--------------------------------------------------
◆ Mea culpa, Mea maxima culpa
--------------------------------------------------
夜が明けた。ゲットマシンを爆破されることはかろうじて防いだものの、研究所内に再度簡単に侵入されただけに、どの研究所員も表情が硬い。
だが、ゲッターチームは彼らよりさらに深刻な面持ちをしている。
…エルレーンが明らかな殺意をもって近づいている。研究所に侵入され、ゲットマシンをも破壊されるところだった…
そして、その殺意を生み出したのは…彼女の親友を殺した、自分たちなのだ…
彼らはあれからずっと、研究所にいた。
だからといって何もするわけでもなく、ただ各人それぞれ、思いにふけって沈み込んでいただけだった。
…その一人、ハヤトは司令室の窓から、新たな朝を迎えた浅間山を見ていた。
一夜明けた研究所の外は、相変わらずまぶしい日光にキラキラと輝く草原。
「…ハヤト…」
振り向くと、ムサシがいつのまにかそこに立っていた。
「…どうした、ムサシ…」
「…オイラ、ずっと考えてたんだ…オイラ、やっぱり……エルレーンと、戦いたくないよ」
ムサシがその思いのたけを、とうとう素直に打ち明けた。
一晩ずっと考え込んでいたらしく、その口調はけだるげではあるが、静かな決意に満ちていた。
「…」
ハヤトが思わず彼の顔を見返す。
…そういえば、こいつが一番最初に、あの女と心を通じあわせていた。奴との戦いにずっと乗り気ではなかった…
自分も、その思いは、同じだった。だから、リーダーであるリョウがいくらいさめても、あの女と…いろんなことを話した。
自分のこと、あの女のこと…正直、楽しかったのだ。あの女と過ごす時間は…そう、「友達」と、いえるような感覚で…俺たちは、あいつを見ていたのだと思う。
明るくて、強くて、素直で…そして、どうしようもなく哀しい宿命をおった少女。
「お前や、俺がそういっても…あいつは、きっと俺たちを殺すぜ。…それでもかよ?」
自分にこそ問い掛けたい質問を、彼はあえてムサシに投げた。ムサシは、強い目をして答える。
「…オイラは、それでも、信じたいんだ。…信じる。エルレーンは、オイラ達を…殺したり、しない!」
「…本当に…そう、思うのか…?」
「!」
二人が同時に入り口のほうに振り向く。
…そこには、リョウ。
「リョウ…」
「ムサシ、お前…本当に、そう、信じているのか?…俺たちは…」
「…少なくとも、オイラはそう信じたいぜ」
ムサシの目に映るリョウは、憔悴しきっているように見えた。
…いままで、自分やハヤトに対し、エルレーンに近づく事をしつこく禁じてきたリョウ…
そのリョウ自身が、一番今回の事で打撃を受けていたのだという事に、その時ようやく気づいた。
「俺たち…なんてことを、しちまったんだろう…」
今更取り返しのつかないことだというのはわかっていた。しかし、その思いが口を突いて出る。
「リョウ…だが、俺たちは、ああするしかなかった…ああするしか、なかったんだ…」
「わかってる…でも、あいつは…」
リョウの脳裏に、またあの幻がふっと浮かぶ。
金色の瞳、優しげな瞳…エルレーンの友達、自分を「エルレーン」とよんだ、あの…キャプテン。
そして、エルレーン。「独りぼっちになってしまった」と、孤独と絶望に怯え、泣き叫びながら…戦っていた、その姿。
自分と同じ姿形をした少女の、その慟哭…
「俺たち…あいつを、独りぼっちに…してしまったんだ…!」
「…でも、リョウ…!」
「…!!」
深く重い罪悪感がリョウたちの心にのしかかる。息苦しくなるその感覚。リョウの瞳が深い憂いに沈みこむ。
ハヤトは無言で外を見つめている。
リョウは、両こぶしをぎゅっと強く握りしめたまま、立ち尽くしている。そのこぶしが、小刻みに震えている…
ムサシは、そんなリョウを見ていた。まるで、ぽきりと折れてしまう寸前の風の中の立木のような…そんな危うさが、見て取れた。
そんなものは普段の彼には見受けられない。
…まるで、昨日のエルレーンのようだ、とムサシは思った。追い詰められ、どうしようもない事実に苦しむ、あの…少女と。

