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◆ 幸福の手前で
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「…どうかな。…うまくいくだろうか?」
「ダメもとでさあ、もう一回だけ試してみようぜ。…オイラ、本当に…もう、嫌なんだ。エルレーンと戦うなんて…」
浅間学園学園寮、リョウたちの部屋で、ハヤトとムサシが何事かを相談しあっている…
そう、彼らはもう一度リョウを説得しようと相談していたのだ。エルレーンを仲間に引きこもう、と…
…もともと半年しか生きられない少女。恐竜帝国に「兵器」として扱われる少女。
そんな彼女と戦う意思を、もはや二人は失ってしまっていた。
…特に、彼女自身の口から彼女の「死ぬ運命」を聞いたムサシは、すっかり彼女と戦うことに嫌気がさしてしまっていた…
そして、なんとかエルレーンを自分たちの側に引きいれようと考えていたのだ。
…だが、一度そのような提案をしたとき、リョウから…
最も彼女を激しく敵対視している、彼女のオリジナル(そう、皮肉にも彼がエルレーンの「オリジナル」なのだ)…真っ向からの反対を受けた。
それは多分に感情的なものだったが、その後エルレーンの手によってゲッターナバロン砲が破壊されてしまうにつけ、彼の意見が一部正しかったことを認めざるを得なかった。
…確かに彼の言ったとおり、エルレーンは自分たちに大きな害をもたらしたのだ。
…そして、彼女の説得を考えていた早乙女博士も、それ以来そのことを口に出せなくなってしまっていた。
しかし、それでもまだムサシは諦めてはいなかった…そして彼の思いに呼応するように、ハヤトも同意を示した。
そして彼らは最も難敵であるリョウをまず説得しようと考えていたのだ。
「ああ…!…来たぞ」
と、彼らがうなずきあっていたところに、ちょうどその当人…リョウが部屋に入ってきた。
「…?…ただいま」
部屋の真ん中に陣取り、何故か自分をじっと見つめている仲間二人に対して声をかけるリョウ。
「あ、ああ、おかえり」
「…うん」
しかし、そういうリョウのほうも何か様子が変だ。どうもぼんやりしているようだ。いすに座り、ぼーっと考え事をしている。
「あ、あのよぅ、リョウ…話があるんだが」
思いきったムサシが、おずおずと彼に声をかける。
「話?…なんだい?」
「ん、んーと…その…」
しかし、なかなか本題に入りこめず、うなってばかりいる。そんな彼を見かね、ハヤトが言葉をついだ。
「エルレーンのことだ」
ずばりと言い放つハヤト。
「…!」
リョウの顔に、ちょっとした驚きが走る。…内心、ムサシとハヤトはびくびくしながらその表情の変化を見守った。
今まで、彼の前でエルレーンの話を持ちだすことはとんでもないタブーだったのだ。
…「エルレーン」という名前を聞くだけで、彼は激烈な反応を示した。彼女に対する嫌悪をむきだしにし、怒りをあらわにするリョウ…
そんな彼の反応が目に浮かんでいるだけに、リョウの次の言葉が恐ろしかった。
…だが、彼らの予想とは反し、リョウの表情は…穏やかなままだ。
少し驚いてはいるものの、以前のように怒りを見せている様子はない。
(…?)
そのことを不思議に思いながらも、ムサシたちはほっと息をつく。
…話を切りだすには、そちらのほうが好都合だ。
「…何だ?」
穏やかに聞き返すリョウ。
「あ、あのさぁ、あの…お、オイラたち…こんなこというとまたお前は怒るかもしれないけど…」
しばらくもごもごとつぶやいていたムサシだが、やがてきっぱりと気持ちを決めたのか、はっきりとした口調でリョウに言った。
「お、オイラ…もう、エルレーンと戦うなんて嫌なんだ。…あいつに何とか…恐竜帝国から、俺たちの側についてもらいたいんだ!」
「…」
無言のまま、真剣な表情でリョウは彼の言葉を聞いている。
「だ、だから…エルレーンを説得しよう、リョウ!…そうすれば、あいつら恐竜帝国の情報もわかるし、それに…」
「…あいつとも戦わずにすむ、ってことか?」
ムサシの言葉の続きをいうリョウ。
「そ、そうだ!…」
「リョウ、お前だけじゃなく、俺たちゲッターチームにとってのことを考えてくれ」
ハヤトも口添えする。
「あいつの存在は、研究所全体にとってプラスになるはずだ。…そりゃあ、お前には気に喰わないことだろうがな」
「…」リョウはハヤトを見あげ、腕組みをしてその言葉を反芻している。
空白の時間が流れる。…それはほんの数十秒の時間だったが、ハヤトとムサシにとってはもっと長く感じられた。
…リョウは、無言のまま考え込んでいる。まじめな表情で…
だが、リョウの思わぬ返答に二人は思わず我が耳を疑ってしまった。
「…ああ。俺もそうするべきだと思う」
「…そ、そういうけどリョウよぅ………って、え、ええ?!」
てっきり拒絶されるとばかり思っていたムサシはすっとんきょうな声をあげる。
ハヤトも思いのほかあっさりと受け入れがたい提案を受諾したリョウをぽかんと見つめている。
「り、リョウ、い、いいのかよ?!」
「いいも何も…お前らだって、そうしたいんだろ?」
リョウは慌てるムサシにそう答えた。
…顔には、軽い微笑すら浮かべている。
二人にはまるで彼の反応が信じられなかった。
…これが数日前までは、「エルレーン」という彼女の名前を聞いただけで急激に不機嫌になり、冷酷な態度で彼女を敵視しつづけてきた人物だろうか…?
