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◆ re-incarnation
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…あの死闘から数日。
間髪いれず襲来してきた新たなメカザウルスを撃退することに成功した早乙女研究所の面々は、再び迫るであろう恐竜帝国の攻撃に対する備えを怠らなかった。
…だが、ゲッターチーム…ことに、リョウの心は、あれ以来重く沈んだままだ…
…エルレーン。
彼女の「死」が、彼らの心に深い哀しみを刻み込んだまま…
特にリョウの落ち込み様は、他の誰よりもひどかった。
自分の「秘密」がばれてしまったというせいもあるが、エルレーンという自分の分身に抱いていた思いは、
日ごと夜ごとに結局彼女を救うことができなかった彼の心を責めた…
だが、彼はまったく気づいてはいなかった。
自分の中に、すでに「奇跡」が宿っていたことに…

その夜、ゲッターチームは早乙女博士の研究室に集まっていた。
だが、いつものように会話が弾むことも無く、皆おし黙って茶をすすっている。
どうしても、今宵の月が彼らにあのことを思いださせてしまうから。
今宵の月は、満月だ。
彼女が愛した、満月の夜…
ハヤトが窓際に立ち、その月を見つめている。
…ふと、エルレーンと交わした、他愛も無い会話が思いだされる。
…軽くかぶりを振り、それを打ち消そうとする。また、つらさがよみがえってしまうから…
ムサシやミチル、早乙女博士も同じらしく、カップの中で揺らめく水面をぼんやりと見つめ、物思いにふけっている。
…月の光りが、研究室にさあっと射しこんでいる。
あの月光が、エルレーンの笑顔…今は亡き彼女の微笑のように、優しくたゆたう。
リョウの瞳に、窓の外に浮かぶ満月が映った。白い透明な光がリョウの目を射る。
エルレーンも…あの月が、好きだった…
そうリョウが思いを馳せた…その途端だった。
「…?!」
とくん、と一瞬彼の心臓が強い鼓動を打った。そして全身を急に襲う虚脱感。
異常な眠気がリョウの全身を駆け巡る。唐突に襲ってきたその奇妙な眠気が一挙に彼の意識をふっとばした。
ずるずると、心地よい、あたたかい闇の中に引きずりこまれる。
あらがうことすらできないその衝動の中で、リョウは一瞬で意識を失った。
ガチャアァァァン!
リョウの右手からカップが滑り落ち、床にあたって砕け散る。
その硬質な音に思わず皆が振り向いた。
「…リョウ?」
ムサシが隣に座るリョウに声をかける。
だが、全身の力を失った彼は、ゆっくりとムサシの方にくずおれていく。
唐突に意識を失ったリョウを、驚きながらムサシは抱きとめた。ハヤトや早乙女博士もその異常な様子に気づき、リョウのほうに駆けよってきた。
「お、おい、リョウ?!ど、どうしたんだ…?!」
軽く両肩を揺さぶる。だが、頭は人形のようにがくがくと揺さぶられ、まったく意識が戻る気配が無い。
「リョウ君?!リョウ君!」
ミチルも必死でリョウの頬を叩き、意識をよびさまそうとする。
「り、リョウの奴、いったいどうしたんだ?」
「わかんねぇ…き、急にこうなって…」
ムサシがそういいかけた、その時だった。
「…」突然、リョウの瞳が、すうっと開いていく。
意識を取り戻したらしい彼は、ゆっくりと身体を起こしていった。
「うわ!…な、なあんだ、心配させるなよ〜」
思わずほっと息をつき、安堵の声を漏らすムサシ。
…しかし、リョウはなぜかぼんやりと虚空を見つめたまま、微動だにしない。
ムサシもそれに気づき、また心配そうな顔で彼に呼びかけた。
「リョウ…しんどいんだったら、早く寝たほうがいいぞ」だが、リョウにはそんなムサシの言葉も聞こえないかのようだ。
…ぼんやりとした目で自分の右手を見つめ、ゆっくりとその手を握ったり開いたりしている。
まるで、自分の手がきちんと動くか、試しているかのように…
「お、おい、リョウ…?」
様子が明らかにおかしい。ハヤトの表情に戸惑いの色が浮かぶ。
リョウの瞳が、窓の外に向けられた。…その視線の先には、白く輝く、満月。
「…6回目の、満月…まさか、見られるとは、思わなかった…」
リョウの唇が奇妙な言葉を口走る。
彼のものとは、違う声で…その声を、彼らはよく知っていた…!
