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◆ 最後の戦いの場へ
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「な、No.39!…き、キサマ、今の今まで一体何をしておったのだ?!」
ガレリイ長官のすっとんきょうな声が帝王の間に響いた。
…ここ10日ほど…小型の高性能爆弾を持ちだしたまま、どこかへ行方をくらませていたNo.39が、再び自分たちの前に姿をあらわしたのだ。驚かぬはずもない。
「連絡もせず、爆弾まで持ちだし…キサマ、一体何を考えておるのだ?!」
「…」
「しかも、キサマは後3、4日で死ぬんじゃぞ!それにもかかわらず、何を時間を無駄にしている?!」
「…」
No.39は、そんなぎゃんぎゃんとうるさいガレリイ長官には目もくれない。
まっすぐに、玉座に鎮座する帝王ゴールのほうへ向かっていく。
「!!…人の話を聞かんか、このできそこないめッ!」
無視されたガレリイ長官が怒り心頭に達したという様子で、罵りの言葉を投げつける。
…しかし、エルレーンは軽く片眉を動かしただけで、その言葉にもふりかえらない。
その表情には、ゆるぎない決意がただよっている。
「…No.39よ。…何用だ」
重々しく、帝王ゴールが口を開いた。低く重みのある声が、帝王の間にかすかに反響する。
「…」
一瞬、エルレーンは目をふせた。だがすぐに、きっと瞳をあげ、きっぱりとこう告げた。
「…明日、メカザウルス・ラルで…早乙女研究所を、攻撃します」
「…!」
「な…き、キサマ!何を言っておるかわかっておるのか?!」
ガレリイ長官が慌てた様子で言う。
一介の兵士、いや「兵器」にすぎないNo.39。そのNo.39が、恐竜帝国の支配者・帝王ゴールに出撃命令を出すよう、要請しているのだ。
不遜かつ、自分の立場をわきまえていない発言だ…
しかし、帝王ゴールは、何も言わず、目の前に立つ「人間」の少女に視線を注いでいる。
自身に比べ、その「兵器」であるイキモノは遥か小さく、弱々しい肉体をしている。
しかし、その瞳には決して揺らがない、強い強い光が宿っていた…
「…お前は、ゲッターに…勝てると思っているのか」
その瞳を見つめ、帝王ゴールが問う。
エルレーンは彼をまっすぐ見返し、穏やかな口調で答える。
「…勝てなくとも…少なくとも、相打ちに…します。私は…私の、オリジナル、流竜馬を…必ず、殺し、ます」
冷静な、冷静すぎる口調で彼女は答えた。その表情には、なんの惑いも浮かんでいない…
「…」
帝王ゴールは見る。少女のその瞳を。
あと3、4日で生命がつきるはずの少女を。
だが、彼女の瞳に宿る光は…死に面した者のモノとは思えないほど、強かった。
「…よかろう」
帝王ゴールは、それゆえに許可の言葉を口にした。
「ご、ゴール様?!」
「…ありがとうございます」
エルレーンは静かに一礼をし、帝王の間から辞去しようとする。
思わずそれをとどめようとしたバット将軍やガレリイ長官が声をかける間もなく、その後ろ姿は廊下へと消えていってしまった。
「ご、ゴール様…な、何故ですか?!」バット将軍が、あっさりとNo.39の望みどおりの命令を与えてしまったゴールに対し、戸惑い気味に問いかけた。
「…バット将軍、あのNo.39は…もう死ぬのだ。死ぬしかないのだ。…ならば、『兵器』として…それなりの死を…与えてやるべきだろう」
「…は、はあ…」
「ガレリイ長官、メカザウルス・ラルの準備をしてやるがいい…」
「わ、わかりました…」
不承不承ながら、帝王の命令には逆らわず、ガレリイ長官は格納庫に向かった。
「…」
バット将軍も同様に帝王ゴールに一礼をすると、出撃準備のため、帝王の間を去っていった。
そして、帝王の間には、帝王ゴールのみが残された。
「…」
ずいぶんと長い間、ゴールは玉座の上で考え込んでいた。両目を閉じて、じっと考えつづけていた。
考えていた。今までのことを。あのイキモノのことを。
だがその答えは、いつまでももやもやとした曖昧な霧のようなものにしかならなかった。

そして、次の日の早朝。
メカザウルス格納庫にエルレーンが姿をあらわした。かつん、かつんという規則的な足音が、静まり返った格納庫に響く。
誰も彼女を見送るものはいない。格納庫にいるごく少数の恐竜兵士すら、彼女には目もくれない。
これがエルレーンの最後の戦い、死出の旅になるというのに…
だが、少女の表情には、最早何のかげりも迷いもなかった。そんなことに気をもむ事もなく、自分のメカザウルスであるメカザウルス・ラルに向かう…
…と、そのメカザウルス・ラルの前に、誰かが立っているのが見えた。
それは、恐竜帝国の支配者、帝王ゴールその人だった。
「…ゴール、様…」
思いもかけなかった帝王の姿に、エルレーンが驚いた風を見せる。
そんな彼女の姿を認めたゴールは、静かにエルレーンのほうに歩み寄ってきた。
「…No.39。…行くのか」
穏やかな声で、帝王が問うた。
「…はい」
エルレーンはそう答えた。
帝王の瞳に映る彼女は、やはり昨日と同じく、芯に秘めた強さをほどばしらせていた。
その強さは、他の軟弱な、それでいて口だけは立派なキャプテンどもを遥かに上回る「心の強さ」のように思えた。
