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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜furioso〜
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「ブロッケン伯爵、ダイマーU5に搭乗して出撃!」
「…」
鉄十字兵の報告を聞きながら、あしゅら男爵の視線は目の前の戦場から動かない。
強化ガラス越しに映る風景。
ミネルヴァダブルエックス。ダイマーU5。
そして…それに相対する敵機は、四体。
「あしゅら男爵、如何なさいますか?!」
「…」
「あ、あしゅら男爵…」
「…敵は、四体か」
しばしの熟考の後、あしゅらは物憂げに息をつく。
にらみつけたその両眼に、ちかり、と、決意の光が瞬いた。
「機械獣は、残り二体…二体とも出さねばならんだろうな」
「で、では…」
「無茶は承知だ。一人で二体を操縦するのは、かなりきついが…やるしかあるまい!」
あしゅらの瞳が、闘志に燃える。
戦闘に望む指揮官の意気が、瞬時に艦橋(ブリッジ)に満ちていく!
「バードスの杖の調整は?!」
「はい、終了しています!」
「よし!」
呼ばわるあしゅらの声に、すぐさま返答がこだまのごとく返ってくる。
「おい、ブロッケン、小娘!」
男爵は、既に出撃した二人に呼びかける。
自らもまた参戦する、と―!
「デイモスF3・ジェノサイダーF9は私が引き受ける!
とにかく、話はそ奴らを倒してからだ!」
「…そんなに怒鳴るな。やかましいわ」
「ふん!最初からそうしてればよかったじゃない!」
「…〜〜ッッ!」
…しかし、あしゅらに返ってくるのは腹立たしいセリフばかり。
怒りをこらえるあまりに、あしゅらのこめかみに思わず血管が浮き出たのも無理はない。
まったく、これから血で血を洗う戦いが始まろうというのに…
これでは連携も何もあったものではないではないか!
「あしゅら様!」
「何だ!」
「ば、バードスの杖です」
不機嫌なあしゅらに呼びかけた鉄仮面兵、怒鳴りつけられた勢いで5センチほど飛び上がる。
上司のいきなりの激昂に、怖じたように杖を手渡す兵士…
それは、細身の鋼鉄の杖。
だが、一見その何の変哲もない鉄杖こそが、男爵のすなる武器!
「…よし!」
己が武器を手に、あしゅら男爵は意気込む。
かつ、と、一歩前に歩み出た。
ガラス越しの戦場を睥睨し、男と女、二つの魂が研ぎ澄まされる―
今まさに戦いにおもむく、それは戦士の…!
「ねえねえ、グラウコスさん」
「何ですか?」
「お姉ちゃんも、ブロッケンさんも、ロボットに乗って出撃したのに、あしゅらさんはここにいていいの?」
…が。
そんなあしゅらのすぐ後ろで、緊張感も緊迫感も何もない会話。
ふわふわと浮かんできた元気のもっともな問いに、鉄仮面兵のグラウコスと鉄十字兵のルーカスが答えた。
「ああ、あしゅら様はここから機械獣を操縦できるのですよ」
「え?!ここから?!」
「おうよ〜」
驚いた元気に、へらへらと笑いながらのルーカスとグラウコスの解説が入る。
「あしゅら男爵はさ、あんまロボット乗って戦うってのが得意じゃねえらしいんだけど、そのかわり…何てったっけ?アレ」
「精神感応(テレパシー)だよ、精神感応」
「そうそう、それがずば抜けてるらしいから、あのバードスの杖って言うのを使って、離れた場所からでも機械獣を操れるワケ」
「もちろん、細かな操作は有人操縦には一歩譲りますが…ここからでも自在に機械獣が動かせますからね。
ブロッケン様もたいていはあの杖を使うのですが、やはりあしゅら様の精神感応(テレパシー)力ほどでは…」
「へーえ!」
「お前ら…一体何をそこでわちゃわちゃと!」
死闘がその口火を切らんとしているこの戦場において、能天気すぎる会話を交わす三人。
集中を乱されたあしゅらから、さすがに怒鳴り声が飛んできた。
…第一、「人質」の小娘が戦場に出たのも気に喰わないのに、もう一人の「人質」がこんな場所でふらふらしているとはどういう訳だ?!
