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◆ 復讐の刃
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その時は、ある晴れた昼間、突然にやってきた。
早乙女研究所内に警戒警報が鳴り響く。
「何事だ!」
「早乙女博士!…メカザウルスです!メカザウルスが…研究所方面に向かって進行中!」
「位置は?!」
「B309-19地点をただいま通過!B309-18地点に入りました!」
「くっ…まだ何とか、間に合うか!…ゲッターチームの諸君!メカザウルスだ!メカザウルスが研究所に向かっている!今すぐ出撃準備に向かってくれ!」
早乙女博士が緊急通信を飛ばす。
「了解!」
リョウ、ハヤト、ムサシの声が通信機からかえってきた。
「…頼むぞ、ゲッターチーム…!!」

十数分後、ゲッターチームはそれぞれゲットマシンに乗り込み、出撃合図を待つ。
「…メカザウルスがB309-02地点に進行中!…肉眼でも、確認!」
研究所の司令室からもそのメカザウルスが音もなく近づいてくる様が見える。
点のように小さな影が…段々と姿をあらわにする。
「リョウ君、ハヤト君、ムサシ君、出撃してくれ!」
「了解!…ゲットマシン・イーグル号、発進!」
「ゲットマシン・ジャガー号、発進!」
「ゲットマシン・ベアー号、発進!」
イーグル、ジャガー、ベアーの三機が一斉に発進口から大空に飛び立った。コマンドマシンも後を追うように出撃する。
「…来たな、メカザウルス!」
「?!…リョウ、あれ!」ムサシがそのことに気づき、思わず声をあげる。
「!!…あれは、エルレーンの…メカザウルス・ラル?!」
「チッ、なんてこった…」
ハヤトが舌打ちする。
俺たちみんなで彼女にこちらにつくよう説得しよう、と決めた矢先にこの状況とは。
…どうやら彼女は恐竜帝国に出撃命令を受けてしまったようだ。
…ならば、エルレーンは本気で自分たちにかかってくる可能性が、高い。
しかし、とふとハヤトは思った。
…何かこいつ、様子が…変だ。
以前相対した時にはいつも、向こうから気安く(敵にもかかわらず!)通信してきて、場違いとも言えるほど無邪気に話し掛けてきたものだ。
その明るさにゲッターチームは調子を狂わされっぱなしだった。
だが、今日の彼女は…何もアクションを起こしてこない。
「…?今日は、あいつがパイロットじゃないみたいだぜ」
ムサシもそう思ったらしく、そう言う。
「ああ。…だが、油断するな!」
リョウが檄を飛ばした。
ゲットマシンの数百メートル先で、メカザウルスがぴたっと空中で静止した。
対峙する両者。静かな緊張が、空中に立ち込める。
…息の詰まりそうな緊張の中、ゲッターチームの通信回線に、割り込み回線が入る。
メカザウルス・ラルから送られてくる、そこに映る姿は…やはり、エルレーンだった。
だがその表情に彼らは一瞬、息を飲んだ。
…何の感情も浮かんでいない顔。そして冷たい瞳。
ゲッターチームが時折目にした、ころころとその表情を変えてみせるよく笑う少女の姿はそこにはなかった。
そこにいたのが、まるで彼女とは別人のように思えるほど…
「エルレーン…」
「…ゲッターチーム…!」
かあっとその表情に怒りが浮かぶ。
その目に、真っ赤な炎が一瞬で燃え上がった。それは怒りの炎。復讐の、闇の炎。
彼女が今まで見せたこともないくらい、激しい怒りの炎!
「…?!」
そのいきなりの変化に彼らは戸惑いを隠せない。
「ゲッターチーム…お前達を、殺す…殺してやるッ!!」
エルレーンは絶叫し、素早く背中の剣を抜いた!
メカザウルス・ラルは剣を構え、一直線にゲットマシン目指して空を切る!
