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◆ what makes a monster, what makes a man...?(2)
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早乙女研究所ではゲッター線ソナーの製作が着々と進められていた。
恐竜帝国マシーンランドの情報を知るエルレーンが意外に機械に明るかったこともあって、その作業は順調すぎるくらい順調に進んでいた。
もちろん、リョウはそれがエルレーンの功績であることなど、まったく知らないままだった。
10日ほどの間隔を空け、エルレーンが再び目覚めるとき…リョウの意識は深い眠りの中に閉じ込められる。
それゆえ、彼は研究所内でエルレーンの存在を知らない、唯一の人物となっていた。
しかしリョウはいぶかしまざるをえなかった。
なぜなら、彼はたびたび意識を喪失し、気がつけば、その前にいた場所とはまったく違う場所にいる、というような奇妙な出来事が起こっていたのだから。
だが、そのことをハヤトやムサシ、ミチルにきいても、笑顔で「別に何ともなかった」といわれるだけだった…
リョウは一種の気味悪さを感じざるをえなかったが、だがそれでも「疲れているのだろう…だから、ふっと眠り込んでしまうのだ。記憶が飛んでしまうくらい」と思い込もうとした。
(そんな奇妙なことも、たまにはあるさ)
そう自分に言い聞かせて。
そして、今日もまた…その奇妙なことが彼の身に起きた。

「…」
目を覚ますと、そこはゲッターチームに与えられた控え室だった。
エルレーンはゆっくりと身体を伸ばし、倒れこんでいた長椅子からすっと立ち上がる…
壁にかかった時計を見る。日時の表示が、前に起きた日よりずいぶんと進んでいた。
…どうやら、また10日ほど眠っていたらしい。
(…博士たちのところに行かなきゃ)
エルレーンはぱっとそのことに思いが至る。
自分が「エルレーン」として目覚めていられる時間は、その時々で大きく変わる…ならば、急がねばならない。
彼女はドアを開けて控え室を出た…向かうのは上の階、早乙女博士たちがいるであろう、司令室だ。

「博士…!」
司令室の扉が音もなく開き、そこから一人の青年が駆け込んできた。部屋にいたハヤト、ムサシ、ミチルも彼のほうに目をやる。
「ああ、リョウ君。ちょうどよかった。ゲッター1の…」
「違うよ、私、私のほうだよ、…博士」
「…!…ああ、エルレーン君か!」
ぱっと博士の顔がほころぶ。
…以前目覚めたときから10日ほどたっているわけだが、その言葉ですぐに今話している相手が「エルレーン」だとわかった。
「エルレーン…!…久しぶりだな」
「うん、久しぶり、ハヤト君…☆」
うれしそうにハヤトに微笑むエルレーン。
最近ではようやく彼らも、一瞬で相手がリョウかエルレーンかがわかるようになってきた…リョウの格好をしていても、その表情と口調、独特の雰囲気ですぐにわかる。
「エルレーン君、ちょうどよかった!…ソナーの実験を以前…君が眠っている間に数回行ったのだが、どうも結果がかんばしくなくてね。
…何が問題なのか、見てもらえるだろうか?」
「うん…!」
にっこりとうなずくエルレーン。てくてくと博士に近づき、彼が手に広げている図面をひょいと覗き込む。
そばにいたムサシも同じようにその図面を覗き込んでみるが…まったく彼には理解ができないものだった。
「エルレーンよぅ、…どーしてこんなもんわかるんだー?」
「?…なんと、なく」
「な、なんとなく…?!」
エルレーンのあっけらかんとした答えに、目を白黒させるムサシ。
…事実、エルレーンはその内容が理解できているらしく、図面の様々な個所に目を走らせ、眉根をひそめて考え込んでいる。
「…んーと、…ここ、の、部分が、なんか変なの」
「ここかい?」
「そう…」
「ふーむ…」
エルレーンに指摘された部分を凝視する博士。問題がないかどうかを頭の中でシミュレートする…
と、その時だった。司令室のドアが開き、そこに早乙女博士の次男…元気の姿が現れた。
「お父さん、お姉ちゃん!」
「あら、どうしたの?」
勢いよく入ってきた弟に、笑顔で応じるミチル。彼の登場で、場の空気がふわっとなごむ。
「…!!」
だがその途端、エルレーンの表情がさあっと変わるのがハヤトたちの目に映った。
…彼女は、元気をじっと見つめている…恐怖に彩られた瞳で。
その顔には明らかな怯えの色が走り、かすかに彼女の身体は震えてすらいる…
「…?…どうしたの、リョウさん?」
「リョウ」が自分を…まるで、恐ろしいものでも見るような目で見ていることに気づいた元気。
