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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜a capriccio〜Movement 1
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"Warum lebst du noch? Trotzdem sollst du schon tot sein."
(どうしてまだ生きているの?もう死んでいなければならないのに)



「?!」
刹那。
それは本当に、一刹那の間で起こった。
機械獣ダイマーU5のコックピットで操縦桿を握っているブロッケン伯爵の目に映る全てが…真白に染まったのは。
(これは…何だ?!)
爆発の白光ではない、閃光でもない。
戦場の風景も、敵機も、味方機も、いやそれどころか自分以外のすべてのモノが消え失せ、白一色になった。
一瞬で消えることすらなく、まるで彼だけがその何もない白い空間に放り出されたかごとくに―
光景の異様さに、さすがの伯爵も少し動じた…
が、鋼鉄の伯爵の精神は冷静に、すぐさまに考えられる推測を見つけ出さんとする。
(敵の攻撃か?…いや、それにしても―)


"Warum lebst du noch? Trotzdem sollst du schon tot sein.
(どうしてまだ生きているの?もう死んでいなければならないのに)"



「―!」
それは、声だった。
真っ白な空から、やさしく降ってきた。
耳元にそっと落ちてくる、親愛をこめた声。
「な、に…!」
驚愕に締め上げられた喉が、かすかな声をあげた。
途端、「それ」を見た伯爵の無表情が砕け散った。
いつも彼が顔に貼り付けている、他人を遠ざけ拒絶する仮面が。
もしもダイマーU5のコックピットに、通信機のみではなく、映像を送るカメラがついていたならば。
そこから送られてくる彼の映像に、おそらくあしゅらたちは声を失っていただろう…
今まで地獄城の者が誰も見たことがないくらいに、
怯え、驚き、苦しみ、それでいて
眼前にあるそれから目を離せないでいるその表情―!


"Warum lebst du noch? Trotzdem sollst du schon tot sein.
(どうしてまだ生きているの?もう死んでいなければならないのに)"



...Nein...nein, das kann nicht sein...!
(こんな…こんな、在り得ない!)」
その声の主は、ゆっくりと、ゆっくりと、ブロッケンのそばに降り立つ。
彼の記憶の中に在るものと、寸分たりとも変わらない姿で。
動揺した彼の唇から、震える言葉が零れ落ちる。
真っ白な世界の中で、その言葉は聞く者もなく散っていく。
「…おい?!どうした、ブロッケン、小娘!」
だから、どれほど通信機が大声であしゅらの叫びを代弁しても。
どれほど彼がブロッケンたちを呼ぼうとも。
もう、ブロッケンには届かない。届くはずがない。
何故なら、彼は―既に、敵の術中に堕ちた。
Nein...das glaube ich nicht, unglaublich,
(違う…信じない、信じられない、)」
「どうしたと言うのだ!返事をしろ、ブロッケンッ!」
あしゅらの叫びは、もはや幻覚の厚い壁にさえぎられて彼には聞こえない。
真っ白い幻惑に包まれ取り囲まれ押し抱かれた機械伯爵は、今やその影たちに襲われその正気を失わんばかりだ。
その瞳は彼らに注がれ、釘付けされ、
唇から漏れるその声音には、恐怖と動転。
だがその中に、確かに―
確かに、喜びの色すらが、わずかにではあるが混ざりこんで!
Warum seid ihr―!(何故、お前たちが―!)」


"...'Warum'? Ha, mach keine Scherze! Du weisst schon das gut, Dracula?
(…何故?へん、馬鹿を言うなよ!よくわかってるだろ…ドラクゥラ?)"

若い男は、そう言った。
彼の故国の言葉で、そう言った。
あの時、あの場所で、彼に向かって口にしたように。
「…」
伯爵は、無言。
無言のままで、彼の言葉を聞いていた。
"Ich habe mir Sorgen um dich gemacht...Du siehst immer traurig aus...
(心配していたのよ…アンタはいつも、哀しそうで…)"

若い女は、そう言った。
彼の故国の言葉で、そう言った。
あの時、あの場所で、彼に向かって口にしたように。
「…」
伯爵は、無言。
無言のままで、彼女の言葉を聞いていた。
"Du bist alleine. Du bist einsam. Du kannst niemandem vertrauen...Ja?
(お前は一人ぼっちだ。お前は孤独だ。お前は誰も信じられない…そうだろ?)"

