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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜attacca〜
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「う、うわああああああッ?!」
「み、ミネルヴァダブルエックスが…ッ!」
飛行要塞グールのブリッジを、悲痛な叫びが埋めていく。
そこから見える戦場、その場所で今まさに―鋼鉄の女神が、爆発四散したのだ、
特攻をはかったメカ恐角鬼も、それを防がんと身を呈したデイモスF3も―!
「ぐ…」
あしゅらの相貌が、激痛に歪む。
デイモスF3を意のままに操るその代償として、奪われていく精神力。
だが、その苦痛の中でも、彼は見出していた。
(あの小娘は…ブロッケンが、助け出したか)
確かに、あの鋼鉄の女神のコックピットから。
あのいけ好かない機械人形が、あのいけ好かない小娘を救い出した―
それを、見た。
少なくとも、あの機械人形と小娘とは、あの窮地を脱した―はず、だ。
(もはや…限界か!)
その確信を得るのと、あしゅらのかろうじて保っていた意識が飛ぶのは、ほぼ同時だった。
握っていたバードスの杖が、重力にしたがって落ちていく―
「―!」
どさっ、という重い音が、ブリッジの床に響く。
思わずそちらを省みた鉄十字兵、鉄仮面兵たちの目に映ったのは…
「?!」
「あ、あしゅら様ッ!」
「あしゅら男爵?!」
前のめりに倒れ付した、長身の怪人の姿。
すぐさまに駆け寄って助け起こす兵士たち…
指揮官の突然の卒倒に、一瞬にして動揺の気配に包まれるブリッジ。
だがその中で一人だけ、早乙女元気だけは見ていた、
いまだ戦場の中で唯一健在たる、たった一つの機械獣、
命ずる司令塔を失って高空から堕ちて行く―
「…!」
「えっ、」
「お、おい?!」
元気は走った。
ルーカスとグラウコスの声が聞こえた。
振り向かない。
小さな脚が駆け、床を蹴り、
そして―
「それ」を迷うことなく掴み取る!
「!!」
その刹那。
まるで、自分を叩き割るような痛みが全身に走った。
同時に、すさまじい重力が身体中を襲う。
その重みに耐えられず、元気は床にへたり込む、
しかし彼は離さない、細い両腕で抱え込むようにして、
それでもバードスの杖を離さない―!
「う…う!」
「何をしてるんですか!」
「馬鹿、ゲンキ!離せよ!」
脂汗を流しながら激痛にうめいている元気。
当然だ、通常の人間でも機械獣を操るほどの精神感応力(テレパシー)をそうは持たない。
ましてや、まだ幼い子どもの元気が、あの機械獣を繰れるほどの精神力を持つはずがない!
そしてその重圧はすさまじい痛みとなって彼を襲っている、
ルーカスとグラウコスが、元気の無茶を止めようと手を伸ばす―!
「―!」
「?!」
しかし。
その杖に、彼らが手を触れた…一閃!
伝わった。バードスの杖を通して。
二人の頭蓋を貫くのは、彼の想念。
彼の狙い、彼の計画、彼の作戦、そのすべて!
「…そうか、わかりました!」
「お前マジ頭いいな、ゲンキ!…手伝うぜ!」
彼らも、応じる。
そして、握り締める…元気と同じ、想念を込めて!
「!」
途端に、元気を押しつぶしていた激痛と重圧が、ふっと弱まった。
少し息をつく余裕すら出来るほどに。
(軽くなった―さっきより、ずっと!)
窓の外を見れば、そこには―ジェノサイダーF9の姿。
もはや墜落することもなく、大空を飛んでいる…
そう、彼らの命ずるままに!
「う…!」
「…ッ、」
「…!!」
それでも。
大した精神感応力を持たない三人にとっては、機械獣にその意思を飛ばすだけでも相当の負担。
跳ね返ってくるフィードバックは、痛みとプレッシャーの形をとって。
「…ッ!」
それでも元気は、グラウコスは、ルーカスは、決してその杖を離さない。
精神力を込め、闘志を込め、その杖で命じる―
機械獣ジェノサイダーF9に命じるのだ!
と、その時。
ようやく立ち上がったあしゅらが、その光景を見た。
己が杖を勝手に手にし、何事かをやらかしている三人!
「お、お前たち!一体何を…!」
多少なりともうろたえたあしゅらは、頭痛をこらえながらそれでも彼らをとどめんとバードスの杖に手を伸ばした、
その、瞬間。
「―!」
あしゅらの頭蓋を貫くのは、彼らの想念。
彼らの狙い、彼らの計画、彼らの作戦、そのすべて!
「小僧、お前…!」
「そうだよあしゅらさんッ!」
窓の外でジェノサイダーは不安定ながら飛んでいる、
元気たちの思念をその糧として。
「たった一機残ったあの飛行機だけで、敵を全部倒す方法…!」
「…!」
搾り出すように吐き出した元気の声は、弱々しい。
しかし、その声には確信があった…
勝利の確信!
「あれは僕たちが!だから、あしゅらさんは―」
「…ああ、承知したッ!」
その絶叫は、あしゅらの惑いを吹き消す。
だから、あしゅらは…あしゅらのやるべきことを!
「兵よ!破壊光線発射装置にエネルギーを送るのだ!」
「破壊光線、ですか?!」
「ああそうだ!」
力強く命じる、兵たちに命じる!
「全エネルギーを送り込み、一撃に込める!」
「は…はい!」
「何秒かかる?!」
「に、二十…いえ、三十秒!」
「聞いたな小僧!」
あしゅらの言葉に、元気はうなずく、
「う、うんッ!」
「後少し持たせろ!」
「わかってるッ!」
油断なくその意思を、バードスの杖を介して―ジェノサイダーF9に注ぎ込みながら!
元気の、グラウコスの、ルーカスの意思どおり、
「ぐ…あ、後は、後は貴様だけだ!」
メカ暗邪鬼の剣を避け、かわし、それでいてつかず離れず、彼の注意をひきつける―
必要な時間は、三十秒。
その一秒一秒が、まるで鉛のように重く感じられる。
それでも、確実に時は進む。
後、二十秒。
「え、ええい、ちょこまかと逃げくさりよってからに!」
「あ、暗邪鬼様!」
「何だッ?!」
うっとおしい蝿のような機械獣を追いまくる暗邪鬼に、メカ要塞鬼からの通信。
「あの飛行艇が、何やら大砲のようなものの照準をこちらに…」
「やっかましいわい!そちらの防御くらい自分たちでやらんかッ!」
だが、彼は部下からの弱音を怒号で掻き消した。
後、十秒。
「ぎ…ッ?!」
「ううッ!」
メカ暗邪鬼の斬撃が、ジェノサイダーの翼をかすめる。
崩れたバランスが、三人の脳髄に痛みとなって伝わる。
それでも彼らはあきらめない、
後、五秒―
後、三秒―
後、一秒!
「エネルギー充填80…90…」
鉄十字兵のカウント―
「…100%!!」
「よしッ!」
が、とうとう終わった!
「小僧!」
「オッケー!」
あしゅらが叫ぶ。元気が応じる。
その一刹那を逃すな、と―!
「いくよ、グラウコスさん、ルーカスさんッ!」
「ええッ!」
「任しとけッつーの!」
元気の叫びに、応じる二人。
幼い少年と、鉄仮面の兵士と、軍服の兵士、
それでも今心の深奥にある思いは…唯一つ!
『いっけえええええええええええええええええッッ!!』
重なるのは、三人の雄たけび!
握り締めた魔杖へと伝わる熱が闘志が怒りが意思が、即座に電気信号で編まれた命令へと変わって
そして中空を舞う機械獣・ジェノサイダーF9に指示を届ける―!
「?!…な、」
暗邪鬼の瞳が驚きで見開かれる。
思わずこぼれた驚愕の台詞、だがそれを最後まで言い切るよりもはるかに速く、
コックピットの超硬質ガラスから透けて見える風景を一挙に覆った…
それは、鋼鉄の獣の巨体!
「にぃいぃぃぃぃぃッッ?!」
凄まじい勢いで叩きつけられた鋼鉄は、メカ暗邪鬼のボディに傷を、裂け目を入れる。
不吉な音を立てて、コックピットを守る透明な壁がひび割れる。
鬼はその瞬間、思わず恐怖で目を硬く閉じていた。
突如、逃げ回ることを止めた敵機は、今度は自機に体当たりをかましてきたのだ…
そう理解するのに数秒もかからなかった。
しかし、暗邪鬼の精神が、その奇襲にやられた動揺から立ち直る…
そのための時間など、もはやないに等しい。
踏ん張った両脚で地面を激しくえぐって抵抗しながらも、メカ暗邪鬼はどんどんとジェノサイダーF9に押されていく!
「ぐ、な、な…」
怯えで強張ったまぶたを無理やりこじ開け、汗ばむ手で握る操縦桿に力を込める。
思い切り体重をかけ操縦桿を押し込むものの、押されるその勢いが止まる兆しはない。
ジェノサイダーの燃焼するジェットは強大な推進力となり、メカ暗邪鬼をどんどんと押し続け―
そして。