寮に帰ってくれていてもかまわない、と早乙女博士に言われた三人は浅間学園寮にいったん戻る事にした。
研究所にいても、気がふさぐばかりだ。博士も疲れきった三人の様子を見て、少し寮で休んで気分を取り直した方がいいと判断したのだろう。
三人は淡々と、草原を下っていく。誰も、何も言わないままで。リョウのサイドカーとハヤトのバイクのエンジン音が、静かな草原に響き渡る。
…そうして、10分くらい走った頃だったろうか。
「?!」
強烈なブレーキ音。急にハヤトがバイクを止めたのだ。
「…どうした、ハヤト?」
リョウもそれに気づき、自分もサイドカーを止めた。
「……!」
彼はこわばった表情のまま、行く手の草原の海の中、ただ一点を見ている。その視線の先にいたものは…
「!エルレーン…!」
ムサシも慌ててサイドカーから飛び降りる。その隣に立つリョウも…彼女を見つめたまま、動かない。
エルレーンもこちらにとっくに気づいているようだった。…そうして、彼女はたちつくす三人にゆっくりと近づいてくる。
…その顔は、何の感情も浮かんでいない、まるでマネキンのように空虚な顔だ。透明な瞳が、三人の姿を映している。
「…」
「…」
ゲッターチームから一定の距離をとって、エルレーンは立ち止まった。
無言のまま、対峙するゲッターチームとエルレーン。
エルレーンの瞳は、まっすぐ彼らを見つめている。
彼らも、目をそらすことなく、彼女を見返している。
「…俺たちを、ここで殺すつもりか?」
口火を切ったのは、ハヤトだった。
「…」
エルレーンは一瞬、ふっと目を伏せた。その瞳に迷いが揺れる。
だがそれもつかの間、復讐の闇が彼女の全身を再び焼き尽くした。それは、抑えきれない憎悪と怒り。
「…許さない、私、絶対にあなた達を…許さない!」
ざっ、と一歩ひいて身体を半身にし、戦いの構えを取る。
その全身から怒りの闘気が燃え上がるかのようだ。
「や、やめてくれ、エルレーン…!お、オイラたち、お前と戦いたくないんだよ!」
その妖気に気おされながらも、必死でムサシが諭すように言う。自分の思いを伝えようと、必死で。
「……うるさい…うるさい、うるさい、うるさいぃぃっっ!!」
その言葉を彼女は聞くまいとする。絶叫でかき消す。
…もし聞けば、また気持ちが揺らいでしまうから。
「ルーガを殺したおまえたちなんか、お前たち、なんか…っ!!」
透明な瞳に、リョウが映った。…自分のオリジナル。そして、親友を殺した…ゲッターチーム!
「うあぁぁぁぁああぁぁっっっ!!」
必死で自分を奮い立たせるかのようにケモノじみた叫びをあげるエルレーン。
同時に、彼女はリョウにまっすぐ向かっていった!
「?!」
「り、リョウ?!」
ハヤトとムサシの目に、信じられない行動をとるリョウが映る。
…彼は、逃げも構えもしない。ただ、自分にまっすぐ向かってくるエルレーンを…見つめているだけ。
…何故…何故、逃げない?!エルレーンに殺されてしまうぞ!
ハヤトがそう叫ぼうとした矢先だった。
「うあああぁっっ!!」
エルレーンの強烈なタックル。リョウは彼女に押し倒されるまま、草原にどさりと倒れこむ。
タックルの衝撃と地面にぶち当たった衝撃で、思わずその顔が痛みに歪む。
「!!」
その白い首を、がっと二本の腕がつかんだ。…そして、エルレーンはギリギリとリョウの首を締め上げる。
「…かはっ…んぅ……」
「殺してやる…殺してやる!」
狂気すらはらんだ叫びがエルレーンの口から漏れる。
「り、リョウ?!ど、どうして…」
リョウを助けに走ろうとした二人。
だが、リョウの様子に気づき、戸惑い、迷いが生まれ立ちつくしてしまう。
…彼は、何の抵抗もしていなかった。
首をぐいぐいと締め付けるエルレーンの手に爪を立てることもせず、地面に横たわったまま、ただ彼女の殺意を全身で受けている。
呼吸が出来ないのと強烈な圧迫感で苦しいのだろう、その顔には脂汗が浮かび、苦しげな呼吸音が時折聞こえてくる。
…だが、彼の目は…覚悟しきった穏やかなものだった。その目が、エルレーンを見つめる。リョウの、炎を宿した目。
「ど…どうしてよ?!どうして、抵抗しないの?!」
リョウの態度にエルレーンも戸惑いを隠せない。
…何故抵抗しないのか、自分に、黙って殺されるというのか?!