「?!」
「…」
そして、そのリョウは静かに…彼らに笑いかけた。その表情はまぎれもない、あの少女のもの。
「え…エルレー…ン…?」
ぽつり、とハヤトの口からその名前がもれる。
その名前に、はっとふりむく仲間たち。
「お、お前…え、エルレーン…なのか…?!」
おずおずと、自分でも信じられない、というような顔をしてムサシがリョウに声をかけた。
…その声に一瞬戸惑いを見せたリョウだが、ふっと優しい微笑みを浮かべ、答えた。
「うん…そうだよ、ムサシ君…」
そのはにかんだ表情は、以前見た…エルレーンの表情そのものだった。
「ほ、本当なの?!本当に…エルレーンさん、なの…?!」
「…」
無言でゆっくりとうなずくリョウ…いや、「エルレーン」。
「ど、どうして…」
こんなことが、ありうるのだろうか。
…数日前、ポッドとともにイーグル号に自爆攻撃を仕掛け、この世から去った少女が…今、目の前に、いる。
流竜馬の身体を借りて、自分たちの言葉に答えている…!
だが、彼の…「リョウ」の言葉は、まぎれもなくあの「エルレーン」のものだった。
その口調、表情、しぐさ、雰囲気…何もかもが、彼女自身のもの。
「…私にも、よく、わからない…」
ハヤトの問いにぽつり、ぽつりと答える彼女。
「気づいたら、私…リョウの中に、いたの…」
「リョウ君の…中に?」
「…うん」
「…一体、どうして…」
「…わからない。…だけど」
そこでいったん言葉を区切り、顔を上げて話すエルレーン。
「もしかしたら…私と、リョウが、同じモノでできていたから…かも、しれない」
「同じ、モノ…」
「同じモノ同士だから、あの時…私の精神が取り込まれてしまった…」
「…」
「…あのね…リョウが、私を……助けてくれたの」
ハヤトたちをじっと見つめて、真剣な瞳をしたエルレーンが言う。
「リョウが、お前を?」
「うん…私が自爆して、イーグル号にぶつかって…それで、その後…私、リョウと一緒にいたの」
「…?」
彼女の言っていることの意味が分からない様子のムサシ。
「…私の『魂』が、この世から消えてしまう、…その時に、ね…リョウが…私を、助けてくれたの…」
「…」
「私に…『行くな!』って、言ってくれて…つないだ手を、離さないでいてくれた…」
「…」
「そうして、意識を失って…気がついたら、私、リョウの中に…」
「そうか…」
夢のような話をつぶやくエルレーンの言葉を聞くハヤトたち。
まったくその話は夢物語のようで信じがたいものだったが…それでも、目の前にいる彼女の存在が、その真実性を証明している。
「私は、リョウを道連れにして、連れていこうとしたのに…私は、リョウを、殺そうとしたのに…リョウは、私を、助けてくれた…!」
エルレーンとなったリョウの瞳から、つうっと涙がこぼれ落ちる。透明な涙のしずくが頬をつたい、後から後から流れ出す。
「…そうだったのか…」
ムサシがそっとその肩をなでてやった。
「でも…どうして今…ここに、来れたんだ?…それに…リョウの奴、そんなこと俺たちに…何も言ってなかった」
「…」
ハヤトの言葉に、エルレーンの表情が曇る。
一瞬の沈黙。
少しためらっていたが、とうとう彼女は哀しげな顔でつぶやいた。
「…私…リョウの中にいるって、気づいてから……ずっと、ずっとリョウに、必死で、呼びかけてた…」
「リョウに…?」
「うん…でも、……リョウには、私の声が…聞こえない、みたいなの…」
「…それじゃあ」
「うん…リョウは、私のことを…知らないんだ…きっと…!」
「そ、そうなのか…!」
「それで…」
彼女の告白に、ようやく事情が飲み込めたらしい仲間達。
