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◆ 文次親分達、奇妙な「敵」に会う
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「ジョーホー!ジョーーーウホーーーウ!」
世界発明研究所の大枯文次親分のだみ声が、浅間山中に響き渡る。
彼のご先祖が国定忠治からいただいたという土地に立つ世界発明研究所の庭で、今彼はなにやら大きな戦車らしきものを作成している真っ最中だった。
「はいはいー、何ですか親分ー?」
半ば彼の手下となっている浅間学園の生徒、
ムサシの柔道部の後輩の一人でもあるジョーホーがその声を聞きつけて発明所から顔を出した。
「悪ィ、鉄板が足りなくなっちまった!いくつか倉庫から見繕って持ってきてくれぃ!」
「わかりましたー!」
素直に命令に従い、倉庫の方へ向かうジョーホー。
「オヤブン、コッチノ溶接ハオワッタダー」
文次親分の発明品であるロボットのアサ太郎が作りかけの戦車の中から顔を出す。
見た目によらず高機能な彼は、工作機械としても活躍するのだ。
「おぅ!…よーし、だーいぶ出来てきたなあ」
そう言いながら、満足げに戦車を見上げる文次親分。
愛しの早乙女ミチル姫のために作るとあって、その気合の入り方が違う。
「ヒイ…ハア…お、親分、こ、これでいいですか?…」
ジョーホーが非力ながら、その両腕にたくさんの鉄板を抱えてよろよろと出てきた。
「おう!ありがとよ」
鉄板を受け取り、再び作業にかかろうとした文次親分。…と、アサ太郎が作業もせずに、なにやら遠くを見つめていることに気づいた。
「こらアサ!とっととこっちてつだわねえか!」
檄を飛ばす文次親分に、アサ太郎が慌てて言った。
「チガウンダワサー、オヤブン。…ダレカガ、コッチヲミテイルダワサ」
眼球となっているレンズの倍率を変え、
草原の向こう、こちらに近づいてくるその影の正体をズームアップする。
「…アリャ??」
…その影は、彼が見たことがある人間のような気がした。…しかし…
「誰が来るってんでえ?」
「…アリャア、ウーント…」
どうもはっきりしないアサ太郎。言葉尻を濁す。…そうこうしているうちに、
その影はどんどんと世界発明研究所のほうに近づいてくる。
…そして、文次親分とジョーホーの目にもその姿がはっきり見えた、その時…
「?!」
「え…?!」
二人に衝撃が走る。
それは、早乙女研究所ゲッターチームのリーダー、流竜馬…リョウだった!
しかし、その格好は明らかにそれがリョウ本人でない事を示している。
ビスチェにショートパンツ、ガントレットにショートブーツ…そして、そのスレンダーな身体は女性らしい曲線を描き、
何よりその胸には、男性のものでは明らかにないふくらみがあった。
「…?!」
リョウと同じ顔をした女、しかも過激とも言える格好をした女を目の前にし、思わずぽかんと立ちつくす二人。
その女は、まっすぐに世界発明研究所に向かってきた。…そして、立ちつくす二人とアサ太郎に向かって、にっこりと笑いかけた。
「…こんにちわ」
リョウの顔から、リョウのものではない声が出る。
「あ、あ…」
「こ、こんにちわ…」
混乱の極みのあまり、思わずくちごもる文次親分。とりあえず挨拶を返す律儀なジョーホー。
「お、お前、リョウ…じゃ、ねえ…よな」
文次親分はついその女の全身をじろじろと見てしまう。…露出度の高いその服装は実に彼の目に心地よい。
「そうよ。…私は、エルレーン、って、いうの…」
「え、エルレーン…ね」
「あのー、あなたはリョウさんのご兄弟だとか?」
「まあ、近いともいえる…わ」
ジョーホーの質問に微笑しながら答えるエルレーン。
「へー、あの野郎にこんなそっくりな姉ちゃんだか妹だかがいたなんて知らなかったぜ!双子かい、あんたら?」
「…ふふ、そんな感じ…かも、ね」
あいまいな答えを返しつつ、エルレーンは彼らのほうに歩み寄っていく。
「…すごい、わね。…これ、なあに…?」
「オウ!よく聞いてくれたな!…これはな、地底タンクってんだ!」
自慢の発明品の事に話が行き、唐突に喜々とする文次親分。
「ミチル姫が新婚旅行は地底探検に行きたいっていうからよう、そのために作ってんだ!」
「『みちるひめ』…早乙女研究所の、早乙女ミチルさんのこと?」
「そうそう!愛しの姫のため、こうやってがんばってるってわけだ!」
そう言いながらドンと胸を叩き、自信満々な様子の文次親分。
エルレーンもそんな彼ににこっと笑いかける。
「うふふ…あなたは、ミチルさんが、好きなんだ?」
「おうよ!…っと、まだ俺っちのこといってなかったな」
リョウと同じ顔をしているとはいえ、
彼とは違って気安そうな(そして、彼好みのセクシーな格好をした)その女のことがいっぺんに気に入った文次親分は、改めて自己紹介する。
「俺は大枯文次。この世界発明研究所の所長だ。…で、こっちがジョーホー、こっちがアサ太郎」
「よ、よろしくです」
「ヨロシクダワサー」
「うふふ…よろしくね、紋次君、ジョーホー君、アサ太郎君…」
「は、はあ、こちらこそ…」
うぶなジョーホーは、露出度の高い彼女の格好を正視することが出来ずにいる。真っ赤な顔で下を向いたまま返事を返した。
「あんたは…エルレーン、だったな…もしかして、リョウんところに行くつもりだったのかい?」
「んー、そう言うわけでもなかったんだけど…ちょうど、ここが見えたから、なんなのかなって思って」
「?…そうかよ。…まあまあ、ここであったのも何かの縁だ、茶でも飲んできな!」
「ノンデイクダワサー」
ミチルにぞっこんとはいえ、エルレーンが気に入った紋次親分が彼女をお茶に誘おうとした、そのときだった。
「あ?!て、テメエ?!」
丘の上から、切羽詰った驚きの声が響いた。
「…ムサシかよ!なんか用かぁ?」
いつのまにか丘の上に立っていたムサシの姿に気づき、紋次親分が声をかける。
…だが、どうも彼の様子がおかしい。
と、エルレーンも彼のほうに振り向いた。
彼らの視線が一瞬、ぶつかる。
「お、おい、紋次!そいつから離れろ!」
「…はぁ?!何言ってん…」
紋次親分の言葉はさえぎってムサシが必死で警告する。
「そいつは…エルレーンは、恐竜帝国の奴だ!」
「?!」
一瞬驚愕のあまり硬直する紋次親分たち。
(…この女が…きょ、恐竜帝国の、手先?!)
