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◆ リョウ(私と同じモノでできた、私の…)
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「…今度という今度は愛想が尽きた!お前、一体何考えてんだ?!
あれだけ俺が言ったにもかかわらず、またあの女と会いやがって!」
リョウの鞭打つような怒鳴り声が司令室中に響き渡る。
思わずはたでそれを聞いているミチルやハヤトが身をすくめてしまうほどの勢いだ。
エルレーンと仔猫たちを埋葬していたところを、運悪く今度はミチルに見られてしまったのだ。
その場ではそれに気づかないまま失意に沈むエルレーンと別れたのだが、早乙女研究所に足を踏み入れるなり怒髪天をつく勢いのリョウに出迎えられた。
…そして、司令室でたった今その怒れるリョウに説教されているというわけである。
ハヤトもミチルも、早乙女博士も怒りに勢いづいたリョウを止められずにいる。厳しく問い詰めるリョウをなだめもできず、ただその光景を見ている…
ムサシは神妙な顔つきで床に正座し、それをただ聞いている。否定も肯定もせずに。
…なぜなら彼の脳裏には、未だにエルレーンの衝撃の告白が尾を引いていたからだ。
「…聞いているのか、ムサシ?!」
自分の話を聞いているのかいないのか、反省の色すら見えないムサシに苛立ちを隠せないリョウ。
「あ、ああ…」
「お前、どういうつもりなんだ?…なんで、自分から好き好んであのエルレーンと会ってた?」
ハヤトが静かな口調で問い掛ける。しかしムサシは黙り込んだまま、答えない。
「…お前〜!!」
そんなムサシの態度に腹を立て、足音粗く彼のまん前に立つリョウ。
がっ、とムサシの胸元をつかみあげ、思いっきり引き寄せてつりあげる。…だが、ムサシは抵抗もしない。ふっと目を伏せるだけだ。
「ムサシ!いいかげんに…」
「…リョウ、あの女…あと2ヶ月半ほどで、死んじまうらしいんだ」
「…何…?」
リョウの動きが、その言葉に一瞬ぴたりと止まる。
つかんでいた服を放すと、ムサシの身体がどさりと床に落ちた。
「…ど、どういうことなのかね、ムサシ君?!」
思わず立ち上がる早乙女博士。
「あの女が…」
「あと、2ヵ月半で…?!」
ハヤトとミチルも思っても見ないムサシの言葉にたじろいでいる。
「どういうことだ、ムサシ…?」
リョウがその言葉の意味を確かめようと言葉を継ぐ。
「…エルレーン本人が…言ってた。…あいつ、生まれつき…半年しか、生きられない身体らしい」
「は、半年…だと?」
「…!」
その時、ミチルの胸によぎる、あの「言葉」。
あの、夜の草原で…星を見上げるエルレーンがつぶやいた、あの「言葉」。
(プロキオン、シリウス、ペテルギウス…冬の星座、冬の星…
あれ、あれって…「冬までは生きられないから『見られない』」っていう意味だったの…?!)
ようやくその時、あの謎めいた発言の意味がミチルのなかで形を為した。
「……」
博士もそのことを思い出したらしく、その言葉の意味をかみしめるように、じっと目を閉じて立ちつくしている。
「…オイラ、…だから、もう…」
「…それが、どうしたっていうんだ?!」
何かを言いかけたムサシのその言葉を打ち消すように、突然リョウが大声をあげる。
「…?!」
「あいつが後2ヵ月半で死ぬからそれがどうしたっていうんだ?!あいつは敵だ!俺達ゲッターチームの…敵なんだ!
