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◆ 奇妙な「敵」
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それは、まったくの偶然に近かった。
「…ったく、ハヤトはいっつもそうなんだからよぅ」
「何言ってやがる、もとはといえば、お前さんがいつも…」
「まあまあ、二人とも…」
ゲッターチームの三人、リョウ、ハヤト、ムサシが珍しくそろって研究所に向かう途中だった。スクランブル状態での召集ではないので、
のんびりと散歩がてら、三人とも歩きで向かう事にしたのだ。浅間山の中腹に位置する早乙女研究所に向かうまでには、なだらかな丘がいくつもある。
浅間学園寮から、30分ほど急ぐ事もなく丘を超えて行く三人。
…その丘の中腹、草原の上に…一人誰かが寝転んでいるのをふと目にしたのは、ムサシだった。
『…こんなところに人がいるなんて、珍しいなぁ』
最初はそう思っただけだった。なぜならばこの研究所の周辺一帯は早乙女研究所の私有地であり、
住んでいるものといえば、あの研究キチの大枯紋次親分くらいだったからだ。…それゆえ、部外者があまり入ってくる事はないはずだ。
『…あれ?』
それじゃあ、あの人は…?
「…どうした?ムサシ」突然道の真ん中で立ち止まって、遠いところを見ているムサシにリョウが声をかける。
「いや…」生返事をしながら、じっと目を凝らし、その不審な部外者をみるムサシ。
…その姿には、見覚えがあった。
「!!…り、リョウ!ハヤト!」
「どうした、急に大声出すなよ」
「あ、あいつ…」
そういって彼が指差す先を見た二人。…途端に、顔つきが険しくなった。
…『エルレーン』!
「ど、どうしてここに?!」
「しっ!…なんにせよ、見過ごすわけにはいかないだろ」
「…ちょうどいいチャンスかもしれん。あいつを…捕まえて、恐竜帝国のことを聞き出せるかもしれん」
ハヤトの提案に、二人は無言でうなずいた。

草原に身を任せ、瞳を閉じて眠っている少女。
初夏の風がその美しく整った顔を優しくなでていく。
三人が以前エルレーンを見たときはモニター越しだったため、その格好がよくわからなかった。だが、こうやって目の前にするエルレーンは、
顔と姿こそリョウとまったく同じだとは言え、その服装やそこから受ける印象はまったく違っていた。
草むらに投げ出された腕はしなやかそうで、黒い皮のようなモノで出来たひじまでの手甲(ガントレット)が絡み付いている。
上半身にまとっているのは黒いビスチェ。ひかえめな大きさの胸を覆い隠している。腰には何も隠すものがついておらず、
細いウエストがその白い肌を見せている。きゅっとひきしまったヒップはこれまた黒のショートパンツをまとっている。
そこからすらっと伸びた細身の足は、身軽そうなショートブーツを装備している。
彼女のスレンダーな身体をより引き立てるような、そんなセクシーな服装。思わず生唾を飲み込むムサシをリョウがぎろっとにらみつけた。
彼女の胸は規則的に上下し、静かな寝息が三人の隠れている影までかすかに聞こえる。エルレーンは深い眠りの中にいるようだ。
「…よし、今のうちだ…捕まえるぞ」
小声でハヤトが言う。
「ああ。三方から取り囲んで一気にかたをつけよう」リョウがそれに同意した。
三人がじりじりと眠る彼女を囲んでいく。彼女の目は、閉じられたままだ。
目と目で合図しあうリョウ、ハヤト、ムサシ。そして…同時に三人がエルレーンに飛びかかる!!