思わずその手が緩んだ。急に空気が入ったせいか、激しくリョウは咳き込んだ。
その途端、エルレーンはびくっと震え、腕をリョウから離してしまう。
そして、リョウの瞳がエルレーンを射た。彼は、穏やかな口調で彼女に言った。
「…何故、手を離す…?」
「…!!あ…ああ…!!」
がくがくと身体が震える。
今しがた自分がやった行為が、自分でも信じられないとでもいうように。驚愕の表情が浮かぶ。
「俺が憎いんだろう。…友達を殺した、俺が…何故、手を離す…?」
リョウは、静かにそう続けた。その声には、何の迷いも浮かんでいなかった…
「…!!」
刹那、エルレーンの瞳からこぼれおちる涙。その涙は、ぽたぽたとリョウの頬に落ちてきた。
「…わぁあぁああぁぁああああぁぁぁっっ!」
堰が切れたように泣き叫ぶエルレーン。顔を手で覆い、絶叫する。
絶望と混乱に見開かれた両目からは、止まることなく涙が零れ落ちる…
頭を抱え悲痛な叫び声をあげるエルレーンを、リョウの腕がそっと抱きしめた…自分の胸に、エルレーンを優しく抱く。
一瞬エルレーンは恐怖にも似た表情を浮かべたが、やがてリョウの胸に必死にすがり、泣き叫びつづけた。
リョウの腕(かいな)の中、よりどころを探すかのように…
リョウは、そんなエルレーンを抱きながら、痛々しい彼女の混乱と恐怖を肌で感じていた。
自分の腕の中で泣き叫ぶ少女。エルレーンの友人を奪い、彼女をここまで追い詰めてしまった、自分たちの罪の重さを全身で感じる。
それは、ハヤトもムサシも同じだった。彼らもリョウのそばに座り込み、絶叫するエルレーンを見つめている…
「っく、ふ、ぅっ、…う、ぁあぁぁあああっっ!!」
エルレーンの絶叫は止まない。
今まで必死に押し込めてきた感情全てが、今彼女の精神を揺るがしている…
草原に響く、少女の絶叫。それが風に吹き散らされ、びゅうびゅうと凪ぐその音にかき消されていった。

「…」
それから数分は立っただろうか。
ようやく落ち着いたらしいエルレーンはもはや泣き叫ぶ事もなく、リョウの胸に頭を持たせかけ、時折しゃくりあげている。
彼女の背をリョウは優しくなでつづけていた。
ハヤト、ムサシも、いたたまれないような表情で彼女を見守っている…
…と、エルレーンの体がゆらりと動いた。リョウから身体を放し、まっすぐな瞳で彼を見つめる。
「…エルレーン」
そっとリョウが、その名を呼んだ。
「…」
エルレーンは無言のまま。
その目には、もはや怒りの炎は燃えてはいない。ただ、空虚さがあるだけ。
「俺を…何故、殺さない…?…お前の友達を…俺は、俺たちは…殺してしまったんだぞ」
静かに問うリョウ。
一瞬、ハヤトとムサシはそのセリフにはっとした。だが、エルレーンは静かに首をふり、弱々しい口調でつぶやくのみだった。
「…嫌…私、リョウを…ハヤト君を、ムサシ君を…殺し、たくない…!」
「…!」
「エルレーン…!」
「だって、だって…私、好き、だもの…!…リョウも、ハヤト君も、ムサシ君も…私に優しくしてくれた、た、大切な…人だもの…!」
「…」
「…で、でも、っ」
途端に、その表情が哀しみに支配される。
再びエルレーンの瞳から、透明な涙がこぼれおちていく…ふっとその瞳に、一瞬だけ…先ほどと同じ、復讐の闇が燃える。
だが、それはすぐに涙でかき消された。
「わ、私…でも、許せない…」
「…!」
「私の、たった一人の友達を、ルーガを殺した…あなたたちが、許せない…!」
「ルーガ…さんを…」
「…」
「…もう、私、独りぼっちだ…恐竜帝国に、もう…私のいる場所なんて…ない…!」
ぎゅっ、と自分の身を、強く抱きしめるエルレーン。
孤独の恐怖に身震いし、怯える少女がそこにはいた。
「エルレーン…」
「もう、あそこじゃ…誰も…私を、名前で…『エルレーン』って、呼んで…くれない…私、私…!」
「…名前、で…?!…な、なんでだよ、お前は『エルレーン』じゃねえか…!」
「ううん…!」
首を振り、否定するエルレーン。自嘲の笑みが、彼女の顔に浮かんだ。
「私…は…『No.39』…!…ゲッターロボを、破壊し…ゲッターチームを、殺すために…造られた、『兵器』…!」
「…!!」
「『兵器』に、名前なんてない…!…誰も、私を…『エルレーン』って、呼んでくれない…!
