--------------------------------------------------
◆ キャプテン・ルーガ
--------------------------------------------------
「…キャプテン・ルーガ、ただいま推参いたしました」
恐竜帝国のキャプテン・キャプテン・ルーガが帝王ゴールの座に近づき、敬礼する。
「うむ。…キャプテン・ルーガよ。お前に頼みたい事があるのだ」
「はっ。何でございましょう」
「…ガレリイ長官」
そういって帝王ゴールはかたわらのガレリイ長官に指示する。
「はい。…キャプテン・ルーガよ、お前に、頼みたいというのはだな」
「はい」
「あの『No.0』を再び作成したのだ。その管理に当たってほしいのじゃ」
「?!…な、『No.0』を?!」
その言葉を聞き、さあっとキャプテン・ルーガの血の気が引いていく。
「いやいや安心召され。あの欠点…異常なまでの凶暴さは調整(モデュレイテッド)済みじゃ。…その上、兵器としての強化(ブーステッド)もしておる」
「…し、しかし、なぜ…そこまでして、流竜馬のクローンをまた?!」
「キャプテン・ルーガよ、その理由は…お前にもわかっているはずだ」
キャプテン・ルーガの上官でもある、バット将軍が言い添えた。
「…残念ながら、我々ハ虫人類は、思考スピードという点であのサルどもに遥か劣る…
それゆえ、今までのゲッターロボの戦いで、勇敢なキャプテンが手も足も出ず奴らに屠られてしまったのだ」
「はい。承知しております」
「この弱点…残念ながら我々にはどうすることも出来ない。…だが」
深いため息を吐いて、バット将軍は続けた。
「奴らと同じ『人間』であるならば…見劣りせず戦えるはずだ」
「し、しかし…」
「キャプテン・ルーガよ。剣の腕が自慢のお前にとっては無益の策のように思えるかもしれん。…だが、捨て駒としても役に立つではないか。
…それに、奴らゲッターチームに対する、心理的な攻撃にもな」
ガレリイ長官が、臆面もなく言い放った。
「…」黙り込むキャプテン・ルーガ。
「わしからも頼む、キャプテン・ルーガよ」
帝王ゴールが厳かに言い放った。
「…万が一、再びそやつが暴走した時…すぐに対抗できるのは、お前ぐらいしかいないのだ」
「…わかりました。帝王ゴール様のお心のままに…」
そう言って、剣を構える戦士の礼をし、帝王の座を辞去するキャプテン・ルーガ。
その後をガレリイ長官が追っていった。
「頼んだぞキャプテン・ルーガ。お主ほどの腕の持ち主なら、あれもすぐに飼いならせるだろう」
ガレリイ長官の言葉が背中から追いかけてくる。
『飼いならす…だと?』
苦い思いがキャプテン・ルーガの心中に広がる。
あなたがかつて作った「No.0」が何をしたか忘れたのか。
恐竜兵士200人あまりをたった一人で殺したのだぞ。
私の部下も、含めて…
そのようなバケモノを、ゲッターチームに対抗するためとはいえ、再び作成するとは…!
「…そんなにいきりたつな。…たった6ヶ月のことじゃからのう」
「…6ヶ月?」
その言葉に、思わず足を止めるキャプテン・ルーガ。
「そうじゃ」
やっとの事で彼女に追いついたガレリイ長官が答える。
「あれの凶暴さを調整する際にのう、どうやら…身体の代謝機能かどこかが破壊されてしまったようなんじゃ。
…いくらクローニングしてもメス型になるし…サルどもの身体はよくわからんがのう」
にやりと笑って続ける。
「…6ヶ月ほどで、身体が持たなくなるわけじゃ。…それくらいなら、耐えられようが」
その物言いに思わずキャプテン・ルーガは総毛だった。
…例え敵であるとはいえ、命あるものをこのように弄ぶ…
ほんとうに、科学者という者は!
純然たる戦士のプライドにとって、それは唾棄すべき事であった。
「…今、それは、どこに?」
「おう、こっちじゃ。…今日できたばかりなのじゃ」
そういって特殊プラントのコントロールルームにキャプテン・ルーガを導くガレリイ長官。

