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◆ ゲッターナバロン砲を破壊せよ!
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「んーと…ゲッター…ナバロン砲は…んー…読め、ない…」
早乙女研究所から少し離れた草原。
エルレーンが、早乙女研究所から盗み出したゲッターナバロン砲の資料を必死になって読んでいる。
…(彼女にとっては)難しい言い回しや専門用語が多すぎたため、彼女は十数枚しかないそれを読むのにもう半日以上費やしていた。
…と、文章を追う彼女の目がある部分で止まった。
「…!…世界発明研究所からの、ゲッター集光装置…稼動、のための…えっと、これパス…何とか角度…世界発明、研究所…?」
彼女はその言葉を聞いたことがあった。
…そう、世界発明研究所…あの、おかしな三人組(二人+一体)のいた、あの家のことだ…!
「文次君たちのところに、ナバロン砲があるの…?!」
ぽつりとつぶやくエルレーン。
…と、その顔がちょっと困ったような表情になる。…どうすればいいか、思案しているようだ。
しかし、はっきりとした考えは出ない。
(文次君たちを…殺す、わけには、いかない、ね…)
資料を投げ出し、草むらに寝転ぶエルレーン。ざわざわと風が草の合間を凪いでいく音を聞きながら、彼女はしばし目を閉じた。

「…はぁ?!俺っちのナバロン砲が?!」
文次親分はあっけに取られたような声でいった。
あの事件の次の日。リョウとムサシは研究所の近くにある、世界発明研究所にきていた。
ゲッターナバロン砲の資料が盗まれてしまった今、狙われるのは世界発明研究所。
急いでリョウたちはその事を知らせに、文次親分の下にやってきたのだ。
「ああ。ナバロン砲が…ここにあることがバレてしまったようなんだ」
「てやんでえ!おめえらの目はフシ穴かってんだい!」
文次親分のタンカにリョウはあえて反応しない。
「…あの、もしかして、エルレーンさんが…」
ジョーホーがおずおずと尋ねる。
「そうだジョーホー!あの野郎がナバロン砲の資料を盗んでいきやがったんだ!」
「あのー、ムサシ先輩?あの方は、どう見ても『野郎』には見えませんよ」
本当にどうでもいいことでまぜっかえすジョーホー。
「んなこといってる場合じゃねえっての!」
ムサシもムキになって言い返す。
「安心しろいムサシ!どんなやつが相手でも、俺っちはナバロン砲を守りきって見せるぜ!」
自信たっぷりにそういって、文次親分は堂々と胸を張った。
「俺たちが護衛しようか、文次親分?」
リョウが提案する。
「がはははは、女一人にキリキリ舞いさせられるような軟弱な奴らが護衛?!必要ねえ必要ねえ!」
笑い飛ばして手をふる文次親分。
「にゃ、にゃにおう?!」
ムサシがいきり立つ。が、リョウがその肩に手を置いて押しとどめる。
「り、リョウ!こいつ…」
リョウに不服を示そうとしたムサシ。
だが、自分を押しとどめるリョウの表情を見て言葉が継げなくなった。
「…わかった。…だが、くれぐれも忘れないでくれ。今俺たちは、君の持っているゲッターナバロン砲を失うわけには行かないんだ。
…エルレーンは、君を襲ってくるはずだ。…十分、気をつけてくれ」
押し殺した声でリョウが言う。
「お…おう」
その迫力に思わず勢いを失う文次親分。
「…それじゃ頼むぞ。いくぞ、ムサシ」
「あ、ああ…」
それだけいって、二人は発明所を出て行った。
「ナー、オヤブン、ホントウニ、アノカノジョガ、クルンカ?」
アサ太郎がお茶を出しながら聞く。
「おう、あのリョウの野郎の様子じゃ…本当みたいだぜ」
「オヤブン、ドースル?」
「もちろん、ナバロン砲は壊させやしねぇ!…あの女を捕まえて、リョウたちの鼻を明かしてやろうじゃねえか!」
「そ、そう上手くいくもんでしょうかー」あくまで弱気なジョーホー。
「ジョーホー!びびんなって!俺様がいるじゃねえか!」
「…はぁ、それがちょっと…いた!」
不用意な事をいったジョーホーの頭に、文次親分のゲンコツが飛んだ。
「どっちにせよ、近いうちに仕掛けてくるはずだ…今日から夜も厳戒態勢を取るぞ!」

