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◆ 決意(たとえそれが間違っていたとしても)
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草原に倒れこむ、一人の少女。彼女はぐったりと瞳を閉じ、身じろぎもせずに横たわったままでいる。
…エルレーン。恐竜帝国の「兵器」、そして生まれながらにしてその「死」を規定された少女。
彼女が流竜馬のクローンとして製作されたその時点から、彼女の生は切り取られていた…たった半年、6ヶ月間。
人間という種の持つ凶暴性を抑えるために調整された時、代謝機能の欠陥という異常がその代償として彼女にのしかかった。
…そして、月日は過ぎた。最早、彼女に残された時間はわずかのみ…
…疲労困憊した彼女の唇の端には、血の跡がこびりついている。
エルレーンの身体は、いよいよ本格的に砕け始めたのだ…心臓が異常な速さで鼓動を打つ動悸の発作は少しずつ起こらなくなってきた。
…だが、それよりももっと悪化した発作…エルレーンはひどく呼吸困難になり、吐血するようになった…が彼女を容赦なく追い詰める。
その発作の回数は、日を追うごとに多くなっていった。
昨日より今日、今日より明日…それは、確実に彼女の命がじりじりと終わりに向かって削り取られていることの証明でもあった。
失われていく体力と気力、そして生きる希望すらもはや感じられないでいる彼女は、まるでぼろぼろの人形のように草原に倒れこみ、そのまま動かないでいる…
だが、時折薄れ、また戻る意識の狭間で…エルレーンは、考えつづけていた。
自分が何をすべきなのかを。
自分はどうすべきなのかを。
その答えは出てこない。考えても、考えても、意識は空転するだけ。
自分の造られた理由。
恐竜帝国。
…大好きだった友達、キャプテン・ルーガ。
人間。
ゲッターチーム。
ハヤト。
ムサシ。
…リョウ。
相容れない。いとおしさと憎しみと怒りと哀しみと…そして、どうしようもない、やるせなさ。
それでもエルレーンは考えつづけた。
朝が巡り、昼が過ぎ、太陽が沈む頃になっても…その間幾度か彼女はまた発作をおこし、苦しさに身体を丸める…考えつづけていた。
…と、自分の閉じた目の前が、真っ赤になっていることに気づいた…すうっと目を開けてみる。
そこは、もう夕暮れの世界だった。
秋の風が吹き始めた草原を、夕日が鮮やかな橙色に染めている。山際をじりじりと鈍い光を放ちつづける太陽が沈んでいく…
(…あ、帰ら…なきゃ、…恐竜帝国に…)
夕日を目にした途端、昔の習慣のせいか思わずそう思ってしまった。
…すぐに、彼女の顔に自嘲じみた微笑が浮かぶ。
(もう、あそこは私の帰る場所じゃない…帰っても、誰も、いないもの…私を、待ってくれている人…)
キャプテン・ルーガがいない今、恐竜帝国マシーンランドは彼女にとってはただの針のむしろに過ぎない。
自分を「バケモノ」…「人間」である自分を「バケモノ」としかみない、ハ虫人たちの支配する…
(…だけど)
彼女の瞳に、陰りがさした。
(でも…だからって、それじゃ…私は、何処にいけばいいんだろう…?)
思いつかない。行く場所なんてない。もう、自分を迎え入れてくれる場所なんて、帰る場所なんてないのだ。
(…!…「帰る」…?!)
と、その時だった。エルレーンの心に、その言葉がふっとあらわれた。
(「帰る」…「帰る」、場所…)
彼女は重い身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる…ふらついたが、何とか倒れずに身体を支えた。
(私の「帰る」場所…生まれる、前に、戻るんだ…)
何度も何度もそう心の中で繰り返す。
エルレーンはどこかに歩き出した。まるで夢遊病者のように、ゆらゆらと揺れながら。
その透明な瞳に、鈍い決意の光があらわれる。
(きっと…まちがってる。…でも、私は…「帰る」んだ…!)
繰り返された言葉が、心の中に染みわたっていく。
と同時に、先ほどまで混乱していた迷いの思考がふつりと断ち切れた。
そのかわりに、ある決意がはっきりと彼女の中で生まれた。誤っているとわかりながら、それでも彼女はそうすることを選んだ。
ただ、「帰る」べき場所に、「帰る」ためだけに。
エルレーンは、もう迷わなかった。彼女の瞳に再び力が戻る…戦いへ赴く、戦士の力。
エルレーンは歩きつづける。己が選んだ道を、最後まで往く為に。
エルレーンは歩きつづける。たとえ、その結果が血と涙に彩られた未来だと知っていても…


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