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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜a capriccio〜Movement 3
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「ははは!喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ!」
「火輪鬼と燐王鬼の仇だ!吹き飛べ!散れ!木っ端微塵にッ!!」
泣きながら。笑いながら。怒りながら。叫びながら。
無数のミサイルを撃ち放ち、剣を振りかざす。
メカ暗邪鬼とメカ恐角鬼の猛攻を前に立ち向かうは、あしゅらの操る機械獣ジェノサイダーF9、デイモスF3のみ!
「!」
あしゅらの頭蓋を、またもや痛みが貫く。
集中すればするほど、その反動は大きく彼を襲う。
しかし、今膝をつくわけにはいかない―
何故なら、今戦えるのはその二機のみ…
「ブロッケン…!」
必死で迎撃し、放たれるミサイルを打ち落とす。
伯爵のダイマーU5は、背後からミネルヴァダブルエックスを押さえ込んだまま…動けない!
「お嬢!正気に戻れッ!」
その中で、必死にミネルヴァの両腕を押さえ込んだままで。
ブロッケン伯爵は、コックピットの少女に訴えかける。
「…」
「お嬢、『人間』は死んだら終わりなんだぞ?!
お嬢はこんなところで死ぬために生きてたわけじゃないだろうがッ!」
「…」
「…〜〜ッッ!!…お嬢!我輩のほうを見ろ!我輩の言う事を聞けぇッ!!」
だが…
返答は返らない。何も返らない。
コックピットの強化ガラスの向こうに、ミネルヴァダブルエックスの操縦席―
分厚いガラスに隔てられた向こうに、確かに彼女の姿が見えるのに!
―ところが、その時。
少女の首が、ぐるり、と振り向き、
濁った透明の瞳が、確かに、伯爵を―射た。
「?!」
伯爵は、思わず息を呑む。
自分の声が届いた、と言うにしては、その瞳はあまりに病んでいたからだ―!
途端、ダイマーU5の全身に衝撃が奔り、一瞬油断した伯爵を動じさせる。
腕を強く振り払われた、のだ。
鋼鉄の女神が、とうとう機械獣ダイマーの拘束を打ち破ったのだ、
そして次の瞬間―!


「…な、何、」
ブロッケンの喉から、かすれ声が漏れた。
「ブロッケンさんッ?!」
「…!」
元気の驚愕の声。あしゅらの目にも、その光景がはっきりと映った―


ミネルヴァダブルエックスの右腕が踊った。
そして、その拳に握られた鋼鉄の剣は、流れるごとく空を裂き…過つことなく、右腕と左足を断ち切った。
…百鬼メカではなく、ダイマーU5の右腕と左足を!


揺らぎ、かしぐ。
「ダイマーU5、右腕、左脚欠損ッ!損壊率、76%…!」
「ぐうッ?!」
そのまま、地面に…無様に、崩れ落ちる。
衝撃に苦悶の表情を浮かべる伯爵。
ダイマーU5が最早戦闘不能であることは、誰の目にも明白であった。
しかも、敵の攻撃によるものではなく…味方の手による斬撃によって!
あまりの異常事態に、飛行要塞グールの艦橋(ブリッジ)がどよめきで満ちる。
ダイマーU5のコックピット、グールの通信機から、狂乱の少女の言葉が伝わる…
「…ごめんね、ブロッケンさん?」
「!」
「小娘!」
うっとりと、甘やかな声。ふわふわと、夢心地のような声。
穏やかで何の動揺もないその口調は、それゆえに狂乱そのもの。
「…でも…邪魔、しないで?そこで、じっとしててよ」
「お、お嬢、だがッ!」
「うふふ…どうしたの?どうして、そんなに怒ってるの?」
くすくす、と笑んでいる。楽しそうに、笑んでいる。
顔が見えなくともわかる、何とうれしげなのか。
「ルーガが迎えに来てくれたんだよ?私を、連れに来てくれたの!」
「…!」
誇らしげに。高らかに。
通信機から伝わる、少女のはしゃぐ声は、それゆえに狂乱そのもの。
「うれしいな…ルーガが私を『連れて行っ』てくれるんだよ!」
「お、お嬢…!」
ブロッケンの動揺する声も、少女は聞いてはいない。
彼女はただ、白い闇の中、彼女の愛する女(ひと)の命ずるままに。
ミネルヴァダブルエックスが、向き直る。
百鬼メカたちが戦う、その場所に向き直る。
「ああ…うれしいな、私…また、ルーガと一緒にいられるんだね」
「お姉ちゃん!ダメだよッ!」
「お嬢?!お嬢ッ!」
一歩、また一歩。
歩きはやがて走りに変わる。
無防備なまま、敵のミサイル群が、敵の斬撃が飛び交う場所へ向かって。
彼女の愛する女(ひと)がそう命じたのか、
そこへ行って、砕かれ「死ね」と―!
「ルーガ、私を…『連れて行っ』て、…ルーガのいる場所へ…!」
「お姉ちゃあああああん!お姉ちゃああああああん…ッ!!」
「…!」
どくん、と、あしゅらの心臓が強く脈打った。
心筋の収縮によって押し出された血液は、瞬く間に全身の血管をめぐり…力と熱を身体中に散らばしていく。
あしゅらの脳裏に、光がちらついた。
それは、彼の中…遠い記憶、遠い想い、そしてそれらが生み出す強い強い感情をはじけ飛ばす…!


