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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜lamentoso〜
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「み、み、ミチルさん…そ、それ、本当かい?!」
「ええ、そうよ?聞き間違えるはずないじゃない?」
完全にひっくり返った声で問い返すリョウに対し、画面の中のミチルは平然と言うのみ。
だがしかし、そんなことが信じられるだろうか―
あしゅら男爵に誘拐されたはずの元気から、自宅に電話が入るなんて…?
当然考えられるのは、
「…そいつぁ臭いぜ。もしや、元気ちゃんは奴らに脅されるか何かして、」
「そうか…こっちを混乱させるつもりかも!」
こちらの裏をかこうとでも言うのか、元気を使って自分たちを惑わそうとしているのではないか…ということ。
そううなずきあうハヤトとベンケイに対し、だがミチルはと言うと…
「…そうかしら〜?」
疑りぶかそうに、首をかしげているばかり。
しかしながら、元気たちがさらわれていることに確信を持つ彼らは一様に深刻な表情を崩さないまま。
「いや、だって、ミチルさん!実際に奴からの脅迫状も届いてるんだぜ?!」
「でも、とてもそんな風には思えなかったけれど…」
「元気ちゃんは、一体何て言ってきたんだい?」
「え?…すぐ、お母様にかわってって言われたから、かわったんだけど…」
「何て言ってたって?!」
そして次々に畳み掛けるゲッターチームに困惑したような微苦笑を浮かべながら、ミチルは答える…
自分が母親に聞いた、そのままを。
「…今晩は友達のところに泊まるから、夕飯要らない、って」
『は、はぁぁぁぁぁぁあ?!』
すっとんきょうな絶叫が、すぐさまにこだまして跳ね返る。
モニターの近くに立っていた弓教授は、その瞬間思わず両耳をふさいでいた。
「え、ええ…エルレーンさんもいっしょだから、って言ってたみたい」
驚きすぎて最早目は点、口はあごが外れんばかり。
愕然とするリョウたちを前に、甲児たちは思いもかけない展開にまごつくばかり…
…その次の瞬間、何故か司令室に奇妙な空気が流れる。
「な、な…」
「…」
動揺しきりのゲッターチームは、それでも何とかこのわけのわからない流れを理解しようとしだす。
「ど…どう思う、ハヤト、ベンケイ?」
「こ、これは…」
「ひょっとして、俺たちゃ元気ちゃんたちにかつがれてる、ってことなのか?」
「いや、でもそれにしちゃこれは手が込みすぎてるし悪質だぜ!」
「おうよ、それにあの脅迫状が何だったのかってことになるぜ」
「そうだ、早乙女研究所だけじゃなく、光子力研究所にも同時に来るなんてさ」
「…ねえ、本当に、それ本当なの?」
けれども。
それは、途中に割り入ってきた、もっともといえばもっともなミチルの疑問にとって断ち切られ。
『…』
そして、また三人は黙り込む。
もう、すっかり頭の中は混乱してしまって、何が何だかわからない。
一体何が真実だか、何が嘘だかわからない。
「…」
「…」
「…」
当然、それは光子力研究所側も同じ。
皆が皆黙りこくったまま、そうしてまた司令室に奇妙な空気が流れ出す…

