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◆ そして、少女は永い眠りについた
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巴武蔵が殉死して、3日が過ぎた。
…誰もがそのショックから立ち直れないまま、それでも必死で生活していこうと努力していた。
そんなときだった。
もう一つの別れが…唐突に彼女から告げられたのは。

日が沈み、早乙女研究所に夜が訪れた。
…今宵は満月の夜だ。さやかな光が、やわらかく夜空に輝いている。
ハヤトは司令室の窓から、その月を見ていた。
…そのそばにはミチル、博士もいる…何を思うのか、三人とも何もいわないままでいる。
と、司令室のドアが、音もなく開いた。
…そこに立っているのは、リョウだ。
「…リョウ」
ハヤトがそちらに向き直る…
が、一瞬で彼はそれが「リョウ」ではないことに気づいた。
「エルレーン、か…」
無言で「リョウ」はこっくりとうなずいた。
…めずらしく神妙な顔をして、目を伏せたままでいる。
…自分の眠っている間に、ムサシが死んでしまったのだ。ショックが大きいのだろう…ハヤトはそう判断した。
だが、それだけではなかった。
彼女は、大きな決意を秘め、ここにやってきたのだ。
「エルレーンさん…どうしたの?」
ずっと入り口に立ちつくしたままのエルレーンに、ミチルが声をかける。
そのミチルに弱々しく微笑んで、エルレーンは…思い切ったように言った。
「…あの、ね……今日は、私…さようなら、を、言いにきた、の…」
「?!」
「え…?!…ど、どういうことなの?」
「『さようなら』……?!」
突然ショッキングな「別れ」を切り出した彼女の発言に、思わず声をあげてしまうハヤト、ミチル、早乙女博士。
…だが、彼女の顔は、真剣そのものだった。
「何故だ、エルレーン君…」
「…恐竜帝国がなくなった今、私は…もう、必要ない、から。…もう、私の記憶が役に立つ事もない、わ。恐竜帝国と闘う必要も、ないんだから…」
「…で、でも!」
「…それに、ね…やっぱり、私は…眠らなきゃ、いけない…」
ふっと瞳を閉じ、エルレーンはそう言った。
「…眠らなきゃ?…どうしてだよ。今までどおり」
俺達と一緒に暮らせばいいじゃないか、リョウと一緒に。
「ううん…ダメなの」
ハヤトのその言葉をさえぎって、エルレーンが首を力無くふる。
「…やっぱり…同じモノでできているとはいえ、私は…リョウの中では、邪魔なもの、みたい…
だって、私が目覚めるたび…リョウは、頭が痛くなる…もの。
それに、リョウもおかしく思ってる。どうしてこう、たびたび意識をなくすのか…って…
だから、リョウに気づかれないうちに…ずっと、深く、深く、眠る事にした、の…」
…確かに、エルレーンがリョウを眠らせ、表に出てきたあと…必ずリョウは頭痛を訴えていた。
自分が気を失っていた事を怪しみ、夢遊病ではないかとすら疑って。
…それは、まったく別の人格が本来の人格を眠らせることの、副作用といえるようなものだった。
「…」
その決意は固いらしい。
迷う事ももうない、というような…むしろ、さっぱりとした顔でエルレーンは告げた。
…そして、にっこりと三人に笑いかける。
「…リョウ君の、ためなのね。…あなたは、いつも、そうだった…」
ミチルがふっと微笑って言った。エルレーンも微笑してうなずき返す。
…と、彼女はぱっと駆け出した。
「!!」
そして、エルレーンの両腕がミチルをぎゅっと抱きしめた。
ミチルは一瞬驚いた顔を見せたが、やがて…彼女もエルレーンをそっと抱きしめた。
「さようなら、ミチルさん…リョウの事、よろしく、ね…リョウを、守って…それから、いろいろ、ありがとう…!」
「いいの…いいのよ」
ミチルの目にもうっすら涙が浮かんできた。そっとエルレーンを離し、その涙をぬぐった。
エルレーンは、今度は博士に向き直る。
「早乙女博士…もともとは、敵の『兵器』だった私を…信用してくれて、ありがとう。…リョウを…よろしく、お願い、します」
「いや…我々が恐竜帝国に勝てたのは、君の…君の力があったからでもあるんだ。
…忘れないでくれ、君もまた…我々ゲッターチームの、大事な一員だった…!」
「…ありがとう、博士…!」
そして最後に、ハヤト。
両手をすっと広げ、エルレーンはハヤトに抱きついた…
ハヤトも、エルレーンとなった、そのリョウの身体を抱きしめてやる。
愛しい彼の「トモダチ」、大切な仲間を。
「ハヤト君…!」
「エルレーン…」
「ハヤト君、ありがとう…!…私に、やさしくしてくれて、ありがとう…!
ハヤト君、お願い…リョウを、私のリョウを、守って…私の分まで、…リョウを」
「わかってるさ…!」
ハヤトは力をこめて、彼女を抱きしめた。
もうすぐ自分たちの目の前から消え、深い眠り…おそらくは、もう二度とは目覚めない…に旅立つであろう少女を。
そっとハヤトを離し、三人に向かって…もう一度、笑いかけるエルレーン。
旅立つ少女を、三人もまた…笑顔で見送ろうとする。
「ムサシ君にも…お別れ、いってから…いく、わ…」
「…」
三人は無言で、エルレーンを見つめる…彼女は、穏やかな微笑を浮かべ、その視線を受け止める。
ハヤト、ミチル、早乙女博士。彼らはその姿をしっかりと胸に焼き付ける。
ゲッターチームのリーダー・流竜馬のDNAから生まれた、恐竜帝国の「兵器」。
無邪気な子どものように笑う、明るく素直で…それでいて、どうしようもなく残酷な宿命を背負っていた少女。
そして、自分たちゲッターチームの…「トモダチ」。
決して忘れない、決して忘れられない、様々な彼女との思い出を。
可憐でやさしげな彼女の微笑み、エルレーンの微笑みを…
「…さようなら…博士、ミチルさん、…ハヤト君」そして、最後の別れの言葉。
それだけ言うと、彼女の両目から涙がつうっと頬をつたって流れ落ちた。
美しく輝く涙。
その涙を見ながら、三人は彼女の瞳を…エルレーンの透き通った純粋さそのもののような透明な瞳を見返し、笑った。
エルレーンも、笑った。泣きながら笑った。
…そして彼女はきびすを返し、司令室を去っていった。
音も立てず、再び司令室のドアが閉まり…そこには、三人のみが残された。
「ああ…さようなら、だぜ…」
ハヤトが、万感の思いを込めて、ぽつりとそうつぶやいた。
うっすらと浮かんだ涙がこぼれないように、目を閉じ、上を向いたままで。
「…あばよ…おてんばな、お嬢さん…エルレーン!」