…くそッ!
「母親」の姿を借りて、「子ども」を死の淵へ引きずり込むというのかッ?!
何と、ふざけた事を!何と、忌まわしい事を!
何と、罪深い事を…ッ!!


「…ないッ…!」
「え…?!」
「許さない…そんなこと、決して許さないッ!」
はじめは小さく漏れたそれは、だんだんと力と熱をはらんで大きく響く。
「あ、あしゅらさん…?!」
「このままあの小娘を、むざむざ殺させてなるものかッ!…私は、」


「私は、絶対に、嫌だ…!」
「…!」


精神を研ぎ澄まし研ぎ澄まし針のように尖らせきりきりときりきりと尖らせ、
狙うのは、ただ、その一点!
(…しっかりその小娘を守れよ、「ルーガ」とやらッ!)
あしゅらは、バードスの杖を振り下ろした―


その瞬間、誰もが目を見張り、思わず息を詰めた。
百鬼メカをひきつけていたジェノサイダーF9が、その向きを180度変えた―!
「?!」
「な…」
「あ、あしゅら?!」
放たれたのは、小型のミサイル弾―
だが一直線に飛んでいくそのミサイル弾が狙うのは、敵である百鬼メカにではない…
こちらに駆けて来る、ミネルヴァダブルエックスに向かっていくのだ!
ミサイルはまっすぐにミネルヴァに奔る、そして―
違うことなく、その頭部…
エルレーンのいるコックピット、そこをわずかにかすめ、緩やかに湾曲した鋼鉄のプレートに着弾した、
それはあしゅら男爵の狙い定めたとおりに!
「きゃあ…ッ?!」
ミサイル弾が炸裂する強烈な衝撃がコックピットを襲う。
火薬が燃え、破裂し、コックピットを覆う強化ガラスが粉々に砕け散る!
「…つうッ…?!」
あまりのことに思わず目を閉じたエルレーン。
しかし、突如額に走った熱、そしてそれに続く痛みに、意図せず顔をしかめる。
吹き飛んだガラス、その一片が、エルレーンの額をかすっていったのだ。
彼女の白い肌を、真っ赤な血がつたっていく―
その時、突然の異変に惑うエルレーンを、二つの声が貫いた。
そうだ、確かに貫いた―
真っ白な闇を貫いて、叫ぶあしゅら男爵の声が、確かに少女に聞こえたのだ!
「…痛いだろう、小娘!その痛み、確かにお前は感じているだろう!」
「…!」
「だがな、小娘!…それは、お前が生きている証、お前のいのちそのものなのだ!」
「あしゅら、さん…?」
白い闇が、揺らいだ。
外から伝わるその声が、揺らがせた。
いつの間にか、あの女(ひと)の姿は消えていた。
ぽたり、と、腕に、熱い何かが落ちるのを感じた。
ぼんやりと視界に映るそれは、真っ赤な血。自らの流した、血液。
傷口から流れる血が、頬をつたい、落ちたのだ。
その赤さが、白い暗黒の中で、異様にぎらつきを放つ。
「小娘!死人は、何も語りはしないッ!語るのは、今という時を生きる生者のみだッ!
…お前が、今その痛みを感じているのなら!
お前は、そのありもしない妄言に耳を傾けてはならないのだッ!」
「…」
あしゅらの言葉が、なおも響く。
もはや動きを止め、立ち尽くしたままでいるミネルヴァダブルエックスのコックピットの中で。
エルレーンは、無意識のうちに―自分の胸に手を当てていた。
心臓の鼓動を感じる。極端に速く、早鐘のように打つ鼓動。
血液を全身に散り巡らす、赤い血を。
「それにッ…!」
そして、
あしゅらはこう断言したのだ―
「…我が子を黄泉の世界へ『連れて行こう』とするような『母親』がいてたまるかァッ!」
「!」
「小娘、思い出せ!…お前の『母親』は、そんなことを望みはしなかったはずだッ!
思い出せ!お前の『母親』は…一体、何と言っていたッ?!」
そうだ。
ルーガは、そんなことを言ってはいなかった。
では―彼女は、自分に、何と言っていたのだろう?
ああ。
知っている。
確かに、知っている。
「…ルー…ガは…」
「思い出せ!」
ああ。
そうだ。
思い出した。
ルーガは、私に―
「!…そうだ…ルーガは、ルーガは、ッ」
エルレーンの瞳が、ちかり、と瞬いた。
開かれた瞳から、濁った闇が晴れていく―
「ルーガは、私に…『生きていろ』、って、言ったんだ…」
「!」
その唇から放たれる声が、だんだんと力強くなる。
幻惑の闇から抜け出し、彼女の精神が目覚めはじめる…
白い闇が、ぐずぐずと溶けて消えていく。
自死を誘う幻影が、溶けて流れて消え失せる―
「ルーガは、私を、守ってくれた…ルーガは、私に!」
そして、少女は全身で絶叫した―!


