--------------------------------------------------
◆ 変わりゆく、彼女の心
--------------------------------------------------
「エルレーン。…何処に行くつもりだ?」
格納庫に向かおうとした自分の背中に突然かけられた声に、びくっとエルレーンは飛び上がってしまった。
…ふりむくと、そこにはキャプテン・ルーガの姿。腕組みをした彼女がいつのまにかそこに立っていた。
「る、ルーガ…ううん、何処ってわけじゃないけど…地上に、出るだけ…」
「…前から聞こうと思っていたんだが、お前…地上のどこにいっているんだ?」
つかつかと彼女のほうに歩み寄りながら、キャプテン・ルーガはそう問うた。
…比較的長い時間、地上に出て太陽の光を浴びねば、エルレーンの身体…「人間」の身体は変調をきたしてしまう。
それゆえ彼女(と、そのサポートにあたる自分)にはいつでも地上に出る許可が与えられている。
しかし、エルレーンはいつのまにか自分の知らないうちに地上に出、
気がついたら恐竜帝国マシーンランドには見当たらない、というような状況がここ最近続いていた。
「…んー…」
言葉尻をにごし、エルレーンははっきりと答えようとはしない。
「…エルレーン。地上の何処に行っている?…私の知らない間に地上に出るのはかまわない。
だが…何か、問題があると困るのだがな」
軽くため息をつきながら、重ねて問い掛けるキャプテン・ルーガ。
事実、彼女はエルレーンのことが心配でならなかったのだ。エルレーンはさまざまなことに対し、無知なままだ。
衝動的に行動してしまうところもある。
地上で何か騒ぎを起こせば、ただでさえ恐竜帝国内で冷遇されている彼女の立場はあっという間に最悪のところまで追い詰められてしまうだろう。
キャプテン・ルーガは、それだけは避けたかったのだ。
「…何処って…普通に、原っぱ、とか…」
エルレーンはあいまいに返事をした。
ゲッターチームを抹殺するために造られた「兵器」である自分。
その自分がリョウたちに会いに行ったことは、明らかにキャプテン・ルーガに責められるだろう危険な発言だとはわかっていた。
どうしてそこで素直に「ゲッターチームに会いに行きました」などといえようか。
「…原っぱ…?…なら、いいんだが…」
彼女の答えに幾分引っかかるものを鋭くかんじたキャプテン・ルーガではあったが、それでもそのことは口にしなかった。
…そしてなぜか、その答えを聞いたキャプテン・ルーガは黙り込んでしまう。真剣な瞳でエルレーンを見つめる…
「ルーガ…?」
「…エルレーン。今日は…私もお前についていこう」
いきなり明るい声でキャプテン・ルーガはそう言い放った。顔にぱっと微笑を浮かべて。
「!…本当?!いいの?!…お仕事は?!」それを聞いたエルレーンの顔にも笑顔が浮かぶ。
今日は、大好きな友達と一緒に地上に出られるのだ!
