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◆ 緑の草原、風の音
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さわさわと草を風がなでていく音がする。
その音が心地いい。心が静かになっていく気がする。
草原に寝転んでいるエルレーンは、高い空を見つめていた。
ときおり鳥が鳴き声をあげながら空をわたっていく。
…あの鳥は…どこへ、いくのだろう?
飛ぶ鳥と同じように、彼女の思いもかけめぐるようにとりとめなく移り変わっていく。
だが、自分に近づく「殺気」の存在に近づくと、その目が一瞬にしてするどい「戦士」のものになり、思考が切り替わった。
「…無駄よ。前と同じこと。ゲッター無しのあなたじゃ私には勝てないのよ」
その「殺気」の主のほうをみないまま、エルレーンが言う。
相手は一瞬たじろいだが、すぐに気を取り戻したようだった。
「…私、何度も言っているように、ゲッターに乗っていないあなたたちとやりあうつもりは無いのよ…ハヤト君」
そう言いながらがばっとエルレーンが身をひるがえすのと、ハヤトがエルレーンに飛びかかったのはほぼ同時だった。
ハヤトは右手に折りたたみナイフを持ち、エルレーンに向かっていく。
「そんなこと、いわれたって、お前は俺たちの敵だろうが!」
だがハヤトの動きはまるで読まれているかのようにかわされる一方だ。
「…もうっ!ハヤト君の、わからず屋っ!」
ハヤトの動きは決して遅くない。
むしろゲッターチームで高速のゲッター2のパイロットをまかされていることからわかるように、むしろかなり素早い動きだ。
常人なら翻弄されるばかりだろう。
だが、エルレーンはそんなハヤトの上をいっている。ナイフを紙一重でかわし、突きや蹴りをハヤトにくらわせていく。
「ていっ!」
一瞬の隙を突き、エルレーンがハヤトのナイフを蹴りあげた。
同時にハヤトにタックルをくらわし、草むらにどうっと押し倒した。そして飛ばされたナイフを受け止め刃をハヤトに向け振り降ろす!
ガッ、という音と共に、ナイフの切っ先がハヤトの左頬ぎりぎりの地面に突き刺された。
「…くっ…」
ハヤトが態勢を立て直そうとしたときにはもう遅かった。
両腕を自分の頭上で抑え込まれ、上からのしかかられている。エルレーンの右手にはいまだにナイフが握られている…
「…くそっ…オレの…負けだ。…さあ、それで刺すなりなんなり、どうとでもしろよ…」
観念したのか、落ち着き払った声でハヤトが言う。エルレーンはすぐにはそれに答えず、ハヤトを見ている。
じっと見つめるその目を見て、ハヤトは思った。
こいつ、こうしてみると…本当に…リョウと何も変わらねえように見える…
顔も…姿かたちも…何もかも…
ハヤトの目にうつる目の前の女は、性別が違うだけでまったく彼の親友と同じ姿をしているのだ。
整った顔立ち、意思の強そうな目、長いまつげ、きっと結ばれた小さめの唇。
まるでその親友を見ているような、しかし違う…そんな奇妙な感覚だった。
だから、その顔が急に近づいたときは、もっと驚いた。
「…?!」
…あまりにいきなりだったので、心臓がどきまぎする…
何をされるのかと身構えていたが、どうやら彼女の興味を引いているものは、自分の胸元にあるらしい。
銀色のクロスのペンダント。
…それをエルレーンの右手はそっとつまみあげ、しげしげと見つめている。
「…何してる…?!…さわるな!」
彼女の手をふりはらおうとしたが、両腕はいまだ彼女の左腕で拘束されたままだ。
…見た目の華奢さとは違い、かなり強い力で押さえつけられているため、どうしようもない。
「…?」
…すると、彼女はそのペンダントに小さな窓がついていることに気づいた。…ロケットペンダントだ。
親指の爪を使って、その部分を器用に開いた。
…そこには、着物を着た美しい女性の写真がはめ込まれている…ハヤトの亡くなった母親だ。
「おい!…返せよ!」
声を荒げるハヤト。だが、エルレーンはその写真に目をとめたまま、答えようとしない。
「…この人、誰?」