「…ルーガは私に、『生きていろ』って言ったんだああああッ!!」


「!」
「小娘…!」
スピーカーを奮わせる、少女の渾身の叫び。
声をからした、泣き叫ぶような、空気を引き裂く声。
少なくともそれは、先ほどまでの穏やかな狂乱の響きを持ってはいなかった―!
「は…っ、はあ…ッ?!」
大きく息を吸い吐く、あまりの呼吸の苦しさに。
激しい動悸に、身体中が軽く汗ばむ。
その中で、エルレーンは…激しく暴れる心臓を落ち着かせながら、混濁する思考を何とかたてなおさんとする。
「う…わ、私…?」
「お姉ちゃん!」
通信機から伝わる少女の声に、元気が涙ぐむ。
「…!」
「正気に、戻った…!」
あしゅらの、ブロッケンの表情に、安堵の色が漂う…
どうやら、あの小娘も。
邪悪な真っ白い幻惑の夢から逃げ延びることが出来たようだ―!
「わ、私、私、あ…」
しかし、通信機から響くその言葉が、やがて涙混じりのものになる。
それは自分が今しがたしでかした同士討ちを悟ってのことか、
それともひどく魅惑的で甘美で、それゆえに残酷な夢を見せられたことにショックを受けてのことか。
だが―哀しんでいる間など、ない。
「〜〜ッ…ちいッ!どうやら、彼奴も正気に戻ったようだ!」
「仕方あるまい!ともかく一機はつぶれた、やるぞ!」
「!…来るぞッ!」
百鬼メカロボットたちも彼女の復調を知ったか、まだ体勢の整わぬうちをと狙って一挙に飛び掛ってくる…!
コックピットが砕け散り無くなった操縦席からは、彼女の目にはその光景が直に見える。
「…よくも」
ぎりっ、と、噛み締められた奥歯が音を立てる。
少女の透明な瞳に、黒く、熱い怒りが燃え上がる。
「…よくも、よくも、よくも…ッ!」
あの女(ひと)は、少女にとって大切な「トモダチ」だった。
あの女(ひと)は、少女にとって大切な「母親」だった。
その「トモダチ」を、「母親」を…
彼らは、自分を殺すための道具にした!
「よくも、ルーガを…私の大切な人をッ!!」
少女の怒号が、戦場の空気を砕き、通信回線をほとばしる。
すでに起動不能となった、機械獣ダイマーU5のコックピット。
その中で、機械仕掛けの伯爵も、その怒号を聞いた―
「…ふん。それで、いいのさ」
少しばかり、憂いと哀しみがその顔に射す。
少女の激怒が、少女の苦痛が、彼にも手に取るようにわかる。
わかるのだ―
彼もまた、同じモノを見させられたのだから。
それ故に。
彼もまた、立ち上がった―




「…それでいいのさ、お嬢ッ!」





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