「ああ、かまわない…それじゃあ、行こうか…?」
そういって、にこりと笑いかけてやる。
…すると、エルレーンはうれしそうに飛び跳ね、キャプテン・ルーガの左腕に抱きついてきた。
「うん!行こうルーガ!」
はずんだ声でそういいながら、彼女はキャプテン・ルーガの手をぎゅっと引いて早く行こうと促す。
一刻も早くメカザウルス格納庫へ行こうと、駆け出した。
「おいおい…ひっぱらないでくれ」
そんな彼女の様子に苦笑しながら、キャプテン・ルーガもまた早足でそれについていった。

地上には夜が訪れていた。夜の闇が草原を黒一色に染めている。
生暖かい、夏特有の風が吹き抜けるのを感じる…その風が、キャプテン・ルーガのまとう擬装用外皮の頭髪をなぜていった。
「ルーガ!こっちこっち!」
数十メートルほどいったところで、笑顔のエルレーンがこちらに向かって呼びかけてくる。
両手をふって、早くこっちにおいでよと。
キャプテン・ルーガも微笑しながらその後を追う…と、彼女が道のわきにある何かのスペースに入り込むのが見えた。
それは公園だった。…こんな夜だ、もうそこには誰もいない。
ブランコ、すべり台、砂場、鉄棒といったような遊具がぽつんと立ち並んでいる。
古びたそれらの遊具には軽くさびが浮かび、この公園には余り人が訪れないことを示している。
「ふふ…!」公園に入ったキャプテン・ルーガに、エルレーンが笑いかける。ブランコにどさっと座り、ゆっくりとそれを前後に揺らし始めた。
静かな鉄のきしむ音が、人気のない公園に響く。
…しばらく、二人の間には何も言葉がかわされなかった。エルレーンはブランコをゆっくりとこいでいる。
キャプテン・ルーガはそれを見ている…夜闇にはただ、ブランコのきしむ音だけ。
「…せっかく出てきたにもかかわらず、夜だとは…な。…意味がなかったな、エルレーン?」
そのブランコの支柱に背をもたせかけたキャプテン・ルーガが、微笑まじりにそういった。
「…意味が、ない?どうして?」
「だって、そうだろう?…太陽の光を浴びるために、お前は外に出てきているんだから…」
「…んー、そうだけど」
いったんブランコのゆれを足で止め、エルレーンはキャプテン・ルーガに向き直った。
「…私、どっちだっていいの」
「…?どっちだっていい?どういうことだ?」
「夜でも、昼でも。太陽が出ていても、いなくても…」
「おいおい、それは…」
キャプテン・ルーガがそういおうとした矢先、エルレーンは重ねて言った。少し、哀しげに。
「…あの、マシーンランドから出られたら。あそこから出られるなら、何でもいいの…」
「…!」
それを聞いたキャプテン・ルーガの表情が、一瞬凍る。その表情を見たエルレーンもまた、哀しげな笑みを浮かべ、さらに続けた。
「あそこ、嫌なの…嫌い、なの…地上のほうが、ずっと、ずっと…!」
その声には、静かな憎悪、深い嫌悪がにじみ出ていた。彼女を冷酷に扱うハ虫人たちへの…
「…エルレーン…」
「…マシーンランドにはルーガしかいないもの、ルーガしか…私の名前を呼んでくれる、私を…見てくれる人は…」
「…」
キャプテン・ルーガの金色の瞳に深い憂いが浮かんだ。
エルレーンの言葉が、胸に刺さる。
しかし、エルレーンの次の言葉が彼女に驚きをもたらした。
「…でも、地上なら他にも」
「?!」
それを聞いたとたん、キャプテン・ルーガの瞳に驚きの色が浮かぶ。
…そしてすっとその瞳が鋭くなり、エルレーンを射た。
その表情の変化、瞳の鋭さに、ようやくエルレーンは自分がうっかり言ってはならないことをいってしまったことに気づいた。
「…『他にも』…?!…どういうことだ、エルレーン?!」
その口調がわずかながら、詰問するような強いものに変わった。その声に、びくっと震えるエルレーン。
「う…」
その問いに答えることができず、エルレーンは瞳をそらした。
だが、キャプテン・ルーガは彼女の真正面に回って地面にひざ立ちになり、うつむいたエルレーンの顔をまっすぐに見つめ、さらに問い詰めた。
「…お前、まさか…『人間』に会いにいっていたのか…?!」
「…」
エルレーンは答えられない。
自分の瞳をじっと見つめるキャプテン・ルーガの視線に耐えられず、ぎゅっと目を閉じ、黙り込んでしまった。
