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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜stretto〜
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「―駄目だ」


「!」
『?!』
ばっさりと、切り捨てた。
元気とエルレーンの全身を、驚愕が襲う。
そして、半男半女の男爵は、なおも追い討ちをかけるように言うのだ。
「そんなことが認められるか!馬鹿馬鹿しいッ!」
「ちょ、ちょっと、あしゅらさんッ!」
元気がなおも彼のコートの裾を引っ張って抗議する。
だが、あしゅらはそれを振り払い、押しつぶすような強圧を声音にまとわせ、さらに返り討ちをかける。
「お前たちは、さらわれてきた『人質』なのだぞ!その『人質』がしゃしゃりでる幕ではないわ!」
『でも!でも、相手は百鬼帝国なんだよ?!あれは私たちの敵で…』
「関係ないッ!お前たちは、牢でおとなしくしておればいいのだッ!」
『…〜〜ッッ!!』
ミネルヴァダブルエックスに勝手に乗り込んだ小娘にも、同様の厳しさで言い捨てる。
不快げなうなり声が伝わってきたが、知ったことではない。
あしゅら男爵にとって、そのような選択肢はない。
「人質」の子どもを戦いに出すような、機械獣を与えるような、そのような選択肢など―
「あ、ああッ!」
―と。
鉄十字兵の突拍子もない叫び声が、その会話を断ち切った。
「あ、あしゅら様!」
「巨大な飛行物体が、急速降下…こちらに近づいてきます!」
「何だとッ!」
あしゅらは慌てて視線を窓外へと走らせる。
…蒼空に、黒点。
どんどんその濃さと大きさを増していくその黒点は、やがて巨大な飛行艇へと変わっていく。
醜悪なイエローのカラーリングで派手に飾られた、「鬼」どもの。
「…」
「ひ、百鬼メカロボットだ…!」
「…とうとう来たか」
誰もが、ブリッジにいた誰もが、その飛行艇を睨みつける。
元気がそうささやいた声には、かすかな震え。
あしゅら男爵が、歯噛みした―
「かなりの大型機だな…いや、輸送艦か、あれは」
そう一人ごちた彼の推察は、すぐさまに証明される。
飛行要塞グールより十分な距離をとり、敵方の飛行艇は大地に降り立つ。
巨大なそのメカロボットは、着陸してすぐにそのハッチを開く。
すると、そこから小型の…とはいっても、全長2、30メートル以上はありそうなものばかりだ…ロボットが出現した。
現れたロボットたちは、一列に並び大地を踏みしめる…
「敵機、出現!…合計、三体!」
「…やはりな」
あしゅらは眉根を寄せ、低くうなった。
…まだ、10分の時は過ぎてはいない。
あの暗邪鬼なる男が指定してきた時間はまだすぎてはいないにもかかわらずに、あの行動―
それは、明らかに警告であり脅迫であり恐喝だ。
つまりは、従わなければこのロボット達が何をするか察しろ、と…
鬼どもの自信満々な作戦には、反吐が出る思いだ。
男爵の怒りは、すでに頂点に達していた。
「あしゅら男爵、どうします?!」
「ちっ…やるしかない!おめおめこのまま要求に従うほど、このあしゅら、腑抜けてはおらぬわ」
「ブロッケン伯爵は…」
「あの首なし男、一体何処をほっつき歩いている?!…くッ、好きにやらせてもらうぞ!」
あしゅら男爵は、そうして戦いの決断を下す。
使う駒は、格納庫に在る四体の機械獣たち。
本来ならば、光子力研究所撃滅戦のために九州工場から引き上げてきたばかりの新型機ばかりだが…
敵が既に三機もの巨大ロボットを出してきていることを考えると、こちらも総力を挙げねばならぬだろう。
それに―
『…ねえ!ちょっとおッ!』
「!」
と、いらだたしげな呼び声が、あしゅらの思考をぶち切った。
放置されて機嫌を害したのか、少女の口調には隠しもしない不満があふれ出ている。
…知らぬうちに、あしゅらの口からは長いため息がもれていた。
『あしゅらさんッ!百鬼メカが…敵のロボットが出てきたんでしょ?!
私を出してよ、この<ミネルヴァダブルエックス>で戦わせてよッ!』
「しつこいッ!駄目なものは駄目だッ!」
『何で?!なんでなんでなんでなんでッ?!』
「なんでもかんでもあるかッ!お前は『人質』だろうが、『人質』らしくおびえてしおらしくしておれッ!」
なおもしつこく言い募る少女に、鞭で叩きつけるような勢いで言い返す。
問答はもはや無用と言わんばかりに己の言うべきことだけ言い放ち、
「おい!格納庫の兵に連絡を取れ、あの小娘を捕えるんだ!」
「は、はいッ!」
そして、傍らに立つ兵士にそう命じつける。
命令された彼は、足早に通信機に取り付き、何やら仲間に向かい伝え出す…
…すると、しばしの空白。
ミネルヴァダブルエックスからの通信が、無音になった。
ようやく出撃をあきらめたのか…
コックピットに座しているはずの少女からは、言葉が返ってこなかった。
『…』
「いいか、小娘!奴らの相手は私がやる、お前はおとなしく…」
『…や』
「…?」
いや…何か、聞こえた。
けれども、それは通信機特有のわずかなノイズに阻まれ、よくわからない。
それ故、あしゅらがそれを聞き取ろうとスピーカーに少し耳を近づけた…
次の瞬間。