帝王ゴールはすっと瞳を閉じ、戦死した部下を思った。
キャプテン・ルーガ…彼女が、この「人間」を、「兵器」を…母親のように守り、育てたのだ。
その彼女もいない今、この「兵器」は自らの死に向かって突き進む…
「…No.39、お前は、この6ヶ月間…わが恐竜帝国のため、よくやってくれた」
だから、帝王ゴールはNo.39の瞳をまっすぐ見下ろし、そう言った。
その思わぬ言葉に、彼女の表情がはっと変わるのがわかった。
この「兵器」が、マシーンランドのキャプテンや恐竜兵士たちにどう扱われていたか、それくらいは彼も知っていた。
それが、理不尽極まりないものであることも理解していた。
…「人間」に対抗するために作った「人間」…「兵器」であるNo.39を、まるで「捨て駒」のように、邪魔者のように彼らは扱っていた。
だが、帝王自身もまた「人間」という忌まわしい自らの敵…その一員であるNo.39に対して、少なからず複雑な思いを抱かざるをえなかった。
愛しい娘を殺した「人間」…確かに、この少女はその「人間」であるのだ。
しかし、その「人間」を…キャプテン・ルーガは守るべき「仲間」として扱い、そして必死に守ろうとした…
だからこそこのNo.39は、かつてのNo.0のように暴走する事もなかったのだろう。
人間の凶暴性を剥き出しにすることもなく、No.39はいくつもの重要な任務を見事にこなしてみせた。
それも、キャプテン・ルーガという存在があったからであろう…
そして、その彼女がゲッターチームに殺された事で、このNo.39の運命は半ば決まってしまったも同然だったのだ…
ゲッターチームを憎み、殺し、自らもその闘いに果てるという、悲劇的な運命。
それを承知でいながら…いや、だからこそ、帝王ゴールはそう言った。
せめて、「兵器」として生きたこのちっぽけなイキモノの最後を、このちっぽけなイキモノの存在した意義を認めてやらねばならない。
それが、ゲッターチームを倒すためそれを生み出すよう命じた、「帝王」としての義務だと感じた…
「…お前は、あのサルどもと同じ種であるとはいえ…立派な、恐竜帝国の戦士だ…」
それは、彼の本意でもあった。
このNo.39は、他のキャプテンがなしえないような困難な仕事…ゲッターロボを追い詰め、ゲッターナバロン砲を破壊するという…を、見事に成し遂げたのだから。
それを上手く言葉にして、彼女を賞賛する事に彼は長けていなかった。
だが、その思いだけは、No.39に伝わる…
「ゴール様…」
No.39は…それを聞いた「エルレーン」は、一瞬複雑な表情を見せた。
微笑おうとして微笑えない、うっすらとその瞳が涙で光る…彼女はいったん顔を伏せ、黙り込んだ。
そして一瞬の後、顔を上げ…にこりとゴールに微笑んでみせた。
それはいつだったか、キャプテン・ルーガの前で彼女が見せていたような無邪気なものではなく、深い哀しみを無理に押し隠すような…そんな微笑だった…
「…私は、私の戦いをするだけです…さようなら、ゴール様…」
彼女はぽつりとそう言い、背中の剣…彼女の身長には不釣合いなほど長い剣…それは、キャプテン・ルーガの遺品…を手にし、戦士の礼をした。
…そして、メカザウルス・ラルに向かう。
メカザウルス・ラルのコクピットに乗り込んだエルレーンが、エンジンをかけた。
同時に、メカザウルス・ラルの瞳に光が入る。翼を大きく伸ばし、メカザウルス・ラルは体の向きを発射口に向ける。
…と、一瞬…No.39は、メカザウルス・ラルの傍らに立ち、その出発を見送る帝王ゴールに視線を向けた。
…帝王ゴールは、厳かにうなずいた…万感の思いを、込めて。
メカザウルス・ラルが飛び立つ。その勢いで生まれた突風が、ゴールのまわりを渦巻き、彼のマントをばさばさともてあそぶ。
その風に一瞬気をとられたが、帝王ゴールは再びメカザウルス・ラルのほうに目を向ける…
その姿は発射口に吸い込まれ、もはや点よりも小さくなっていた。
「…」
帝王ゴールは、それにもかかわらず、しばらくその場にたたずみ、発射口を…メカザウルス・ラルの飛び立った発射口を見つめつづけていた。
もう数時間もすれば、No.39は早乙女研究所に到達するであろう。
そしてゲッターロボと闘う…
勝つにせよ、負けるにせよ、それは死を迎えたあの「兵器」の、最後の戦いとなる…
それを、自分は見届けねばならない。それは、あれを作らせた、「帝王」としての責任だった。
やがて、帝王ゴールは身をひるがえし、帝王の間に向かった。
あの「兵器」が最後に見せた、あの哀しげな微笑が思い浮かぶ。
(…我らは…「人間」を、あのNo.39を…造ってはならなかったのではないか…?)
No.39を見るたび胸をかすめてきたあの問いが、答えのない問いがまた帝王の心に浮かぶ。
その答えが、もうすぐ出るだろう。
そしてその答えがどんなものであろうと、自分はそれに対する責任をとらねばならない。
帝王の足取りは、重かった。
しかし、先ほど自分の瞳に映った、あのNo.39の悲壮なまでの姿…それに比べれば、当たり前のようにそれは軽い。
それゆえ、帝王ゴールは何も言わないまま、帝王の間に向かい、歩みつづけた…


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