声は、確かに動揺と混乱に満ちていた。
「一体何故!一体何故、我らの邪魔をするッ?!」
「…ふん!」
伯爵は、血のにじむようなその恐角鬼のセリフを、鼻で笑い飛ばした。
薄く笑むその相貌には、冷徹、非情。
言葉にこもる闇が、その平坦な言葉を黒く彩っていく。
「確かに、我々は部外者…だな」
「ならッ!」
「だがな、鬼どもッ!」
メカ恐角鬼をその黒い瞳でねめつけて、
角の生えた亜人をねめつけて、
機械仕掛けの伯爵が返礼に吼え返す!
「貴様らは、我輩の飛行要塞グールに傷をつけた!」
「ぐあッ?!」
ダイマーU5の両腕が、すぐさまに尖り…なめらかにしなう鞭となる!
その一対の鞭は空中を切り裂き、ごう、という音を立てて大きくふりかざされ―
そして、そのままメカ恐角鬼を打ちのめす!
一撃目で大きくよろめき、二撃目で耐え切れず派手によろめき大地に倒れる…
地に伏したメカ恐角鬼。
その巨体を、冷酷な瞳で見下しながら…穏やかに、恐怖感を起こさせるほど穏やかに、ブロッケン伯爵は言い放った。
「愚か者どもめ…その報いは受けてもらうぞ」




「我輩に牙剥いたことを、骨の髄まで後悔させてやるッ!」





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