『…あしゅらさんの、あしゅらさんのッ…!』
「え、」
『わからずやああああああああああああああああああああああああッッ!!』
「〜〜ッッ?!」

鼓膜を突き破るような、脳髄を貫くような絶叫!
不覚にも、あしゅら男爵はその絶叫にやられ、のけぞってしまった。
ふらつきくらつく頭に、なおもきんきんと少女の怒りが突き刺さる。
『もういい頼まないんだからあッ!馬鹿、馬鹿、あしゅらさんの馬鹿あッ!』
「き、貴様、言うに事欠いて…ッ!」
『あの人たちは、私が倒すんだから…ッ!』
後は子どもじみた罵倒を言いまくって、自分勝手に通信は切れた。
あしゅらに反論する暇も、説得する暇も与えないままに…
「…ッ!」
彼との通信を一方的に切ったエルレーンは、もう我慢の限界だった。
今、この飛行艇の壁の向こうに、倒すべき「敵」がいるのに…
こんなところで、何もしないで待っていることなど出来やしない!
少女の透明な瞳に、暴虐にも変わりうる意思が宿る。
「開けてよ!ここ、開けてってば!」
ミネルヴァダブルエックスのコックピットから、大声で怒鳴るエルレーン。
格納庫から外に行くため、扉を開けろと兵士たちに叫ぶ。
「で、でも…」
「…」
しかし、「人質」が乗っている機械獣をおめおめ外に出す…
そんなことが一介の兵士たちに決断できるはずもなく。
お互い困りきった様子で顔を見合わせるだけ。
「開けないんだったら…!」
埒のあかない兵士たちに、エルレーンは待つことすらしない。
ぎりっ、と、少女の目つきが険しくなる。
「!」
「う、うわあッ?!」
複数の兵士の悲鳴が、格納庫にこだました。
今まで静謐に立ち尽くしていたミネルヴァダブルエックスの…右脚が、動いたのだ!
十数メートルの巨体を誇る鋼鉄の女神。その足は、人一人なんて簡単に踏み潰してしまえるくらいに大きく。
持ち上げられた足は、派手な振動音を立てて一歩分前の床を踏む。
次に動くのは左脚。整備用のカートや機器を跳ね飛ばし、さらに前に一歩。
その近辺にいた兵士たちが、泣きそうな顔をしながら必死で逃げ惑う…
まっすぐに歩む女神は、しかしながら、やがて突き当たりへ行き当たる。
けれどもエルレーンは止まらない、
壁が眼前にあるのなら壊せばいいだけ、
だからミネルヴァダブルエックスは右腕を大きく壁に向かって突き出そうと―!
「…やめろッ!」
だが。
男の一喝が、彼女の動きを止めた。
…少女の視線が、その声の主に向いた。
あの、闇のデュラハン(首無し騎士)に!
格納庫上空の通路より、ブロッケンは下にいる兵士たちに向かって命令を下す。
「鉄十字!ハッチを開けろ!」
「え、ええッ?!」
「よろしいのですか?!」
「ですが、あしゅら男爵は…」
「構わん!破壊されるよりマシだ!」
驚きの声をあげる兵士たちに、伯爵はさらに命じる。
そこまで言われるにつけ、とうとう兵士たちも従わざるを得なくなる…
一人の兵士が、機械獣搭乗口となるハッチの開閉ボタンに走り寄る。
そして、そのボタンを押すと…
「…!」
開閉ボタンを押された扉は、きしりながらゆっくりと開いていく。
閉ざされた空間であった格納庫の壁、その一片が外界へとつながるタラップへと変わる。
吹き入ってくるのは、盛夏の熱された空気。
まぶしい日光が容赦なく照りつける緑の世界をガラス越しにねめつけ、少女は…にやり、と笑んだ!
格納庫のハッチが開かれたのは、ブリッジにもすぐに伝わっていく。
コンソールの画面を見ていた鉄十字兵が、間の抜けたような声をあげた。
「か、格納庫のハッチが開いていきます…?!」
「何だと?!どういうことだ!誰があの小娘を…」
「どうやら、は、伯爵が…」
「!」
報告を聞くあしゅらの相貌が、見る見るうちに怒りの色に染め上げられていく。
と、タイミングを計ったかのように鳴り渡る通信音―
格納庫からの通信は、間髪いれずに怒鳴りつけた…
ブロッケン伯爵の声で!
『あしゅら、機械獣を全機出すぞ!準備をしろッ!』
「ブロッケン、お前があの小娘を出したのか?!何を考えている、貴様ッ!」
『…あのままでは確実に壁を破壊された!
どのみち引き下がる気がないなら、グールを壊されるよりも扉を開けて行かせた方がマシだろうが!』
「…く〜ッ、どいつもこいつも…ッ!」
ブロッケンの抗弁に、半ば頭を抱え込むあしゅら男爵。
自分の思惑をよそに勝手に動き出す連中に振り回されっぱなしのこの状態にいらだち、八つ当たり気味にこう兵士に吐き捨てる。
「自動操縦には切り替えられんのか?!」
「だ、ダメです!設計上、命令入力は、常にコックピット側からのものが優先されます…!」
そんな彼らの先ほどからのやりとりをずっと眺めていた元気たち。
―と、ルーカスが、頬をかきながら、ぽつり、とつぶやく。
「…なあ、ゲンキ」
「な、何?」
「あの姉ちゃん、性格キッツイのなあ…」
「う、うん、あの、いつもはそうゆうわけじゃないんだけども…」
何処か呆れたようなニュアンス交じりの彼の言葉に、歯切れの悪い返事を返す元気だった。