「いでぇ!?」
逆方向から飛びかかってきたリョウとハヤトの頭にしこたま頭をぶつけたムサシが思わず悲鳴をあげる。
「…ぐぐ…?!」
ムサシの石頭にやられて思わずのけぞるハヤト。
「…??」
状況がつかめない三人。そんな三人のかたわらに、すとっと静かに着地する影。
エルレーンだった。彼女はその瞬間、高くジャンプして三人をかわしたのだ。
「…女の子の寝込みを襲うなんて、ずいぶん、ね…ゲッターチーム」
両肩をすくめながら彼女が言う。
「う、うるせいー!恐竜帝国めー!」
「あら、ムサシ君。まだ、生きてたんだ?」
「…ななな、何だとおー!」
「三人そろって何してるの?」
「…それは、こっちのセリフだ、恐竜帝国の手先め!」
リョウがきっぱりと言い放つ。まったく同じ顔、違う人間。二人の間で見えない火花が散る。
「…見ての通り、眠って、いたのよ」
「…ここが早乙女研究所の私有地だってことを知っていてか?」
「…『シユウチ』?…『シユウチ』って何?」
「…?!」
予想もしないエルレーンの質問に、きょとんとするリョウ。
「…あんまり難しい言葉を使われても、わからないわ。…まだ私、造られて二か月もたってないんだから」
「?!…そうか…貴様、リョウのクローンだったな…」
「…くっ…とにかく!ここに来たからには、もう逃がさん!…恐竜帝国の事を、洗いざらいしゃべってもらおうか!」
「…『シユウチ』はー?ねえってばー」
あくまでその言葉にこだわりつづけるエルレーン。
「…!!お、お前、この状況がわかっているのか?!」
「わかってるわよ。…私を捕まえて、恐竜帝国のことをしゃべらせよう、って言うんでしょ」
「まあ、そういうことだ!覚悟しやがれ!」
ムサシが得意の柔道の構えを取る。
だが、次のエルレーンの言葉は、ゲッターチームの予測もしないものだった。
「…待ってよ。…私、ゲッターロボにのっていないあなた達を相手にするつもりはないわ」
「な、なんだとぉ?!」
「…俺たちを、ナメているのか?!」
いきり立つ三人。だが、彼女はこともなげに続ける。
「…私の目的は、ゲッターチームの抹殺とゲッターロボの破壊。そのどっちかが欠けても、意味ないでしょう?」
「…フッ…今に、その目的も果たせなくなるさ!」
そういうのとハヤトがエルレーンに襲い掛かっていくのは、まったく同時だった。
素早い空手の突きが彼女を襲う。ハヤトは、この分ならすぐこの女を気絶させる事ができるだろう、と思った。
だが、そうはならなかった。
「きゃあ!何するのよ!」
そう叫びながらも、エルレーンは身をしなやかに曲げ、まるで踊るようにハヤトの攻撃を避けていく。
「お、俺も手助けする!」
「俺も!」
リョウもムサシも加わった。三人が再びエルレーンを取り囲む。
「もう!…私はゲッター無しのあなた達と戦うつもりはない、って言ってるじゃない!」
まるで子供がするように口をとんがらせて言うエルレーン。
リョウなら絶対しないような表情をする「リョウの顔」に、ハヤトたちは少々の戸惑いを感じた。
「お前にそのつもりはなくても、お前は恐竜帝国の一員だからな。…逃がさないぜ!」
リョウがその問答を無理やり終わらせた。
「よっしゃあぁぁ!行くぜェェ!!」
ムサシが雄たけびとともに駆け出した。同時にリョウとハヤトもいっせいにエルレーンに襲い掛かる。
「きゃあー!」
エルレーンが女の子らしい、実にかわいい悲鳴をあげる。…だが、それとは裏腹に、三人の攻撃を的確に回避していく!
「…?!」その事に驚きを隠せないハヤトやムサシ、リョウ。ざあっ、と音を立て、エルレーンが三人のほうに向き直った。
「…戦うつもりのない人間に、しかも三人がかり?…それでもあなたたちは戦士なのっ?!」
エルレーンの正当らしく聞こえる抗議に一瞬目を伏せるリョウ。
だが、ハヤトはそれにはひっかからず言った。
「…残念だが、お前達恐竜帝国のやり口はもっと非道かったんでな…まあ、おとなしくしていれば、殺しはしないぜ…お嬢さん!」
そしてハヤトは再びエルレーンに殴りかかった!
「!!」
だが、リョウとムサシが見たのは、驚くべき光景だった。
エルレーンが…まるで、ケモノのように素早く身を低くし、ハヤトの足をなぎ払う…
そして、バランスを崩すハヤトに、腹、胸、腰に三発パンチを入れ…最後に、思い切り細身の足でその肩口から一気にハヤトを地面に蹴り倒した!
「!!…はッ…ああぁっ…」
今受けた攻撃に身を震わせ苦しむハヤト。
エルレーンがそっと足をハヤトの身体からどけても、彼は身を起こそうとしない。…いや、起こせないのだ。
「…神経の重点を思い切り打ったから、30分は体が動かないと思うわ。…じっとしていれば、そのうち動けるようになるわよ」
無表情のまま言う。
「は、ハヤトをよくも!くそぉっ!」
それを見たリョウもエルレーンに飛びかかる。…だが、結果は同じだった。
「…ぁ…はぁっ?!」首と腹に鋭い蹴りを入れられ、リョウが悶絶する。どうっと草むらに空を仰いで倒れこむ。
「り、リョウ?!…ち、ちくしょーっっ!!」
最後に残ったムサシが、半ばヤケのような雄たけびとともに突進した!