「うわっ?!」
ゲットマシンは三者三様の方向に回避し、その剣をかわす。
「うおおぉぉっっ!!」
再びその剣がびゅんとうなる。鋭い切っ先をベアー号がかろうじて回避した。
「り、リョウ!あ、あいついったいどうしちまったんだ?!」
ムサシが必死で呼びかける。
「わ、わからん!と、とにかく合体するぞ!チェーンジゲッター1ッ!スイッチ・オォンッ!」
ゲットマシンは何とかゲッター1に合体し、メカザウルス・ラルの目の前に着地した。
「殺してやる…ルーガを殺したあんたたちなんて…殺してやるッ!」
モニターに映るリョウたちを見据え、エルレーンが絶叫する。
その声にはかつてないほどの怒りと闇がこめられている。
その声にリョウたちだけではなく、戦いを遠く離れたマシーンランドで見守っている帝王ゴールたちすら慄然とした。
「…殺した…?!」
その言葉に素早く反応するハヤト。
「…そうよ…私の、私の…大事な、友達を…お前たちが殺したんだぁっ!!」
メカザウルスの右手がしなる。鋭い突きがゲッター1を襲う!
「うわっ?!…な、何のことだっ?!」
必死でそれをよけながらリョウが叫ぶ。
「とぼける気?!…ルーガを、殺したのは、お前たちだ!」
「…ルーガ…?」
その名をどこかで聞いたことがある。
…だが、それを何処で聞いたのだろう?思い出そうとしても、つながりそうでつながらない記憶。
その間にも、メカザウルス・ラルの剣は容赦なくゲッター1を襲う。
「エルレーン!ま、待て!」
ハヤトが必死で呼びかける。エルレーンはそれを無視した。
「うああぁぁああああああぁぁぁぁっ!!」
復讐の怒りに身を焼かれるがごとき勢いで剣を振り払う。
メカザウルス・ラルの剣がゲッターをついにかすめた…!がきぃんと鋭い音がして、ゲッター1の頭部アンテナが吹っ飛ぶ。
「ぐうっ!!」
コクピット近い部分に衝撃を受けたため、その余波をもろに受けるリョウ。
「リョウッ!大丈夫か!」
「あ、ああ!」
「殺す…殺してやる!」
モニターには、ギリギリと歯を食いしばり、憎しみに燃える瞳でゲッターチームを睨みつけるエルレーンが映る。
その真意がわからないまま、リョウは必死に彼女に呼びかけた。
「エルレーン!…一体、一体、何のことだ?!」
「!…ルーガを殺した…私の、たった一人の、友達を…!!」
そこまで言った時、彼女の透明な瞳に涙があふれ、頬を伝いこぼれおちた。
「?!」
突然泣き出したエルレーンに戸惑うゲッターチーム。
涙を流しながらエルレーンが叫ぶ…心の中にあふれる哀しみが一挙に噴き出してくる。
「…私、私…独りぼっちに、なってしまった…」
「…エルレーン…?」
「私、もう…たった一人…!」
そう言って頭を振り、泣きじゃくるエルレーン。
怒りの闇が消え、そこにいるのは…孤独と悲しみに打ちのめされ、泣き叫ぶ少女。
…リョウは、モニターに映る、悲しみに飲み込まれていく「もう一人の自分」を見ている…
波動となって、その苦しみが伝わってくる。エルレーンの痛みを、かすかに感じる…
「一人はイヤ…一人は…いやぁっ…!」
「…」
「…どうして…どうしてよ?!どうして私の友達を殺したの?!」
「…」
その問いには答えられないまま、ムサシがやるせない思いで彼女を見かえす。
「…わ、私と違って…私なんかと違って、ルーガには…『未来』が、あったのに…!!」
「…」
無言で目を伏せるハヤト。
「私が、私が…死ねばよかったのに…!!」
「…」
「…っ…ふう…っ…!…っく…」
ゲッターチームは、目の前で泣きじゃくる少女を見ていた。
攻撃を止めたメカザウルス・ラルは隙だらけになっていたが、そんな事すら思いつかなかった。
ただ、「友人をお前達が殺した」と泣き叫ぶ少女の痛ましい姿を…いたたまれない思いで、見ている。
「…えたちのせいだ…」
ぽつりと彼女がそう言うのが、聞こえた。
すうっと顔を上げたエルレーン。涙の光る瞳。
その瞳に、再び復讐の闇が宿る。その闇は狂気の色すら帯びていた。
「お前たちのせいだ、お前たちが殺した!…だから、今度は、私が、殺す!」
再びメカザウルス・ラルの目が妖しく光る!
