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◆ 最後の満月の日、一つの約束
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エルレーンは、じっと何かを見つめていた。
恐竜帝国マシーンランド、その中のキャプテン・ルーガの自室…
実質的なものを重んじる彼女らしく、余計なものの一切置かれていない部屋…で、一人彼女は、何かを見つめている。
それは、カレンダーだった。恐竜文字で書かれたそれを、彼女は真剣に見つめている。
(…あと…1ヵ月半、か…)
彼女は胸の中で、ぽつりとそうつぶやいた。
そう。彼女に残された時間は、確実に、確実に失われていた…24時間、1週間、そしてあっという間に…4ヵ月半が過ぎていた。
最近、彼女はそのことを思うにつけ、ふっと気持ちが重くなることに気づいていた。
…「死」。元々、生まれてから半年で…それが来ることは知っていた。
しかし、今まではそのことについて考える事はあまりなかった。
ただ、「ああ、そうなのか」と思うだけだ。
…だが、「死」ということを身近に見てしまってから…あの、大切な友達であった、仔猫たちの「死」を見てから…
自分の中で、何かが生まれたことを、彼女はぼんやりながら、確かに感じていた。
(私も、あの子達と同じ場所に行く…)
以前、キャプテン・ルーガが言っていた事を思い出す。全てのイキモノは、死ねば同じ場所に行くということを…
そのとき、がちゃりと扉が開く。その音が彼女の思考の流れをストップさせた。
「エルレーン。…これで、いいか?」
キャプテン・ルーガだ。
5、6冊ほどの本をその腕に抱え、部屋の中に入ってきた。それらを机の上にどさりと置く。
「…うん!ありがとう、ルーガ!」
それを見たエルレーンの表情がぱあっと明るくなる。
それは彼女がキャプテン・ルーガに頼んでいた本だった。早速その中から一冊とり、パラパラとめくっている。
「…ああ。…お前、本当に…本が、好きだな」
「うん!…だって、いろんな事が書いてあるもの…いろんな事を、知るのは、楽しい…よ!」
そう言いながら、本を胸に抱き、にっこりと笑いかける。
しかし、邪気のないその笑顔を見ながらも、キャプテン・ルーガはまたあの思いが胸にわきおこるのを感じずにはいられなかった。
(…それは…お前の「未来」に、あらかじめ決められた終わりがあることを…知っていてもか、エルレーン…?)
先ほど部屋に入ったとき、エルレーンが見つめていたもの。
それは、カレンダー。…初めて彼女と会った時から、それは数回繰られ、既に秋の到来を告げていた。
そして、晩秋に…彼女の「死」が訪れる。
キャプテン・ルーガは戸惑わざるをえなかった。
エルレーンが自ら動き、「闘う」事以外のことを学びつづけていることに…それがやがて彼女の「死」を迎えた時、どうなるのか。
だが、今目の前にいる少女は、そんなことにまったく頓着していない様子で本を読み流していた。
「それじゃあ、借りていくね…っと!…あっ!」
エルレーンが本を抱えて机から持ち上げた瞬間、彼女の手がうっかりおいてあった宝石箱に触れてしまった。
宝石箱は机からかつんと音を立てて転げ落ち、床に落ちる…中に入っていたものが数個、開いた口からこぼれおちた。
「おいおい…」
苦笑しながら、身体をかがめそれを拾い始めるキャプテン・ルーガ。
「ご、ごめんなさいなの!」
慌てて本を床に置き、エルレーンもそれを手伝う…と、その視線があるものを見つけた。
「…ん?」
キャプテン・ルーガもその視線に気づく。
その視線の先にあるものをひょいとつまみあげた。
「ねえ、ルーガ。…それ、なあに?」
「ああ、これか?…これは、火龍石だ」
そう言いながら、ちょっと手にもったそれを傾け、エルレーンに見せてやる。
それは、透明な赤い石がはまった銀のペンダントだった。
その透明な輝きを、エルレーンは興味深げに見つめる。
「…カリュウセキ?」
「そうだ。…火龍石は、戦士のお守りとなる石といわれていてな」
キャプテン・ルーガが笑顔で説明する。
火龍石…人間の世界では「ルビー」と呼ばれるコランダムだが、ここ恐竜帝国では戦の際、そのものを守ってくれるものとして珍重されている。
その石の周りに銀で繊細な彫刻が施されたそれは、キャプテン・ルーガが最も大切にしているものの一つだった。