モニターに、広い部屋が映し出されていた。
その中央に座り込む、ひとりの『人間』の少女をカメラは映し出している。
忘れもしない、我々の敵とまったく同じ姿かたちをしたモノだった。
流竜馬。
ゲッターロボで我々に歯向かう、早乙女研究所ゲッターチームのリーダー。
…ふん。『人間』、か…うろこもなく、もろそうな外皮…弱そうな体だ。私なら、すぐに壊せるな。
思わずそう思ったキャプテン・ルーガが鼻を鳴らす。
「…おい、No.39に食事は与えたのか?」
ガレリイ長官が通信機で部下に呼びかけた。
「い…いえ」
「…なにをしておる。早くせんか!」
「は、はい!」
慌てた様子の部下が急いで通信を切った。
「…まったく、仕事もちゃんとできんのか最近の若いもんは…」
思わずいつもの愚痴が口をついて出るガレリイ長官。
「…おびえているんでしょうよ。あの『No.0』の…再来ですからね」
「その心配はいらんとあれほど言ったのに。凶暴性はしっかり調整してある」
その時、バタンと音を立てて、モニターされている部屋のドアが開いた。三人の恐竜兵士が入ってくる。
モニターに映る少女はその音にも無関心のようだ。ただその瞳は虚空を見つめている。
「…お、おい!メシだ!!」
恐竜兵士が食物の入った皿を持って、おずおずと近づく。
しかし、それでも彼女はぴくりとも動かない。まるで、心を閉ざしてしまったかのように。
「おい!聞いているのかっ?!」
さらに大声で怒鳴る。だが、反応は変わらない。
「…!!この、サルがぁッ!!」
その反応にかあっとなった彼は、思わず皿を思いっきり少女に投げつけた。
皿は彼女の頭に当たり、食べ物が床にバラバラと散らばる。少女は、皿の当たった部分にゆっくりと手をあて、痛みに耐えている。
だが、その顔は無表情のままだ。
「!!おい!」
それを見たキャプテン・ルーガが通信機で怒鳴りつける。
「何をしている?!」
「す、すいません!しかし、こいつが…」
彼がそういって、少女のほうを振り向こうとした、その瞬間だった。
「?!」
キャプテン・ルーガの目が、信じられない光景を映し出した。
少女はその細身の両足で軽く跳躍し、自分に「攻撃」を仕掛けてきたその兵士に、飛び蹴りを喰らわせたのだ!
「グキャッ…?!」
短い悲鳴が彼の口からもれる。少女の強烈な蹴りは、正確に彼の首の骨を破壊した。
激しい音とともに、恐竜兵士が仰向けに倒れる。その首は、90度に折れ曲がっている…
「…!!…くそっ!!」
キャプテン・ルーガは急いでコントロールルームを駆け出す。
…何が「凶暴性はしっかり調整してある」だ!…危険極まりない、バケモノではないか!
一気にその部屋のドアを蹴破る。だが、少々彼女は遅かった。
残り二人の恐竜兵士も、少女に既に殺されていた。
一人はナイフで首を切り裂かれ、もう一人は…今、少女の胸の中で…首をへし折られて、死んでいる。
「…!!」
少女が殺した兵士を投げ捨てた。まるでゴミのように。…そして、キャプテン・ルーガにゆっくりと目を向ける。
「…!」
彼女は一気にキャプテン・ルーガに襲いかかった!
「…クッ!…や、やめろ、落ち着け!」
攻撃をかわしながら必死で言うキャプテン・ルーガ。
その攻撃はかなり素早く、紙一重でやっとかわしているほどだ。
だが、いかんせん…一撃必殺を狙いすぎる!
瞬時に弱点を読み取ったキャプテン・ルーガは、すぐさま背中の長剣を鞘ごと手にした!
「…はぁっ!!」
つかみかかってきた少女をかわし、その剣で一気に壁に押し付ける…!!
「…くっ…」
少女の首と両腕はキャプテン・ルーガの剣で拘束され、もはや動けない。
本人も観念したのか、抵抗するそぶりは消えうせた。
「…はぁ…はぁ…」
キャプテン・ルーガも荒い息をしている。
そこで、ようやく彼女はその少女の顔をじっくりみることができた。
…報告書の写真で見た、「流竜馬」と、同じ顔。
だが、圧倒的に違うのは…その瞳だった。
同じモノでできているとはいえ、その瞳はまったく違っていた。
燃えるような、意志の強い目をしたオリジナルの流竜馬に比べ…目の前にいる少女の瞳は、透明な瞳だった。
まだ、何色にも染まっていない、それゆえに、全てを映しこむ…
その瞳には、キャプテン・ルーガが映りこんでいた。
「…ようやく、落ち着いたか」
少女の反応を見て、キャプテン・ルーガが出来るだけ穏やかな声で呼びかけた。なるべく、怯えさせないように。
「…」
「…どうした、何故答えない…?」
「…」
無表情にキャプテン・ルーガを見返す少女。
「…お前、ひょっとして…話せ、ない…のか…?」
「…」
少女は何の感情も浮かんでいない目で、キャプテン・ルーガを見返す。
「…お前、名前…は?」
「…」
無言で、押さえつけられている右腕を曲げ、その手首を示す。
その皮でできたブレスレットには、「No.39」と刻印のされたタグがついていた。
「…No.39…?」
「…」
いまだ無言のままの少女。
そっとキャプテン・ルーガは剣を彼女から離し、背中にかけた。
少女は何の反抗も見せず、立ち尽くしている。
改めてその姿をみると、少女が血まみれである事に気づいた。
先ほど殺した恐竜兵士の青い血と…なぜか、人間のモノである、赤い血が全身を染めていた。
だが、彼女の身体には傷らしきものはない。
「…来るんだ」
ドアのほうに歩き、少女に呼びかける。
「来るんだ。…食事より先に、まずその身体の血をどうにかせねばな」
そう言ってキャプテン・ルーガは手招きする。
「…」
少女は、それを見ているだけだ。動こうとはしない。
「…ほら!」
キャプテン・ルーガは彼女の手を取った。触れる瞬間、びくっと少女が震えた。
「大丈夫だ…私は、お前の敵ではない」
そういうと、そっと手を引いて部屋を出て行くキャプテン・ルーガ。
少女ももはや抗わず、素直についていく。
「…ほう、あのバケモノをさっそく飼いならすとは…キャプテン・ルーガ、やるのお」
全てをモニターから見物していたガレリイ長官はそうつぶやいた。