「くっ!!」
防御の体制をとるゲッター1。ゲッタートマホークを手に構える。
だが、リョウは自分でも最早どうすればいいかがわからなかった。それはハヤトもムサシも同じだった。
「ルーガのかたきぃぃぃいいいっっっっっ!!」
「…う、うわぁあああぁぁぁぁぁっ!!」
振り下ろされた剣をトマホークで何とか受け止めるリョウ。
だがその勢いは凄まじく、ギリギリとゲッター1の身体が押し戻されていく。
「はぁ、はぁ、はぁ…!…死ねぇぇええぇぇぇぇっ!!」
「…!!」
がくんとゲッター1が片ひざをつく。その剣がゲッターの右肩に触れる…!
メカザウルス・ラルの背中部分に、ミサイルが二発同時に命中した!
「!!きゃあっ!」
衝撃を受け、悲鳴をあげるエルレーン。剣を引き、ミサイル攻撃をしてきたコマンドマシンを睨みつける。
「…邪魔をするなあぁぁあぁぁ!!」メカザウルス・ラルはその剣をコマンドマシンめがけて振り回す!
「…くっ!何よ!」
ミチルが必死でその攻撃を避けながら叫ぶ。
「私のお兄様だって、あんた達に殺されたんだからね!」
「?!」
それを聞いた瞬間、エルレーンの動きがぴたりと止まった。
メカザウルス・ラルも動きを止める。
「…ころされ、た…?」
目を見開いたまま、呆然とつぶやくエルレーン。
「!今よ、リョウ君!」
ミチルがその隙を突き、リョウに檄を飛ばした。
エルレーンが振り向いた時には、もう遅かった…!
「…ゲッタービィィィィムッッ!!」
瞬時にゲッター1の胸部から白い光がほど走り、メカザウルス・ラルめがけて閃光を放つ!
「…!!く、ああぁぁっっ!!」
かろうじてその光の直撃をかわすが、メカザウルス・ラルの左肩はゲッタービームで焼け落ち、無残な残骸と化した。
「!」
「よくもっ!」
メカザウルス・ラルの刃がゲッターを襲う!
その刃は、ゲッター1の即頭部に勢いよく叩きつけられた。火花がばちばちと散る。
「ぐうっ!!」
勢いのあまり、コクピット内で衝撃で身体が大きく揺さぶられる。
左腕、包帯が巻かれた部分…前回の戦闘で負傷した傷口が、揺さぶられた拍子に硬いコンソールに思い切り叩きつけられた。
「あううっ?!」
腕から走る激痛。思わずその部分を抑えてしまう。
…白い包帯の奥からずきずきとひどい痛みがあらわれだした。
ぶつけた時、傷口が開いたらしい…赤いしみが白い包帯にじわじわと拡がっていく。
「り、リョウ!大丈夫か?!」
ムサシの心配げな声。
「う、うう…」
うめき声が苦しげに響く。痛みに気をとられ、とても操縦桿を握るどころではない。
…だが、エルレーンはなぜか、その隙を突いて攻撃してこない。
「…?」
いぶかしむゲッターチーム。モニターに映る彼女をみると…そこには、明らかに様子がおかしいエルレーンの姿があった。
「う、嘘…な、なんで…き、傷も…ないのに…?!」
彼女は自分の身に起こった異変に戸惑っている。
強烈な痛みからかばうように手をあてた部分は…左腕。
リョウが怪我している部分と同じ部分。
その部分だけ彼女の白い肌が、異様に赤くなっている。
「ど、同調してるんだ…!」
ハヤトがその光景を見てつぶやく。
同じモノで出来た二人…一方の危機を、もう一人も感じ取っているのだ!