戸惑いながらも、そう彼に問い掛けた。
「…!」
だが、「リョウ」はその言葉にびくっとする。
唇を軽くかみしめ、目を伏せている…まるで、元気の視線から逃れようとでもするかのように。
その明らかに異常な様子に、元気だけではなく博士たちも戸惑っている…
「り、リョウさん…?」
普段自分をかわいがってくれる、やさしい兄貴分のリョウ。
その彼が自分に怯えているらしい、その理由がどうしてもわからない。
…元気は思わず、彼に走りよろうとした。
「!」
しかし、元気が自分に近寄ってくるのを目にした「リョウ」の顔に、更なる恐怖の表情が浮かぶ。
…と、彼はたっとそばに立っていたムサシのほうに走りよる…そして、彼の背中に回り、元気の視線から逃れようとする。
…まるで、怯えた子供が親の後ろに隠れるかのように。
「お、おい?!」
ムサシが困惑した声をあげる。
…彼の背中に隠れる「リョウ」は…かすかに震えていた。
ムサシの学生服のすそをぎゅっとつかむその手が、震えている。
「…?!」
「げ、元気!…ちょっと、こっちへ…!」
「リョウ」の態度に困惑しきった元気…そんな彼を、ミチルが慌てて司令室の外に連れ出した。そして、すっと司令室の扉が閉まる。
…一瞬の空白の後、ムサシがそっと…「リョウ」に、エルレーンに声をかけた。
「…え、エルレーン…どうしたんだよ…」
だが、自分の服のすそをつかむ彼女の手は離れない。
彼女の肩はいまだにがたがたと震えている。
「おい、どうかしたのかい?」
「元気が、どうかしたのかね…?」
異常に怯えた様子を見せるエルレーンに、おずおずと言葉をかけるハヤトと博士。
…と、彼らの耳に、彼女がぽつりとつぶやいた言葉が聞こえた…
「…らい…」
「…え?」
小さくつぶやかれたその言葉はよく聞き取れない。
エルレーンは顔を上げ、もう一度その言葉を口にした。
その両目には、いつのまにか涙が浮かんでいる…
「…き、嫌い…!…子どもは、子どもは嫌い…ッ!」
「…?!」
「子どもは、子どもは嫌いッ…!…嫌ッ、怖い…!!」
エルレーンはいやいやをするように首を振りながら、涙混じりの声でそう言った…その言葉に、一瞬彼らははっと息を飲む。
「ど、どうしてだよ…」
ムサシがその理由を問う。
…エルレーンは彼の服をつかむ手になおいっそう力をこめる。ぎゅっと目を閉じて…つらそうに、とうとう言った。
「ち、小さな子どもは…わ、私を、わたしを、…『バケモノ』って、言う…!!」
そのときのことを思い出したのか、ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、エルレーンはその言葉を…自分が一番忌み嫌っているあの「言葉」を吐き出した。
「…だ、だから、嫌…!…嫌い、怖いッ…!」
「え、エルレーン…」
エルレーンの脳裏に、再びあの場面が浮かぶ。
…一度は恐竜帝国マシーンランドで、あの少女…キャプテン・ルーガの妹、リーアに。
そして、二度目はこの地上で…あの少年、元気に。
そしてエルレーンは思い出した。二人が自分を睨みつけていた、その目。
忌まわしい「バケモノ」を見ていた、あの目を。
冷たく自分を見据える、自分をどうしようもなく怯えさせる、あの目を…!
「わ、私…『バケモノ』じゃない…わたし、は、『バケモノ』じゃ、ないのに…!!」
「…!」
「子どもは嫌…子どもは嫌ァッ…は、『ハ虫人』の子どもも、『人間』の子どもも、私を、私を…!」
「エルレーン!」
涙を流し動揺するエルレーンの両肩をがしっとつかみ、ムサシが大声で言う。
その哀しい告白を無理やり断ち切って。
「…お前は、『バケモノ』なんかじゃないよ…!…だから、気にする必要なんてないじゃねえか!」
「で、でも、っ」
そんなムサシを、涙に濡れた目で見つめるエルレーン。だが、ムサシは重ねてきっぱりと言った。
「元気ちゃんだって、あの時は…お前が、敵だったからそう言っただけだよ。…今は違うだろ?」
「そうだぜ…今は俺たちに力を貸してくれてるエルレーンを、もうそんなふうに言ったりはしねえよ…だから、怯えるこたあねえさ」
ハヤトもエルレーンを諭すように、穏やかな口調でそう言った。…二人の言葉に、エルレーンの哀しそうな顔が、少しだけほころんだ。
「…そう、かな…」
「ああ、そうだよ…エルレーン」
笑顔でうなずくムサシたち。
…そんな彼らを見てようやく…エルレーンの顔に、微笑みが戻った。
頬に痛々しい涙の後が残ってはいるが、それでも彼女はまた微笑った…

「そういえば…そんなことも、あったな…」
それから一時間ほど後。再び眠ってしまったエルレーン…
今は、控え室のソファーの上に横たえられている…を見下ろしながら、ハヤトはぽつりとそうつぶやいた。