「なあ、あんなもんでよかったのかよ、ゲンキ?」
一方。
こちらは、修理中の飛行要塞グールの内部。
その廊下を歩むは、元気にエルレーン…
そして、鉄仮面兵のグラウコス、鉄十字兵のルーカスだ。
ルーカスの問いに、元気は文字通り元気よく、力いっぱいうなずき返した。
「うん!…だってさあ、このまま僕らが夜に帰らなかったら、みんな心配するでしょ?」
「…ま、そりゃそうか」
そう。
先ほどゲッターチームを大混乱に陥れた電話連絡は、まさしくここから送られたのだ。
遠く離れた光子力研究所で今頃リョウたちが狼狽しまくっていることなどちっとも思いも付かないのか、元気はそう言って笑うのみ。
―と。
エルレーンたちを先導するグラウコスたちの脚が、ある部屋の前で止まった。
「…では、しばらくこの部屋でお休みください」
「うん!」
「食事の時間になったら呼びに来っからよ!じゃあな!」
「ありがとー!」
きっ、と開いた扉の向こうに見えた部屋。
そこは、おそらく「客室」と呼んでかまわないだろう―
最初に閉じ込められた部屋とは比べ物にならないくらい明るく、広く、調度品が整っている。
全身に疲労を感じたエルレーンと元気は、何も言わないままに添えつけられたベッドに寝転んだ…
先ほどまでの緊張が、ゆっくりとほどけていくのを感じながら。
そのまま、やわらかいスプリングのきいたベッドにうずもれ…十数分がたったころ。
がばっ、と、突如エルレーンが跳ね起きた。
「お姉ちゃん?」
「うん、ちょっと…」
「?」
呼びかけた元気に、軽い微笑を返し。
彼女は立ち上がり、部屋を出て…廊下を、あの場所に向かって歩く…
「…」


..."Captain's Cabin".


「…」
艦長室。ブロッケンの部屋。
その部屋は、またも鍵が開け放したままだった。
席をはずしているのか、それとも…「修理」が長引いているのか。
エルレーンは、中に入る。
広い部屋。美しいシャンデリア。そして…
「―!」
大きなテーブル、その周りを取り囲む椅子。
そのテーブルに、軍服が無造作に放り出してあった。
それはあの時彼が身にまとっていたモノに相違ない。
何故なら、無数に散っている切り傷や引き裂き傷がそこに在り、
その軍服の右腕部分は…上腕部で、破り千切れていたからだ。
「…ブロッケンさん」
エルレーンの相貌が歪む。
悲壮な罪悪感で。
思わず、彼女は軍服を手に取り…胸に抱きしめた。
軍服がぼろぼろになるほどまでに、犠牲を払ってまで、自分を救ってくれた―
と。
その時、何か堅い感触が、抱きしめた軍服の胸ポケットに感じられた。
「これ…?」
何気なく、それを取り出してみる。
右胸のポケットから出てきたのは…黒いカード入れ。
そして、それを開いてみた…
「!」
エルレーンの表情が…変わった。


と。
ちょうどその時、だった。
部屋の扉が、がちゃり、と音を立てて開く。
「!―お嬢、か」
「ブロッケンさん…」
振り返ったエルレーンの視線の先には、この部屋の主がいた。
彼は、自分を待ち受けていた少女の姿に、驚いたような表情を浮かべている。
「どうした?何故ここに…」
「わ…わ、私、あ…」