「…」
若い男は、静かにそう言った。
その瞳に、違うことない彼への友情を込めて。
ささやく闇の言葉。仄暗い闇の言葉。
「…」
伯爵は、無言。
無言のままで、彼の言葉を聞いていた。
"Du fehlst ihm. Du fehlst mir. Ohne uns fuehlst du dich sehr einsam.
(彼がいなくてさびしい。私がいなくてさびしい。私たちがいなくて、ずうっと孤独)"

「…」
若い女は、静かにそう言った。
その瞳に、違うことない彼への愛情を込めて。
ささやく闇の言葉。仄暗い闇の言葉。
「…」
伯爵は、無言。
無言のままで、彼女の言葉を聞いていた。
"...Warum bist du hier?
(どうしてここにいるの?)"

女は、金髪の女は、穏やかに問いかけた。
真っ蒼な瞳が、伯爵を、伯爵の魂を捕らえこむ。
澱んだ、濁った瞳で、伯爵は彼女を見上げる。
一切のけんのない表情。
女の言葉に、為す術もなく、何の抵抗もなく、彼はただそれを聞いている。
"Du siehst schon ziemlich muede aus.
(もう、疲れきってるんだろ)"

男は、金髪の男は、穏やかに語りかけた。
淡い翠の瞳が、伯爵を、伯爵の魂を捕らえこむ。
澱んだ、濁った瞳で、伯爵は彼を見上げる。
一切の苦悩のない表情。
男の言葉に、為す術もなく、何の抵抗もなく、彼はただそれを聞いている。
"Warum haeltest du aus?
(どうして耐えているの?)"

そうだ。
何故、俺は耐えているのだろう。
何故、俺は…お前のいないこの世界で、なお耐えているのだろう。
"Dein leben ist nur leer und schmerzvoll geworden.
(生きてることも、もう空っぽで苦痛でしかないんだろ)"

そうだ。
何故、俺は生きているのだろう。
何故、俺は…お前のいないこの世界で、なお生きているのだろう。
「…」
親愛を、友情を、愛情を込めて。
二人の幻影が呼びかける。
伯爵に向かって呼びかける。
同じ言葉はリフレイン。
伯爵に向かって呼びかける。


"Warum lebst du noch? Trotzdem sollst du schon tot sein.
(どうしてまだ生きているの?もう死んでいなければならないのに)"



「…」
伯爵は、ゆっくりと息をついていた。
全身に張り巡らされていた力が、すうっと引き抜かれていく。
彼らの言葉が、理解できた。
彼らの望みが、理解できた。
彼らの願いが、理解できた。
それはきっと、自分自身も心の底で想い続けてきたものと同じなのだ。
そう、だから、彼らはこう言うのだ。
"...Na, gehen wir zusammen? Dann sind wir hier.
(…ねえ、一緒に行きましょう?だから、私たちここに来たのよ)"

女は、やさしく促してくる。
一緒に行こう、と促してくる。
ささやく闇の言葉。仄暗い闇の言葉。
「…」
伯爵は、無言。
無言のままで、彼女の言葉を聞いていた。
"Das muss schwer fuer dich sein...Reicht das? Gehen wir zusammen?
(つらいだろ…もう、いいじゃねえか?一緒に行こうぜ?)"

男は、やさしく促してくる。
一緒に行こう、と促してくる。
ささやく闇の言葉。仄暗い闇の言葉。
「…」
伯爵は、無言。
無言のままで、彼の言葉を聞いていた。
そんな伯爵を、絶えることのない微笑みを浮かべながら、二人が見つめている。
"Findest du nicht auch?(そう思わない?)"
女は、金髪の女は、そう言いながら微笑うのだ…
その声は伯爵の耳に心地よく響き、彼の脳を酔わせ、まともな判断力を奪っていく。
一緒に行こう、と促してくる。
…だが、しかし。
次に、女の柔らかい唇が、その言葉を紡いだ瞬間―
伯爵の夢は、冷たく醒めた。
ガラスが砕け散るかのごとくに、唐突に。


"Mi-----"


その言葉が、伯爵の鼓膜を揺らした瞬間だった。
彼の全身が、表情が、凍りついた。
今まで、安らかな…いや、何の抵抗もしない様子で、彼らの言葉を聞いていた伯爵が。
「…ッ!!」
そして、鋼鉄の男の表情が、一変する。
ぎりぎりとつりあがる目。喰いしばられる歯。
そして彼の瞳に燃え上がったのは―
黒い激怒!