そのころ、そこから少し離れた風渡る草原に、エルレーンは座り込んでいた。
ゲッターナバロン砲の資料…もうそのほとんどを読み下し、たいていの意味を理解した…をじっと見つめながら。
「…これが…照準、軸……で、こっちが…ゲッター線…集光装置…」
設計図を見ながら、小さな声でつぶやきながら、何事かを確認している。
ばさっと音を立ててエルレーンは資料を仕舞いこんだ。そして、沈みゆく太陽を見た。
もうすぐ、夜闇がやってくる。

壁の柱時計が2回、鳴った。もう、午前2時だ。
「じょ、ジョーホー…眠るなよー」
自分こそ今にも眠ってしまいそうな様子の文次親分が力ない声で言う。
「はいー、親分…」
うつらうつらしながらも答えるジョーホー。
「き、今日はこねえのかな…」
「さぁ…ふぁ〜あ」
生あくびで返すジョーホー。
「オヤブン、コーヒー、イルカ?」
アサ太郎が腹のアタッチメントからポットを出してカップにコーヒーを注ぐ。
彼はロボットなのでまったく眠気を感じない。
「おう、悪ぃな…」
それをすする文次親分。
「オヤブン、オイラ、トジマリノ、カクニンニイッテクル」
アサ太郎がそういってドアから出て行った。
「頼むぞー…」
親分はそれだけ言った。
かちゃかちゃと、全身のパーツを鳴らしながら歩くアサ太郎。
地下工場へ続くドア…聴覚パーツをすますアサ太郎…地下工場には、今のところ何の気配もしないようだ。
裏口もカギがしっかり閉まっている。何物かが入った形跡はないようだ。
後は玄関口…暗い廊下に、かちゃかちゃと彼の足音が響く。
『…?』
妙な違和感を感じた。
先ほど自分の手で閉めたばかりの…玄関のドアが、薄く開いている。そこから白い月光が細い筋を作って入り込んでいる。
「カゼカナ…」
そうつぶやき、再びドアを閉めようと近づいた、その時。
ぱちっ、という音とともに、自分の動力ケーブルが切断されたのがわかった。
全エネルギー供給がストップする。
同時に、アサ太郎はただのガラクタになった。
アサ太郎の後ろに、いつのまにかエルレーンが回りこんでいた。手には、ナイフをもっている。
そのナイフでアサ太郎の電源に続くケーブルを的確に切断したのだ。
動かなくなったアサ太郎をそっと地面に…音を立てないように横たえる。
そして、まったく音を立てずに二人のいる部屋へと近づいた。

「…ジョーホー…このままじゃ眠っちまう…なんかしようぜ」
「…そんなこといわれても…しりとりでもしますか…」
「じゃあ俺からな…ミチル姫!」
「め、め…め、めんこ…」
「こ、こ、こ…コイン…」
「親分…終わりましたよ…」
「う、うるせいうるせい!…もっとなんかましなことを」
二人が眠気覚ましにくだらない事をしている。
眠気のせいか、ドアの影にエルレーンが身を潜めている事も、気づかない。
「そ、それじゃもう一回な。…ミチル姫!」
「ま、またそれからですか…それじゃ…め、め」
その瞬間、ぱんっとなにかがはじける音とともに、真っ白い煙が部屋中に広がった。
「?!」
「げ、げほっ、げほっ!…お、おや…」
「な、何だ…こ…りゃ…」
唐突に、今まで気を張り詰めて押し込めていた眠気がさらに強烈なものに変わり、二人は一気に…深い眠りに落ちた。
エルレーンは部屋に投げ入れた催眠ガス爆弾の煙を吸わないように注意しながら、素早く工場への入り口へと向かった。
入り口のドアは音も立てず開き、エルレーンの目の前に…重厚で強力無比、今まで恐竜帝国のメカザウルスを紙細工のように破壊してきた…ゲッターナバロン砲が姿をあらわす。
「…さて」
もはや邪魔も入らなくなったので、ゆうゆうとそのそばに近づくエルレーン。
ライトの下にエルレーンが照らし出される。
「それじゃ、始めよっと…」
そういって取り出したのは、ペンチやスパナ、ドライバー…たくさんの作業道具。
…先ほど文次親分たちがいた部屋からかっさらってきたのだ。
文次親分たちは、今地下で何が起こっているかをもはや知る術を持たない。
かすかな硬質な音が連続して廊下に響いているが、それすらももはや彼らには聞こえない。
睡眠ガスが深く深く彼らを眠らせてしまったからだ。
壁の柱時計が1回鳴る。午前2時半だ。

