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◆ 対峙
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早乙女研究所の地下工場では、再び破壊されてしまったゲッターナバロン砲の修復作業が行われていた。
傍目から見ても組立作業中のそれは「砲台」に見え、外見はかなり完成に近づいているといえる
…だが、そのもっとも中核となる装置、ゲッター線集光装置がない今のうちは、それは単なるプラモデルのようなものだ。
そして、ゲッター線集光装置は完成のめどが立っていない。
その作業の様子をデッキからぼんやり見つめているのは…ゲッターチームの面々だった。
「…」
無言のまま、所員たちがゲッターナバロン砲のパーツを溶接している様子を見ているリョウたち。
「…まだまだかかるんだってな、集光装置をもう一度作るには…」
ハヤトがそうつぶやく。
「ああ…博士は、後3ヶ月はかかるって言ってたな」
「その間ナバロン砲がないとなると…恐竜帝国がまた攻めて来たら、ちょっとコトだぜ」
ムサシもため息をつきながらそうもらした。
…と、それを聞いたリョウが軽く鼻を鳴らした。
「…フン…だが、お前らも…これでわかっただろ?」
「?…何がだよ、リョウ」
「…あの女の本性、がさ…!」
リョウの瞳が一瞬、暗い炎で燃えたような気がした。
…その言葉に思わず、ムサシとハヤトが彼を見返す。
…リョウは、微笑っていた。だが、その瞳だけが笑っていない…
「…お前たちは、あの女が『信用できる』といったな。…でも、結果はどうだ?…この有様じゃねえか…!」
低く押し殺したような声で言葉を紡ぐリョウ。
その言葉のはしばしに、エルレーンへの憎悪、そして彼女を信じた…仲間であるハヤトとムサシへの非難がこめられている。
「リョウ…それはどういう意味だ?」
「そのまんまの意味、さ」
冷笑の輝きを浮かべた瞳で、ハヤトを見返すリョウ。
「…!」
頭にかあっと血がのぼる。…だが、言い返そうとする前に、リョウがなおも言葉を継いだ。
…すうっとその顔が、真剣なものになる。
「…だから、ハヤト、ムサシ…もう、あの女を説得しようだなんて言うな…!
…あいつは、信用できる奴なんかじゃない!…現に、ゲッターナバロン砲はあいつが壊したんだ…!」
かすかにリョウの瞳に、哀願するような光が浮かぶ。
…これ以上、あの女に関わろうとするな、と…
「り、リョウ…」
「…」
「いいな…これは、リーダーとしての命令だ!リーダーの命令には、従うんだ…!」
仲間二人にそういい残し、リョウはその場から離れていった。その後姿を見送るハヤトとムサシ…
ハヤトの胸に、彼と同じ顔をしたあの女の顔が思い浮かんだ。
…エルレーン。
あの無邪気で子供っぽく、だが同時に恐ろしいまでの戦士。
…彼女は早乙女研究所に侵入し、世界発明研究所のゲッターナバロン砲を分解してしまった。
…リョウがかつて言った通り、エルレーンは自分たちにとんでもない被害をもたらしたのだ…
それ以来、早乙女博士も「彼女を説得しよう」などとは、とても言い出せなくなってしまった。
…ふとふりむくと、ムサシがぼんやりとデッキに寄りかかり、ナバロン砲を眺めている。
…そういえばあの時、「あの女を信用できるのか」とリョウに問われ、「信用できる」と答えたのは、他でもないムサシだった。
「…ハヤト、オイラ、やっぱり…間違っていたのかもしれない」
ムサシがゲッターナバロン砲をみおろしながら…ぽつりとつぶやいた。落胆の色濃い口調で。
「…何だ?」
「エルレーンを…信用できるなんて、考えたのが…」
「…」
ハヤトも、無言のままそれを聞く。
「確かに、リョウの言う通り…あいつが、ナバロン砲を壊した」
「ああ…」
「…でも…オイラは…」
ムサシはそういったきり、黙り込んでしまった。
リョウの予期した通りの事実。彼の目に映る「人間」としてのエルレーン。
ムサシの考えはそこで堂々巡りになる…彼女を信用できるのか、それとも…
ムサシの視線は彼女に破壊されたゲッターナバロン砲に固定され、動かなかった。

いらいらしていた。あいつらに、あんなことを言うつもりじゃなかったのに。
あんなことをいうつもりなんてなかったのに。まるであれじゃ、俺があいつらを責めてるみたいじゃないか…!