がきゃん、と、今度は背後から襲う衝撃。
暗邪鬼はその時ようやく悟る、これがただの体当たりではなかったことを、
すぐに逃れなければ、と必死で操縦しようとしても、強烈なプレッシャーで押し付けられている
そう押し付けられているのだ、堅い堅い壁に
だからもはや左右にも上空にも逃げることができない
まるで箱にピン止めされた昆虫標本のように
メカ要塞鬼から部下たちが通信してくる悲痛な声がひっきりなしに聞こえる
メカ暗邪鬼の背後にいま在るのは、
そのメカ要塞鬼―!


「今だあしゅらさあああああああんッッ!!」
「心得たッ!!」


「破壊光線発射せよッ!!」
「了解ッ!!」
あしゅらが、元気の合図を受け―命じる!
鉄十字兵が、そのボタンを押した…!
「!」
全てを理解した時には、遅すぎた。
暗邪鬼の表情が、奇妙な笑みのような形に歪んだ―
予想もしない光景に、虚を突かれたのか。
…敵の飛行艇。その砲口。
ちかり、と瞬いたように見えた、とほぼ同時に…
そこから、真っ白に輝く光の流れ(ストリーム)があふれ出た!
「お、あ…?!」
間の抜けた音が、暗邪鬼の口から漏れ出る。
その間にも、光は一条の槍と化して空間を切り裂く。
まばたきをする合間すら与えず、その切っ先は貫いた―
メカ暗邪鬼を縫い止めたジェノサイダーF9を、
捕らわれたメカ暗邪鬼を、
そして、
その背後にあるメカ要塞鬼をも―!
数百トンもの鋼鉄の機構が、その中に燃える機関が、敵を討つべく備えられた火薬弾が、
光の槍に貫かれ、同じく光と化す…


すなわち、
大地を砕く爆砕―!
ジェノサイダーF9も、メカ暗邪鬼も、それらよりさらに巨大なメカ要塞鬼すらもすべて一緒くたにして…!


「…!」


光が、光が、360度全方向に奔って行く―
その荘厳な光のフィナーレが、元気たちの瞳を焼いた。
光の洪水の中で、あしゅら男爵はつぶやく…
この戦いの、終止符のごとくに!




「…勝った、な」

「我らの、勝利だ…!」





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