よく晴れ渡った空に、無数の星が瞬く。
…そして、彼女が愛する満月が、優しい光を投げかけている。
薄明かりの中、エルレーンが向かうのは、浅間山山頂に向かって立てられた…巴武蔵の慰霊碑。
夜道を迷うことなく彼女はまっすぐ進んでいく。
…やがて、草原の断ち切れる場所、浅間山頂を見上げる崖の端に…慰霊碑が見えてきた。
大石で作られた慰霊碑の前に立つエルレーン。
…無敵戦艦ダイに特攻をかけて命を散らしたムサシの、それは墓ではない。
だが、その石には…残された仲間であるゲッターチームから、彼に捧げられた言葉が刻まれている。
『誰よりも強く心優しかった 俺たちの仲間
ゲッターチーム ゲッター3パイロット 巴武蔵よ 安らかに眠れ』
そっとその石に手を滑らせ、その刻まれた言葉を読むエルレーン…
その頬を、静かにつうっと涙が流れていった。
すっ、とその碑の前に座り込む。
…そして、彼女はゆっくりと、言葉をつむぎだし始めた。
まるで、目の前には慰霊碑ではなく、死んでしまったムサシがいるかのように…

「…ムサシ君…今日は、ね…私、お別れを、言いにきたんだ…」
やわらかな微笑みを浮かべ、彼女はこう切り出した。
「恐竜帝国が滅びた今…もう、私は、必要ないもの、ね…ムサシ君の、おかげだよ。
みんなはもう、恐竜帝国に怯えずに暮らせるんだ…」
そこでいったん、言葉が途切れた。
…ムサシの最期が、心によぎる。
かけがえのない仲間、「トモダチ」の「死」…変えることのできないその事実が否応なくつきつけられる。
…あの豪放磊落な、それでいて人のいいムサシの明るい笑い声を聞くことも…今は、もう、ない。
そう思うと、涙がひとりでにこぼれだした。
後から後からあふれて、止まらなかった。
それをぬぐおうともせず、碑に向かって語りかけるエルレーン。
「…む、ムサシ君…ムサシ君の、嘘つき…
私には、私には…『生きていてくれてうれしい』って、いってくれたじゃない。私なんかのために…
なのに、どうして、ムサシ君…わ、私は……ムサシ君も、守りたかったのよ。
リョウやハヤト君、ミチルさんと一緒に、生きて、そうして、また、私に…笑ってほしかった…!」
しばらく、何もいえなくなったためか、しゃくりあげる声だけが聞こえる。
風が静かに草原を渡っていく。
…そして、しばらくの無音。また彼女がムサシに向かって話し掛け始める。
「今でも…なんだか、信じられない、んだ…ムサシ君が、いないこと。
…だけど、ムサシ君がいなくなってから…もう3日、になるんだ。…早いね。
なんだか、嘘みたい、だよ…ムサシ君が、もう、いないなんて…
リョウも、ずっと…心のどこかで、そう思ってた、みたいだよ…
おかしい、ね?…ムサシ君が死んでしまうところを、自分の目で見たのに…」
「でもね、それは…そう信じたいから、だと思うんだ…だって、みんな、ムサシ君が、大好きだった、から…
私も、ムサシ君のことが…大好き、だよ。…だから、本当は…会って、お別れ…言いたかった、な…」
ふうっとため息をつく。
見上げた空から、満月の優しい光。
「…あのね、あの木のこと、覚えて、る…?…ホラ、こねこの、『桜』の木…」
そう言いながら、手に持った何かを慰霊碑の前にかざして見せる。
それは、つぼみをつけた桜の枝だった。
まだ時期が早いためか咲ききっていないが、それでもいくつかはすでに花を咲かせている。
白いヤマザクラの花。
仔猫たちの木に、咲いた花。
「ムサシ君…キレイ、だね。ムサシ君の言った通り…あの子達は、花に、なったんだ…」
桜の花をじっとみつめ、そっとその花にキスして…エルレーンはそれを慰霊碑に手向けた。
「…ねえ、ムサシ君!」
急に大きな声を出す。
その声が、夜空に吸い込まれていく。
「ムサシ君は…今、どこにいるのかな?…私の声、聞こえる?…聞いてくれているよね?!」
すっくと立ち上がり、満天の星空を見上げ、ムサシに呼びかけるエルレーン。