ブランコの鎖を持つ手が、叱責される恐怖で汗ばんでいる。
(怒ってる…ルーガが、怒ってる…)
カタカタとその肩が震えている。
恐竜帝国の「兵器」である自分が、敵である「人間」と会うことがとんでもないことらしい、ということが、キャプテン・ルーガの反応からわかった。
…ましてや、倒すべきであるゲッターチームと会っていたなどということがばれたら…おそらく彼女は自分を…
「…!!」
…その想像、耐えられない未来の想像で頭がいっぱいになってしまったエルレーン。
とうとう耐えられなくなってしまったのか、そのきつく閉じられた両目から、透明な涙がぽろぽろと流れ落ち始めた。
「!…お、おい…」
それを見て逆に戸惑ってしまったのは、キャプテン・ルーガだ。
恐怖に泣き出したエルレーンを前に困惑してしまう。何とか落ち着かせようと、しくしくと泣くエルレーンの背を優しくなでてやる。
…その姿を目にしてしまうと、さすがにそれ以上「何処の誰に会いに行っていたのか」などと問い詰めることはできなくなってしまった。
「…何も泣くことはなかろう、エルレーン…」
「…ご、ごめんなさい、ごめんなさい…ルーガ…っ」
しゃくりあげながら、エルレーンが必死でわびる。
涙でぬれた目で、キャプテン・ルーガを見つめる。
「な、何を謝っているんだ…?」
「ごめんなさい、ごめんなさい…だ、だから、っ…嫌いにならないで…お願い」
「…!」
「お願い、私のこと、嫌いにならないで…ルーガ…!お願い…!」
流れつづける涙をぬぐいながらエルレーンは小さな声でそういいつづける。
やってはならないことをした自分を、愛しい友人は呆れて見捨てるかもしれない。それだけは嫌だった。
キャプテン・ルーガを失うことだけは…
「…エルレーン」
自分に対し、「嫌いにならないで」と泣きながら哀願しつづけるエルレーンを…小さな少女を、キャプテン・ルーガは複雑な思いで見つめていた。
…どうやらエルレーンは…誰か「人間」と会っていたらしい。
…自分の「名前」を…無機質な製造ナンバーではなく、「エルレーン」という名前を呼んでくれる、同じ種族のイキモノ、「人間」…
おそらくそれゆえに、彼女は自分が「人間」でいることができる、自分を同種として扱ってくれるイキモノがいる地上に逃げていくのだろう。
自分を半ば冷たく放り捨てるマシーンランドに背を向けて。
だが、その彼女が今目の前で泣いている。禁忌を犯した自分を友人は見捨てるのではないか、と恐怖におびえて。
…たった一人、キャプテン・ルーガ以外に頼れるものを持たない、寄る辺ない少女。
「…泣くな、エルレーン。…私は、そんなことでお前を…嫌いになったりしないから…」
だから、やさしくそうエルレーンにつぶやいた。
…と、それを聞いたエルレーンの表情が、ふっと少しやわらいだ。
「…本当…?」
「ああ、そうだ…」
そして穏やかに微笑いかけてやる。彼女が安心できるように。
「…!」
そうすると、ようやくエルレーンの顔に笑みが戻る。
頬に残る涙の後が痛々しいが、それでもエルレーンはふっと安堵の微笑を浮かべた。
「…だが、エルレーン…もう、『人間』には、近づくな…」
「…」
無言のままそれを聞くエルレーン。
「…彼らがお前の名を呼んだとしても、きっと彼らは…お前を、どうしようもなく傷つける…」
その言葉がエルレーンにあのことを思い出させた。
いつだったか、早乙女研究所で自分に投げつけられたあの「言葉」のことを。
…あの小さな子供は、自分に言った…「バケモノ」と。
その記憶は明らかにキャプテン・ルーガの言葉を裏付けていた…
(…でも)エルレーンは心の中で、そうつぶやいた。
エルレーンの瞳に、軽く反抗の色が混じったのをキャプテン・ルーガは見た。
…しかしそのことには触れず、彼女はなおも続けてエルレーンを諭す。
「…お前は、姿こそ『人間』とはいえ…我々の仲間なのだ。…それを、忘れないでくれ」
「…う、ん…」
エルレーンは素直にうなずいた。
しかし、視線をあわせようとはしない。
その様子を目にしながら、少し難しい顔をするキャプテン・ルーガ。
「…それなら、いいんだ。…さあ、もうそんな顔をするな、エルレーン」