幾度も幾度もそんなことが胸の内を去来する。
…先ほどハヤトとムサシに行った自分の言葉が、何度もリフレインする。
本当は、ただ「もうあの女を信用するなんていうな」と言いたかっただけなのだ。
…だが、ハヤトとムサシ…自分の仲間、ゲッターチームの仲間すらがあの女を「信用できる」などといった、あの時のことが目に浮かび…
気づいたら、ずいぶんきつい口調になっていた。
自分の不用意な発言を責めながら、彼はサイドカーで草原を爆走する。
…と、その時だった。…彼の視界の端に人影がうつった。
「…!!」
サイドカーのブレーキを思い切りかけ、急停止するリョウ…その空を切り裂くような激音で、その人影もこちらを振り向いた…
エルレーン。
サイドカーから飛び降り、まっすぐ近づいていくリョウ…彼女から少し距離をおいたところで彼は立ち止まり、彼女に鋭い視線を投げつける。
同じ顔、同じ姿。違う魂、敵同士。
まったく同じモノでできた二人の「人間」が、そこに対峙した…二人を隔てる空間に、かすかに火花が散る。
「リョウ…!」
「…お前、よくもぬけぬけとこんな場所に来れたものだな…!」
エルレーンから一時も目を離さないリョウ。その視線は険しい。
「…」
エルレーンも無言でその視線を真っ向から受け止める。…少なくとも、臆してはいない。
「よくもナバロン砲を破壊してくれたな!」
「…だって、あれは…ルーガを、撃ったもの!…私の友達を、撃ったもの…だから、壊さなくちゃ、いけなかったんだ…!」
「何…?」
ナバロン砲を破壊した理由を語るエルレーン…
だが、その理由が何であれ、彼女を許すつもりなどさらさらない。
「…フン…何だっていい!…やはり、お前は俺たちの敵だ…覚悟するんだな、今日こそ引導渡してやるぜ!」
そういいながらエルレーンに対して構えを取るリョウ。…だがそれに対して、エルレーンのほうは何の構えも取らない…
ただ、リョウを見つめている。
「私を…捕まえる、つもり?」
「そうだ!…お前には、恐竜帝国のことを洗いざらいしゃべってもらう!」
彼の答えを聞いたエルレーン。軽く目を伏せ、静かな口調でリョウに向かって問い掛ける…
「…それで、どうするの…?」
「…?!」
エルレーンのその問いの意味がわからず、一瞬戸惑うリョウ。だが、彼女は重ねていう。
「私を捕まえて、恐竜帝国のことを聞きだして、そして…その後、私をどうする…の?」
「…どうする…だと?」
軽く鼻を鳴らし、嘲笑するような目つきでエルレーンを射るリョウ。
「どうにでもなればいい…!お前がどうなろうと、俺の知ったことじゃない」
「…!!」
それを聞いたエルレーンの顔に、ショックが浮かぶ。
…その表情の変化を見たリョウが、気まずさを打ち消すかのように声を多少あらげて付け加えた。
「…何だよ、…冷血な恐竜帝国の手先がどうなろうと、俺の知ったことじゃないさ!」
「…!」
そのセリフに、きっとエルレーンの目が鋭くなる。
リョウをまっすぐにらみつけ、小さいけれど、きっぱりした声で言い放った。
「…ない!」
「…?…何だ?」その言葉がよく聞き取れなかったリョウが聞き返す。
「私が…冷血なんじゃ、ない!…リョウが、冷血なんだ!」
「?!…何だと?!」
思わずかっとなるリョウ。しかし、それにもかまわずエルレーンは続ける。
透明な瞳が、かすかにふるえている。
「リョウが、冷血なんだ…!…リョウは、冷たい…残酷、だ…!…だから、私が…造られたんだ。
…リョウが、ゲッターチームの誰よりも、残酷で、冷たい、『人間』だから…だ…!」
「…!!」
怒鳴り返そうとした。だが、その前に…エルレーンの瞳にみるみる涙が浮かんできたのを見て、思わず口をつぐんでしまう。
…エルレーンの両目から、つうっと涙がこぼれだす。泣きじゃくりながらも、彼女はリョウから目を離さない。
「…リョウは…あいつらと、同じ目で、私を、見る…!…『バケモノ』を見る目で、私を…見る…!」