「?!」その目に唐突に身を引くエルレーンが見えた。
『…逃げるつもりか?!』
だが、その刹那視界からエルレーンが消えた。
『?!…う、上だ!』
見上げた時にはもう手遅れだった。
その白い腕が自分の襟首をがしっとつかんだと同時に…ムサシは、とてつもなくいやな予感を感じた。
「うおおおおぉぉぉおおおっっ!!」
エルレーンが雄たけびとともにムサシをぶんぶん振り回す!
「ぎゃーーーーっっ?!」こ、これって…?!
「大・雪・山・おろーーーーーしぃっっっ!!」
その技の名は、まさしく巴武蔵の必殺技そのものだった。
「あああぁぁぁぁっっ…ぐがっっ?!」
自分の必殺技で吹っ飛ばされ、地面に激突するムサシ。
…自分の技とはいえ、その衝撃が予想以上に大きく、体はぴくりとも動かない。
「…きゃははははははは!!」
無邪気に笑うエルレーンの声が、屈辱的に三人の耳に響く。
「だからいったのに…」
そう言いながら三人を見下ろす。
ふっとその視線がリョウに固定される。一瞬何かを思ったらしいエルレーンは、仰向けに倒れたリョウのほうに歩いてくる。
『…こ、殺され…る?!』
つうっと冷や汗が流れる。
必死に動こうとしても、神経の重点をやられたせいか、身体はまったく言う事を聞いてくれない。
「く…くる…なッ…」
かろうじて言葉を発せられる程度。
「や…やめ…ろ…」
「り、リョウ…」
仲間二人も体が動かないままだ。
視界の端で、エルレーンがゆっくりリョウの上にのしかかっていくのが見えた。
「く…」
その時を予感して、思わずぎゅっと目をつぶるリョウ。…だが、その時は訪れない。
「…?」
不審に思って…ゆっくり目を開く。…そこには、自分の顔があった。
エルレーンの顔をリョウは見た。自分と同じ顔をした、女…そいつが、自分の顔をじいっと見詰めている。
エルレーンの手がリョウの顔に当てられた。ほのかなあたたかさが、指先から伝わってくる。
その手は、まるでリョウの顔のパーツを1個1個確かめるかのように、なめらかにリョウの顔の上を滑っていく。…くすぐったい感じがした。
この女が何のためにそんなことをやっているのか、まったく見当がつかない。
「…や…やめ…っ…」
声を出そうとしたリョウの唇にも触れていく。その感触。
「…おんなじ…なのね…私と…私と、まったく同じように…できている…」
まるで独り言のようにつぶやいたエルレーン。
すっと顔を上げて手をリョウの顔から離す。
「…?」
今度は、不審そうな顔をしてリョウの…胸を見ている。そして、自分の胸もちらっと見た。
「…?!…うあ…ど…どこさわってんだ?!」
リョウが思わず声に出してしまう。
エルレーンは(彼女のものとは違い、ふくらみのない)リョウの胸に手をあて、興味深げにそこを何度も触っている。
「…そうか。…リョウは、男、だからか…だから…ふくらみが、無い」何度もその部分に触れてみて、確認するかのように、そう言った。
「や…やめ…ろ…っ…バカっ!」
顔を真っ赤に染めてリョウが必死で言う。だが、体が動かないので、まさにされるがままだ。
ハヤトもムサシも、事の成り行きにあっけに取られている。
ふと、今度はエルレーンの視線がリョウの…腰にいった。
「!!…お、おい!…な、何見てんだ?!」
その視線の先を悟ったリョウがさらに抵抗する。
「…」エルレーンはその声を無視して、ズボン越しにその部分に手を触れた。びくっと震えるリョウ。
「…バカ!…や、やめろ…へ、変態…ッ!」
必死に動かない身体を動かそうとするリョウ。
そこは…ダメだ…触られたら……どうしても、知られたくない事が…!
その部分に触れたエルレーンは、なぜか納得の行かない顔をしている。すっと手を離して、自分の中で考え込んでいる。
「…?」
思案は上手くまとまらないようだ。腕を組んで、なにやら考えつづけている。
「?!…な、何してるのっ?!」
そのとき、唐突にミチルの声がした。見れば、丘の上にいつのまにかミチルの姿が!
エルレーンも素早くその声に反応し、リョウから離れ、一気に彼女のほうに向かって駆け出した!
「…っ!!」
銃を構えるミチル。だが、それより早くエルレーンが彼女の足を強烈になぎ払った!
