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◆ もしも、戻れるのならば
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サイドカーにのって、寮に帰る途中の事だった。
夕暮れ時、山道を紅に染めて夕日が沈んでいく。
ゆるいカーブに差し掛かったとき、リョウの目に飛び込んできたもの…
それは、その先に…草原に一人立ち、夕焼けを見つめている…エルレーン。
あの苦い思いが、再びリョウの心を責めさいなむ。
…彼女をああしてしまったのは、俺達…ゲッターチームのせいなんだ…
彼女も近づくバイクの音で、リョウがそこにいることをしったようだった。
のろのろと、近づくバイクのほうに顔を向ける。その顔には…冷たい孤独、そして哀しみがあった。
エンジン音が止まる。バイクから飛び降り、自分と同じ顔をした少女を見つめるリョウ。
「…エルレーン」
「リョウ…」お互いの名を呼ぶ。
「…不思議、よね。…私たち、敵同士、なのに…」
一瞬の間の後、ふっと自嘲するように笑って、エルレーンがリョウに言う。
「…もう、私の名前…呼んでくれるのは、あなた達だけに…なってしまった」
「エルレーン、俺達は…」
「いい!聞きたくない!」
突然強く拒絶するエルレーン。
「…」リョウは思わず黙り込む。
「聞きたくない…もう、私…」
感極まったように、突如彼女の瞳から涙がこぼれる。透明な瞳。夕焼けに照らされて、涙が光って見える。
「…なあ、エルレーン!…お前、俺たちの側につけよ!…俺たち、ゲッターチームと…一緒に、戦ってくれ!」
リョウが彼女に問いかける。その言葉は真剣で、嘘偽りのない…本当の気持ちだった。
もはやリョウは…いや、リョウだけではない、ハヤトもムサシも、彼女と戦う意思を無くしている。この、ひとりぼっちの少女と…
そして、リョウは彼女に特別な感情すらも感じていた。
自分のDNAから生まれた少女。自分と同じ…悩み苦しみ、それでも戦わざるを得ない戦士。
「…」
無言で、首を振るエルレーン。その目には、どうしようもないほど、空虚な闇。
「私…あなた達を、やっぱり許せない…でも、殺したく…ない」
苦悩が言葉になってうつろに響く。エルレーンの目にはまた涙が浮かんできた。
「わからないの…自分で、自分が、わからないの…っ!
どうしたいのか、どうしていいか、わからなくて、でも、もう私には時間が無くって、…そっ、それでも…わ、私…!!」
リョウの目に映るエルレーン。友人の仇に対する怒りと、その仇を思う心。
相反する感情に引き裂かれ、自分を見失い、戸惑い、泣き…独りぼっちの少女。
一瞬、その姿が自分自身のように見えた。その瞬間、彼の身体は勝手に動いていた。
「!!」
エルレーンがびくっと身をちぢこませる。だが、リョウはかまわずその胸の中にエルレーンを強く、強く抱きしめた。
「り、リョウ…?!」
「…!!」
自分自身の痛みを、苦しみを抱きしめるように。
始めは戸惑っていたエルレーンも、やがて静かになり…リョウの胸の中に抱かれていた。
哀しげなすすり泣きが聞こえる。リョウの胸の中でしゃくりあげるエルレーン。
その時、とくん、と二人の心音が重なった。ぱちっ、と電撃がはじけるような軽い衝撃。
同時に、不思議な感覚が全身を貫いていった。
エルレーンの感情、思い、痛み…二人が触れ合った箇所から、その全てがリョウの中に流れ込んでいく。
リョウは、エルレーンのその思いを、まるで自らのもののように感じていた。
親友、キャプテン・ルーガへの思い。
それを殺したゲッターチームへの怒り。
だが、それすら押さえ込む、彼らへの思い。
絶望の闇に閉ざされた、孤独と恐怖。
その全てが、自らの感情のごとくリョウの中を駆け巡る。リョウの目から…涙があふれだす。それは、エルレーンの涙だった。
それはまたエルレーンも同じだった。リョウの感情が自分の中に溶け込み、彼の思いを一瞬のうちに追体験していく。
まったく同じ容姿、「女」の姿をした自分…エルレーンへの戸惑い。
だが、同時に彼女に感じる、強いシンパシー。
彼女の親友を奪った事に対する、深い罪悪感。
それでも恐竜帝国を倒さねばならない、ゲッターチームとしての使命。
エルレーンも泣いていた。リョウの苦悩が、彼女の瞳から涙となって流れ出す。
抱きしめあう二人。まるで、お互いがお互いに融合するかのように、強く強く結びついて。
夕闇が二人を照らす。「一つ」になった、同じモノで出来た、二人を。
「…リョウ…」
リョウの胸に顔を埋めたまま、エルレーンがつぶやいた。
…だが、言葉よりも速く、彼女の感情はリョウの中に流れ込み、形をなした。
…だから、リョウはその続きを聞く前にそれを知り…涙を流した。
「…私、リョウに…リョウの中に、戻りたい…」
「…」
「リョウから生まれたものなら…帰りたい…リョウへ…」
「…」
「そうして…私…無くなってしまえばいい…!!」
「エルレーン…!」
リョウの涙。エルレーンの哀しみ。
そっと、エルレーンを抱いていた腕を放す。「一つ」になったモノが、また「二人」になった。
「…エルレーン…俺は」
「…」
無言で首を横に振るエルレーン。
二人の全ては、「一つ」になった時に、分け合ったのだ。もはや語る言葉など必要なかった。
「リョウ…私、…自分の『答え』を…探すわ…」
「…」
エルレーンの横顔に、静かな決意が浮かんでいた。
先ほどまでに彼女を捕らえていた狂気と混乱は姿を消した。
「うん…」
「…じゃあ、ね…リョウ…」
そういうなり彼女はリョウの頬に軽く触れるだけのキスをした。
その瞬間、またあの奇妙な…だが、心地いい一体感を感じる。
そしてその時、リョウは感じた。エルレーンが望む事…だが、何も言おうとはしなかった。
エルレーンは後ろを振り向かず、夕闇の訪れた草原を駆けていく。
その後姿を、リョウは哀しげな瞳で見つめていた。
彼女の姿が闇に消えてもなお、見つめつづけていた…


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