「あいつら…?」
「恐竜帝国の…ハ虫人は…みんな、リョウと…おんなじだ!…私を、冷たい、意地悪な目で見る…!」
貴様らハ虫人と一緒にするな、とリョウはいおうとした。だが、できなかった。
…確かに、自分が今までこの女に向けてきた目は、凄まじく冷たいものであっただろう…彼女に、「リョウはハ虫人と同じだ」といわせるまでに。
そして、恐竜帝国でエルレーンがどんな扱いをうけているか、それも彼女のこの痛々しいセリフから感じ取れた。
「敵」である自分が向けるような冷たい目を、「味方」であるハ虫人からも受けているのだろう…
どう考えても、恐竜帝国が彼女にとって居心地のよさそうな場所ではないことは明白だ。
彼女がそこから逃げ出したいと思っているのではないか、といったムサシの推理も、まんざら外れてはいなさそうに思えた。
だが、それでも…この女に対する憎悪と嫌悪は、消えない。
涙を流しながら、それでも自分を睨みつけるエルレーンを…自分と同じ顔をした女を、真っ向から睨みつけるリョウ。
「…フン、お前が恐竜帝国でどうだろうと知ったことじゃないさ。…いいか、俺は…ムサシやハヤトとは違う。お前に情けなんかかけない」
「…そう、ね…リョウは、ムサシ君や、ハヤト君とは、違う…『人間』なのに、やさしく、ない…もの」
「!…だったら、どうだってんだ?!」
言うことがいちいち勘にさわる。
…エルレーンが何を言っても、気にさわるのだ。…それはもはや、彼女が何を言うかが問題ではないように、自分でも感じた。
…ただ、エルレーンがエルレーンだから、勘に障るのだ…
自分と同じ顔をした、女だから。
しかし、エルレーンの次の言葉は、それでもそんなリョウの心に違う風に響いた。
「…でも、私…会いたかった。…ずっとずっと、会いたかった」
「?!」
その予想もしない言葉に、一瞬リョウの心が震えた。
「リョウに、オリジナルに…会いたかった。…そうすれば、わかるような気が、したから…!」
いつのまにかエルレーンは泣きやんでいた。
涙を浮かべた透明な瞳が、まっすぐにリョウを見ている。
「…」
ここまで自分を冷たくあしらう「敵」に「会いたかった」だと…?リョウの胸に、戸惑いが去来する。
何も言い返すこともせず、ただエルレーンのその言葉を聞くリョウ。
「私が、一体、何なのかが、わかるような気が、したから…」
「…」
「…今も、それは…変わらないよ、リョウ…」ふっと哀しげに微笑するエルレーン。そして、ひたむきにリョウを見つめる。
「…フン…」
その視線から逃れるように、リョウはざっとエルレーンに背を向けた。
…これ以上、エルレーンのその言葉を聞いていたくなかった。
…そのまま聞いてしまえば、きっと自分もムサシやハヤトのように、この女に心を許してしまいそうだったから。
…自分でも、何故ここまでこの女を拒絶するのか、わからない。
だが、心の奥深く、自分の何かがこの女に対して拒絶反応を出しつづけている…
「…リョウ…?」
唐突に自分から去っていこうとするリョウの背中に声をかけるエルレーン。
「…失せろ。…今日は、見逃しておいてやる。…その気が失せちまった」
ぶっきらぼうにそう言い放つリョウ。エルレーンに目もくれず、まっすぐその場から立ち去っていく。
しかし、心の中には混乱があった。エルレーン、自分のクローン、自分と同じ顔をした女…
自分にここまで冷たく扱われ、それでも「リョウに会いたかった」という女。
…そんな彼女の心境も、そしてそんなエルレーンに対して誰よりも冷酷にふるまう…ふるまわずにはおれない自分自身も、もう何もかもわからなかった。
最後、かすかな彼女の声が、こういったような気がした…
「リョウ、私…それは今も、変わらないよ…」
その言葉は、まるで小さなとげのように、リョウの心のどこかに刺さったまま離れなかった。


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