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◆ sui-cidium(sui自分で-cidium殺す事)
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秋風が静かに草原をわたっていく。今宵は晴れ。雲も無い。
天空には満月。そう、エルレーンが生まれて5回目に見る満月…最後の満月だ。
草むらに倒れこみ、エルレーンは一人、月を見ている。美しい満月を彼女はとても愛していた…
だが、その目はうつろで、生気がない。月光に照らされたその表情は暗く、深い哀しみに彩られていた。
今日は、約束の日だった。
でも、その約束をした…キャプテンルーガは、もう、いない。
そのことを思いだすと、たまらない苦しみと哀しみ、孤独感が一挙にまたエルレーンを襲った。
小刻みに震える瞳から、涙があふれだす。
ルーガ。
どうして、死んでしまったの?
ルーガが死んじゃったから…私、もう、…独りぼっちだよ。
独りは、いやだよ。さみしいよ…
恐竜帝国にはもう、私の名前を呼んでくれる人はいなくなってしまった。
私…もう嫌だよ…
さまざまな思いが涙となって後から後からエルレーンの瞳より流れ落ちていく。
ひゅうっ、と風がその頬をなでていった。冷たい感触。
広い草原の中に、たった独り。本当は、今日この日の満月を、二人で見ているはずだったのに…
ねえ、ルーガ。
ルーガはどうして戦っているのって、前に聞いたよね。
「恐竜帝国のため、そして自分のため」ルーガはそう言った。
私は…リョウや、ハヤト君、ムサシ君と闘うため、殺すために造られた…
だけど…私、殺せなかった…
どうしてだろう。
…教えて、ルーガ。
私、どうすればいいの…?
瞳を閉じ、耳をすませる。
ひょっとしたら、どこかからひょっこりキャプテンルーガがあらわれて、答えを教えてくれやしないかと。
だが、草原にはエルレーンただ独り。風の音だけが鳴り響く。
エルレーンは上体を起こし、深い深い、ため息をついた。…まるで、疲れきってしまったとでもいうように…
だが、その時。突然、彼女の胸にある考えがひらめいた。
そうか。
…そうだよ。
私、消えればいいんだ…
こんなに苦しいなら、消えてしまえばいいんだ…!
そうすれば、もう苦しくない…
リョウたちを、殺さなくてもいい…!
エルレーンは腰につけた細身のナイフを取り出した。きらりと光る刃先はその刃が十分に鋭いことを示している。
そして彼女はためらうことなくそのナイフで自分の左手首を切り裂いた。
とたんに白い手首に赤い線が浮かび、見る見るうちに真っ赤な血が流れ出した。
軽い痛み、そしてどくどくと血が脈打ちながら自分の身体から流れ出ていく奇妙な感触が湧いてくる。
…ねえ、ルーガ…「死ぬ」ときって、どんな感じがするだろう…?
哀しいのかな?腹が立つのかな?つらいのかな?…さみしいのかな?
…私は、どうなんだろう…ね?
赤い血はエルレーンの手を伝い地面にぼたぼたと落ちていく。赤黒いしみが草を染めていく。
…そのうち、身体を起こしているのもだるくなった。ゆっくりと、再び草むらに寝転ぶエルレーン。
…ルーガ…満月、キレイだよ…
私の…「誕生日」祝い、だね…
ふっと、顔に微笑みが浮かんだ。だが、その顔も少しづつ血の気が失せていく。
ゆったりとした気分だった。身体がだんだん、安らかになっていく…
目を閉じるエルレーン。そして全身の感覚を研ぎすませる。
「死ぬ」こととは何かを、その身で確かめるために。
月光が照らす。死に向かう少女を。
草原に風が凪ぐ。哀しげな音を立てて、吹きすさんでいる。

そこに彼らが通りかかったのは、まさに僥倖というしかない。
街へパーツの買い出しにいっていた大枯文次親分とジョーホー、アサ太郎。
彼らが信じられない光景を見たのは、世界発明研究所に帰る途中であった。
「…おい、ジョーホー。珍しいこともあるもんだな」
道の真ん中で唐突に立ち止まった文次親分。
「何がですか?」
「ホレ、あそこに行き倒れだい」
「ホントダワサー」
「そりゃ大変だ、助けないと……ああっ!!」
その「行き倒れ」に駆けよったジョーホーがすっとんきょうな声をあげる。
「ど、どした?!」
「お、親分、この人…」
「!!え、エルレーンの野郎?!…って、うわあ!」
血の流れ出す彼女の腕を見た親分が思わず後ずさる。
「て、手首が…」
ジョーホーもショックのあまりか、言葉がうまく出てこない。
真っ青な顔色を通り越し、白い顔をしたエルレーン。月光に照らされ、まるでマネキンのような…生者のものではない顔をしている。
…だが、その身体はまだ温かく、呼吸もしているようだ。
「お、おいアサ太郎!こいつ連れて街の病院まで飛ぶぞ!」
「ガッテンダー!」
頭からプロペラを出し、飛行モードになるアサ太郎。エルレーンを抱き抱えた文次親分に取り付き、空中に舞い上がる。
「ジョーホー!お前は早乙女研究所にいってこのことを知らせて来い!」
「お、親分!エルレーンさんを助けるんですか?!」
「…しかたねえだろ、この場合!…さあ、早く!」
「わ、わかりました!」
そういって必死に早乙女研究所目指して走り出すジョーホー。アサ太郎たちは逆方向にある街へと飛んでいった。