恐竜帝国が自分達を狙ってきた、自分達はこいつに殺されるのだ、と一瞬彼らの脳裏を不吉な予感がよぎる。
思わず三人(二人と一体)固まって身を護ろうとする…が、いつまでたっても何もおこらない。恐る恐る目を開けてみると、
そこには不思議そうな顔で自分達を見ている、エルレーンの姿があった。
「……?」
むしろ、「何故そんなに脅えているのか」といいたげな目であった。
「エルレーン!…お前、一体、ここで何を!」
ムサシがじりじりと彼女との間合いをつめながら厳しく問い詰めようとする。
しかし、前回同様彼女の態度はまったく動じない。
「…別に。不思議な建物があるな、って思って、来てみた、の」
「お、お前…一体、何考えてんだ?!オイラたちの学校に来たり、文次の野郎のところに来たり…
そのくせ何もしようとはしない。お前、一体何企んでやがる?」彼女の謎めいた、目的の読めない行動に振り回されている武蔵の、それは本音だった。
「…」
一瞬、エルレーンの瞳に、ふっと影がさす。その瞳に一瞬、ムサシの心がひきつけられた。
…それは、透明な瞳だった。リョウとは違う…純粋な、何物をも映しこむ瞳。
「…ちょっと、知りたいと…思った、だけ…よ」
何故かその口調に自嘲じみた色が漂う。と、エルレーンは彼らにくるりと背を向け、草原のほうへと歩み始めた。
「?!…お、おい、待て、そりゃどういうことだよ?!」
ムサシが慌ててその背に問う。
「…」
しばらく彼らから離れた場所で、彼女はふわっと振り返る。微笑して答える。武蔵の目にその微笑みは、少しさびしげなものにも見えた。
「…『人間』って…何なのか、を…ね」そう言い残し、エルレーンは最早彼らのほうに向き直ることなく、緑の草原の中へと消えていった。
「…?!」今しがた聞いたセリフの意味を考えている間に、エルレーンはムサシの前から姿を消してしまった。
…そのときようやく、ぽかんと二人の会話を聞いていた紋次親分達の存在に気づく。
「…お前ら、大丈夫…だよな」一応、声に出して確認してみる。彼らはエルレーンに傷つけられた様子もない。
ただ、目の前で起こっていたことが何なのか、未だに状況が把握出来ず混乱しているようだ。
「む、ムサシ…あ、あいつ、本当に恐竜帝国の…?」
「…ああ、そうだ。あいつは恐竜帝国のパイロット、リョウのクローン…らしい」
「く、クローン…?!」
「どうりでそっくりなわけだぜ…」
「ホントダワサー」
「で、でも、ムサシせんぱい」
ジョーホーが素朴な疑問を口にする。
「あ、あの人、別に悪い人じゃなさそうでしたよ?」
「…お、おう!ヘタしたら、リョウの野郎よりずっといい奴じゃねえか?」
「ヤサシソウダッタワサー」
エルレーンから受けた印象を素直に語る紋次親分達。
…それを聞いたムサシは複雑な思いでそれを聞いている。
「で、でも、…とにかく、あいつはオイラたちの敵なんだ!」
まるで自分に言い聞かせるかのようにムサシは言い切った。
…彼女の行動は不可解とはいえ、恐竜帝国の一員である事には違いないのだから!
「…だから紋次よォ、あの女には気をつけろよ」
「気をつけろって言われてもなぁ」
「オヤブン、イロッポイオンナノコダッタカラ、キニイッタダワサー」
「こらアサ!そういうこと言うなっつうの!」
図星を突かれた紋次がアサ太郎の頭に一撃を食らわした。
「お、お前なぁ…」
その気持ちはムサシにもわからないでもない。しかしあの女が彼らを狙って
こないという保証もないので、一応警告するだけはしておかねばならない。
「言っとくけどなぁ、あの女は敵なんだからな!」
「…はいはい、わーったわーった!近寄らないようにすりゃいいんだろ」
そう答える紋次親分。
だが、彼の答えにはどうも真剣みがなく、ムサシの胸には一抹の不安が残ったのだった…


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