「た、た、た、大変だぁー!」
早乙女研究所に、とんでもなく慌てた様子の文次親分とジョーホーが駆け込んできたのは、次の朝、11時を回ってからだった。
「た、た、大変なんだ!」
「どうしたんだね、文次君?」
早乙女博士がのっそりと現れた。
「どうした、文次親分?」
リョウたちも騒ぎを聞きつけ、そこにやってきた。
「な、ナバロン砲が!」
「!!何!ナバロン砲がどうかしたのかね?!」
「た、大変なんだ!と、とにかく俺んちにきてくれ!!」

「?!」
文次親分の地下工場にきたリョウたちが見たものは…異様な光景だった。
床には無数のパーツが転がっている。
それはねじ、ワッシャー、ボルトといったようなもの、金属片、シャフトなど…とにかく全てが工具箱をぶちまけたかのように散らばっている。
そして…砲台にあったはずの、ゲッターナバロン砲の姿がない!
「な、ナバロン砲が…」
「ぶ、分解されちまったんだ!!」
文次親分が興奮を抑えきれず叫ぶように言う。
「一体どうして?!」
「わ、わかんねぇよ!」
しどろもどろになりながら答える文次郎親分。
「…昨日の夜、突然…部屋に真っ白い煙が湧いてよぅ、それを吸ったら急に俺たちゃ眠っちまったんだ」
「それまでに起きていたのに…です、ハイ」
ジョーホーが応じる。
「で…さっき起きたら…アサ太郎のやつが…動力ケーブル切られて、玄関に転がってたんだ」
「ビックリシタダー」
アサ太郎がさぞ驚いたかのように言った。
「ヨル、トジマリノカクニンニイッタラ、キュウニ…」
「…エルレーンか…」
苦々しげにリョウがつぶやく。
「…それにしても」
そんな状況にもかかわらず、床に散らばるパーツ群を見て感心したかのように博士が言った。
「一晩でゲッターナバロン砲を分解するとは…」
「博士、感心してる場合じゃありませんよ」
「わかってる…?!」
何かに気づいた博士が急に周りを見回しだす。
「…?!」
「どうしたの、お父様?」
「…ゲッター線集光装置が、見つからない…」
「ゲッター線、集光装置?」
「ああ。ナバロン砲のエネルギー、ゲッター線を高出力で発射するための装置だ。…だが、この中には…無いようなんだ」
「は、博士。それって、大事なパーツなんですか?」
ムサシが聞く。
「…ああ。他のパーツは、たとえ分解されてもまた組み上げればいい…。だが」
博士が嘆息しつつ言った。
「…ゲッター線集光装置は…デリケートなパーツだ。…再び作るのには、かなり日数が要る」
「!!」
「それじゃあ、その装置は…」
「エルレーンが、持っていった…?」
その時だった。地下工場に、どこか遠くで何かが…爆発する、鈍い音と振動が伝わった。
「?!…ば、爆発?!」
「外だ!いってみよう!」
急いで駆け出すゲッターチーム。
「お、俺たちも行くぜ!」
「あ、親分待ってー!」
「マッテー!」
文次親分たちもそれに続く。
あとには、早乙女博士がただ一人。博士は半ば呆然と、分解された元ゲッターナバロン砲であったパーツを見ていた…