「とっととその小僧を牢に連れていかんかッ!」
「やだッ!お姉ちゃんが戦ってるのを、ここで見てるんだッ!」
しかし。
声を荒げて命ずるものの、元気はそれにも負けないぐらいの大声で言い返してくる。
「馬鹿者!ここは危険だ!こんなところにいてはいかん!」
「イ・ヤ・だッ!」
「…ッ、お前も人の言うことを聞かない小僧だな〜ッ!」
どいつもこいつも我儘揃い。
小娘も、ブロッケンも、そしてこの小僧も…
この三連撃に男爵もとうとう耐えかねたのか、そう言うセリフの端々に疲れだか呆れだかの感情が混じり始めた。
―と。
「あしゅら様!」
「!」
「デイモスF3、ジェノサイダーF9、準備完了です!」
鉄十字兵の声が、彼をふと正気に戻す。
「よし…機械獣を出撃させるぞ!用意はいいか!」
「はいッ!」
命令とともに、ブリッジの空気が一変した。
張り詰めたテンションが、血なまぐさい戦の予感と絡み合う。
眠り続けていた機械の獣・機械獣…
あしゅら男爵のバードスの杖を媒介として、目覚めの呪文(スペル)をその身に送られる!
「デイモスF3、発進ッ!」
あしゅらの宣言。込める意思。
開かれた格納庫より空中に飛び出でる…
黒緑に塗り込められた悪魔の機械獣、デイモスF3!
「ジェノサイダーF9、発進ッ!」
あしゅらの宣言。込める意思。
開かれた格納庫より空中に飛び出でる…
空を自在に駆け巡る呪われし火薬庫、ジェノサイダーF9!
「!」
空間を引き裂くような音を立て、二体の機械獣がジェット噴射で空へと飛び出していく。
それを見ていたエルレーンに…
「お嬢」
「何、ブロッケンさん?」
「我輩たちの機械獣は、四体…今出てきたあの人型のデイモスF3は格闘タイプの機械獣、
戦闘機型のジェノサイダーは、見てのとおりの爆撃機だ」
「…」
「我輩の乗っているダイマーは、装甲ならおそらくこの四体の中で一番堅いだろう。
援護防御に適した機体だ」
ブロッケンからの通信。
淡々と機械獣の特徴を述べる彼の言葉を、エルレーンは注意深く聞いている。
「そして、お嬢…お前の乗っているミネルヴァダブルエックスが、単体での攻撃力なら最も強い」
「…」
「だから、お前が動くんだ、お嬢。我輩と、あの二体の機械獣は、お前のサポートに回る!」
「…うんッ!」
そして、力強くうなずく。
透明な瞳に、力が満ちていく―!
「ねえ、あしゅらさんッ!」
「…何だ、小娘」
と。
グールのブリッジに、エルレーンからの通信。
答えるあしゅらに、少女は問うた。
「この、ミネルヴァに…ミネルヴァダブルエックスに、『剣』って無い?!」
「剣、だと?」
「そう、つるぎッ!」
武器を、しかも「剣」を望む、少女の声。
「確か、あったはずだが…」
「どうすれば出せるッ?!」
矢継ぎ早に飛んでくるエルレーンの言葉に、あしゅらは少し顔をしかめた。
が、すぐに、そばに立つ鉄仮面兵に何やら問いかける。
「…なるほど」
得られた答えに軽くうなずき、今度はあしゅらから少女に通信を飛ばす。
「小娘!そのコックピット、並んでいるボタンの一番上の列…その、右端だ!」
「わかった!」
伝えられた情報が耳に入るや否や、エルレーンは言われたとおりのボタンを押す。
と…
軽い衝撃が、後方から伝わってきた。
「…!」
どうやら、内部に備え付けられていたその剣が、背中の射出口より発射されたようだ。
見れば、上空。
ぎらつく真夏の太陽光をまばゆく照り返す―長大な剣が、空を舞っていた!