「私…ルーガに、死ねばイキモノはみんな同じところに行く、って教えてもらったの。…だから、きっと、ルーガと一緒のところにいるよね?!
…ムサシ君、…もう、恐竜帝国も滅びたんだから…ルーガと、仲良くしてね。…私の、大事な、『トモダチ』…なの!」
彼女の声が、山々にかすかなこだまとなって響く。
それがムサシに届いている事をただ信じ、彼女はなおも続ける。
「ムサシ君!…リョウや、ハヤト君、ミチルさんを…見守っていてね。私のかわりに…
私、もうすぐ…眠ってしまうから。…ずっと、リョウの中で…
私なら大丈夫、さびしくない!…だって、リョウと…ずっと、一緒にいるんだから…!」
「…ムサシ君、ありがとう!…私にやさしくしてくれて、ありがとう…!…ムサシ君…私の、大切な人…
いつも明るくてやさしいあなたが…私、大好きだった!」
慰霊碑に向き直り、彼女はにこっと笑いかける。
…そして、最後の別れの言葉を…とうとう彼女は口にした。
「本当に、本当にありがとう…!…リョウを、みんなを、守ってね…
…さよう、なら、…さようなら、ムサシ君!」
透き通るような声が、静かに響き渡る…
彼女の顔に、穏やかな笑みが浮かんだ。
思い残す事は、もうこれで何もない、というように…
そして、微笑したまま彼女は目を閉じ、永遠の闇に堕ちていく…
ゆっくりと、エルレーンの身体がひざからくずおれる。
全身の力を失い、彼女はゆったりと地面に倒れ伏した…
その顔は、微笑っていた。安らかな寝顔のようにも見えた…
満月が輝き、星がきらめく。
美しい漆黒の闇を、彼らが照らす。
そして、彼らはまた一人の少女をも照らし出す…
永い眠りへと旅立った、エルレーンという名の少女を…

時は流れ、夜は過ぎ行き、朝日が夜闇を切り払う。
東の空が白み始め、だんだんとあたりに明るい光が満ち溢れだした。
眩しい朝の輝きが浅間山にやってきた…
巴武蔵の慰霊碑に、キラキラと輝く陽光が投げかけられる。
そして、そのかたわらに倒れこんだまま動かない…流竜馬の上にも。
「…っ…」
光の眩しさに、顔をしかめるリョウ。
…と、その目が開く…うすぼんやりと広がる景色。
起きたばかりのぼうっとした頭では、そこが一体何処なのかがすぐにはわからない。
とりあえず、身体をゆっくり起こす。
「…?!」
周りをぐるっと見回すと、ようやく自分が思いもかけない場所で眠っていた事に気がついた…
まわりは一面の草原。遠くに早乙女研究所が見える。
(…ま、また…か?!…俺…本格的に夢遊病なのか…?)
今までもこんなことが度々あったため、さほど驚きはしないが、さすがに面食らっているリョウ。
…と、ぽたり、と自分のひざに何かが落ちた。
「…?!」
それは、涙だった。
いつのまにか、リョウの瞳から、止まることなく透明な涙が…こぼれ落ちている。
哀しくもないのに、瞳は涙を流しつづける。
まるで、その瞳は自分のものではないかのように。
「…」そのことに戸惑いながら、何度も何度も手の甲でそれをぬぐう。
キラキラと朝の光に、涙にぬれた瞳が輝いている。
…ふりむくと、そこはムサシの慰霊碑だった。
(…ここ…ムサシの……俺、ここに来て…泣いて、いたのか…?)
その答えを彼が知る事はない。
だが、その涙は彼の意思に反して、止まらなかった。
それは、彼の分身…エルレーンの最後の涙だったからだ。
リョウの中で、エルレーンは眠り続ける。
すべてを見ながら、リョウの精神の中でたゆたいながら…深く、永い眠りの中に。
だが、リョウはそれを知らない。
ただ、流れつづけるその不可思議な涙に、戸惑う事しかできないでいる…




…こうして、朝の光の中、夜闇は去り、満月は姿を消し、
そして、少女は永い眠りについた…





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