キャプテン・ルーガは少女をシャワー室につれてきた。
「…ほら。ここで、その血を洗い流すがいい」
そういってシャワーブースに少女を押し込み、カーテンを閉めるキャプテン・ルーガ。
そして、少し離れた壁にもたれ少女がシャワーを浴び終えるのを待つ。
…だが、いつまで立っても水音が聞こえてこない。
「…おい?!」
不審に思ったキャプテン・ルーガが呼びかける。だが当然のように返事はない。
「…どうかしたのか」
しびれをきらしてカーテンを再び開ける。そこには、ぼーっとつったったままの少女。
ルーガがカーテンを開けたのに気づいて、そちらをふりむいた。
「…つ、使い方が分からないのか…仕方ない」
ふうっとため息をはき、キャプテン・ルーガもブースにはいる。
「…ほら、何をしてる!さっさと脱ぐ!」
そういって少女の着ている、血まみれになってしまったビスチェのジッパーを一気に降ろし、ぱっと取り去った。
「…!!」
急にバトルスーツに手をかけられ、さすがに慌てる少女。顔にさっと赤みがさす。
「…ほう…」
…何だ、こんな顔も、できるんじゃないか。
先ほどまでの無表情さに不気味さすら感じていたが、少し「生き物らしい」ところを見せた少女に対して親近感が湧いてきた。
「さあ、脱がされるのがいやなら、自分で脱ぐ!」
「……」
少女は素直にそれに従い、身につけていたものを全て脱ぎ去った。
ハ虫人のキャプテン・ルーガには見なれない、『人間』の身体がそこにあらわれる。
曲線を描くその身体にはうろこもなく、やわらかい白い皮膚がそれを覆っている。丸みのあるヒップには尾が無い。
見なれないものだからついじろじろと観察するように見てしまった。それを感じ取った少女がすっと身をすくめる。
「…あ、ああ、すまない。…それじゃあ」
そういっていって、キャプテン・ルーガがレバーをひねる。
と同時に、天井のシャワーヘッドから、地熱で暖められた温水が二人の上に降り注いだ。
突然のことにびっくりする少女。顔や身体に降ってくるその水に、あっけにとられている。
「はは…さあ、全身の血を洗い流すんだ。…私は、お前の新しいバトルスーツをとってこよう」
そう笑って、キャプテン・ルーガはシャワーブースを出ていった。
少女はカーテンごしに、その姿を見ていた。
そして、シャワーの水を全身に浴びながら、何事かを考えているようだった。