「…謝ろう、と、思っ、て」
「…」


「わ、私が、敵の罠にはまっちゃったから…そ、その、せいで、ロボットも壊されて、ブロッケンさんも…ッ」
「もういい」
また、わびの言葉を、自責の言葉を続けようとするエルレーンを、ブロッケンは軽く両手を伸ばして制止した。
そう、軽く両手を広げてみせて―
断ち切られた右腕は、そのことが嘘だったかのように…そこに、在る。
「見てのとおりだ。もう、何ともない」
「…本当?」
「ああ。…我輩は、『機械』だからな」
「…」
淡々と、ブロッケンはそう言った。
だが、それ故になおさら、エルレーンの表情に影が射す。
居心地の悪い空白が、二人の間を満たす。
…と、その時だった。
将校の瞳が、それを見咎めた。
「!…お嬢」
「あ…」
わずかに彼の表情が険しくなるのを見て、エルレーンはそれに触れてはいけなかったことを悟った―
…黒いカード入れ。
彼女の手の中に在るそれに、伯爵は冷たい視線を注ぐ。
「…見たのか」
「う…ご、ごめんなさ」
「…返して、くれるな?」
「う、うん」
静かだが、有無を言わせぬ口調で。
伸ばされた鋼鉄の右手に、恐る恐る少女はカード入れを渡す…
一瞬、手にしたそれに、一瞥をくれて。
そのまま、彼は軍服の胸ポケットにそれを仕舞い込む。
少女は、その光景をぼんやりと見つめていた。
…今なら、わかる。
彼が、あの白い幻惑の中で見たのが、誰だったのか。
過去と出会ったのだ、自分と同じように―
しかし、伯爵はそれに飲み込まれなかった。彼は、それを退けた。
ああ、それなのに、自分だけが…
自分だけが、その白い闇に喰われ、挙句の果てには狂気に操られた。
―視界が、曇る。
あふれてきた涙が、少女の瞳を揺らがせる。
「…」
「…また泣くのか、お嬢」
「ブロッケンさん…」
しゃくりあげだすエルレーンを前に。
ブロッケン伯爵は、少し眉をひそめる。
「や、やだな…どうして、また…涙が、出るんだろう…」
笑おうと、した。
笑おうと、していた。
けれど、無理やりゆがめた唇は震え、見開いた瞳からはこらえきれない涙があふれ出す―
エルレーンは歯を喰いしばり、それを止めようとした。
荒い呼吸。
高ぶる感情を落ち着けよう、落ち着けよう、として、なおさらにその呼吸が乱れ、彼女を崩していく。
ブロッケンの黒い瞳の中で、少女が―泣いている。
やがて、涙声で振り絞る彼女の言葉は、やがて自分を責めるものとなる。
「やだな…こんなの、やだ…ッ」
「…」
「やだ…何で、何で、こんな、私…よ、弱いんだろう?!」
「…」
「何で、こんな…弱くて、馬鹿な子なんだろう?!
あ、あんな、嘘のルーガに、騙されるくらい…ッ!」
「…別に、そうじゃないだろう?」
ぽつり、と。
ささやき声のような、小さな声で。
しかし、確かに言った…
今まで黙って少女の嗚咽を聞いていたブロッケン伯爵が、そう言ったのだ。
「ブロッケンさん…?」
「別に、お嬢が弱かったわけじゃないだろう。そう気に病むな」
驚きに、軽く瞳を見開くエルレーン。
そんな彼女に向かって、ブロッケンはもう一度言った。
ひとつ、ひとつ、慎重に言葉を選んで…
―と、こう次に彼が続けた時、彼の表情にもまた影が射す。
「仕方ないだろう、…あんなモノを見せられればな…」
「で、でも、…ブロッケンさんは、騙され、なかった。
わ、私だけ…私だけ、が、騙されて、あんなになっちゃって、」
「…お嬢」
―「あんなモノ」。
ブロッケンが見、そしてエルレーンが見たモノ。
死者の幻影。死者の幻惑。
少女はなおも己を責める、その幻影に取り付かれ、その幻惑に負けた自分を。
…ブロッケンは、少し、目を伏せた。
そうして、
「それは、お嬢が弱かったわけじゃない。…そうして、我輩が強かったわけでもない」
「…」
穏やかに、そう吐き出した。
あえて、少女から視線をはずしたままで。
「我輩と、お嬢とで、何か違っていたところがあったとしたら…
我輩のほうが、余計に年を喰ってたというだけだ」
「…?」
「我輩は、お嬢よりも…無駄に長く、この世に生きてきたものでね。
…お嬢ほど、夢を見られない。それだけのことだ」
「…ゆめ、」
おうむ返しに、繰り返す少女に向けて。
伯爵は、うなずいた。
「そうだ」


「…随分長い間、繰り返してきたからな…我輩は」
「何を?」
「…弔いを」
「と、むら、い?」
「そう」


「夏になる度、我輩は故郷(くに)へ帰る。そうして、そこにある墓に行くのさ」
「おはか?誰の…?」
「我輩の…」
間。
ふつり、と、ブロッケンの言葉が、止む。
黒い瞳に、鈍い光。
「…」
逡巡。
彼の顔に浮かんだのは、沸き起こるような苦悩。
それを言葉にすることを、彼の感情が拒んだのか。
エルレーンにもわかった、ブロッケンのそのこころが、
彼は想い起こしたのだ、彼の大切な人の事をそして、