「それは、『ミネルヴァブレード』!特殊合金で練成した剣だ、スーパー鋼鉄くらいなら切り裂ける!」
ミネルヴァブレード。
そう呼ばれた白銀の剣を、鋼鉄の女神は右手に捕らえこんだ。
その柄はしっかりと女神の手に握られ、
その切っ先はきっぱりと悪鬼に向けられ―!
「…それで、いいのだろう?!」
「うん!…ありがとう、あしゅらさん!」
そう、それはまさしく彼女の武器。
地下帝国・恐竜帝国に伝わる剣技「恐竜剣法」…
剣の妙技を余すところなく身に染ませた、戦乙女のための武器。
「これは、私の武器―」
完全なる防御、そしてその後に放つ強撃。
彼女の友が教えた剣技は、今は彼女とともに在る―
「私の剣!」
だから、それこそがまさしくエルレーンの武器なのだ!
「準備はいいか、お嬢!」
「うん!」
武器を手にした少女に伯爵が叫ぶ、
機械仕掛けの伯爵に少女が叫ぶ、
「我輩たちは、奴らの気をそらす!その時出来た隙に、お前の剣を叩き込め!」
「わかりましたなの!」
戦いが始まると叫ぶのだ。
「あしゅら、わかってるな!」
「敵を牽制しろと言うのだろう、それぐらいわかっとるわ!
…と言うより、私に命令するなブロッケンッ!」
鋼鉄の獣を操る男爵に伯爵が叫ぶ、
機械仕掛けの伯爵に男爵が叫ぶ、
「五月蝿いわ、行くぞッ!」
戦いが始まると叫ぶのだ、
戦いが始まると叫ぶのだ!

「ちっ…まだ出てきおるか」
「ふん、同数ではないか…まあ、これぐらいのほうが張り合いがあるというものよ」
「だな…!」
敵艦より飛び出してくる新たな二つの敵機の姿を見届けるのは、八つの鬼の目。
百鬼帝国の百鬼百人衆…暗邪鬼・燐王鬼・火輪鬼・恐角鬼は、その様を半ば不愉快そうに、半ば楽しげに見ていた。
この度の作戦に派兵されたこの四人は、長年の友人同士でもあった。
そして、幾多もの戦いをくぐり抜けてきた、百鬼帝国でも他の追随を許さぬ歴戦の強者でもある。
その四人が一同に会し、戦いに向かうというのだ―
負けることなど、敗北など、あるはずがない。
八つの鬼の目が、ぎらり、ぎらり、と光を放つ。
獲物を求めて、不吉にきらめき輝く。
「わしは援護する、燐王鬼と恐角鬼は奴らを!」
「おおう、任せておけ!」
「暗邪鬼、お前は―」
「わしは、隙を突いてあの娘のいる機体を封じる!」
仲間の問いに答え、暗邪鬼はにやり、と笑んだ。
そう、彼の狙いは一つ…もともとの標的(ターゲット)だった、あの娘!
「いかな機体と言えど、人型である以上!四肢を断たれては何も出来んだろうよ!」
「そして、その後…」
「メカ要塞鬼に略取する!」
「わかったッ!」
「よし、それでは…」
「行くかッ!」
『おおおおおおおおッッ!!』
勇士達の目が、獲物に向いた。
鋼鉄で出来た、獲物に向いた。
鬼たちが、吼えた―!
「―!」
「来る…!」
百鬼メカロボットが、動いた。
エルレーンの、ブロッケンの、あしゅらの身体に、圧迫感が満ちていく。
戦いの空気。引き攣るテンション。
最初に彼奴らを迎え撃ったのは―
あしゅら男爵!