「…った、た、った…大変なんですー!!」
夜道を懸命に走りぬけ、ジョーホーが早乙女研究所までやってきたのは、それから1時間もしてからだった。
「あら、どうしたのジョーホー君?そんなに慌てて」
司令室に突然駆けこんできたジョーホーに目を丸くするミチル。
「ヒイ、ハア、ハア…」
息があがって返事もできないジョーホー。
「どうしたんだよジョーホー?」
「…た、たい…大変」
「何かあったのかい」
ハヤトが聞くが、まだ息が整わないジョーホーは、気ばかりあせって言葉が出てこない。
「まあ落ち着いて。どうかしたのかね、ジョーホー君」
早乙女博士が問いかけた。
「ハア、ハァ…え、エルレーンさんが」
「!何!エルレーンがどうしたんだ?!」
一挙に気色ばむリョウ。
「…あ、あの、草むら…で、倒れてて…今、文次親分が病院に運んでますです、ハイ」
「病院…?」
ハヤトが不審そうな顔で問う。
「は、ハイ…」
しばらくいいにくそうに躊躇していたが、ジョーホーは意を決したように見たままを伝えた。
「…あ、あの人…じ、自分の手首を…切っていて」
「?!」
リョウたちの顔がこわばる。まったく予想もしていなかった彼の答えに、驚きが隠せない。
「て…手首…を」
「ハ、ハイ…僕たちが見つけたときには、もう…血まみれで」
ジョーホーは思いだしたように身体を震わせる。
「…自殺…?」
ぽつりとハヤトがつぶやく。だが、自分でもその事実を信じがたいような風情で。
「は、ハヤト!何であいつが自殺なんてするんだよ!」
「…ここんところのあいつは、以前に比べて…かなりおかしかったからな。…俺たちのせいで」
決定的なことをハヤトは口にした。
「そ、そんな…」
ムサシが絶句する。
「と、とにかく…その、彼女の運ばれた病院にいってみよう!」
早乙女博士が動揺しながらもそう促す。
「は、はい…?!お、オイ、リョウ!」
ムサシが立ちつくしたままのリョウを見て…思わず、その雰囲気の異様さに息を飲んだ。
リョウは、血の気の引いた真っ青な顔で立ちつくしていた。その手は真っ白になるほど強く握り締められている。
こぶしが、小刻みに震えている。目をかっと見開き唇をかみしめて、今耳にした事実のショックに耐えている。
「り、リョウ…」
「……!」
「リョウ!ここで考えていても何もならない!とにかく病院に行くぞ!」
ハヤトが必死に呼びかける。
「あ…ああ」
だが、彼からはうつろな返事がむなしく返ってくるのみ。
「と、とにかく急ごう!」