…勝手に死なせとけばいいだろうが!」
まるでやけになっているかのように、ぞんざいな口調で。
「!…り、リョウ!…それ、本気で言ってるのかよ!」
ムサシがその冷たい言葉に怒りを覚え、立ち上がってリョウを睨みつける。
負けずにリョウも睨み返す。炎の燃えるような瞳。エルレーンとは、違う瞳。
「り、リョウ…?」
「リョウ君…?!」
ハヤトたちも急に声を荒げ、残酷な事を言い放つリョウに戸惑いを隠せない。
普段の彼なら、そんなことは絶対に言わない…
だが、彼は本気のようだ。
「ああそうだ!…大体、お前のほうがおかしいんだ!敵であるアイツが死のうが生きようが、どうでもいいことだろう?!」
「…!!」
ムサシは恐ろしい言葉を口にするリョウを信じられない思いで見ていた。
かつて敵対したキャプテンを助けた事すらあったリョウ。
それくらい心優しく正義感あふれるリョウが…今、まったくそれとは逆の事を言い放つ。
「…!!」
リョウは、ムサシの自分をみる失望の目に耐えかねるように目をそらした。
…そして、無言のまま司令室を出て行った。
「…リョウ…あいつ…」
「いつものこととはいえ…でも、あんなことまで…!」
ミチルもショックを隠し切れない様子だ。
「…何か、彼女に対して…思うことがあるんだろうな…」
博士がため息とともにつぶやいた。司令室に、心地よくない沈黙が訪れた。

「……!」
無言のまま、リョウはサイドカーを走らせていた。
思い切りアクセルをふかし、全速力で草原を貫く砂利道を駆け抜ける。どこへいくかなんてあてはない。ただ、走っていたかった。
だが、いくらスピードを出して走っても、ムサシの言葉が頭に絡み付いてはなれない。
『あの女…あと2ヶ月半ほどで、死んじまうらしいんだ』
『…あいつ、生まれつき…半年しか、生きられない身体らしい…』
「…それが、どうしたってんだよッ?!」
感情を声に出してその言葉を振り払おうとする。だが、その音はサイドカーの爆音でかき消される。
…あの女、エルレーンの姿が…思い浮かぶ。それに気づき必死にそれを思い浮かべまいとしても、後から後から、彼女の姿が…目に浮かぶ。
メカザウルスに乗り、ゲッターに攻撃を仕掛けてきた……「俺」の顔。
無邪気に笑う…「俺」の顔。
流れ出る涙をぬぐおうともせず泣きつづける…「俺」の顔。
ムサシと親しげに笑いあう…「俺」の顔。
…「俺」の……「俺」の顔をした、「女」…!
途端にあの強烈ないらつきが胸に込み上げてくるのがわかった。
自分の、必死で押し殺している部分を…ぐっ、と無造作につかまれるあの感触。呼吸が一瞬、苦しくなる。
「…?!」
一瞬、運転から注意がそれた。気づいた時には、遅かった。
…サイドカーは、急カーブに差し掛かっていた。目の前には、ガードレール…そして、その向こうには切り立つ崖!
「!!」決死の思いでブレーキを踏みながら、全力でアクセルを切るリョウ。
強烈なブレーキ音を立てながら、サイドカーは勢いあまってずるずると路面を滑る…!
「…ぐうっ!!」
その勢いに耐え切れず、リョウの身体がサイドカーから放り出される。
彼の身体は固い路面にバウンドし、あまりの痛みに思わず悲鳴をあげるリョウ。
…何とかサイドカーもガードレールにぶつかり止った…だが、痛みで体が動かない。
…腕や足は動くし、何処の骨も折れてはいないようだが…左足が、異様に痛い。
見ると、地面にすった部分が切れ、かなり血がにじんでいる。…しばらくはじっとしているほかないだろう。
人里離れたこのあたりの道は、交通量自体が少ない。誰かが怪我した自分を見つけてくれるということはなさそうだった。
ため息をつき、リョウは空を見上げるのみだった。
(……)
真っ青な空に、白い雲が流れていく。
鳥の声。静かな風の音。夏の昼下がり。
(…どうして、俺は…)
また、あの疑問が浮かんできた。
(あの…女のことになると…いつも、こうなんだろう…?)
リョウ自身、その理由をつかめないままでいた。
先ほど研究所で、ムサシの目の前で言ったせりふを反芻する。
あんな残酷で冷たいセリフ、自分で言ったなんて信じられないくらいだ。
(ムサシの奴…俺のことを「冷血漢」だっていうような目で…俺を見てたな…でも)
エルレーンのことが一瞬また頭に浮かぶ。とたんにかあっと血がのぼるのがわかる。怒りや混乱がまたリョウの精神を支配する。
(…ムサシが悪いんだ!あいつは、ゲッターチームのくせに、恐竜帝国のあの女に近づいた!あの女に…エルレーンに!!)