「…」ムサシも無言でうなずく。そばに立つミチルも同様だ。
ソファーのそばには、元気が力なく座り込んで、眠る「リョウ」…エルレーンの様子を心配げに見ている。
…彼は、ミチルから先ほどのことについて聞かされたのだ。
先ほどの「リョウ」は、「リョウ」ではなかったこと。
先ほどの「リョウ」は、かつて自分たちと敵対していた恐竜帝国のパイロット…「エルレーン」であったこと。
今の彼女は、自分たちゲッターチームに力を貸してくれている、大切な協力者であること。
そして、以前…自分が言ったあの「言葉」のせいで、彼女が自分に対してひどく怯えているということ…
…自分でもそのことを思い出した元気は、すっかり罪の意識に打ちのめされている…
そう、あの月の夜…自分があの人に石つぶてを投げつけ、そして言ったのだ。
…「バケモノ」と。
それを聞いたあの人は、泣きながら…闇の中に消えてしまった。
「私は『バケモノ』じゃない」という、悲痛な叫びを残して。
「…お姉ちゃん…ボク、どうすればいい…?」
元気は暗く沈んだ声で、姉にそう問うた。
自分がやってしまったことで傷つけてしまったあの人に、どうすれば償いができるかを。
「…元気…あの時は、しかたなかったのよ…きっと。だから、そんなに自分を責めないで」
「でも…」
「…それより…リョウ君には、彼女のことを絶対に言ってはダメよ。
エルレーンさんは、リョウ君に自分のことを絶対に知られたくないって思ってるから…」
「…」
元気は無言で、うなずいた。
…と、その時。ソファーに眠るリョウのまぶたがぴくっと動いた。…そして、両の瞳がすうっと開いていく。
「…!」
その変化を見ていた元気、それにハヤトたちは慌てて駆け寄る。
「ん……ああ…?」
寝ぼけているらしい「リョウ」。
そう、それは「リョウ」だった。
ぼんやりとした目で、自分を見下ろしている仲間たちの顔を見ている。
「…リョウ、目が覚めたか」
「…?!…え、っ?!」
自分の置かれた状況に気がつくや否や、驚きの表情を浮かべて、がばっ、と半身を起こすリョウ。
…と、その途端、頭に強烈な痛みが走った。
「!…っぐうっ?!」
ずきん、としたその痛みに、思わずかばうように頭に手をやってしまう。
「ど、どした?!」
「い…いや…頭が、ちょっと…」
顔をしかめ痛みに耐えるリョウ…
その痛む頭で、自分の身に起こった異変について考える。…また起こった異変を。
「お…俺…いつの間に、眠ってたんだ…?!」
また記憶が飛んでいる。
またいつのまにか眠りこんでいた…その奇妙な事実に困惑するリョウ。
「さ…さっきからずっとだぜ。よく寝れるもんだな」
「そ、そうそう!」
そんなリョウに対し、彼をごまかさんがために…慌ててその場を取り繕うように言葉を添える仲間たち。
…そんな彼らの言葉を頭から信じ、リョウは軽く笑いかえした…だが、また頭に痛みの電撃が走る。その笑みがゆがむ。
「…!」
「!…り、リョウさん…!」
そばでそのつらそうな表情を見ていた元気が、さっと走り出し…冷たい水の入ったコップを持ってきた。
そしてそれをそっとリョウに差し出す…
「ああ…ありがとう、元気ちゃん」
まだ続く痛みに少し苦しげな顔をしてはいるものの、リョウは軽く微笑んでそのコップを受け取った…
中に満たされた透明な水を少し口に含み、気分を落ち着けようとする。
リョウのその様子を見ていた元気は、一瞬躊躇したが…だが、それでも、彼をまっすぐに見つめ、こう言った…
「…ごめんね…」
「!」
その言葉を聞くハヤトたちの顔に、軽い驚きと戸惑い、焦りの色が走る。
しかし元気は真剣な目をして、もう一度言った。
「ごめんね…」
「ん…?…どうしたんだい、元気ちゃん?どうして、俺に謝るんだい?」
その理由をわからないリョウは、笑いながら問い掛ける。
だが、元気は哀しそうな、すまなそうな目をして、彼を見つめるだけ…
「…はは、おかしな元気ちゃんだな」
望んだ返答が得られなかったリョウは、ちょっとおどけたような口調でそう言いながら、また水を飲む…
そんな彼を、元気は見ている。ハヤトたちは見ている…
先ほどの償いの言葉の意味がわからない、たった一人の「人間」。
その彼の中で、あの「彼女」は眠っている…
リョウをまっすぐに見つめ、元気はこう心で思った。
またあの人が…あの、エルレーンのお姉ちゃんが出てきたら、今度は本当に謝るんだ、と。
「ひどいことをいってごめんね」って謝るんだ、と。
さっきの自分の言葉は、きっと届いていないから。
元気は思った。
だから今度、もう一度謝らなきゃ、と。
だからもう、怯えなくてもいいんだよ、っていうんだ、と…


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