「…!…くっ…」
彼女はこれ以上戦いを続けるのは得策ではないと思ったのか、それとも、リョウと同じ痛みを感じたことに戸惑ったのか、
メカザウルス・ラルを反転させ、一気に遥か天空へと加速した。
「!ま、待て!」
だが最早メカザウルス・ラルの加速はゲッター1が追える距離を遥かに越えていってしまっていた。
ひどい疲労感が一挙に彼らを襲う。
リョウは、左腕を抑えたままぐったりとコクピットに倒れこみ、そして…深い深い、ため息をついた…

「…なんと…」
帝王の間に、帝王ゴールの驚嘆の声が響いた。
マシーンランドでエルレーンの戦い振りを見ていた彼らもまた、その恐ろしさと凄まじさに度肝を抜かれていた。
衝撃のあまりか、いつのまにか、冷や汗が額に浮かんでいた。
「…ゴール様…逃げ帰ってきたあやつを、どう致しますか?」
ガレリイ長官が問う。
恐竜帝国では敗北、失敗はすなわち「死」に直結する。それが掟だ。
よほどの事が、無い限り…
「…いや、捨て置け…」
目を閉じ、ゴールが厳かに言う。
「!…しかし…」
「かまわぬ…あやつの命はあと十数日となっているはずだ、違うか?」
「は、はい…」
「…手を下さずとも、あやつは死ぬ。処刑する必要も無い」
「…」
「それに」
ゴールの胸に、狂気すら含んだあのNo.39の暴走が、再び浮かぶ。
「あやつのあの凄まじさ…あの様子なら、ゲッターロボも…殺し得るに違いない…」
「…はっ…」
ガレリイ長官もうなずいた。
調整(モデュレイテッド)済みとはいえ、先ほどの戦いで見せたNo.39の狂気は、かつての『No.0』を思わせるほどの恐ろしさであった…
バット将軍は無言で二人の会話を聞いていた。…彼の胸に、死んだ部下の事が思い浮かぶ。
…キャプテン・ルーガよ。
バット将軍は、心の中で一人ごちた。
…お前は、あの「バケモノ」を…どう「飼いならして」いたのだ…?!

早乙女研究所の司令室に集まったゲッターチームは、一様に重い表情をしている。
…皆、先ほどの戦闘にショックを受けてしまっているのだ。
ずいぶんと長い間、誰も何も言わなかった。…だが、ムサシが思い切って口火を開いた。
「…なあ…オイラたち…本当にあいつの言うとおり、エルレーンの友達を…殺したんだろうか?」
「…」
誰も答えを返さない。返せないでいる。
「…『ルーガ』と…確か、いっていたな。心当たり、あるか?」
「…いや…」
と、リョウが弱々しくかぶりを振ったそのときだった。頭のどこかにある、記憶が一本の糸でぴたっとつながった。
金色の瞳。
白いワンピースの女性。
…そして、以前の戦闘で、自分を『エルレーン』と呼んだ…あの、キャプテン。
「!!…そうだ…あ、あの人だったんだ…」
呆然とリョウがつぶやきをもらす。
「リョウ!わかったのか?!」
「…」
何もいわず、うなずくリョウ。
「ムサシ、ハヤト…お前達、前に…エルレーンを連れて行った、白いワンピースを着た…人を、覚えているか?」
「………!ああ、あのデッカイ女の人!」
「そいつが『ルーガ』だってのいうのか?」
「…ああ。ちょっと前に俺たちがメカザウルスを撃墜したよな、エルレーンと同じような、剣を使うメカザウルスを…」
「ああ。リョウが確か、怪我したときの…」
「…俺を『エルレーン』って呼んだ…あのキャプテン…その人と同じ、金色の目をしていた」
「!」
衝撃が走る。
「じゃ、じゃあ、俺たちがこの間の戦闘で、倒したのが…」
「エルレーンの…親友、だったのか…」
「何ということだ…」
早乙女博士が沈痛なため息をつく。
「…オイラたち、あいつの友達を…でも、相手は…メカザウルスだったから…でも、知らなかったから…」
いいわけじみた言葉がムサシの口から出る。
そうしないと、やりきれないのだろう。胸にわいてくる重い罪悪感で…
「…俺たちは、本気で…殺されるだろうな…次は」
ハヤトも思いは同じだった。
先ほどの戦闘で見た、孤独と悲しみに泣きじゃくる少女。
彼女をああしたのは、自分達のせいだったのだ…
だが、自分達に他に何が出来た?敵であるメカザウルスに対して…
終わらない苦い問いだけが心の中に澱のようにたまっていく。
リョウの脳裏に、あの微笑がよみがえる。
あの日、緑の草原で、白い日傘をさしてこちらを見ていた、『キャプテン・ルーガ』。
エルレーンに向けていた優しげな表情。
そして、自分に向けていたやわらかな…金色の瞳。
あの美しい金色の瞳が思い出され、リョウの心を責めさいなんだ。


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