「じゃ、じゃあ、今は…?」
「…リョウを、無理やり眠らせているの…私が眠っている間に、少しずつ力を残しておいて、それで…」
「…何故、そこまでして?」
早乙女博士が、ぽつりと聞いた。
「何故だ、エルレーン君…何故君は今、リョウ君を…眠らせてまで、我々の前に現れたんだ?」
「…」
涙をぬぐい、エルレーンはしっかりと博士を、ゲッターチームを見返す。
そして、決意を…胸に秘めた、強い決意を込めて、きっぱりといった。
「…あなた達に、力を貸そうと、思ったから」
「?!」
驚きのあまり、一瞬息を飲むゲッターチーム。
「ど、どういうことだよエルレーン?!」
「…ムサシ君、私…思った。リョウは、自分を殺そうとした…私を、助けてくれた…だから、今度は…私が、助けたいの…」
「エルレーン…」
「私、リョウを守りたい。…リョウの大切な仲間、あなた達を…守りたい」
「…」
「…だから、あなた達が…恐竜帝国とまだ戦うつもりなら、私、力を貸す…わ」
「ほ、本当かよ?!」
声をあげて喜ぶムサシに、彼女はふっと微笑んで、軽くうなずいた。
「…いいのか?エルレーン…俺たちは…お前の…」
だが、ハヤトはそうはしなかった。
…彼の心に今も残るあの罪の意識が、簡単にそれをさせなかった。だから、率直にそれを聞こうとした。
「…いいよ、ハヤト君。…わかってる…から」
エルレーンは途中でそれをさえぎった。
軽く首を振り、ハヤトに微笑む…哀しげな微笑み。
「…」
「…正直、やっぱり…ルーガのことを思うと、哀しく、なる」
「…」
「だけど…ルーガは、もう、いないから」
「…」
「リョウやハヤト君やムサシ君は、今、生きてる。…生きてるなら、私、守る事が…できるから…」
そういって、微笑するエルレーン。
…だが、その瞳の片隅には…まだ、深い哀しみが宿っていた。
それに気づきつつも、ハヤトはあえて、何も言わずにいた…
「…ありがたいぜ、確かにな…」
ただ、ぶっきらぼうとも言える口調で…そう言っただけ。
「本当に…かまわないのか、エルレーン君…」
「ええ…私、いろんなことを、覚えてる…だから、きっと、その記憶が…役に、立つ」
「…そうか…」
一瞬逡巡した早乙女博士。だが、彼女の瞳の真剣さを感じ取ると、残っていたかすかな疑念も吹っ飛んだ。
「ありがとう…それでは、どうか…我々に、力を貸してくれないか、エルレーン君」
「うん…!」
エルレーンは笑顔を浮かべ、早乙女博士に答える。
「さっき言ったように、いつでも自由に出てこられるわけじゃ、ないけど…それでも、時々なら、こうやってリョウを眠らせて…私が出てくることができる、わ」
「そう…でも、これでリョウ君もきっと…」
ミチルがそう言いかけたときだった。
エルレーンの表情がはっと硬くこわばり、彼女の瞳に迷いが浮かぶ。
「ミチルさん。…私のことは…リョウには、絶対、言わないで…」
「?!ど、どうしてだよ?!」
「リョウの奴、お前の事を、すげえ気にして…」
「だから!…だから、言わないでいてほしいの…!」
思わずそれに反対するムサシとハヤトを制してエルレーンが叫ぶように言う。
…彼女の瞳から、また透明な涙がこぼれおちる…
「…どうして、だよ…」
「リョウには…私の、声が、聞こえない…」
「ああ…そうらしい」
「私、一生懸命、一生懸命リョウに叫んだ…私のこと、気づいてほしくて。…でも、リョウには、私の声は聞こえない」
彼女の瞳が、深い憂いと悲しみに彩られる。
その思いを吐き出すかのように、エルレーンはとうとう言った。
「私は、リョウと同じモノでできてるはずなのに、私は、リョウと同じモノのはずなのに…!