黒煙が遠い丘から立ち上っている。そこを目指し、一目散に駆けていくゲッターチーム、そして文次親分たち。
そこには…爆発炎上したなれの果ての…何か黒いものが煙を上げてくすぶっていた。
そして、その傍らには、高速ホバーバイクに片足をかけてそれをぼんやり見ている、エルレーン!
「エルレェーーン!!」
リョウの怒号が響き渡る。
だが、エルレーンはいつもとは違いぼうっとした表情でゆっくりとそちらを振り向くのみだ。
「…貴様、ゲッター線集光装置を…」
「…もう遅い、わ。…今、壊した、から」
そういって、まだ黒煙を上げている…鉄くずらしきものを示した。
そして、くしゃくしゃになった資料を取り出し、びりびりに裂いてぱあっと放りなげた。
風にあおられ、そのかけらがバラバラに散っていく。
「!!…く、くそっ!!」
そういって悔しがるハヤト。
「ふふ…これで、しばらくあのゲッターナバロン砲は使えない…ゲッター線集光装置は、また造るのにかなりかかる、みたいだしね…」
「よ、よくも俺っちのナバロン砲をぶっこわしてくれたな?!」
文次親分がいきり立つ。
「タナー?!」
アサ太郎が同調する。
「…あら、もう直してもらったのね、アサ太郎君。…ごめんなさい、ね、動けなくして…」
「エ?!…イヤイヤソンナー」
「あ、アホかお前は?!…やいやいエルレーン!俺たちを眠らせて、その隙にナバロン砲を分解するなんざ、卑怯なまねをしてくれやがったな?!」
「…ヒキョウ?」
エルレーンが無表情に問い掛ける。
「おうともさ!」
重ねていう文次親分。
「…それじゃあ、強力な…爆薬で、ナバロン砲を吹っ飛ばしたほうがよかったかしら?…あなたたちごと」
「!!」
「…」
無言で微笑するエルレーン。その表情は、どこか寂しげにも見えた。
「フン。…殺そうと思えば殺せた、といいたいのか?」
ハヤトがそう言いながらエルレーンにじりじりと詰め寄る。
「…私は…ゲッターチームを抹殺するために造られた…だから、それ以外の、人間は…殺さない」
それを察知したエルレーンは、それだけ言うとすぐさまホバーバイクのアクセルを踏む。
それと同時に疾風がバイクから巻き起こされ、思わず身を丸めるハヤトたち。
「ま、待ちやがれ!」
「…ごめんなさい、私…今あなたたちの相手するつもり…ないの…もう…眠り、たい…の…」
今にも眠ってしまいそうなエルレーンは、それだけやっとという感じで言い残すと、一気に加速した。
ホバーバイクが空中高く舞い上がり、あっという間に小さな点になる。
「!!…くっ!」
リョウがその後ろ姿を歯噛みしながら見送った。
「…なんだ?あいつは…」
文次親分はいぶかしげにつぶやいた。
「敵のくせに…恐竜帝国の手先のくせに…俺たちを、殺さないだと…?」

「…やはり、ナバロン砲を再び作るのには時間がかかるな…
ゲッター線集光装置を急ピッチで造らせるにしても…3ヶ月はかかるだろう」
早乙女博士は頭を抱えている。
「その間、恐竜帝国がどう出るかが問題だな」ハヤトも厳しい表情だ。
「…あいつ、本当に…」
「なんだ、ムサシ?」
「…なあ、エルレーン…あいつ本当に、文次の野郎を殺さないために、あんな面倒なことしたのかな?」
「…さあな」
ぶっきらぼうに答えるリョウ。
「オイラ、最近思うんだ。…エルレーンは、俺たちを…本当に殺すつもりなんだろうかって」
「…」
「だってそれなら、なりふりかまわず文次ごとナバロン砲を破壊して、俺たちも」
「ムサシ」
リョウがそれをさえぎった。
「忘れるな、あいつは俺たちの敵だ。…たとえ、そう見えないような行動をしていてもな」
「…」
ムサシは黙り込んだ。リョウの口調は鋭く、有無を言わせない響きがあったからだ。
どちらにせよ、ゲッターナバロン砲は破壊されてしまった。
それは、ゲッターチームにとって、今までより状況の厳しい戦いを強いられるという事を示しているのだ。

…その頃。
森の木々の中、湖のかたわら。
エルレーンは眠っていた。その安らかな寝顔には、「兵器」として造られたなどということを思わせるものは何一つない。
エルレーンは眠っていた。夢も見ないまま。
エルレーンは眠っている。そうして、彼女の中の砂時計は、刻一刻と流れ落ちていく。


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