「…ふむ、これでキレイになったな」
シャワーを浴び、新しいバトルスーツを身につけた少女をみて、満足したようにキャプテン・ルーガはいった。
…いくらなんでも今はまだ、兵士たちのいる場所へ…つれていくわけにはいかんな。
キャプテン・ルーガは人気の無い空き部屋に彼女をつれていき、椅子に座らせた。自分もその向かい側の椅子に腰をかける。
ことっと目の前のテーブルに食べ物のはいった皿をおいた。
「…腹が減っているだろう。食べるがいい」
そういって、食べ物を指し示す。
「…」
だが、少女はそれをぼんやり見つめるだけで、手を伸ばそうとはしない。
「…」
無言でキャプテン・ルーガはその果物をひとつとり、自分の口に運んだ。かしゅっと噛みきり、美味そうに咀嚼する。
「美味いぞ。食べるがいい。…食っておかねば、何もできんぞ」
「…」
キャプテン・ルーガのその様子を見て、おずおずと自分もその果物に手を伸ばす少女。そっと、少しだけかじってみた。
…甘い感覚が口中に満ちていく。
思わず少女は、微笑んだ。
「…フフ…なんだ、お前…微笑えるじゃないか」
「…?!」
「フフ…」
そういって、微笑んで少女を見つめるキャプテン・ルーガ。
「…さて…まだ、私のことを言っていなかったな」
その表情がきっと真剣なものになった。
「…私は、これから6ヶ月間お前の…管理にあたる、キャプテン・ルーガだ」
「…」
「お前が造られた理由は…わかっているな?」
「…」
「我々恐竜帝国に歯向かうゲッターロボの破壊、そしてそのパイロットたち、ゲッターチームの流竜馬、神隼人、巴武蔵の抹殺がお前の使命だ」
「…」
いまだ無表情でそれを聞く少女。無言で果物をかじる。
「私がそのサポートにあたる。…明日から、そのための訓練をはじめよう。…私が、戦う術を、教えてやる」
「…」
少女は、何も言わず…目を伏せた。
「わかったな、No.39…」
自分の言葉が通じているのか、いないのか
「基本的な知識や戦闘術はプログラム済みじゃ」とガレリイ長官は言っていたが、本当なのだろうか…
キャプテン・ルーガは、無駄かもしれないと思いつつため息をついた。

「…ここが、今日からお前の部屋になる。…今日は、もう、ゆっくり休むがいい」
「…」
少女は、無言で示された部屋の中にはいった。
「…それではな。また、明日…迎えにくる」
キャプテン・ルーガはそういっていったん去ろうとした…
が、思いなおして、再び少女のほうを振り返った。
「…?」
再び自分のほうに向き直るキャプテン・ルーガを見つめる少女。
「…いつまでも、ナンバーのままの呼び名というのは…あまり、しっくりこないな」
「…」
「…そうだな…」
しばし目を閉じ、考えを巡らすキャプテン・ルーガ。




「エルレーン」




「?」
「エルレーン。それが、今日からお前の名前だ。…気に入ってくれたか?」
そう聞いてみたが、少女は何か考えこんでいるようで、反応を示さない。
「…それではな、エルレーン」
ちょっとそれを残念に思いながら、キャプテン・ルーガはドアを開け、部屋から去っていった。
部屋に一人残った少女。
心臓が、興奮でどきどきと速い鼓動を打っている。
心のどこかで、少しずつ喜びの感情が…湧いてきた。
「エ…ル…レー…ン…」
その名を、ゆっくり口にしてみる。
自分だけの名前。自分だけのもの。
「エルレーン」
もう一度口にしてみる。心地いい響き。
彼女の顔に、今まで見せたことの無いような満面の笑みがうかんだ。
うれしさを隠しきれない様子だ。
どさっとベッドに身を投げ出し、天井を見上げながら、今度は…あの人の名前を呼んでみた。
自分に、たったひとつの、名前をくれた人…優しいあの人の名前を。
「キャプテン…ルーガ…!」


back