…きっと…私、リョウの中で、邪魔なモノなんだ…!…だから、リョウには私のことが、わからないんだ…!」
「!…そ、そんな…!」
「リョウはそんなこと、思ってやしないよ…!」
悲痛な彼女のその言葉を、懸命に否定するハヤトやムサシ。
…だが、エルレーンは首を激しく横にふって、なおも言う。
「でも…!わからない。…私、リョウの邪魔になるのはいや。
…私は、やっぱり…あの時、『死んだ』の。だから、それでいいの…リョウは、私のことなんか…知らないほうが、いいんだ…!」
そこで、彼女は最早言葉を継ぐことが出来なくなってしまった。
ムサシが慌てて彼女の肩をなでてやる。静かにすすり泣くエルレーン。
「…わかった。エルレーンがそう言うのなら…オイラたちも、いわないよ…」
「…」
無言でこくりとうなずくエルレーン。
「エルレーン…でも、お前…本当に、それでいいのか…?」
「…」
一瞬ムサシの問いに虚をつかれたような表情を見せた。
…だが、それがすぐに哀しい微笑みにとって変わる。
「…うん…いいんだ、それで……私は…リョウの中にいる。それだけで…いい」
「…」
ムサシはまだ何か言い足りないようだったが、そんなエルレーンを見て、口をつぐんだ。
「ああ…」
一瞬の空白の後、彼女はゆっくりとため息を吐く。
「ごめんなさい…私、今日は…もう、疲れちゃった…そろそろ、また、眠る…わ」
すまなそうな顔をしたエルレーンがそう言いながら、また長いため息をついた。
「…眠る?」
「うん…」
そして、静かな微笑みを浮かべ、エルレーンはゆっくりソファーにその身を沈めた。
「今度、目覚めたら…恐竜帝国の事を…教えるわ…それじゃあ、また、ね…」
「あ…ああ…」
「リョウには…言わないで、いて…ね…」
その言葉とともに、ゆっくりその目が閉じ、そしてがくりとリョウの全身から力が抜ける。
「…」
ゲッターチームの目の前には、ソファーに倒れこんだエルレーン。
眠りについてしまったのか、緩やかな呼吸音が聞こえてくるのみだ。
…と、突然その身体ががばっと身を起こした。
「!!」
思わず反応してしまうゲッターチームの面々。
「…??」
当の本人も、何故か状況が理解出来ないといった雰囲気だ。
と、妙な目で自分をみる仲間達に気づく。…何故か、自分を見て驚いているようにも見える。
「…ハヤト、ムサシ?…どうしたんだ?」
「!…あ、ああ、リョウ…」
「リョウ…だな」
「?何言ってんだ、お前達?俺は俺に決まってんだろ」
二人のわけのわからない反応に、なおさら戸惑ってしまう。
ふと床をみると、手に持っていたはずのカップがくだけて割れてしまっている。
どうやら、一瞬眠ってしまっていたらしい。
「…あ、俺…眠ってしまっていたのかな…ミチルさん、ホウキとチリトリあるかな?」
「え、ええ…」
急に話をふられたミチルが急いでホウキとチリトリをとりに立ち上がる。
「り、リョウ…な、なんともないのか?」
「え?俺?べ、別に…」
だがその時、リョウは自分の頬に涙が流れている事に気づいた。
…哀しくもないのに、いつのまにか流れていた、涙…
「?!…あ、あれ…?お、俺、なんで…泣いてるんだろう…?」
自嘲しながら、それをぬぐう。
…だが、涙は後から後からあふれてくる。
「…?」
本当に、その理由がわからない。哀しくもないのに、どんどんそれはあふれてくる。
「な、なんでだろう…?なんで、俺…」
不思議そうな顔でその涙をぬぐいつづけるリョウ。
…だが、彼以外の誰もが、その涙の訳を知っていた…


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