エルレーンに穏やかに微笑みかけながら、キャプテン・ルーガはすっと立ち上がった。
そして、くしゃくしゃと彼女の頭をなぜてやる。
「…うん!」
優しく頭をなでられたエルレーンはうれしそうに笑った…とびきりの笑顔をキャプテン・ルーガに向ける。
そして、ゆっくりとまたブランコをこぎだした。無邪気に遊ぶ子供のように…
さび付いたブランコの規則的な音が、また公園に響き始めた。

「…」
キャプテン・ルーガは机に向かい、ひじをついて何事かを考えている。
あれからしばらくした後マシーンランドに帰り、エルレーンを自室に送り届け眠らせた。
…それから、もう30分ほどたってしまった。
だが、考えつづけていても、なかなかまとまった答えが思い浮かばない。
(…エルレーン…やはり、「人間」と会っていたのか…)
考えるのはそのことばかりだ。
「まさか」と思いながら、それでも否定しきれなかった予測が当たってしまったことを、今日偶然にも彼女の口から聞いてしまった。
もちろん、そのこと自体が大問題だ。これが他のキャプテンたち、バット将軍やガレリイ長官にばれてしまえば、おそらく彼女の立場は今以上に悪くなるはずだ。
下手をすれば、「処分」されてしまう可能性すらある。それゆえ、このことは絶対に秘密にしておかねばならない。
…だが、そのことよりもっと重大なことがあった。
(エルレーンは…あの子は、きっと…これからも、その「人間」と会うつもりだろう…)
あの時、「人間」に会うことを禁じた自分に見せたエルレーンの目。
明らかにあれは、そのことに対して不服を示していた。
…そして、おそらく自分はそれを御しえまい。
そこまで考え、状況のかんばしくなさに深い深いため息をつく。…すると、あの「違和感」のことが、またふっと頭に思い浮かんできた。
ここ最近、エルレーンを見るたびに感じてきた、あの違和感のことが。
(…エルレーン。「人間」、流竜馬のクローン…50人の生き残り。No.39……お前は…やはり、「人間」なのか…?)
心の中で、そうキャプテン・ルーガはつぶやいた。
エルレーンが生まれて、もうかなりたつ。
さまざまな戦闘技術、メカザウルスの操縦をマスターし、恐竜剣法すらもうほとんどモノにした、きわめて戦闘能力の高い「兵器」。
…そして、自分の「友人」。
それが彼女だった。
しかし、一緒に過ごす時が流れるにつれ、キャプテン・ルーガを戸惑わせるものがあった。
それは、彼女の変化だった。
エルレーンは…特に、いったん地上に出たあの日から…ゲッターロボと対戦してから…
キャプテン・ルーガの目に映る彼女は、明らかに以前の彼女とは違う何かを身につけていた。
それが何なのか、はっきりとはわからない。
しかし、エルレーンの言葉、エルレーンの表情、そのすべてから、それは「違和感」となって伝わってくるのだ。
いや、それは今も続いている。昨日より今日、そしてきっと今日より明日…
エルレーンは、着実に変わっている…キャプテン・ルーガの知らない、「何か」…
それはおそらく、「人間」…へと。
そのことはキャプテン・ルーガを困惑させずにはおれなかった。自分が戦いの手ほどきをし、育てた少女。
そのエルレーンが、自分の手の届かない場所に行ってしまうのではないか…そんな感じすらした。
(…エルレーン…)
それは、とても寂しいことのように思えた。そのことを思うとふっと空虚さを感じる。
(…しかし、それでも私はあの子をきっと止められないだろう…)
自分の手をすり抜け、自由な風のようにエルレーンは行ってしまう…「人間」のところへと。
自分を受け入れてくれるかもしれないイキモノたちのところへと…
なぜなら、彼女は幸せそうだったから。明らかに、昔よりも…
「…」
キャプテン・ルーガはふっと瞳を閉じ、それを考えるのを止めた。…もしそうなら、自分が何をできようか。
(…だが、忘れないでくれ、エルレーン…私は、お前を必ず守ってやる。
このマシーンランドにも、お前を思っているものはいるのだ…)
そうして、今は自室で眠っているであろうエルレーンに心の中で呼びかけた。
様々な思いが絡まりあったその言葉は、とても彼女の前では口に出せそうもなかった。


back