「まずは、私からだッ!」
あしゅらが猛る。振り上げる杖。
全身を巡る力。練り上げる感応力。
「舞え、ジェノサイダー!」
精神を尖らせ、それ自体を武器とするように。
あしゅらの脳内に描かれたイメージが―そのまま、ジェノサイダーF9の軌道と変わる!
「?!」
雄たけびをあげて突進してきた鬼たち…だがその勢いは、それを見た瞬間に止まる。
空中高くに飛び上がった奇怪な戦闘機。
その長く伸びた両の翼…そこから、無数の何かが飛び出したのだ!
それはミサイル、雨のように降り注ぐミサイル、鬼たちを狙うミサイル群!
「く、何と言う量だッ!」
「ちっ、迎撃する!」
メカ火輪鬼が反射的にミサイルを発射しそれらを打ち落とそうとするが、如何せん数が多すぎる…
その様を見て取ったメカ恐角鬼も、すぐさまにそのフォローにまわった。
しかし…それはつまり、四機のうち二機が守りに入った、ということ。
「デイモス!」
そして、さらに―
あしゅらの意思が、デイモスF3を動かす!
唸りを上げて、黒金の悪魔が大地を翔ける。
その襲い掛かる目標は…メカ燐王鬼!
狙われたことに気づいた燐王鬼は、一瞬驚愕したようだったが…すぐに、その顔面に余裕の笑みが張り付いた。
デイモスは、一心不乱に、一直線に、一本槍に翔けて来る…
何と単調で芸のない攻撃なのか、燐王鬼はにたり、と唇をゆがめ嘲笑う。
メカ燐王鬼が、その木偶の坊のどてっぱらに、得意の鎖鎌を打ち放つ―!
「バカめ!何の策もないか、まっすぐ突っ込んできお…」
だが。
傲岸と不遜に曇った燐王鬼の瞳に、次に映った光景は。
その光景は、まさしく彼の想像を飛びぬけていた―
鎖鎌を叩き込まれた機械獣が、いや…叩き込まれそうになった機械獣が、四散した。
…鋭き刃がぶち当たるその前に、自ら四散したのだ!
放たれた鎖鎌はむなしく空を切る、今しがたまで標的が在ったはずの場所を!
「―な、なにいッ?!」
驚愕の叫びが、燐王鬼の肺腑から絞られる。
腕、脚、首、胴、腰、その全てのパーツがまるで意思あるもののごとく宙を飛び走る。
そしてメカ燐王鬼の周囲を、ものすごいスピードで飛び回る―
あたかもそれは、彼を捉える障壁のように!
「り、燐王鬼!気をつけろ!」
暗邪鬼の叫びが、燐王鬼の鼓膜を貫いた。
だが、思いもよらぬ攻撃に虚を突かれた彼の頭蓋は、もはや動転の局地にある。
自機を取り囲む肢体バラバラの機械獣に、惑わされ泳ぐ視線。
男の額を、冷たい汗が伝っていった…
―刹那!
「…!」
あしゅら男爵が、杖に念を送り込んだ刹那!
四散した身体は、再び人型に戻る…
メカ燐王鬼の、まさしくその背後にて!
「     」
今度は、驚きの声すらあげられなかった。
すぐさまに機械獣はメカ燐王鬼を羽交い絞めにする。
慌てて操縦桿を激しく動かすも、もはや遅かった。
デイモスF3の豪腕は、メカ燐王鬼を捕らえて離さない―
コックピットが、薄暗くなる。
影が射したのだ。
眩しい八月の太陽を遮ったその影の正体を己が目で見た時、彼は愕然とする。
そして愕然としたその次の瞬間に、全ては終わっていた…




退魔の剣を手にした鋼鉄の女神の一撃が、メカ燐王鬼を真っ二つに切り裂いた。
何の慈悲もなく、何の逡巡もなく。





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