あたたかい闇だ。目を閉じたまま、その闇の海の中で、たゆたっている。
恐怖もない。
悲しみもない。
怒りもない。
かといって、喜びでもない。
つまり、そこには何もなかった。
エルレーンは何故かといぶかしんだ。
…生き物は、「死」を恐れ、それに苦しむものではないのか?
何故、自分にはそれがない?
何故…?
いぶかしみながらも両の目を開いた、その時だった。…そのぼんやりした疑問は、一瞬で吹き飛んだ。
…その闇の向こうに、柔らかな光をまとった、誰かがいたのが見えたのだ。
そして、その姿がエルレーンの目にはっきりと映る…
『…ルーガ!』
エルレーンの涙混じりの声。愛しい友人の名を呼び、彼女に向かって必死で近づこうとする…
闇の中に浮かぶ、白い光に包まれたキャプテン・ルーガに向かって…
だが、彼女は微笑ってはいない。自分に向かい笑顔で近づいてくるエルレーンを真剣な顔で見ている…
『…来るなァッ!!』
『…?!』
その怒号に、エルレーンはびくっと震え、立ち止まる。
…そして、自分を怒鳴りつけた友人を見つめる…せっかくまた会えたのに、何故?というような顔をして。
『エルレーン、来るな…!…帰るんだ、さあ…!』
キャプテン・ルーガはなおもエルレーンに向かい、厳しい口調で言い放つ。
それは今まで聞いたこともないくらい強い口調だった。そして彼女の表情も、同じくらい険しい…
『…ど、どうして…?!…わ、私、ルーガに会いたくて、ずっと会いたくて…!』
『…だが、お前はまだ…<生きて>いたじゃないか!…まだ、時間が…あったじゃないか!』
キャプテン・ルーガの肩が震えている。今にもあふれそうな感情を抑えて、彼女は必死でエルレーンに言い聞かせる…
『…嫌…!帰りたくない!…ルーガ!わ、私…!』
『ダメだ!お前は、帰るんだ…!まだ、こっちに来てはいけない…!』
キャプテン・ルーガはかたくなに拒みつづける。エルレーンを己の今いる世界、「死」の世界から遠ざけようと…
『る、ルーガ…!だ、だって、もう、私…どうしていいか、わからなくて、苦しくて、つらくて…!
…い、嫌だよ、もう…!帰りたくない!…ルーガのそばで、ルーガのそばで暮らすんだッ!昔みたいに…!!』
『…!!』
エルレーンはそれでもあきらめない。いつのまにか、彼女は泣いていた。
泣きながらも、孤独と戦いの宿命、ゲッターチームに対する激しいアンビバレンツにさいなまれることのつらさを叫び、愛しい友人と再び暮らしたいと懸命に叫ぶ。
キャプテン・ルーガはそれを胸が引き裂かれるような思いで聞いていた…
このまま、「生」の世界で苦しむエルレーンを連れて行ければ、どんなにいいだろう。
…そうすれば、もうこの子は二度と苦しむことはない。
この可憐な、哀しい宿命を負う少女を苦しめるものは、何もない…
だが、彼女はそれを選ばなかった。
自分の中のその感情を必死で抑え、キャプテン・ルーガはエルレーンの願いを拒絶する…!
『…?!』
エルレーンの瞳に、信じられない光景が映っていた。
…キャプテン・ルーガは、泣いていた。
金色の瞳から、輝く涙が光の粒となってこぼれ落ちていく…
エルレーンをまっすぐ真剣に見つめるその両目から、止まることのない涙が流れ落ちていた…
それは、エルレーンがはじめて見る、キャプテン・ルーガの涙だった。
『…ダメだ!お前は、帰らなくてはならない…お前は探すんだ、お前の為すべきことを、お前の<答え>を探すんだ…!』
『…!』
『案ずるな、…私は、ずっと見ている…お前の戦いを、お前の<答え>を…』
『ルーガ…』
その時だった。唐突に強烈な光が、自分の周りの闇を一気に切り裂いた。
『?!』
その光のナイフに邪魔されて、キャプテン・ルーガの姿が見えなくなる。
『ルーガァッ!ルーガァッ?!』
友の名を懸命に叫ぶエルレーン。
その間にも、自分を取りまく光は一挙にその量を増し、自分の身体に絡みつき始めた。そして、それが熱へと変わる。
『ルーガァッ!』
『…エルレーン…私は、見ている…だから…』
最後にかすかに聞こえた、キャプテン・ルーガの声。その姿はもう、エルレーンには見えなかった。
そして荒れ狂う光の渦の中、エルレーンは意識を失った…