私は、『モノ』なんだ…!…に、人間を、殺すための…『バケモノ』なんだ…ッ!」
混乱しきったエルレーンの姿。その痛々しさが、リョウたちの心を容赦なく責める。
無邪気に笑う、子供のような明るさを見せる…いつの日かの、エルレーン。
その面影は、今目の前で小さくなっている少女のなかには見出せない。
彼女の明るさを奪ったのは…彼女の希望を奪ったのは、紛れもない自分たちだ…
「…エルレーン!…俺たちのところに来るんだ!」
リョウは、思わずそう叫んでいた。
一瞬その言葉に、ハヤトもムサシも虚をつかれた。
だが、彼の意図を瞬時に悟り、二人も力強くうなずいた。
「…?!」
「エルレーン…俺たちの側につけよ…頼む、から…!」
「リョウ…」
「エルレーン、俺たちは…知らないこととはいえ、お前の…大事な、友達を…殺してしまった。
だけど、俺たちは…俺たちは、決してお前を一人になんてしない!」
「そうだ…!…エルレーン、オイラたちと一緒に…!」
三人は、口々にエルレーンに向かって必死に呼びかける。
自分たちが彼女にできること、それは彼女とともにいることぐらいしか思いつかなかった。
エルレーンは、リョウ、ハヤト、ムサシを見る。真剣な瞳で、一緒に来いと告げる彼ら…
彼らが心底、愛しかった。
音楽を教えてくれた、ぶっきらぼうではあるが思慮深いハヤト。
心優しく、自分に対しても素直に手を差し伸べてくれたムサシ。
そして…自分のオリジナル、リョウ。
彼らへの情が、彼らを殺すことをためらわせる…親友を殺した、彼らゲッターチームを。
身が引き裂かれるような矛盾を、解決する術をエルレーンは持たなかった。その痛みが、涙となって瞳からこぼれおちるだけ。
だから、エルレーンは無言で首を振った。目を伏せたまま、彼らの顔も見ないで。
「…エルレーン…!」
ハヤトの声。愛しい「人間」の声。だが、彼はキャプテン・ルーガを殺した「人間」なのだ。
「嫌…!…嫌…ぁ…!」
「…!」
「お願い…私に、近寄らないで…ェッ!…そうでないと、私、私…!」
「エルレーン!」
ムサシの声。愛しい「人間」の声。そして、キャプテン・ルーガを殺した、憎い敵の声。
「…ッッ!!」
両手で必死で耳をふさぐ。その声を聞くまいと、必死で身を縮こまらせる。
「…エルレーン!!」
リョウの声。自分の分身の声。愛しい「人間」の声…
だが、彼らは、私の誰よりも大切な人を殺した!
「…お、お願いィッ!…早く、早くどこかに行ってよぉッ!…そうでないと、私、私、また…あなたたちを殺そうとしてしまう…ッ!」
悲痛な絶叫。耳をふさいだままで。止まらない涙が、ぽたぽたと落ちていく。
「…!」
ゲッターチームに衝撃が走る。…そして、それがすぐに…深い、罪悪感に変化していく…
エルレーン、と三人のうちの誰かが自分に声をかけたような気がした。
だが、エルレーンは何も答えない。
頭を抱え込んだまま、耳をふさいだまま、心を閉じたまま、草原の中に座り込んだままで。
…やがて、自分から彼らが離れていく気配を感じた。
その気配は立ち止まり立ち止まり、こちらに心配げな視線を投げながら…そのうち、草原の海の中に消えていった。
後には、緑の中にうずくまる少女が一人…
彼女は、エルレーンは…No.39は、その場にずっと、たたずんでいた。
風が凪いでも、ずっとずっと、そのまま動かなかった…


back