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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody) prologue
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「…何?」
Dr.ヘルは、それを聞いた途端…不思議そうに眉をしかめた。
ここは伊豆諸島に属する無人島…地元の者は、「地獄島」と呼び、恐れて近寄らぬ険しい岩山で為る島。
そこに造られた基地…地獄城の内部・その玉座にて、ヘルはあしゅら男爵の変わった申し入れを聞いていた。
ヘルの驚いた顔を見たあしゅら男爵は、にやり、と笑い…もう一度、そのセリフを繰り返した。
「ええ…グールを使いとうございます」
「ふざけるな、貴様ッ!」
が、その途端、鋭い怒号が飛んできた…
その声の主は、ブロッケン伯爵。
今あしゅら男爵が使いたいと言っている「グール」…飛行要塞グールの、実際の指揮官だ。
あしゅら男爵と彼とは、まさに犬猿の仲。
そんなあしゅらに対し、自らの指揮官機を貸し与えようとは…ブロッケンにとって、それは聞き逃すことの出来ない暴挙だった。
「何故我輩のグールを貴様なぞに貸してやらねばならんのだ、胸糞悪い!」
「おほほ…それは至極簡単。遠く離れた海の上、ブードからよりも…」
女の高い笑い声に、男の低い声が絡まる。
二種類の声のハーモニーは、いささか演技がかった、そして自信たっぷりな口調でこう言ってのけた。
「もっと間近で見たいからだ…兜甲児、そして光子力研究所の最期を…!」
「…!」
その確信に裏打ちされた態度は、ヘルの興味を少しなりとも引き出すことに成功した。
「…あしゅらよ。今回の作戦には、ずいぶん自信があるのだな?」
「ええ」
「聞かせてみよ。お前は、一体何をするつもりなのだ?」
「ふふ…まあ、それは見てのお楽しみ…といったところです」
意味深なセリフで、ヘルの促しを流すあしゅら。
Dr.ヘルは、そんな彼を見下ろし…しばし、何かを考えていた。
十数秒後…彼は、再び口を開いた。
「ふむ、よかろう。グールを使うがいい」
「?!…ど、Dr.ヘル!」
「ブロッケン、お前はちょうど休暇中だろう。その合間くらい使わせてやれ」
「し、しかし…!」
「これは命令じゃ。…わしの言うことが聞けんのか?」
「…」
ブロッケンは声を荒げたが、所詮ヘルの命令に逆らうことはせず…口惜しそうに黙り込んだ。
そんな彼の有様を見たあしゅらが、さも誇らしそうに鼻を鳴らして笑う。
「光子力研究所に行く前に、九州の地下工場から機械獣を引き上げていくがいい。『あれ』を含めて、4体の機械獣が完成しているはずじゃ」
「有り難き幸せ…!」
期待以上の戦力を与えられたあしゅらは、Dr.ヘルに丁寧な礼を返す。
「それでは、グールを…」
「待て、あしゅら男爵」
が、そこまで言った時。
今まで不服げに口をつぐんでいたブロッケン伯爵が、再び横槍を入れてきた。
「!…まだ文句をつけようというのかブロッケン伯爵。…ヘル様のご命令だぞ?」
「気に喰わんが、それは飲んでやる。
…が、我輩もグールに乗る。それがグールを貸してやる、最低限の条件だ」
「何…?!」
思わぬ条件…しかも、心底気に喰わぬこの男が、作戦に随行するという…に、あしゅらの表情が変わる。
しかも、ブロッケンは吐き捨てるようになおもこう言ったのだ。
「貴様一人に任せておいたんでは、グールが壊されそうな気がするのだ!」
「…!」
ブロッケンをにらみつけるあしゅら。
ブロッケン伯爵も、敵意を丸出しにしてあしゅらをねめつける…
が、そこにヘルの仲裁が入った。
「まあまあ…二人ともそう猛るな。
…ブロッケン、ついていきたくば勝手にしろ。だが、あしゅらの邪魔はするなよ?」
「…承知しております」
「…」
返事代わりに短くそうつぶやいて、ブロッケンはあしゅらをもう一度にらみつけてやった。
あしゅらもその視線に冷たい一瞥を叩き返してやる。
正真正銘に仲の悪い二人、その二人に向かって…最期に、Dr.ヘルのこんな言葉が降りてきた。
「それでは…吉報を待っておるぞ、あしゅら男爵、ブロッケン伯爵」
『はっ…!』
皮肉にも、その返事は何故か同時に空に響いた。




そうして、この奇妙な物語は…静かに、その幕を開けたのである。





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