百鬼メカ・メカ要塞鬼の艦橋(ブリッジ)で。
暗邪鬼は、腕に巻いた時計を見る。
相手側に与えた10分の余裕は、彼の視認する中で…今、過ぎ去った。
と、その時。
百鬼兵士の一人が、敵方の新たな動きを確認した。
「暗邪鬼様…あの飛行艇より、何やらロボットが出てきました」
「ほう、多少なりとも抵抗しようということか、愚か者どもめが」
「どうしますか?」
「決まっておる!」
次の行動を問う言葉に、壮年の悪鬼は軽く肩をすくめて答えた。
それは、自らの力にうぬぼれた、最も「鬼」らしい解答。
「力の差というものを見せ付けてやろうではないか!
百鬼帝国に楯突いた『人間』ふぜいめがどのような目にあうか、その身でたっぷりと思い知るがいい!」
そして、既にそれぞれのメカロボットに搭乗し出撃している仲間たちに向かって檄を飛ばす―
「燐王鬼!恐角鬼!火輪鬼!行くぞ!」
『おうッ!』
応じる三者の声が、低い地響きのように跳ね返ってくる。
「俺はメカ暗邪鬼で出る!」
暗邪鬼もまた、自らの百鬼メカロボット…メカ暗邪気に向かう。
どす黒い愉悦が、鬼の目じりににじみ出た。
残酷な鬼の悦楽、冷酷な鬼の快楽!
「ふん…素直にガキどもを差し出していたほうがよかったと後悔させてやるわ!」
そう言いながら己がマシンに向かうその表情に…鬼の愉悦!




「見せてやろうではないか、百鬼帝国の恐ろしさを!」





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