「…り、リョウ?!」
その声が、リョウの思考の流れを唐突に断ち切った。
いつのまにか、目の前に一人の少女が立っていた。
…その声は、まさしく…自分自身のクローン、エルレーン!
「?!…エルレーン!」
憎悪の感情が一気にリョウの顔に浮かび上がる。
思わず立ち上がり、相手と距離をとろうとするリョウ。
「?!…あうっ?!」
…だが体が衝撃でまだ動かない。傷ついた足から全身を貫く痛みが走り、リョウは思わず身を丸める。
「リョウ…怪我、してるの…?」
リョウが痛みで動けずにいるのがわかったようだ。リョウのそばに駆け寄ってくるエルレーン。
「来るなァッ!!」
リョウの怒号。その凄まじさに、エルレーンがびくっと震え、立ち尽くす。
…そして、「どうして?」というような表情をしてリョウを見つめる。…その表情すら癇に障る。
リョウの目に映る、エルレーン。…ガントレット、ビスチェ、ショートパンツ、ショートブーツ…
その隙間からのぞく、白い肌、白い胸元。女らしい細身の身体…そして、自分と同じ顔…!!
「り、リョウ…でも、怪我してるじゃない!…そのままじゃ」
「うるさい!近寄るな!俺に…俺に、近寄るなァァァッッッ!!」
最早絶叫に近い。リョウはかたくなにエルレーンが近づく事を拒む。
「…!」
一瞬戸惑ったが、やはり放ってはおけないと思ったのだろう。
エルレーンはリョウのそばにかけより、腰につけたウエストポーチから何かを取り出そうとしている。
…怪我の手当てをしようとしているようだ。
それくらいはリョウにもわかった。彼女が自分を殺そうとしているのではない事ぐらいは。
…だが、横たわるリョウの目に、エルレーンが映る…「女」の、自分。
途端、ぎゅっ、と心臓をつかまれる「あの」感触…混乱と怒りで、目の前がかあっと真っ赤に染まった。
「…!」
「?!…やぁっ?!」
ぱあん、と乾いた音が響く。
エルレーンの頬がほのかに赤く染まる。強い痛みではない。…だが、頬を張られたというショックが彼女を揺さぶる。
ゆっくりとその部分に手をあて、「信じられない」というような顔をして自分を殴ったリョウを見つめる。
「…はぁ、はぁ、はぁ…よ、寄るな…俺に近寄るなッ!…消えろ!消えろォォォッッ!!」
なおもリョウは絶叫する。動けない身体で、エルレーンをギリギリと睨みつけて。
その眼光の鋭さに…あとずさるエルレーン。…と、同時にエルレーンの両目から、透明な涙がこぼれおちる。
「ど…どうして…?!…ひどい、よ…リョウ…!!」
「…!」
その視線に耐え切れず、目をそらすリョウ。そのまま、彼女を見まいとする…
「…っく…り、リョウの、バカ…ッ…!」
リョウの耳に、その言葉だけ小さく聞こえた。…そして、遠ざかっていく足音。
しゃくりあげるような声も、そのうち聞こえなくなった…
「……」
ゆっくりと、さっきまでエルレーンがいた方向に振り向くリョウ。だが、もうそこには誰もいない。
「…!!」
リョウは自分の右手を見つめた。…自分を助けようとした、あの女を…この手で、殴った…!
その否定し得ない真実。自分でも自分が信じられない。
(…あ……あ……俺、一体、どうして…)
何故あの女をここまで憎むのか?何故あの女をここまで避けるのか?
そして…何故あの女を、ここまで「恐れて」いるのか…?!
そのどの自問にも答えられない。後味の悪い後悔だけが苦々しくリョウを責める。
(エルレーン…俺のクローン、俺と同じ顔をした…「女」…)
先ほど、エルレーンが見せた涙が、リョウの心を責めつづける…責めさいなむ。
繰り返し、繰り返し…


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