「あ、ああ…そ、そだけど…」
「なら、いいじゃないか?…やらなきゃダメだ、絶対に…!」
「う、うん…でも」
ムサシがたまらずその疑問を口に出した。
「り、リョウ、お前…ど、どうかしたのか?」
「…俺が?…どういうことだ、ムサシ?」
「だ、だってよぅ…な、なあ、ハヤト?」
「あ、ああ…今の今まで、あいつの名前を聞くだけでブチ切れてたやつとは思えねぇぜ」
「だよなぁ…なんかあったのか、リョウ?」
…すると、今まで冷静だったリョウの顔にさあっと赤味が増す…
何か思い出したのか、真っ赤な顔をしたリョウは恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
「…な、何もないよ」
だが、彼の反応が明らかにそれが嘘だといっている。
「…!」
顔を見合わせ、にやっ、と笑うハヤトとムサシ。
…そして、にやにやしたままリョウを見つめる…
「…な、何だよ…」
「リョウ〜、一体何があったんだよ〜?」
「だ、だから何もないって」
「嘘言うなよ〜、エルレーンとなんかあったんだろ〜?」
リョウの肩をぽんぽんとたたきながら、なおも二人の間に何があったのか、問い詰めるムサシ。
「…!」…すると、リョウは赤い顔のまま彼らからふいっと視線をそらした…何か隠しているのがまるわかりだ。
「おい、あのお嬢さんと何があったんだよ、リョウさんよ…教えろよ」
ハヤトもからかうような口調でリョウに言った。
「べ、別に何もないって言ってるだろ!」
リョウは少しふてくされたような表情をして、ちょっと声を荒げてみせる。
「へへ〜、ミチルさんや博士には内緒にしとくからさぁ〜」
「何にもないってば!しつこいなぁお前ら」
「へへ…だって…なぁ?」
ムサシはハヤトにそういってにやっと笑いかけた。
ハヤトも軽く片目をつぶって応じる。
「…そ、そんなこというなら、さっきの話…やっぱり止めだ!」
二人のからかいに、リョウがそんな手段を使って応じる。
…だが、もちろん冗談だ。顔は怒った風を見せていても、その目が笑っている。
「ええ〜?!そ、それは困るよリョウ〜…」
だがその冗談を真に受けたのか、ムサシがその発言に途端におろおろしだした。
「!…ふふ、あはは!…冗談だよ、ムサシ…!」
そのしぐさがあまりにこっけいだったので、思わすリョウはふきだした…
そして、快活に笑う。
ハヤトもそんな彼を見て、ふっと微笑した。
「な、な〜んだ、じょ、冗談かぁ…おどかすなよ〜!」
リョウの笑い声にムサシもほっと息をつく。そして自身もにやっと笑った…

…こうして、ようやく彼らの思うところは一つになった。
エルレーン、恐竜帝国のパイロット…「人間」である彼女を、自分たちのもとにつける。
そうすれば恐竜帝国の情報も得られるし、そして何より…これ以上、彼女と殺しあう必要もなくなるから。
これで、すべてがうまくいくように思えた…エルレーンを自分たちの味方につけ、共に戦える。そして恐竜帝国を滅ぼす…
だが、その絶好のチャンスを、そして彼女との芽生えかけた絆を砕いてしまうのが、他でもない自分たちとなることに、今の彼らは気づくよしもなかった…


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