「きゃ…!!」
派手に転ぶミチル。その手から銃がこぼれ落ちる。その銃をエルレーンの右足がしっかりと踏みつけた。
「さおとめ…みちる、さん、ね。…早乙女研究所の…」
「りょ、リョウ君たちに何をしたのっ?!」
武器を奪われてもなお強気に答えるミチル。
「…リョウたちが悪いんだもん。…私は、いやだって言ったのに」
「…?!」
「…しばらく放っておけばそのうち動けるようになるわ…それじゃあね!」
エルレーンはそれだけ言い残して去っていこうとする。
「ま、待ちなさいよ!…あなた、どういうつもりなの?!」
「?」その声に振り向いて怪訝な顔をするエルレーン。
「私たちはあなた達恐竜帝国の敵でしょう?!何故…殺さないの?!」
「…私は、ゲッター無しのあなた達と戦うつもりはないのよ」
そういって、まっすぐどこかへと歩いていく。
「ま、待ち…!!大丈夫、あなた達!?」
それを引きとめようとしたが、倒れこんでいる三人に気づいてミチルはおもわずそちらにかけよった。
「…み、ミチルさ〜ん」
体は動かなくてもムサシは彼女の存在だけで少し元気が出たようだ。
「あ、あなた達、三人もいて女の子一人に負けたの?!」
「…」
返す言葉も無いハヤト。
「り、リョウ君…さっき、あの人に何かされたの?!」
問い掛けるミチル。
だが、リョウは真っ赤な顔のまま、目を閉じて屈辱感に耐えている。
身体の震えが、止まらない。
「…あの…発展家の…お嬢さんに…せまられたん、だよな…」
「だ…黙れ…ハヤトっ!…」
そういって顔をそむけるリョウ。さっきあの女にされた事を思い出してしまい、うっすらと涙まで浮かんできた。
「?」
二人の言っている事の意味がわからないミチルは、首を傾げるのみだった。

「…なんと!それでは…君達を殺す事が出来たにもかかわらず、見逃したというのか」
早乙女博士が驚きの色を見せる。
あれから1時間後、早乙女研究所の司令室でリョウたちは事の顛末を博士に報告していた。
「そうよ。ゲッター無しのリョウ君たちとは戦わない、って言ってたわ」
「…ふむ…エルレーン、といったか…彼女は、今までの敵とはかなり違うようだな」
「ええ。行動が読めない分、油断できない敵だと思います」
ハヤトが応じる。
「そうだな。…それはそうと…どうしてリョウ君とムサシ君はそんなところで黙り込んでいるのだね?」
そういって博士は、彼らから離れた場所で、暗い顔をしてソファーに座り込んでいる二人に声をかける。
「さっきからずっとこうなのよ」
「…まあ、それはそうだよな」
ハヤトが苦笑する。
「…オイラの、オイラの大雪山おろしが…ううう…」
ムサシは自分の必殺技を軽々とコピーされてしまい、
なおかつその技にノックアウトされてしまったという事実にかなりのショックを受けているようだ。
「だらしがないのねえ。一回負けたぐらいでなんだってのよ」
ミチルがハッパをかけるが、ムサシはそれでもがっくり肩を落としたままだ。
「なるほど…あまり、気を落とすなムサシ君。…それで、リョウ君のほうは?」
「ああ。あいつ、あの女にセクハラされて」
「ハヤト!…頼むから、その事は…もう言わないでくれ」
リョウが押し殺した声で言う。顔にさあっと赤味が増していくのが、はためからでもわかる。
「セクハラ?」
「まあ、なんてこと!あの女(ひと)、何考えてるのかしら!」
ミチルが本気で怒っている。
「…」無言でうつむいているリョウ。
「…でもさあ、そんなんじゃなかったような気がするなあ、オイラ」
そういうムサシに、リョウが目を向ける。
「なんか、自分と違うリョウに興味を持っていた、って感じだったけどなあ」
「…?」
「だってさぁ、あの女、リョウのクローンだろ?だから、自分のもともとの…人間のことを、知りたいんじゃないのかなあ」
「…俺、をか?」
「そんな気がする」
「…案外、そうかもしれん」
ムサシの意見に珍しくハヤトが同意した。
「あいつが俺たちを簡単に殺さなかったのも、そういうことかもしれん」
「…」
リョウは無言のまま、視線をそらした。
彼は心の中で、まったく違う事を考えていた。




『…あの女…俺の…秘密を、わかってしまったんだろうか…』





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