「…俺の、お袋だ!…お前には関係ないことだ。…もう、いいだろう?それに触るな!」
「…『オフクロ』…?」
「!…母親、って事だ!」
要領を得ないエルレーンに、だんだんイライラしてきた。ぶっきらぼうに言い放つ。
しかし、エルレーンの目はそのハヤトの母親の写真に釘付けになったまま動かない。
「母親…おかあ、さん……ああ、わかった!…ハヤト君の、製造者…」
やっと飲み込めたらしいエルレーン。にこっと笑って、そうつぶやく。
「?!…せ、製造者?!…」
そのとんでもない言い回しに思わず声が上ずるハヤト。
…確かに、それはそうなのだが…あまりに言葉が悪すぎる。ハヤトは何か言い返そうと思った…
しかし、目の前にいる女の生まれを思い、ふっとその口をつぐむ。
(…そうだ、この女は…まさしく、「製造」されたんだっけ…)
リョウのクローンとして、ゲッターチームの敵、恐竜帝国の戦士として。
「ふうん、キレイな、人だね!…ハヤト君と、少し、似てる」
「…そうかよ」
「ハヤト君、絵が…上手なんだね?」
「…絵?」
わけのわからないことを言い出すエルレーンに、思わず素で問い掛けてしまうハヤト。
エルレーンもハヤトを見下ろし、言葉を継ぐ。
「これ、ハヤト君が描いたんでしょ?…上手、だね」
…どうやら、母親の写真を…絵だと思っているようだ。
…エルレーンは、「写真」というものを知らないらしい。
「違う…それは『写真』だ。…絵じゃない」
「?…『シャシン』?」
その聞きなれない言葉を聞いた彼女は、しげしげとそれを見つめている。
自分が既に知っている「絵」とは何が違うか…考えているようだ。だが、その考えはまとまらない。
「…ふぅん、『シャシン』…不思議、ね」
そう言いながら、エルレーンはそっとクロスペンダントをハヤトの胸の上に置いた。
…そして、ぱっと彼の上から飛び降り、一歩大きく後ろに引いて彼から距離をおく。
ようやく解放されたハヤトが身を起こす。
「エルレーン、お前…」
…まただ。
また、この女は…俺を、ゲッターチームの一員であるこの俺を殺そうとはしなかった。前と一緒だ…
エルレーンを睨みつけるハヤト。
だが、その視線は彼の困惑しきっている様子がありありとあらわれていた。
「…何度も言うようだけど…私は、ゲッターロボ無しのあなたたちとは、闘う気はない、わ…」
「それが信じられねえんだよ。…なら、お前はどうしてこうも…俺たちの周りをうろつきやがる?!」
敵とは思えないセリフを吐くエルレーンに対し、苦々しげにそう言い放つハヤト。
「私、地上が好き…私が地上にいては…いけないのかしら?」
逆にエルレーンがそう問いかけた。
…一瞬言葉に詰まるハヤト。確かにこの女が「人間」の世界である地上にいても…何の不自然さもない。彼女は「人間」なのだから。
…しかし、彼女は「恐竜帝国」の一員でもある。
「ああ、ダメだね。お前は恐竜帝国のパイロット…俺たちの敵だ!…だから、俺たちはお前がのさばるのを許すつもりは…お、おい?!」
だが、エルレーンはハヤトの言う事も聞かず、背を向けて立ち去ろうとする。その後姿に声を荒げるハヤト。
…すっと彼女がふりかえり、微笑を浮かべていった。
「…ふふ、じゃあまたね、ハヤト君…」
「お、おい!俺の言う事を…」
だが、彼女はもうふりかえらなかった。緑の草原の海に、溶け込むように消えていき…
後には、ハヤトが一人。一人取り残された彼の髪を、風が弄んでいく。
「…」
ふうっと大きなため息をつく。緊張が解けたせいか、どっと疲れが出てきた…
(…あの女、一体…何を考えていやがるんだ…?)
今しがたまで、そこにいた「敵」のことを考えた。
緑の海に消えたエルレーン。
彼女を捕らえることに、また失敗してしまった。
…だが、それ以上にハヤトを戸惑わせたのは…あのときの、写真を見つめて不思議そうな顔をした…エルレーンの、あどけなさ。
「…くそっ」
…その表情が、何故か胸を離れない。
足元の土をざっと蹴って、それを打ち消そうとしたが…彼女の幻影は、彼の心にたゆたいつづけた。


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