「お守り?…お守りなの、これ?…キレイ」
うっとりした目で火龍石を見つめてはなさないエルレーン。
「そうだ…これは、私が50の成人の誕生日に、両親からもらったものだ」
「…ふうん、誕生日、に…」
じっとそのペンダントを見つめるエルレーン。
その時、「誕生日」という言葉にエルレーンの表情がふっと曇ったように、キャプテン・ルーガの目には見えた。
その時、彼女の心に浮かんだ思いつき…一瞬迷ったが、キャプテン・ルーガはすぐに心を決めた。
「…エルレーン。…これが、気に入った…のか?」
微笑いながら、エルレーンを見返す。
一瞬その問いにきょとんとしたエルレーンだが、やがてにっこりと笑い、うなずいた。
「…うん!すごく、キレイなの…きらきらしてて、とってもきれいな赤で…」
「…では、お前にやろう」
そんな彼女に、あっさりとそう言ってやった。
「…?!」
驚きでエルレーンの目がまんまるくなる。
その反応をうれしそうに見るキャプテン・ルーガ。
「ほ、本当?…い、いいの、ルーガ?!」驚きで多少声が上ずる。
うれしさを隠し切れないといった表情で、キャプテン・ルーガを見つめるエルレーン。
「ああ。…だが、今じゃない」
「…?」
その言葉に、いぶかしげな顔をするエルレーン。
いたずらっぽい顔をして、キャプテン・ルーガがつづけていった。
「…お前の『誕生日』祝いに、これをやろう」
「…?…でも、ルーガ…私、『誕生日』なんて…」
生まれてから半年で死ぬ自分には、生まれてから一年後の日、すなわち「誕生日」まで生きることはできない。
そういおうとした彼女を制するように、なおもキャプテン・ルーガは言う。
「いいんだ。…もともと『誕生日』などいつだろうがかまわんのだ。…そのものが生まれてきたことに感謝し、祝う事自体が目的なのだから」
「…?」
「…フフ、少し…難しい、か?」
自分の言ったことの意味がわからないらしく、眉をひそめるエルレーン。彼女の頭を、軽くなぜてやる。
「…つまり、『生まれてきてくれてありがとう』ということだ」
「…?」
「そうだ…お前が、生まれてきたことを…私は、とても…うれしく思っている」
キャプテン・ルーガは素直な気持ちを口にした…少し、自分で言っていて気恥ずかしくなるような言葉。しかし、それは紛れもない本心。
「!…ルーガ…」
「だから、祝ってやるのが当然だろう…違うか?」
照れ隠しなのか、最後のほうはちょっと怒ったような口調になってしまった。
だが、そんな彼女を見つめるエルレーンの顔には、満面の笑みが浮かんでいる。
「…!…ありがとう、ルーガ!」
いきなりキャプテン・ルーガの胸に身を持たせかけるエルレーン。
ぎゅっと彼女を抱きしめ、とびきりの笑顔を向けた。
「…ハハ、少し痛いぞ、エルレーン…」
抱きついてきたエルレーンを優しく受け止めながら、彼女は苦笑した。
血の通うあたたかさを感じる。変温動物、ハ虫人の自分にはない、「人間」の、血のあたたかさ。
「…お前は…満月が、好きだったな…だから、そうだな…あと一ヵ月後、満月の日に…お前の『誕生日』を、祝ってやる」
「満月の日…?」
「そうだ。…その時、このペンダントを…お前にやろう。お前がゲッターチームに勝てるように、この火龍石がお前を守ってくれるように」
「…うん」
「ゲッターチーム」という言葉を聞いた瞬間、エルレーンの表情が一瞬曇る。
だがそれをすぐに押し隠した。キャプテン・ルーガに悟られないように。
「それで…いいだろう、エルレーン…?」
優しくエルレーンの頭をなぜながら、キャプテン・ルーガはそっとそう言った。
「うん…!…うふふ、うれしい…ルーガ!」
自分の『誕生日』を祝ってくれる、というキャプテン・ルーガ。『兵器』として作られた自分に、心から優しくしてくれるキャプテン・ルーガ…
彼女の腕の中でやすらいながら、エルレーンは心からうれしそうな笑顔を見せていた。
「満月の日…最後の満月の日かぁ。…ふふ、楽しみだな!絶対だよ、ルーガ!…約束だよ!」
「…ああ…約束、だ…」
無邪気にその日のことを思い微笑する少女。
エルレーンを胸に抱きながら、キャプテン・ルーガはふっと…あの哀しみをまた感じた。
そして、心のどこかでこうも思ったのだ。




「『最後の満月の日』など、永遠に来なければいいのに」と。





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