Halt den Mund, Phantome!
(黙れ、幻影ども!)」


伯爵が、叩きつけるような勢いで叫ぶ。
真っ白い空間に跳ね飛び、ぶち当たり、跳ね返り、反響する。
Schweig, das moechte ich gar nicht hoeren!
(黙れ、聞きたくもないわ!)」
絡みつくそれらを振り払うように。
自分の魂を篭絡しようとしたそれらを振り払うように。
嗚呼、だが―
何と邪悪で恐ろしいのか、その幻影は。
"Warum, Dracula?(どうしてだ、ドラクゥラ?)"
"Warum?(どうして?)"

そう彼の愛おしい人たちの姿で
彼の愛おしい人たちの声で
彼の愛おしい人たちの瞳で
彼の愛おしい人たちの表情で
その表情を、まるで「傷つけられた」と言うような哀しげな表情に変えて
さいなむように、責めるように、なじるように、とがめるように。
お前を助けに来てやったのに。
お前を呼びに来てやったのに。
お前を救いに来てやったのに。
お前を連れに来てやったのに、と。
伯爵の心がそれによって引き裂かれるように。
その思惑通り、伯爵の瞳は罪悪感で軽く揺らぐ。
愛おしい人たちのその姿が、何より彼を苦しめる。


…けれど、だけれども、それでも。
女が、彼の愛した人と同じ姿をした、同じ声をした、同じ瞳をした、同じ表情をしたその女が、
彼のことをそう呼ぶことだけは許せなかった―


"Warum, Mi―(どうして?ミ―)"


...Verdammt!(畜生ッ!)」
だから、罵倒でそれを封じ込めた!
伯爵は叫んだ。伯爵は吼えた。伯爵は唸った。
まるで今にも泣き出しそうな顔をしながら。
愛おしい人たちを傷つける、その痛みに己自身をも切り刻みながら。
Nie ruf mich...Nicht ruf meinen 'Name', boshafte Phantome!
(俺を呼ぶな…俺の『名前』を呼ぶなッ、邪悪な幻影め!)」
幻影を。
己を惑わす幻影を斬る。
さえぎることで、断ずることで、突っぱねることで拒絶する。
そして、伯爵は両目を堅く閉じ、目の前の全てを断ち切って、二人の幻惑を振り捨てて、
精神力の全てを振り絞って、叫んだのだ―
それはあたかも、慟哭のようでもあった!


「―Verschwind!(―消え失せろッ!)」


ぱきん、と、言う音が、自分の中で聞こえた気がした。
その音に驚き、思わず眼を開けてみると―
そこはもうすでに、あの真っ白な監獄ではなかった。
コックピット。強化ガラス越しに見える山々の風景。
百鬼メカロボット。機械獣。
そして…あの二人は、もう何処にもいなかった。
「…」
そこに到り、伯爵はようやく気づく。
今彼が見た世界は、全て…彼奴らの発したあの光線が見せた、幻だったことに。
一瞬そのことに虚を突かれ、次の瞬間に…全てを理解したブロッケン伯爵の全身に、憤怒の感情がめぐっていく。
それは、伯爵の逆鱗に触れた。
それは、伯爵の誇りを何よりも傷つけた。
彼が何よりも大切に想う人々を侮辱した、そのことは彼を何よりも怒り狂わせた。
...Beleidige mich nicht,
(…我輩を侮辱するなよ)」
伯爵の黒い瞳に、どす黒い憎悪が浮かび上がる。
己の深奥に在るもっとも尊いモノに、無遠慮な汚れた手で触れようとした愚者を蔑み呪う。
その両目は今、目の前の百鬼メカロボットどもをねめつける。
まるで炎のように、ちらちらと彼の内側で―鋼鉄の機構の中を駆け巡るように、灼熱の感情が燃えている、
…全てを焼き尽くす、憎しみの黒い炎!




Das wird euch noch Leid tun, Idioten!
(後悔させてやるぞ、愚か者どもめッ!)」





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