―大切な人の、その死を。


…数秒の、間をおいて。
ため息とともに、ゆっくりと…彼は、その言葉を吐き出した。
「…我輩の、…大切な人の、墓だ」
「…」
「ともかく、そこへ行って墓参りをする。…その度に、思い知らされる。
あいつらはもう、死んで…この墓の下にいるのだと」
「…」
「そんなことを、毎年毎年繰り返す。我輩も年をとり、世界も変わる。
だが、あいつらは死んでいる…その事実だけは変わらん」
ぽつり、ぽつり、と、語るから。
その零れ落ちた言葉一つ一つを丁寧に拾い集めるように、少女は耳を傾ける。
軽く目を伏せ語られるその言葉は、少なくとも―
少女の心には、偽りとは響かなかった。
だが。
その言葉は、哀しかった。
とても、哀しく聞こえた。
「そうすれば、そのうちに夢を見なくなる…
あいつは、ひょっとしたら死んでいないのかもしれない、生きているのかもしれない、
…そんな、虫のいい夢をな」
「…」
「だから、あの時…呼びかけられても、すぐにそれを見破ってしまった」
「…」
「それだけさ、お嬢。ただそれだけ。だから…
それは、お嬢が弱いということではないのさ」
「…」
自分を慰めている、と言うよりは。
むしろ、それはそう語るブロッケン自身を貶めている言葉のようにも聞こえたからだ。
嗚呼、それが証拠に。
…彼は、今、哀しげに苦笑している。


「ブロッケンさんは、あの時…その人を、見た?」
「…ああ」
「…うれしく、なかった…?」
「…」


小さな声が、率直に問い掛ける。
伯爵が、空に視線をさまよわせる…
その空白こそが、その時の彼の逡巡そのものを思わせるようで。
「一瞬、迷った。…だが、すぐに思い直した」
だが、彼は答える。
少女は、問い掛ける。
「どうして…?」
「知っていたから」
「…何を?」
「…あいつらが、」
目を伏せる。
彼の答えは、静謐な確信に満ちていた。
「あいつらが、我輩に『死んでくれ』というはずがない、ということを」
「…!」
「あいつらは、我輩に…『簡単には死ぬな』と言っていたから」
「あ…」
「だから、我輩に『死ね』などとは絶対に言わない。…あいつらは、」
天を仰ぎ、息を吸う。
まるで、そこに誰かを想いうかべているかのように。
機械仕掛けの肉体の中で、ただ唯一、彼自身のモノである―脳。
鉄の冷たい頭蓋の中で、過去を夢見る、想い起こしている…


「…俺に、生きていることを願っていたから…」
「…」


「おなじ、だ…」
「ん…?」
かすれた声が、少女の喉から漏れる。
「あのね、ルーガもね…私に、そう言ったの」
「…」
「『できる限り、生きていろ』って…わからないことがたくさんあっても、いつかわかる時が来るから、って…」
「そうか…」
「そう、だよね…ルーガは、そんなこと、言わない…
ふふ、どうして、私…あんな嘘のルーガの言うこと、聞いちゃったんだろ…?!」
「…」
「!」
おどけながら、自らを貶める少女。
…その頭に、ぽん、と、大きな手がかぶさってきた。
彼女の黒髪を、くしゃくしゃと優しくかきなぜながら、将校は言った。
「…次は、騙されないさ。そいつの言葉を、忘れないでいられるならな」
「…うん!」
哀しそうに、だが柔らかな微笑を浮かべて。
消しきれない苦悩をその瞳に宿らせながら、ブロッケンは言った。
哀しそうに、だが柔らかな微笑を浮かべて。
消しきれない苦悩をその瞳に宿らせながら、エルレーンは答えた。


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