「…」
目を開くと、そこには白い天井があった。
身体が重い。…だが、手を動かしてみると、容易に動く。どうやら自分がベッドに寝かされているという事がわかる。
左手首にはいつのまにか包帯が巻かれている。右腕には、輸血パックの針が刺さっていた。
「…お、お前、目が覚めたのか」
声が聞こえた。
「…もんじ、くん…?」
その声の主の名を呼ぶ。文次親分は心配そうな顔で、ベッドに横たわるエルレーンを見つめる。
…敵とはいえ、手首を切って血まみれで倒れている人間を、ほうっておけるような人間ではなかったのだ。
「お、お前…なんで…あんなことしたんだよ…」
遠慮がちに、聞く。小さな声で。
だがエルレーンは天井をぼんやり見つめたまま何も答えない…
…だが、ようやく彼女は思い出したらしい…ぽつりと彼女がつぶやくのを、文次親分は聞いた。
「…ルーガ…泣いてた…」
「え、え…?!」
「…泣いてるルーガ、はじめてみた…きっと、私が悪いんだ…私が悪いことしたから、ルーガを哀しませちゃったんだ…」
「お、おめー、何言ってんだ…?」
彼女がいっていることがわからないまま、文次親分はそれを聞いている。
「文次君…私を、たすけて、くれたんだね…」
エルレーンはゆっくりと身を起こし、文次親分のほうに顔を向けて言う。
輸血のかいあって、その顔にはだいぶ血の色が戻ってはいる。
「お…おうよ」
「ありがとう…でも、うれしく、なかったよ…!」
哀しげに微笑いながら、エルレーンは首を横に振った。
「…!」文次親分の顔に驚きの色が走る。
エルレーンの瞳がみるみるうちに涙でいっぱいになり、そして頬をつたい流れ落ちていく…
「もし、あのままだったら、私…ルーガと一緒に、行けたのに…!
…ま、また、ここに帰ってきちゃったら、私…りょ、リョウたちを殺さなきゃいけないじゃないかぁっ…!!」
「…!!」
エルレーンの透明な瞳からは絶望の涙が流れ落ちる。
エルレーンはしばらく顔を伏せたまま泣きじゃくっていたが、やがて無言で輸血パックの針を腕から引き抜いた…
刺さっていた場所からぽたぽたと赤い血液がベッドにこぼれ落ちた。
「お、おい!」
文次親分の制止は遅すぎた。エルレーンはかまうことなくベッドから降り、よろける身体を何とか支えた。
「…え、エルレーン…」
「…でも、ありがとう、文次君…私、ルーガに怒られたから…」
「…?!」
「私、生きて『答え』を探さなきゃいけないんだって…私の、『答え』を、探さなきゃ…」
「お、おい!」
窓を静かに開け、夜空を見つめるエルレーンに…何かを言おうとして、何もいえなかった。
「…さよなら」
ふりかえるエルレーンは軽く文次親分に微笑んだ。そしてそれだけ短く言って、エルレーンは窓の外へ軽く跳躍した。
「?!」
この病室、3階だぞ?!
文次親分は慌てて窓の外にかけより彼女を探す。
…部屋の真下、暗い小さな人影がどこかへ走っていくのが見えた。その影は、二度と振り返らなかった。
「…文次!おい!エルレーンは!」
そのときちょうど早乙女博士とリョウたちゲッターチームが病室に駆け込んでくる。
「…」
今自分の前で起きたことにショックを受け、呆然としている文次親分。だが、これだけは言葉を振り絞って、言った。
「…いっちまったよ、たった今、どっかにな…」
白いベッドの上。抜き去られた輸血針から、血液がこぼれている。白いシーツに、点々と赤いしみ。
それだけを残し、エルレーンは闇の中に消え去っていったのだ…

先ほど見たままの光景を、文次親分はゲッターチームに伝えた。ぽつり、ぽつりと。
「……」
その凄まじさ、哀しさに…誰も二の句がつげない。
「なんで…」
ムサシがやっとそれを言葉に出す。
「なんで、そんな…」
だが、そこで彼の言葉は止まってしまう。
「……」
目を閉じ、何も言わず沈痛な面持ちのままのハヤト。
早乙女博士とミチルも、目を伏せて黙り込んでしまった。
そしてリョウ。彼は、ベッドに残った赤いしみをぼんやりと見つめていた。
エルレーンの苦悩が、そこから伝わってくるような気がした。
「エルレーン…お前は…どこへ行くんだ…?」
答えなど返らない問いが、つぶやきとなって唇からもれた。

闇夜の中をエルレーンは走っていた。町を離れ、浅間山中へと駆け戻っていく。
走り抜けていく先には、暗い森。満月の光に照らされてもなお、そこには深い闇がある。
その森に足を踏み入れるや否や、彼女に限界がきた。
手首を切った時に大量の出血をした彼女には、輸血を多少したとはいえ、走るのはかなりの負担だったのだ。
強烈に頭がくらくらとする。すうっと血の気が引いていく。
…そして、エルレーンはどさっとやわらかい草むらに倒れこんだ。
「…はぁ…はぁ…」
熱い息を吐きながら、必死で空気を吸い込もうとする。
「…っ…はぁ…っ…!!」
吐息とともに、途端にまた哀しみがあふれだした。
「…っ…ふ……っ…!」
エルレーンはすすり泣いていた。
真っ暗な闇が、自分をつかんでいる。
『ルーガ…ルーガ…!…私の<答え>って、いったい何…?!…どうすれば、見つけられるの…?!
教えて、ルーガ…!…私、私…わから、ない…!』
ぶるぶると震えながら、大きく息をつく。
そして、長く、ゆっくりと…肺の中にある空気全てを、自分の命を吐き出すかのように…息を吐き出した。
彼女の意識は、深い闇に落ちていった…

秋の夜空に、美しい満月が光っていた。
彼女が愛した満月。だがもはや彼女の目にそれは映らない。
5回目の満月、最後の満月が沈んでしまうというのに。
煌々と光る月が、森で眠る少女を照らし出している…


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